第369話 12歳(春)…散歩詐欺
「やあやあ、よくやってくれたね」
フリード伯爵の屋敷へ向かったおれとシアは、上機嫌の伯爵に迎えられ、応接間のソファに座ってほっとひと息つきながら迷宮で起きたことの説明を行った。
こちらは情報の秘匿無し、あったことをありのままに話す。
伯爵は始めこそ迷宮制覇――つまりノアが討伐され、迷宮の支配権がイールに戻ったことを喜んでいるようであったが、シャフリーンが魔王になりかけ、それをおれが防いだことを説明したあたりで切なげにも思える神妙な表情になっていた。
「……え、魔王が誕生しかけたのかね? ここで?」
「はい。色々と邪魔にしかならないバロットのカークスはこちらの判断でメルナルディアに強制送還しました。伯爵の意見も聞くべきかと思いましたが、本当に居るだけで迷惑だったので」
「ああそれはかまわない。それにしても魔王って……」
瞬間的に疲労してしまったらしく、伯爵はへろへろっとしている。
「迷宮制覇については、さきほど話した作り話で通そうと思っています。星芒六カ国の王、あと信用のおける人には事実を伝えますが、世間には秘匿しようかと。うっかり魔王が誕生しかけたなんて、広めてもろくなことにはなりませんから」
「それはそうだが、君はいいのか? 魔王の誕生を阻止だなんて、それこそ魔王討滅に匹敵する偉業だぞ?」
「かまいません。シャフリーンが魔王になってもらっては困るのでやったことですから、変に称賛されても困ります。それにもうぼくはベルガミアの英雄という肩書きで手一杯ですから、これ以上、持て囃されても疲れるだけなんですよ」
「君は欲がないな」
謙遜とかそういうのではなく、本当に困るからなんだが……。
それに魔王の誕生を阻止、というだけでは名声値も期待できない。
ならば伏せておいた方がいいのだ。
「君が迷宮制覇を果たしたということで、実は冒険者ギルドとも少し話をしていてね、探索者レベルをCまで上げようということになっている。これについては後日、ギルドの方から話があるだろう」
「これまた急激な上昇で……」
「いや、君の働きを正当に評価するならば、Aどころかもっと特別な位に押し上げるべきなのだが……、真実が公表できず、働きが巨大スライムの討伐と行方不明者の救出だけとなるとCになってしまうんだ」
「いえいえ、充分ですから」
フリード伯爵は少し目を瞑り何か考えたあと、ソファから立ち上がっておれの横にくると跪いて手をとった。
「他ならぬ貴方が望むのだ。貴方の偉業が人々に知られることはなく、そして歴史に刻まれることもないだろう。だが私は貴方の行いに心からの感謝と敬意を表する。我がフリード家はこの偉業を後世まで語り継ごう。いつか、公表できるその時までね」
「え、ええぇ……」
伯爵はそう告げたあと立ち上がり、微笑んだ。
「君には迷宮制覇の報酬を用意してある。だが魔王誕生阻止に対しての報酬は用意していなくてね、少し時間がかかるだろう」
「いえ、魔王関係の報酬は必要ありません。これは本当に個人的な意地でどうにかしたものなので」
「本当に欲がない。君への報酬は君の仲間たちの分も含まれているんだから、もっと欲張ってもいいんだよ。いや、欲張って当然の偉業をなしとげたのだから」
「いえいえいえ、本当に、本当にそちらは必要ありませんから。まず迷宮制覇の報酬ってどれくらい贈ろうとしているんです?」
「うん? それはだね――」
通貨はこの国のものだったが、ザナーサリーの貨幣に換算するとだいたいコルフィーの初値くらいだった。
「多すぎですけども!?」
「ふむ? けっこうな額ではあるが、そこまで大した額というわけでもないよ。私が散財すると一年持たないくらいだ」
あんたどんだけ儲かってんだよ……。
すげえな迷宮都市。
まあ迷宮の支配者と組んでいて、都市の一部インフラが完全にそっちまかせで出費なんかないからな。
「ともかく、これは受けとって欲しい。それにほら、あれだよ、君は色々と贈り物をする予定があるんだろう? 良い物を選ぶとこれくらい使い切るよ? 頑張った彼女たちのためにも、ここは奮発してあげるべきだろう? ここは受けとっておきなさい」
「う、うむむむ……」
確かにそんな話があった。
シアが肘でびしびし突いてくるし、下手すると増額されかねない勢いなのでここは素直に受けとっておいた方がいいだろう。
「そ、それではありがたく頂戴します」
「うんうん、そうしてくれたまえ」
これで『D&D作戦』の報告と報酬の話が終わる。
「それから、今ちょっと迷宮制覇を祝っての祭りを行おうと考えている。ただ帰ったばかりの君たちを休ませてあげたいし、準備に時間もかけたい。そこで、君たちがこの都市を去るときに、お別れの宴もかねて盛大に行おうと思う。だいたい前日ぐらいがいいかな。だからこれからの予定を決めて、それを報告してもらえるとありがたい」
「祭りですか。わかりました。数日中に取材の日程を決めて報告するようにします」
△◆▽
迷宮から戻った翌日、ネルカの葬儀が執り行われた。
ベルラットとシャフリーン、それからおれとシア、あとはフリード伯爵という少数での見送りとなった葬儀はその死を悼むようなものではなく、ようやく葬ってやれたことに安堵する類のものだった。
それにネルカからすれば参列者の数など問題ではなく、成長したシャフリーンに見送られることが幸せなのでは、とおれは思う。
旦那――ベルラットについては、まあ謎だ。
おれでは想像しようもない。
葬儀を終えたあと、フリード伯爵にあと三週間この都市に滞在することを告げ、屋敷に戻った。
今日、明日、この二日くらいゆっくり休み、それから本来の目的である取材に取り組む。
休息をとりたいというのもあったが、おれは現在貧弱化中なので護衛として誰かに同行してもらわないと恐くてお外に出られないというのが一番の要因だ。
シアとティアウルにはミーネのお世話をお願いしてある。
本当はシャフリーンが適任なのだが、彼女には出来るだけベルラットと一緒に過ごす時間を作るよう勧めてあった。
明日あたりにアレサとパイシェが帰還すると思うので、護衛は二人にお願いする予定だ。
二人が戻ったら、まずはアレサに同行してもらってエミルスの精霊門に赴き、そこからシャロ様の隠れ家に行ってロールシャッハに今回の出来事を報告である。
△◆▽
ミーネはまだふらつき、歩行も困難な状態だ。
先にザナーサリーに戻って安静にしておいた方がいいのではないか、と思い、そう告げてみたところミーネはしょんぼりした。
「いらない? 私いらない?」
「いや、いらないとかそういう話ではなくてな? うん、こっちに居たいならそれでいいんだ」
しょぼぼん、としているミーネ。
ミーネが卑屈になってるとか初めてで驚いた。
大人しくしてくれているのはいいのだが、大人しくなりすぎてどう扱っていいかわからず、こっちの調子まで狂う。
来たときはあんなに元気だったのに。
まるで散歩だと思って意気揚々と飛びだしたら動物病院に連れていかれた犬である。
あんまりしおらしいので、看病するシアもティアウルも戸惑っているという状態だ。
「ご主人さまー、なんかミーネさんが小動物みたいに可愛くなっちゃってるんですが……」
「ミーネ、早く元気になるといいな」
「そうだなー」
ミーネはベッドにむすーっとして寝ており、枕元にいるプチクマに頭を撫で撫でされていた。
とりあえずおれも撫で撫でしてみる。
「……なんで撫で撫でするの?」
そう言うミーネはむすっとしたまま。
たぶん、褒められるようなことはしていない、ということを言いたいのだろうが、そんなことはない。
ミーネがシオンと戦った意味はあった。たぶん。
それに体の調子が悪くなり、寝ていることしか出来ないときというのはちょっと心細くなるものだ。
そういうときは、なんとなく誰かに側にいてほしかったり、優しくされたいと思うものである。
とは言え、ミーネの場合は体調が戻っても気持ちまで一緒に回復するわけではないだろう。
ささやかだが、一つくらい良い知らせをとおれは言う。
「帰ったらクォルズに剣を直してもらいに行こうな」
ミーネの剣の破片はすべて回収され、ひとまず妖精鞄に放りこんである。
「……直るの……?」
「たぶんな」
不機嫌な表情をやめ、ちょっと目を見開いてミーネが言う。
破壊されたミーネの剣であるが、せっせと〈炯眼〉で調べていった結果、修復は可能という判断になった。
案外、パズルみたいにきっちり組み上げてそっとしておいたら自己修復でいつか元通りになるのかもしれない。
「そっか、直るんだ……、よかった」
ミーネがほっとしている。
どうやら剣のことがかなり気がかりになっていたようで、安心したミーネはそれから一晩眠ったらずいぶん元気になった。
まだちょっとふらつくが、それでもお構いなしに動き回るようになったことにおれは少し安堵する。
しかし、シアもミーネも、武器が弱点ってどうなんだ?
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/04
 




