第37話 7歳(夏)…両親の馴れ初め
ミーネと出会ったことがきっかけになり、おれはひとつの構想を思いついた。
はたしてこの構想はこの世界に受けいれられるだろうか?
まあ失敗に終わっても、その過程で得られる知識はおれにとって有益なものだし、冒険者になったミーネがうっかりおっ死んでしまう可能性を減らすことができるかもしれない。
計画の第一歩として、おれは両親から冒険者時代の話を聞き、それを書きとめるという作業を毎日続けていた。
当然、両親に計画の説明はしたが、やはりこちらにない概念のためにいまいちぴんと来ないという顔だった。やはり、まずは形になったものを見てもらう必要がある。とはいえ両親の冒険譚を書きとめる作業が一朝一夕ですむものではない。この作業だけでも、今年いっぱいくらいはかかりそうな予感がした。
季節は夏になり――、おれは七歳になった。
おれの誕生日のその日、いつもより少し豪勢な夕食をみんなで楽しんだ。
「最近よく昔のことを話しているからかな、もしかしたら今の生活は夢なんじゃないかと思うことがあるんだ」
ふと、父さんが言った。
はにかむような、苦笑のような、複雑な表情を浮かべていた。
父さんのこれまでの人生について、おれは冒険譚を綴る過程で知ることができた。
それは過酷の一言だ。
幼くして生まれ育った町が滅び、やがて流れ者――冒険者として日々の糧を得るようになったが、まるで自分が死を運んできたように関わる者が死んだ。
しかし話は人が死ぬだけではすまなかった。
滅びた。
町が。都市が。
原因は魔物の侵攻であったり、天災によってであったりとさまざまだが、ただひとり生き残り、なにが起きたかを報告する父さんにはいつしか不吉な呼び名がついた。
〈死神〉〈災厄〉〈死にぞこない〉そして〈終焉の語り部〉。
父さんは次第に自分が不幸を招き入れているような錯覚を覚えるようになり、すべてに嫌気がさしてくる。
――が、それでも死を選ぶことはしてはならない。
父さんには死ねない理由があり、冒険者を続ける理由があった。
あるとき、立ちよった都市で魔物の侵攻から砦を防衛する仕事を受ける。
それは受けたというより、高ランクの冒険者たちに課せられる、ギルドからの強制依頼だ。
そして、砦もやはり滅びた。
魔物の侵攻は偶発的なものではなく、その群れに潜んでいたオーガ王種による計画であった。
魔物の種類は通常種、亜種、王種、そして覇種という属種に区別される。
ゴブリン通常種を手乗りザルとするなら、亜種はチンパンジー、王種はゴリラ、覇種はキングコングといったところだろう。戦闘力は当然のこと、知能も格段にあがる。
魔物の侵攻はもはやどうにもならず、しかし放ってもおけず、父さんはオーガ王種に立ち向かいこれを討伐。王種が討たれたことにより魔物はちりぢりになったが、残ったのは魔物と冒険者の死体の山。
いつも通り――、かに思われた。
だがこのときだけは生存者がひとりいた。
それが母さん――リセリー・レイヴァースだった。
父さんは思わず母さんに抱きついて大泣きしたそうだ。
このとき、母さんは〈死神〉が泣いて抱きついてきたのにびっくりして抵抗できなかったとのこと。
父さんは初めての生存者に感激して泣いていたわけだが、母さんとしては自分が生きていたことを泣いて喜んでくれていると思い込んだ。
父さんは過酷な人生を送ってきたが、母さんも母さんで大変な人生であり、師匠のリーセリークォートと別れてからはずっとひとりきりでやってきた。
状況が状況だったから、と母さんは言う。
師匠と離れてからずっとひとりで寂しかったとのこと。
悲惨な戦場で心身ともに疲弊していたこと。
危機的な状況を脱して気がゆるんでいたこと。
噂と違い〈死神〉が感情的になって自分の生存を喜んでくれていること。
まあようするに、母さんは大泣きしている父さんに一目惚れしたそうな。
やがて冒険者ギルドによって後始末が始まり、落ち着いたころ母さんは父さんにパーティを組まないかと誘った。
が、そっけなく断られたそうだ。
しかし母さんはめげず、次にいきなり告白した。
こちらもそっけなく断られたそうだ。
話し合う過程で父さんは母さんの勘違いに気づき、なんとか誤解を解こうとした。
しかしもう好きになっているものに誤解もくそもないと母さんはとりあわない。
結果、父さんは姿をくらます。
母さんは能力を駆使して父さんを追う。
その追跡劇――実に一年。
そろそろ母さんはちょっと致命傷をあたえて捕まえればいいんじゃないかと考えるようになっており、そのため不意打ちの魔法攻撃が挨拶のような状態になっていた。
そんな追跡劇を終わらせたのがバートランの爺さんだ。
爺さんは冒険者ギルドの密命により父さんを殺しにやってきた。
なんでも、父さんは無意識に魔術を使い破滅を呼び寄せているという話だったが、おそらくそれは適当なでまかせで、本当の内容は違うとのこと。
父さんは実力者であったが、爺さんはさらに実力者だった。
冒険者のランクでいうなら父さんはBにとどまる暫定Aであり、爺さんはSだ。
名誉称号としてSSがあるが、これはシャロ様のような偉業によっての昇格のため、事実上はSが最高である。父さんはなんとか逃げようとしたが、爺さんはそれを許さない。
あわやぶっ殺されるというところで、追ってきた母さんが参戦。
ふたりがかりで爺さんと戦うが、それでもかなわない。
いよいよまとめてぶっ殺されそうになると、父さんはたまらず母さんを逃がそうとする。
そもそも関係ないからと。
しかし母さんは父さんを庇おうとする。
結局、そこでようやく父さんは自分の気持ちを吐露することになる。
母さんはそりゃー美人なので言い寄られたら悪い気などするわけがない。
しかし自分といたらいずれ死ぬ。
ようやく助かった人がいたのに、その人が自分なんぞに関わっていて死んでしまう。
だから母さんを拒んでいた。
母さんを受け入れることはできないので、自分のことなど忘れてくれと。
しかし母さんは逃げない。
そして始まる押し問答。
おまえは逃げろ。
逃げない。あなたが逃げろ。
いやおまえが逃げろって。
やがて収拾がつかなくなったところで、見かねた爺さんが仲裁にはいる。
爺さん、実は殺すつもりはなかったらしい。
密命は受けたが乗り気ではなかったと。
爺さんの見解としては、父さんは死ぬ人間のところに、そして滅びる場所へと足が向いてしまうのだろう、という話。
助からない者を助けようと、救われない者を救おうと。
つまり、言葉は悪いが不毛なことをしていただけなのだ。
それに爺さんは個人的な理由からも、もう父さんを殺すことはできなくなったようだ。
なんでも先祖のクェルアークはシャーロットに大恩があり、その恩返しはシャーロットの孫ともいえる母さんにも適用される。
そのあと三人で話し合い、父さんはクェルアーク家預かりに。
やがて父さんと母さんはいい仲になって結婚。
母さんは国王によってちょっと強引に男爵にさせられ、ひっそりと暮らしていけるようにとこの森を領地として与えられた。
やがておれが産まれてきたことで、父さんはようやく過酷な日々が終わったのだと実感できたという。ヴィロックという名前は、その祈りにも似た想いをこめたものだったようだ。
父さんが静かに喜びを噛みしめている様子を見ていると……、おれはちょっと冷や汗をかきそうになる。
確かおれ、死産する予定の子供に転生したはずだ。
おれがアホ神に反抗して転生しなかったらどうなっていたか……。
「夢ねぇ……、じゃあ三人目ができたのも夢かしら」
ぼんやりしている父さんに母さんが言う。
「……?」
「……?」
「……なにできたの?」
おれと父さんは目をぱちくり、弟はきょとんとする。
その後、おれの誕生日を祝う晩餐の場は大騒動になった。
父さんは大いに喜び、浴びるほど酒を呑んだ。
翌日――
朝から父さんの姿が見あたらなくなった。
てっきりへべれけになって庭で眠りこんでいると思っていたのに、屋敷やその周囲に父さんの姿がない。いったいどこで眠りこんだのかとみんなで捜すが、やはり見つからない。
昨夜はだいぶ呑んでいたようだが、もしかしてその状態でとちくるって森へ入っていったのだろうか。
ちょっと心配し始めた昼頃、クロアが父さんを発見した。
なんでも屋根から転がり落ちてきたらしい。
どうも酔っぱらったまま屋根に登り、そこで寝てしまったようだ。
まったく人騒がせな……。
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに修正、ありがとございます。
2018/12/08
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/18




