第360話 12歳(春)…六層階層主
六層階層主――マンティコア。
その出現があまりに唐突で誰もが呆気にとられた。
しかし皆が自失状態で咄嗟の行動がとれないなか、現実逃避気味なことを考えたおれは思考する余裕があったようで、すぐさま〈針仕事の向こう側〉を使用する。
引きのばされた時間――。
着地の衝撃を吸収して低い姿勢になったマンティコアが、即座に攻撃に転じようと姿勢を前屈みにしてゆくのがはっきりとわかった。
そういう動作は猫のまんまか、と感心しつつ、おれは飛び掛かる寸前のマンティコアに渾身の雷撃をぶっぱなす。
閃光と轟音と。
雷撃はマンティコアに直撃した。
「ゴギャァァゥッ!?」
その叫びはネコ科の猛獣と象の鳴き声を混ぜたように甲高くザラついていた。
感電したマンティコアは体勢を崩す。
かろうじて――、本当にかろうじてマンティコアの先制攻撃を防げたおれはさらに追撃を加えながら叫ぶ。
「イール! 扉はどれくらいで開く!?」
「え、あ、二十分ほどかと!」
二十分、微妙な時間だ。
軽い指パッチンの雷撃ならいくらでもいけるが、かなり気合い入れての雷撃となると……、持つかわからん!
だが、何もおれ一人が頑張る必要はないのだ。
帯電中であろうと、かまわず突っ込めるお嬢さんがこっちには金銀赤と三人いる。
ただアレサはアレを相手にするのは向かなそうなので、とりあえずシアとミーネにマンティコアを仕留めてもらおうと思ったのだが――
「ンギャラルルゥアァァッ!」
わけのわからない奇声を上げ、マンティコアが雷撃を振り切って飛び退いた。
が、すぐには反撃しようとせず、警戒してこちらを窺う。
頭を低く構え「ぐるるるる……」と猛獣特有の重い唸り声。毒針付きの尻尾が激しく振るわれ、それが床にぶつかってガツンガツンと音を立てる。
「雷撃に耐性でもあんのか……?」
確かに色々な耐性を持っていてもおかしくない風格はある。
先制攻撃を防ぎ、優勢に持ち込めたがそれも一瞬。
結局はこれで仕切り直しになった。
討伐するか、扉が開くまでの時間を稼ぐか。
――いや!
なんにしてもあいつがこっちを向いている状況はまずい!
炎を吐かれたらおれたちがいい感じに焼き上がる!
「シア! あいつにちょっとちょっかいかけて入口の方を向かせろ!」
「あいさ!」
シアはすぐさま駆けだしてマンティコアに正面から挑む。
ごうっ、と繰り出されたマンティコアの素早い前足攻撃を躱して眼前に迫ると、その顎をどかんと思いっきり蹴り上げた。
どんな威力だったのか、ちょっと上体が浮き上がる。
「ちょっかいにしては強すぎませんかね!?」
蹴っ飛ばされたマンティコアはシアに標的を定めるが、シアはひょいひょい攻撃を避けながら指示通り奴の向きを入口側へと向けた。
これでマンティコアの炎でおれたちがバーベキューになる危険性をひとまず回避できた。
本当は奴の注意を引いてもらっているうちに、非戦闘員を広間から退避させたいところだったが……、説明しているうちに炎を吐かれる可能性があるので諦めざるを得なかった。
こうなったらひとまず二十分を稼ぐ方向で頑張ろう。
「扉が開くまで時間を稼ぐ。ただ炎を吐かれたらおれたちはこんがり焼き上がっちまうから、奴の頭が常に入口の方を向いているようにしたい。ミーネとシオンさんは入口側に回って適度に攻撃、奴の意識を引きつけておいてほしい。シアには一旦戻れと伝えてくれ」
「わかったわ! でも討伐できるならしてもいいわよね!」
「ミーネが協力してくれるならたぶんできるぜ!」
「え、いや、時間をね……?」
人の話を聞かない二人――ミーネとシオンはおれが何か言う前に揃ってダッシュ。
ミーネが左、シオンが右から、マンティコアの正面へ回り込み、シアから注意を逸らすために適度に斬りかかり始めた。
「……討伐しなくてもいいんだけど……、まあ出来るならそれでもいいけどさ」
いざ扉が開いたとき、手こずっているなら戦闘を中断させて下の階層へと逃げる指示を出そう。
やがて、ミーネとシオンが牽制によってマンティコアの意識からそれたシアが戻って来る。
「戻りました! で、次はどうするんです?」
「シアとシャフリーンは奴の後ろに付いてくれ。真後ろじゃなくて左右に分かれて。あれが気まぐれにこっちに向こうとしたら、注意を惹きつけて頭を自分がいる側、左右の壁に向けてほしい。そしてそのまま入口側へ誘導して、ミーネとシオンに注意をなすりつけたらまた背後に移動だ。自分からは攻撃しないように。あと毒針の付いた尻尾をぶんぶんしてるから気をつけてくれ。毒を喰らってもアレサがなんとかしてくれるとは思うが……、当たらないにこしたことはない」
「あいあいさ」
「わかりました」
おれの指示に従い、シアとシャフリーンはマンティコアの背後に付く。
「よし、じゃあ残りのメンバーは二手に分かれて角へ移動だ! 気配を消して空気になれるよう頑張ろう!」
広間入口を正面として、広間奥の右角におれとアレサ、Dルーラーを引いたベルラットが、左角にはパイシェとティアウル、そしてGシックスを引いたエルセナが陣取る。
一応、炎対策はおれの方が雷撃、左側はパイシェの『ゼルファ』による風の壁でなんとかするという計画だ。
イールは引き続き扉の解錠に励んでもらう。
カークスは好きにしろと言ったら、扉前で解錠されるのを待つことにしたらしい。
討伐ではなく時間稼ぎを目的とした陣形。
さて、どうか。
ミーネとシオンは災害みたいな魔物を牽制しながらよく戦っている。
すでに何度かいい感じの攻撃を前足や顔に叩き込んでいるが、マンティコアはそれをものともしない。
「四人で一斉に攻撃してもらったら倒せるか……?」
現在、マンティコアの前方左右にミーネとシオン、後方左右にはシアとシャフリーンがおり、一斉攻撃するにちょうどいい状況になっているのでちょっと欲が出る。
「下手に攻撃させるのはやめときな」
おれが迷っていると、ベルラットが止めた。
「すでにオマエの雷撃をたらふく喰らい、さらにシオンと金髪の嬢ちゃんが何度も斬りつけているのに、奴は血すら流さずピンピンしてやがる。シオンから聞いたが、あいつは治癒とか回復じゃなく、瞬間的に再生する特殊な奴だ。殺しきれりゃあそれでいいが、出来なかったらどうする? やるならそこをきっちり考えてからにするんだな」
倒しきれなかった場合、か。
一斉攻撃により大ダメージを受けたとして、それを瞬間再生で回復してしまったマンティコアがとる行動は大暴れだろう。
誰彼かまわず襲いかかって炎を吐きまくる。
うん、これは一部のメンバー――隅っこで空気になろうとしているおれたちが危うい。
欲をかいてうかつな行動をとるのは控えよう。
このまま牽制を続けて時間を稼いでもらい、イールが扉を開くのを待つのが得策だ。
おれはそう方針を決定したのだが――、状況はそんな『待ち』を許してはくれなかった。
ドスンッ、と。
もう一体、マンティコアが降ってきた。
一体目の背後に控えていたシアとシャフリーン、その背後を狙い澄ましたようにだ。
一体目の動向に集中していたシアとシャフリーン。
咄嗟の反応など出来るわけがない。
すでに二体目は口を開き、二人めがけて炎を吐こうとしている状態だ。
「――ちッ!」
冷静に考えれば――、なんて後付はいらない。
最初の攻撃を二人にしのいでもらおうと考えるのは甘えすぎだ。
おれは盛大に雷撃をぶっぱなし、二体目の行動を阻害。
「グギャァァ――ッ!?」
一応、雷撃も効くには効く。
さて、うっかり後先考えず攻撃してしまったわけだが、ビリビリさせられた二体目――マンティBさんとでも言うべきそいつはかなりお怒りな様子で両目と鼻の間にメコメコメコッと波打つシワを作っておれを威嚇してきた。
超威嚇してきた。
あー、うん、やっぱ冷静に考えてみれば、おれが攻撃して注意を引くのってダメだよね。
アレ相手に身を守れないもんね。
「すいません! よく考えずに攻撃しました! 助けてください!」
危機的状況とあっては恥も外聞もない。
おれは素直にシアとシャフリーンに助けを求めた。
「もー! 無茶はダメですよー! まあ助かりましたけど!」
「意識を感じられず不意を突かれましたが、ここからはどうぞお任せください!」
おれの方を向いて威嚇してるマンティBはシアとシャフリーンにとっては隙だらけ。
「はーい、危ない尻尾はバイバイしましょうねー!」
「一閃両断――魔刃!」
シアがマンティBの尻尾を斬り飛ばし、シャフリーンは胴体めがけて垂直の魔刃、見事その胴を――斬れてない!?
シャフリーンの魔刃は確かにマンティBの胴体を裂き、さらに貫通して扉を開けようとしているイールと待機するカークスのちょい横に到達、壁を少し破壊した。
なのに真っ二つと思われたマンティBさんは傷すら残ってない。
衝撃で横倒しになった程度のものだ。
おかしい。
いくらなんでもおかしい。
訝しんでいたところ、シアが斬り飛ばした尻尾がにゅるるんと蛇のように動いてマンティBに近づいていき、切断面を合わせて元通りに復元した。
「はぁ!? あ、あ――!」
これは――、という閃きから〈炯眼〉にてマンティBを調べる。
やはりそうだ!
「おい! そいつマンティコアじゃねえ! スライムだ!」
この二体は完全にマンティコアを再現したレプリカではなく、マンティコアを模倣しているスライムだった。
特別な門番として用意されていた魔物なのだろう。
唐突に現れたのは、スライム状態で天井に張りついていたからとかそんなのか?
あれがレプリカではなく、マンティコアを模倣している特殊なスライムならば斬撃や打撃では倒しきるのが難しい。
何度壊そうと元の形へと復元されてしまう。
限界はあるだろうが、それに付きあっていてはこちらがもたない。
有効なのは骨や肉を破壊するような攻撃ではなく、その体躯そのものを消滅させるような攻撃だ。
こういうのは魔法や魔術が得意とする攻撃法だろう。
例えば灰になるまで焼き尽くす炎の魔法――魔導執事がおれにぶっぱなしたような魔法とかだ。
しかし困ったことにマンティコアに擬態するスライムの野郎はそういった攻撃に耐性を持ってやがる。
火も、雷も、あと氷もだ。
やるなら耐性をものともしない高威力による魔導攻撃になるのだが……、おれもミーネもそういう攻撃手段は持っていない。
「どーするのー!?」
マンティAさんがじゃれついてくるのを頑張ってしのいでいるミーネが大声で聞いてきた。
面倒なのが二体という状況、扉が開いたからといってさっさととんずらするのは難しそうだ。
おれがマンティA・B両方に雷撃を叩き込んで、その隙に大急ぎで下の階層へと退避してもらうか……?
「ご主人さま、要は殺っちゃえばいいんですよね!?」
どうすべきかと思案していたところ、シアが尋ねてくる。
「殺るっておまえ、出来ればそれでいいけどさ!」
「唐突ですが、わたし出来ますよ!」
「出来るの!? もっと早く言えよ!」
「だってご主人さま時間稼ぎ前提だったじゃないですかー! 状況が状況なのでわたし空気読んで大人しく従ってたんですけど!」
確かに討伐についてシアには相談すらしてなかった。
「それはすまん! やれるならやってくれ!」
「らじゃ! 密かに重ねていた特訓の成果をお見せしましょう!」
おお、凄い自信だ。
この相手にそこまで言えるなら、本当にやれる自信があるのだろう。
しかし、シアが行動に出る前にシオンが叫ぶ。
「いや! それは次の本番のためにとっとけ! ここはアタシに任せな!」
シオンはそう宣言すると、ミーネに告げる。
「ミーネ、ちょっと時間を稼いでくれ! そしたらアタシがちゃんとこのネコもどきを倒せるって証明する!」
「え……、うん、わかったわ!」
一瞬、ミーネがちょっと戸惑ったようだが、すぐにシオンの指示に従って一人でマンティAと戦い始めた。
剣で斬りつけるのを止め、風を纏わせた斬撃でもってマンティAを攻撃する。それは斬ることに特化したヴォーパル・ウィンドと違って切断力は無い。斬ではなく撲。暴風を圧縮したような攻撃は、マンティAを身動きさせないように抑え込む。
器用なことやってんな。
風の魔術の練習をしましょうと母さんに勧められた成果だろうか。
一方、マンティBの方はシャフリーンが魔刃の連続攻撃によって牽制をする。たださすがに連続使用はきつそうだったので、おれも寄っていってビリビリさせて協力した。
そして――
「よし、ミーネさがれ!」
叫び、シオンがマンティAへと駆ける。
「魔――ぅ剣……ッ!」
シオンは何か囁いたが、はっきりとは聞こえない。
跳躍し、落下する勢いを乗せての剣はマンティAを砕いた。
そう、砕いたのだ。
剣での一撃が、巨大な魔物をまるで果実を破裂させるように粉砕したのである。強打系の魔技であるとは思うが、斬りつけた対象を粉々にするような凶悪な技など聞いたこともない。なにしろ威力が強すぎてマンティAのいた床すら粉砕し、クレーターすら拵えたのだ。
一撃にてマンティAを葬ったシオンは、自分が作った大穴から飛びだすと、そのままシャフリーンが抑えるマンティBへと駆ける。
そして再び破壊の一撃を放った。
マンティBも一発で粉砕。
広間には大穴二つが残るばかりに。
「凄いじゃない!」
シオンの攻撃を目にしたミーネが感心して言う。
「これなら最初から倒すって言えばよかったのに!」
「あー、それなんだけどちょっと問題があってな……」
シオンはミーネに近寄っていき、自分の剣をかざして見せる。
と――
「あ、あれ!?」
それが合図だったように、シオンの剣は柄すらもバラバラになって床に金属片の固まりを作った。
「剣がさー、耐えきれないんだよなー」
「ふわー……」
ミーネはしゃがみ込んで目をぱちくりしながら砕けた剣の破片を摘む。
こらこら、指を切りますよ。
しかしシオン、戦いが好きなのに全力を尽くすことが出来ないというのは悔しいのだろうな。
愛剣を迷宮に隠して魔剣になるのを待っているのはそのあたりも関係するのだろうか?
ひとまずマンティコアは二体で打ち止め。
第三、第四の登場は無いらしい。
そしてボスを倒せば扉が開くのがお約束なところだが、さっぱり開く気配はなく、未だイールが張りついて頑張っている。
そろそろ二十分は経過してるんじゃね?
ひとまず待つか、そう思ったとき――
ぼこん、と。
粘りけのある液体で気泡が爆ぜたような音がして、ふと近くの大穴を覗くと、底から黒っぽい泥――、いや、泥よりももっと……、セメントに砂や砂利、そして水を混ぜて練った固まっていない状態のコンクリート、いわゆる生コンのようなものが溢れてきていた。
黒い生コンはみるみる溜まっていき――
ずどん、と。
最後に間欠泉のように噴き上がった。
てっきり破壊された迷宮の修復が行われるのかと思っていたが、噴き上がった生コンもどきはバカみたいにでかい大蛇、もしくは龍がのたうつように広間の床に横たわり、さらには天井へと伸び上がる。
まるでヘビ花火――俗称ウンコ花火のようであったが、その巨大さと、伸びていく速度が尋常ではない。
あっという間に広間が分断され、と同時に、広間に散っていたおれたちも分断される。
何事だと困惑したが、そこで思い出したのが妖精注意。
迷宮を破壊すると起きる、迷宮のしっぺ返しだ。
しかしここの場合はノアの支配下であるため、これはノアが起こしているということになるのか?
「ご主人さま!」
咄嗟にシアがおれの側に。
シャフリーンもこっちに来た。
「あああぁ! レイヴァース卿ぉぉぉッ!」
分断された向こうから悲壮なアレサの声が聞こえてきたが……、この状況ではどうにもならない。
ミーネはシオンの側へと行った。
瞬間的に、今のシオンは武器が無く無防備と判断したのか、それともこちらへの合流は断念して単独になるのを避けようとしたのか。
倒しようもないものが相手ではどうすることも出来ず、おれたちは異変が収まるのを待つしかなかった。
△◆▽
広間を分断させたウンコ花火はしばらくすると床に染みこむように消えて無くなり、後には大穴が修復された空間が広がるだけだった。
少し前までそこにいたはずのメンバーの姿が無い。
居るのはおれとシア、シャフリーン、扉の側に居たイールとカークスだけだ。
「み、みんなどこいった……? まさか今ので押しつぶされたとかして死に戻りか?」
「それはどうでしょう、ミーネさんならさらにぶっ壊して抵抗するくらいしそうですし」
「じゃあ……、別の場所に移動させられたとか?」
「……うーん、そんな感じだといいですよね」
尋ねてはみたが、シアにだって正確なことなどわかるわけはなく、期待を込めた曖昧な返事を返してくる。
とそのとき、イールが開けようとしていた岩扉がごりごり音を立てながら開き始めた。
「なんとか開けられたか」
「いえ、勝手に開きましたよ、これ」
「え……、じゃあおまえってずっと扉に張りついていただけ……?」
「ちゃんと開こうと頑張ってましたよ!?」
イールは抗議してくるのだが……、結果がねぇ……。
「ご主人さま、どうします?」
「そうだな……、理想としてはこのまま進んでノアを討伐。イールが迷宮を管理下に置き、それから皆の安否を確認って感じになる。ただ戦闘になった場合、ミーネやシオンとはぐれてしまったのが痛いな」
「そうですね。……でも、ほら、そこはわたしが頑張りますから」
えっへんとシアが自己主張してくる。
確かに、いざとなったらシアに張りきってもらうしかない。
「そうだな。頼りにさせてもらう」
「お任せくださいませませ」
シアはスカートの裾を摘み、優雅にお辞儀をして見せた。
調子に乗ったシアがうっかりポカしないことをおれは密かに祈った。
タモン様、レビューありがとうございます!
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/12
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/09
 




