第368話 12歳(春)…夢の跡の後始末
シャフリーンの魔王化を阻止したあと、ノアによって捕らえられていた人々の救出作業にとりかかった。解放した七人の健康状態は良好。そのうち自然と目を覚ますだろうとアレサもイールも言う。
ひとまずリヤカーに乗せて地上へ帰還することになり、イールが作った貫頭衣を着せて座席を取っ払ったGシックスに寝かせる。
荷台に横並びでみっちり詰めることになったが、ここは勘弁してもらいたい。
ベルラットのDルーラーには乗せるべき人がいるからだ。
「来たぜ、ネルカ。ずいぶんと遅くなっちまったがよ」
眠っているようにしか見えないネルカ。
しかし、目を覚ますことはない。
ベルラットが迷宮に挑み続けた理由には、残して行くしかなかったネルカを連れ、地上へ帰るという目的もあったのだろう。
「あの……、聞かせてもらえますか、母のこと」
荷台に寝かせたネルカを見つめるベルラット、その隣に並ぶシャフリーンが言う。
「そりゃいいけどよ……、あんまり褒められた性格の奴じゃなかったぜ? すぐ怒るし、手が出るし」
「そういうことも知っておきたいんです」
「そうか。まあ、戻ったらな」
「はい」
二人は実の父と娘の感動の再会、とはならず、ややぎこちない。
しかしそれでも、互いに寄り添おうとしている。
ここは下手にちょっかいをださず、静かに見守るのが良いだろう。
そして、そんな二人を複雑な表情で見つめているエルセナがいる。
エルセナはこれで失恋かな……。
そんな救出作業のなか、おれはふん縛られているカークスとちょっと大事なお話をする。
「まあ色々あったわけですが、特に何もなかったということにしましょうか。ノアは討伐されましたし、イールは貴方がたと協力するつもりはないようですから、いまさら事を荒立てても仕方ないでしょう?」
「何もなかったこと……!? 君は何を言っているのかね! 魔王だよ! 魔王が誕生しようとしていたのだよ!?」
「元を正せば貴方がたのせいでね」
「……!」
なんでびっくりした顔するんだよこいつ……。
「えっとですね、シャフリーンが魔王化したとか、ぼくがそれを食い止めたとか、まあ一部の方々には伝えないといけませんが、だからといって大っぴらにはしたくないんですよ。あなたも魔王に対抗するための研究を続けた結果、魔王を生みだしそうになったなんて広まるのは好ましくないでしょう?」
「確かに魔王が誕生するきっかけになったのは認めよう。だが、この研究を破棄する理由にはならないのだ」
ええぇ……。
こいつ、こんな事態になってもまだ研究を続けるつもりかよ。
「いや、あの、今回のことは星芒六カ国に伝えますよ? 当然、メルナルディア王も知るわけで……、研究を続けることは許可されないと思いますが?」
「そんなことはわかっているとも! 研究は潰されるだろう。だが私は研究の存続を訴える。訴えねばならないのだ。可能性は低い。しかし陛下が賢明であれば理解してくださるはずだ。危険はある、あった、だが、それを越える可能性があるというのも事実! 例え研究が取り潰しになろうと、私だけでも研究を完成させてみせる!」
「……」
ああ、ダメだな、この人。
横で話を聞いていたパイシェがあきれ果て、若干殺気を帯びながら割って入ろうとしてくるがおれはそれを止めて言う。
「研究を放棄するのは口惜しいと思いますが、なんとか堪えてもらせませんかね。なにもタダで忘れてくれという話じゃないんですよ。ちょっとこれを見てもらえますか」
と、おれは光る針を出してカークスに見せる。
「どうやらこれ、神鉄らしいんですよ」
「神鉄だと……? 確か、ごく微量ながら我々も確保したという話を聞いていたが……」
「邪神の討滅にも関係した代物らしいですね。どうです、こちらを差し上げますので、今回のことは胸に納め、この研究はこれまでとしてもらえませんか。代わりにこちらを入手したという功績をもって、神鉄の研究を始めてみては」
「ぬう……」
カークスはしばし考え込んだが、おれから針を受けとることに。
縄でぐるぐる巻きの状態なので、襟元に埋めこんでおいてやる。
若干、光が漏れてるし、うっかり刺さるかもしれないが、そこはもう知ったことではない。
「それではよろしくお願いします」
そう告げ、おれはカークスの前から立ち去る。
「レイヴァース卿……、よろしかったのですか?」
「ええ、あれがぼくの精一杯です。今回のことは、すいませんがパイシェさんが直接メルナルディアに出向いて報告してもらえますか」
「包み隠さず、すべて報告してもかまいませんか?」
「たぶんあの男はぺらぺら喋るんで、シャフリーンの名前を伏せたりする意味がないでしょうし、すべて報告してもらってかまいません」
「それがわかっていて針を提供したんですか?」
「ええ、ちょうどよかったので」
「ちょうどよかった?」
きょとんとするパイシェだが、それについては説明をしないでおく。
たぶんリマルキス陛下にはわかってもらえるだろう。
針がなんのために存在するのかを。
△◆▽
イールは最下層に残るようで、一旦ここで別れることになった。
そのうち地上にも来るようだが、その際は守りをちゃんとしておいてもらいたいと口を酸っぱくして忠告する。
また地上で遊んでいて何者かにここを乗っ取られたとしても、もうおれは知らん。本当に知らん。
さて、イールが迷宮を管理下に置いたため、帰りは魔物に遭遇することもなく楽ちん、ひたすら地上を目指すだけだ。
行きの爆走特攻とは違い、徒歩での進行だったのでまず四層で一泊、それから二層で一泊しての帰還となった。
四層で休息を取った際、おれたちが迷宮制覇したことを知った者たちがそれを知らせに地上へと走った。
手ぶらであればそう吹聴しているだけとも思われかねないが、行方不明になっていた人々を連れての帰還だ、疑われることはなかった。
一応、イールやノアのことは秘匿しないといけないため、行方不明者が出た理由は六層のさらに下には七層があり、そこに君臨していた巨大スライムに囚われていた、ということにした。
嘘ではない。
と言うか、ほぼ事実だ。
説明すべきことがかなり省かれているだけのことである。
ついでに七層は地上の自然を再現した空間になっている、という情報も開示した。
空はイールがめんどくさがり、ただ明かりを灯すだけにするようだが、植物などはそこにそのまま残すようだ。
△◆▽
三泊四日の迷宮探索から地上に戻ると盛大に出迎えられた。
お祭り騒ぎだ。
救出した行方不明者たちは治療院へ預けられ、おれたちは先触れによってもたらされた情報が確かなのか、その確認のため冒険者ギルドへとご案内される。
ミーネはちょっと動けるようになってきたが、まだ生まれたての子鹿みたいな状態なため、大事を取って先にシャロ様の屋敷へ連れていってもらう。
それに同行するのはティアウルとシャフリーンの二名。
ティアウルは話し相手、シャフリーンは身の回りの世話という役割になりそうだ。
「悪いけど、ミーネが動けるようになるまで面倒をみてやってくれる?」
心を読むことは出来なくなったものの、まだ元の能力は残っていたため、シャフリーンはミーネの介護を任せるにはちょうどいい。
「もちろんです。元は私が原因ですからね、ミーネさんが元気になるまで全力で介護にあたります」
「いや、全力はちょっと……」
ミーネがミリー姉さんみたいにシャフリーン無しでは生活できないようになってもらっても困る。
冒険者ギルドに残ったのはおれとシア、ベルラットとシオン、そしてエルセナだ。
カークスは邪魔なのでアレサとパイシェにお願いしてそのままメルナルディアに連行してもらった。
アレサはおれから離れることに不満げだったが、精霊門の利用となるとパイシェだけでは手続きが面倒で時間もかかる。それにアレサにはメルナルディアへ行ったあと、他の星芒六カ国を回って今回の事を報告してもらいたかったのでなんとか納得してもらった。
冒険者ギルドでは口裏を合わせていたことを支店長に報告。
エルセナとカークスが居たことも、ベルラットが引退を考えていることに焦ったエルセナをおれたちに寄生したいカークスが焚きつけた、という話ですんなり納得してもらえた。
まあこれも事実だしな。
「この都市に来てまだ二週間ほどだというのに、迷宮制覇とは。さらに加えて行方不明者たちの救出。レイヴァース卿、貴方には驚かされてばかりです」
特に疑われることもなく報告は終わる。
そのあと、まずエルセナが一人になりたいと離脱。
おれはお呼びがかかっているということでフリード伯爵の屋敷に向かうことになり、シアは貧弱化しているおれの付き添い。
ベルラットは一旦クランの建物へ戻り、それからネルカの葬儀の手続きを始めるようだ。
そしてシオンなのだが、いきなり別れの挨拶を始めた。
「アタシはクランの連中に挨拶したら、そのままこの都市を出るからこれでアンタらとはお別れになるな。ま、色々あったけどさ、どこかでまた会ったらよろしくな! 敵でも味方でもさ!」
あっさりしてる。
もしはぐれたとき、ミーネがそっちに行って時間を稼いでいなければ、この人はどういう立ち位置でおれたちの前に現れたのだろう?
もしかしたら本気で殺し合う状況もあったかもしれないというのに、シオンは軽い調子だ。
のん気なのか、それとも、敵が味方に、味方が敵に、という状況に慣れきっているからこその調子なのか。
「ってわけでこれやるよ」
「これは?」
渡された紙切れには地図が描かれていた。
「港町にあるアタシお勧めの店だ。旨い料理を出す店を案内するって約束してただろ? 案内できなくなったから場所だけ教えておくよ」
「は、はあ……、それはどうも」
うーむ、妙なところでマメな人だな。
「じゃ、そういうことで! ミーネには『次もアタシが勝つ』って伝えといてくれ!」
「いやそんな機嫌損ねるようなこと伝えたくないんですが!」
「ははは、まあよろしくな!」
そう言ってシオンはベルラットとクランの建物へと向かう。
これでお別れとは思えない、さっぱりとして適当な挨拶だ。
結局、会ってからかなりやりたい放題で巻き込まれもしたが、特に嫌な気もしないという、妙に憎めない人だった。
※誤字を修正しました。
2017/11/30
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/16
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/22
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/06/23
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/10/20
※さらにさらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/09




