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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
5章 『迷宮の紡ぐ夢』編
369/820

第364話 12歳(春)…その夢の場所

 カークスを追って辿り着いたのは異様な場所だった。

 この施設に残された()()を求めてここに来たはずのカークスですら唖然と立ちつくしている。


「これは……、研究の再開は……」


 それは生き物の内臓で編まれた巨木の樹皮のようであった。

 そこには縦長の楕円――透明な棺が七つ横に並べられ、それらの上には飾られるようにもう一つ棺があった。

 中には裸の状態で人が収まっている。

 先ほどシアが倒したレプリカントのオリジナル。

 迷宮で行方不明になった人たちだろう。


「……!?」


 シャフリーンはそのうち、上部に飾られている女性を見て動揺していたが、それも仕方のない話だ。

 女性はシャフリーンによく似ていた。

 十年くらい歳をとったシャフリーン。

 おそらく、彼女がシャフリーンの母なのでは。


「イール、これはなんだ?」

「眠らせながら、老化を遅らせているようです。生きています。あ、でも上の一人――ネルカは死亡していますね」


 そうか、彼女がネルカか。


「何故ノアは死亡しているネルカを大切に残していたのでしょう。並びの感じからして、一番大事そうですが」


 そこでカークスが言う。


「ネルカは死亡しているのか? なんてことだ。これでここで何が起きたのかを知る者が居なくなってしまった。せめて、どうやって実験を成功させたのか、それを知ることが出来れば……!」

「……実験?」


 シャフリーンが呟く。


「そう、ネルカ――君の母親は我々の研究に賛同し、実験に志願してくれた被験者だった。そして――」


 そこでおれは雷撃を放ってカークスを止めようとする。

 これ以上は悲劇しかないという予感がしたからだ。

 ネルカが実験に志願してここにいたというのなら、その娘――実験によって魔石を宿すことになったシャフリーンとは?

 望まれて生まれる者はいても、望んで生まれる者はいない。

 しかし、シャフリーンの誕生が望まれたのは、それとは意味合いが違ってくる。

 だが、雷撃を放とうとした瞬間、シャフリーンがおれの手を掴み意識を逸らさせた。


「シャフリーン?」

「どうか聞かせてください。知りたいんです」


 おれの手を掴むシャフリーンの力は強く、必死さが伝わってくる。

 知ることができるすべてを知らないと収まりが付かないらしい。

 けれど、知らない方がいいことというのもあるのだ。


「なあシャフリーン、君には育ててくれた両親がいて、君の帰りを待っているミリー姉さんがいて、メイドたちがいて……、それだけじゃあ足りないか?」


 尋ねると、シャフリーンはキッと視線を強めた。


「貴方のように家族に恵まれた方に私の気持ちはわからない……!」

「…………」


 ――家族、か。

 シャフリーンが一瞬ビクッとしたが、すぐに気を取り直して言う。


「お、お願いします。私は……知りたいのです。どうか……」


 知りたい、か。

 親の死の真相とか、そりゃあ知りたいよな。


「わかった。聞こう、ここで何が行われていたのかを」


 促すと、カークスは喋り始める。

 魔王討滅を免罪符に行われた狂気の研究。

 魔王を倒せる者を後世にまで残しておくためにはどうしたらいいかという、すでにおかしい課題。

 優秀な人物を残す研究は、やがてその戦闘能力だけでも残そうというものに変化していく。

 その継承の触媒として目をつけたのが魔石。

 あと一歩で誰もが認める成果が出せるというところで研究は停滞。

 そこでカークスは思いついた。

 レプリカントが死んでしまうなら、死なない者をレプリカントの代わりにすればいいのではないか?

 つまりそれは被験者の子供であり、その子供を継承させるための器とすべく魔石を宿させる。

 バロットの連中は犯罪奴隷の被験者同様、シャフリーンを使い潰すつもりだったのだ。

 そして、そこには母親のネルカも含まれる。

 ネルカの望みは自己の保存。

 強さだけでなく、記憶や人格、すべてを継承させ、魔王と戦うことだった。


「いよいよ、これからというときに、ノアから協力関係が解消されてしまった。そしてこの有様だ! これからだったのに!」


 カークスは悔しそう。


「だが! 最後の実験は行われていた! 何故ならシャフリーンはネルカの強さを継承している! 実験は成功したのだ!」


 カークスは饒舌に語る。


「これは魔王の脅威から解放されるための第一歩なのだ! あともう数歩で、我々は魔王の誕生に怯えることなく暮らしていけるようになる! これはすべての人々の望みなのだ!」


 カークスに悪意は無い。

 本当に人々を魔王の脅威から救おうと考えている。

 だが、だからこそ最悪だ。

 魔王討滅の大義名分がすべてを正当化すると思っている。

 もしかしてバロットというのは、こんな連中ばかりなのか?

 おれはパイシェがバロットを警戒し、わざわざエミルスへの同行を申し出てきたのか、ようやくわかったような気がした。


「ノアは残念だった。だが、まだイール殿が居る。イール殿、どうか我々に協力してはくれないか。中断した実験を再開し――」

「もういい」


 強めにパチンとな。


「あばばば!」


 カークスの話を中断させる。

 首をへし折ってやりたい気分だったが、黙らせるだけに押さえる。

 やっぱり聞かせない方がよかった。

 色々とひどいが……、それでも、まだ最悪にまでには至らないか。

 シャフリーンは犠牲者であった、というだけに留まる。

 生きていてはいけない存在とか、そんな話にはならなかった。

 シャフリーンはネルカ――実の母を見あげていたが、ふいに踵を返しふらふらと建物から外へと。

 気持ちの整理がつかず、ネルカの前には居られなかったか。


    △◆▽


 シャフリーンは廃墟から少し離れたところで、空を見あげている。

 遅れてシアとイールもやって来た。


「もうすぐシオンさんとミーネさんがこっちに来ますね。その他の皆さんはもうちょっと後です」

「そうか」


 皆がこちらへ来る前に、シャフリーンを少し落ち着かせるために話をしておくことにする。


「シャフリーン」


 声をかけてみるが、シャフリーンは背を向け、空を見あげたまま。

 少し待ってみると、シャフリーンは囁くように言う。


「偽りの空。偽りの大地。ここが故郷。私が生まれ落ちた場所……」


 ふり返ったシャフリーンは顔に生気がない。


「レイヴァース卿、私をここまで連れてきていただき、誠にありがとうございました」


 そう言うシャフリーンはまるですべての希望を失い、諦めたような表情。

 ちょっとまずい。

 色々と受けとめきれていない。


「驚いたと思う。でもシャフリーン、君は魔物なんかじゃないし、理由はどうあれ、両親がいて、人として生まれてきた。そこはまだ良かったんじゃないかな……?」

「本当に、良いのでしょうか……?」


 そう尋ねたシャフリーンの目は虚空を見るように虚ろで、おれはここにきてようやく違和感を持った。

 確かにひどい話でシャフリーンが落ち込むのはわかる。

 だが、それにしては落ち込みすぎ――、いや、まるで悲嘆し、絶望に飲まれようとしているような……?

 嫌な予感があり、おれは違和感の正体を探る。

 予感がするということは、思考になっていないところにそれを発生させる原因――答えがあるはずだが……、わからない。

 しかしまずシャフリーンの心境を考えてみようとしたところで――


「――ッ!?」


 おれは自分の失態に気づいた。

 シャフリーンは落胆し、それをおれやシア、イールは見守っている。

 この出来事の当事者と、傍観者。

 おれたちの違いは立場だけか?

 違う。

 受けいれることができない者と、できる者だ。

 シャフリーンはこの世界の常識のなかで育ってきた。

 ()()()な少女なのだ。

 対しこちらは転生者、元死神、濃縮ウンコ、あとおまけのマッドサイエンティストという常識なんて枕抱えて裸足で逃げ出すようなそうそうたる顔ぶれである。

 特に、存在がそもそも異常なおれとシア。

 まず一番に気にかけておくべきだったことは何だったのか?

 それはシャフリーンの出生にどんな秘密があろうと受けいれ、慰めようと決めておくことではなかった。

 シャフリーンがどう思うか、どう感じるか。

 この世界の枠組みから逸脱した真実であった場合、シャフリーンが自分という存在が理解の及ばない得体の知れないものであることを恐れ、絶望することを防ぐことに尽力しなければならなかったのだ。


「魔物であっても良かったのです……」


 シャフリーンは言う。

 魔物ならば、まだこちらの常識の範囲内であったから。


「なのに……、私は魔物ですらなかった……! 母の器となるべく生まれたもの、不完全な道具、魔王を倒すための出来損ないの武器! 私はいったい何なのでしょう……! 人なのかもしれません。しかし、人でありながらこの有様は。私は魔物にも劣る、得体の知れぬ何かなのです!」


 そのとき、ふと周囲に流れが生まれていることに気づく。

 シャフリーンの頭上、漂う魔素にムラが生じ、それが何かの形になってゆく。

 そしてそれは――


「……腕?」


 おぼろげな、漂う魔素が集まって生まれた右腕。



《悪神の見えざる手》


 【効果】人を擬似的な魔素溜まりへと変える。

     その深さはその者の抱える絶望に等しい。



 うっそだろおいぃ!?

 手は後ろから掻き抱くようにシャフリーンにそっと触れる。

 それは迷い子を慰めるようではあったが、実態はさらなる奈落へと誘う呪いでしかない。

 腕はすぐに消え失せたが、シャフリーンは手が触れた感触を感じたのだろう、ふと反応を示したものの、それが何だったのかわからないでいる。

 しくじった。

 見通しの甘さがこのような事態を招くとは。

 おれもシアも、物語に慣れすぎていて肝心なことを見落とし、配慮を怠ったツケがここにきて現れてしまった。


「……レイヴァース卿、私は、旅に出ようと思います。魔王に挑まなければなりません……。倒さなければなりません……。私はそういうものなのですから……」


 シャフリーンは魔王と対することを決めたようだが、その本人が魔王と化してしまいそうになっているってのはどんな冗談だ。

 そしてそれにシャフリーンが気づいた時、いよいよシャフリーンはぶっ壊れてしまうのではないか。


「シャフリーン、聞け! まだすべては明らかになっていない! 十五年前に何があったかを知るまで絶望するな!」


 やっと――、おれはここにきてやっと必死にシャフリーンへ訴えた。

 もっと前、いざとなったら励ますなんて応急処置ではなく、シャフリーンの不安に正面から向き合っていれば、それこそ、シャフリーンよりももっと珍妙な存在がこうしてここにいることを教えておいてやれば、少しはマシになっていたのではないかと思わずにはいられない。

 ああ、くそっ。

 もう遅いのか?

 もう手遅れなのか?

 シャフリーンは悲しそうに微笑む。


「レイヴァース卿、どうかミリメリア様には、シャフリーンは死んだとお伝えください」


 エミルス迷宮最下層。

 地の底――偽りの楽園にて、新たな魔王が産声を上げようとしていた。


※誤字脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/19

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/22


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