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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
5章 『迷宮の紡ぐ夢』編
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第367話 12歳(春)…魔女よ踊れ

 ベルラットから十五年前の話を聞くことができたことで、シャフリーンを落ち着かせる――、そして救うきっかけとなる閃きを得たおれは急いで引き返すことにした。

 これには皆も同行する。

 ベルラットの引くDルーラーにはアレサ、ティアウル、パイシェの三名と、ついでにふん縛ったカークス。

 エルセナの引くGシックスの座席には動けないミーネを乗せている。

 ミーネの不調はアレサでも回復させられなかった。

 どうやら精神、もしくは魔導的なところから症状が出ているらしく、それは時間をかけて回復を待つしかないと判断されたのだ。

 戻ってみると、シャフリーンとシオンがウェイブ系による遠距離戦を繰り広げ、周囲は破壊されてひどい状況になっていた。


「くっそぉ! 埒があかねーぜ!」


 近寄れば強制行動解除を受けるため、シオンは防がれるとわかっていても遠距離攻撃を放つしかない。

 さらに――


「あとシア! なんで邪魔すんだよ!」

「邪魔するに決まってるじゃないですかー!」


 攻撃しようとするのを、シアが邪魔している。


「疲れ切るまで魔技を放ち続けたところで、シャフリーンさんを倒すのは無理ですよ! そろそろ諦めてください!」

「んなのわかんねーだろ!?」

「わかりますよ! って、あなたもわかってるんじゃないですか!? ただ意地になっているだけで!」


 シオンは双鎌を剣でうけとめているが、まだぴんぴんしていることからしてシアはエナジードレインを行っていない。

 行えない理由はもしかして、あれって0か1なのか?

 やるとなったら殺しちゃうのか?

 もしそうなら、さらなる修練に期待だな。


「うわーっと、鎌をとばされてしまったー、拾われたら困るー」

「なにそのうさんくさいの!? ぜってー罠だろ!?」


 弾かれてシオンの近くに落ちた鎌を拾わせようとシアはアピールしたが、露骨すぎて警戒された。

 まさかシオンもうっかり拾ったら摩訶不思議な力によってケツに刺さるとは予想してないだろうな。

 ともかくシアは頑張ってシオンを抑えていた。


「シア!」

「あ! ご主人さま! 遅かったじゃないですか!」

「悪い! こっからはおれがなんとかするからそのままシオンを抑えとけ!」

「わっかりました!」


 シアに指示したところ、これにシオンが驚いた。


「なんとかする!? 本気でかよ!」

「てりゃー!」


 と、その隙にシアがシオンがしがみつく。


「あ、ちょ、シア! しがみつくなコラ! わかった、大人しく見守るから! アタシも興味あるから! ってかオマエすげえ力強いな!?」


 よし、これで邪魔者はいなくなった。

 皆には離れて留まってもらい、おれはそのままシャフリーンに歩み寄っていく。


「シャフリーン!」

「来ないでください!」


 シャフリーンは拒絶するが、かまわず進む。

 しかしある程度進んだところで、歩こうとする行動が阻害されて近づけなくなった。

 だがそれでもかまわない。

 声は、届く。


「すべてが知りたかったんだろう! だったら話してやる! ここで何が起きたのか! 何故、ネルカが死んだのか! どうして君が地上へと連れだされたのか!」

「今更そんなことを知ってどうしろと言うんですか!」


 もう悲しみしかないから。

 そうシャフリーンは思っているのだろうが――、違う。


「いや、君は知らないといけない! これまで君が知ったことは、実は大したことじゃなかった!」

「大したことじゃない……!?」

「そうだ! ここからだ! ここからだったんだ! 君はこれからおれが話すことこそを知らなければならなかったし、たぶん、これを知るために君はここに来ようとしていた!」


 シャフリーンが戸惑う。

 それは心が読めるようになったからこそだ。


「おれがその場凌ぎの嘘を言っていないことはわかるな! だったら聞いて欲しい! 君の実の母――ネルカは確かに君を自分の依代としようと考えた! 残念ながらそれは事実だ!」


 話しながら、それはゆっくりシャフリーンに歩み寄る。

 シャフリーンは阻害してこなかった。


「だが、それは君がネルカに宿るまでの話だ! ネルカは君を身ごもったことで考えをあらためていった! そして生まれた君が実験体とされることを嘆き、自らの行いを悔い、君を解放しようとした!」

「どうしてそんなことがわかるのです!?」

「君の実の父から聞いたからだ!」

「実の、父……!?」

「あっちにいる人相の悪いオッサンだよ!」


 シャフリーンが目を見開き、離れた場所で心配そうに見守っているベルラットを見る。


「どうして君を育ての父に預けたか? それは君をこの場所から遠ざけるためだ。君という存在を隠し、バロットの手が及ばぬように。そしてベルラットはこの研究が二度と再開されないよう、イールに下層の支配権を取りもどさせるため協力をした。数え切れなくなるくらい死にながら、それでも迷宮に挑んでいたんだ」


 心が読めるようになっているのは、この瞬間だけは好都合だった。

 おれが嘘をついているわけではなく、そして、もしベルラットまで効果範囲が及んでいるなら、なおのこと真実だとわかる。


「確かに君は代用品として望まれたかもしれない。だがネルカは君を愛するようになり、過酷な運命を背負わせることを拒絶した。それがバロットとの不和のきっかけとなり、最終的には力尽くで君を奪い合う結果になった。ネルカは施設を破壊し、君を実験に使おうとする者たちを葬りさり、そして自らも命を落とした」


 自業自得と言えばそれまでだ。

 しかしそれでも、子を想う母の尊さがあった。

 ノアは驚いたのだろう。

 それまでのすべてを投げ打ち、これからのすべてを諦めて、それでも我が子の運命を変えようとしたネルカの姿に。

 それは無償の愛情ではない。

 子を想う母の、狂おしいまでの我だ。

 おそらくノアが感化されたのはそこなのではないか。


「そうでしょうか。本当にそうでしょうか。では、どうして私には母の能力が宿っているのです? 死の間際、やはり自分を残すことを望んだのではないですか?」

「違う! それは違う!」

「どうしてそんなことが言えるのです? その瞬間のことなど誰にもわからないでしょうに!」

「わかる! わかるさ!」

「ですからどうして……!」

「シャフリーン! 君はどうして魔物の魔石に能力が宿るか、その理由を考えたことはあるか!」

「――?」


 急に話が変わったことに、シャフリーンは困惑する。

 が、おれはかまわず続ける。


「おれは一つ仮説を立てた。知っているだろうか、死の間際、それまでの人生を垣間見る現象のことを」


 走馬燈――。

 内と外、二重に枠があり、中心に明かりを灯すことで内側の枠の影を外側の枠に映しだす灯籠であり、回り灯籠とも呼ばれる物。

 転じてそれは今際の際に自分の人生が脳裏に浮かんでは消えていくさまを形容する。

 そしてその走馬燈だが、それは自らの経験のなかから、この死という最大の危機を脱するための手段を探しているとも言われる。

 つまり、危機的状況に陥った自らが頼むもの、強み――能力が魔石に焼き付くのだ。

 だからこそ多くはその魔物の身体的な長所・特性が残る。

 それが魔物の魔石に宿る能力の正体ではないだろうか?


「な、ならば私の『魔刃』は勝手に宿ったと?」

「いや、おそらくそれはついでだ。いずれ訪れる『魔王の季節』を生きることになる君を想った結果、ネルカから引き継がれたものだ」

「いったい……、貴方は何を言っているのですか? どうして、そんなことを次から次に……! 貴方は物語を作るのが得意なので、こうであったらと想像をしているだけなのではないですか!」

「確かに想像だが、こう考えるのが一番しっくりくるんだ。ネルカが君を想っていたと考えるならば」

「どうして想っていたなんて言えるんです!」

「シャフリーン、君の中にあるこの場所の記憶はなんだった? ただこの場所の光景を覚えているだけじゃないんだろう? ネルカに抱かれ、幸せそうにしている記憶があると言ったよな?」

「ですがそんなものは幻でした!」

「そうだ! 幻だ! 実際にはなかった! だがそれは君の記憶として残っている! まだわからないか! 君がここに希望を持っていた理由! 大切にしていたその記憶がなんなのか!」

「わかりませんよ! なんだと言うのです!」

「夢だ!」

「……夢?」

「そうだ! ()()()()()()()()()()だ!」

「――ッ!?」

「今際の際、最期の最後、死につつありながらも見た夢だ! そうあってほしいと望み、叶わなかった夢だ! もしネルカが人生を垣間見ていたならば、君のなかにネルカの記憶があっただろう! だがネルカはそんなことを思わなかった! ただ君のことを想った!」


 その夢のためにシャフリーンは希望を持ち、絶望した。

 けれど今、それは絶望を越えるための希望になりえる。


「ネルカは愚かな母親だったのだろう! だが最期は、ただ君のことだけを――その幸せを願った! 生きてくれと! 幸せになってくれと! 君の父はその意思を継ぎ、君を抱えて迷宮を駆けた! そして君をこの楔から解放しようと! 今日という今日、今の今まで、ずっと迷宮を駆けてきた! どれだけ死のうと諦めずに!」


 シャフリーンまでもう少し。


「シャフリーン、まだか! ネルカが、ベルラットが、これまで君を育ててきた両親が、ミリー姉さんが、それにメイドたち、そしておれだって君の幸せを願う! それなのにまだ君は絶望するのか!」


 問うと、シャフリーンは空を仰いだ。

 偽りの記憶にあった偽りの空を。

 だが、偽りであるかなどは問題ではなかった。

 偽りの記憶であろうと、シャフリーンにとってそれがどれだけ幸せなものであるか、それがネルカの愛情の深さを証明するのだから。

 やがてシャフリーンは顔を伏せ、手で覆った。


「……レイヴァース卿、ありがとうございました。確かに私はこれを知りたかったのかもしれません……、ですがもう手遅れ……、いえ、間に合ったのですね。もう抵抗はしません。どうか私を――」

「おれはメイドを見捨てたりしない!」


 はっきりと告げる。

 殺すためにシャフリーンを落ち着かせようとしたわけじゃない。


「君の主はミリー姉さんだが、もしここにミリー姉さんがいたらおれと同じことを言うだろう! シャフリーン、君を見捨てるなんて選択肢はない!」

「ですが……!」


 涙に濡れる顔をあげたシャフリーンにもう絶望はない。

 ならば――


「あとは任せろ!」


 大層なことを言えたのは自信があるからじゃない。

 確信だ。

 うずいていた左腕からバチバチと黒雷が勝手に現れる。


「――『すべての親を殺せ! すべての親となるものを殺せ!』――」


 簒奪の腕輪を起動。

 魔導回廊の陣が展開され、神々の祝福をおれの保護に回す。

 結局はいきなりの実戦投入となったが、まあこの試みが成功する可能性がなかったとしてもおれのやることは変わらない。

 シャフリーンに絡みついた悪神の手。

 それを()()()で撃ち祓う。


「行くぞシャフリーン! 覚悟を決めろ!」


 今際の際の夢幻(ゆめまぼろし)

 それは本来自分だけが見ることのできる尊いもの。

 魂にまでこびりつくそれは、死神の鎌によってそぎ落とされ、供物のように死神へと捧げられる。

 だからこそ、おれはそれを受け継いだシャフリーンに干渉できる。

 そう、そうだ。

 これより先は(おれ)の領分。

 悪神などに――邪魔はさせない!

 さあ廻り踊れ、そして果てよ!


魔女の滅多打ちファンタスマゴリア・オーバーライド!!」


 シャフリーンの胸に手をあて、撃ち込むは黒雷。

 彼女の内部に巣くう悪神の手を撃ち祓い、魔王核を打ち砕くためにはやはり内部からと、黒雷での〈魔女の滅多打ち〉を使用した。

 本来は身体強化のためのものだが、黒雷が発動した今この時にかぎっては浄化のための神技となる。


「あああぁぁ――ッ!」


 黒い雷を体から放ちながらシャフリーンが苦悶の表情を浮かべる。

 対象の肉体を破壊するような技ではないが、祓うべき穢れに影響されている以上、それを強引に撃ち祓うとなれば苦しみを伴うか。

 だがそこで――

 ごう、と。

 シャフリーンへと注ぎ込まれていた魔素が、一気に解放されて爆風のように放たれた。

 その爆風に巻き込まれたように『手』がシャフリーンから放りだされ、それはすぐに掻き消される煙のように姿を消した。


「あ……、くふっ……!」


 悪神の手が体から離れてすぐ、シャフリーンに撃ち込んだ黒雷がバツンッと爆ぜて消え、シャフリーンは地面に倒れた。


    △◆▽


 シャフリーンがゆっくり体を起こし、茫然とした表情でおれを見る。

 それから頭を抑えたり、手のひらを握ったり開いたりして何かを確認していたが、やがてぽつりと言う。


「……元に戻っ……た?」


 どうやら魔王化による影響で強化された特技が使えなくなっていることを確認していたようだ。

 一応〈炯眼〉で確認してみたが、悪神に関係する情報はない。

 もう大丈夫、そうわかった途端、おれは地面にへたり込んだ。


「はぁー……、どうにかなった……」


 安堵で全身から力が抜けた。

 するとシアはひょいっとやってきて、おれの額に手を当てたり、脈を測ったりする。


「体調はどうですか?」

「んー、疲れた感じはしてるが、特に何ともないな。腕輪の効果があったんだろう。あ、でもしばらくおれ雷撃が使えない貧弱状態になるから身の安全とかそのあたりをどうぞよろしくお願いします」


 無茶しても死なずにすんだようだが、しばらくは厳重な警護が必要とされる。

 おれとシャフリーンのやりとりを見守っていた皆だが、パイシェ、それからベルラットとエルセナはぽかんと口を開けて固まっていた。

 アレサとティアウルは急いでこちらに駆けてくる。


「あんちゃんやったな! シャフリーン、よかったな!」


 ティアウルはシャフリーンが助かったことを素直に喜ぶ。


「レイヴァース卿、素晴らしいです。魔王となりつつある方を元に戻してさしあげるなんて……、ああ、もう言葉がでてきません」


 アレサが跪いておれに祈りを捧げだした。

 おれに祈っても御利益なんてないですよ?


「魔王になりかけていた人を元に戻すとか、やっぱりまともじゃありませんでしたね」


 イールが地面からにょきっと生えてきて言う。

 シャフリーンが魔王化したあたりから姿を消していたが、さてはこいつ隠れてやがったな……?


「なるほどなぁ、なるほどなぁ……」


 シオンは動けないミーネのところへ行って、何か話して感心していたが、やがて「がはは」と大笑い。

 ミーネはそんなシオンをしかめっ面で睨んでいる。

 うーむ、あの二人の状況というか、関係性がよくわからんな。


※表現を少し変更しました。

 2018/02/16

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/18

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2022/01/20

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2022/03/03

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/09


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前話のエンディング辺りから思ってたのですが、主人公の左腕に包帯を巻いていて欲しかったです。 そう、「幽☆遊☆白○」の飛○のように(笑)
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