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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
5章 『迷宮の紡ぐ夢』編
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第359話 12歳(春)…六層へ

 迷宮を進んでいくうち、勝負でありつつもある程度エルセナに配慮した走りをするベルラットの思惑がなんとなくわかってきた。

 要はもう一台リヤカーがあることによる突破力を欲したのだ。

 おれたちだけでは一時停車して交戦するような場面でも、二台による突撃で突破が可能になり、追ってくる奴らはおれとミーネが対処することで引き離す。停車して留まることになれば、場合によっては寄ってきた魔物との戦闘も起こりうるわけだが、突き進むことで進行ルート上で遭遇する魔物との戦闘だけに絞ることが出来るのだ。

 言ってみればこの迷宮の魔物は無限湧き。

 遭遇する魔物を倒していけば安全になる、という考えは当てはまらず、となればなるべく魔物との遭遇を減らす手段を取るべきだ。

 なんとなく雨のなかを歩いて目的地へ行くのと、走るの、どちらが濡れないか、という思考実験を思い出す。

 正解は走る方が濡れる量が少ない。

 雨を水槽と考えると、そこに滞在する時間が短ければ短いほど濡れる総量が減る、という話だ。

 そんなことを考え、おれが現実逃避している間にもベルラットとエルセナは遭遇する魔物を撥ねたり轢いたりと絶好調。

 魔物がたむろするテリトリーではさすがに突破は難しいため、リヤカーを止めて用心棒の先生方が対処する。

 魔物の群れとの遭遇。

 本来なら忌々しく思うところだ。

 しかし跳ねまくり、ぶつかりまくり、なおかつ競い合っている状態のリヤカーに搭乗している状況では、魔物の群れに遭遇した方が一時的にリヤカーから降りられるため、おれたちとしては歓迎するというわけのわからない状態になっていた。

 それくらいリヤカーに乗っているのは精神が削られるのだ。

 角を曲がったと思えばすぐまた角。

 丁字路、十字路、それに多叉路。

 どう曲がるかはリヤカーを引っぱるベルラットが曲がってみなければわからないため、あらかじめ体勢を整えておくことが出来ない。前もってどっちに曲がるとか言ってもらえれば助かるが、それだけのことでもリヤカーを引きながら走るベルラットには負担になる。

 これはもうおれたちが我慢するしかない。

 まだ明るければいいのだろうが……。

 暗がりの先、曲がり角や叉路が浮かび上がったと思ったらもう進入し、そしてドリフト、側面を壁にぶつけ、ガリゴリこすりつけながらのコーナリング。


『あぁぁ――ッ!?』


 すぐ真横に壁があり、うっかり顔なんて出したら摺り下ろされる状況で平然としているのは無理だ。おまけに自分ではまったく操作できないというのも恐怖を煽る。

 速度自体はそれほど速くないはずなのだ。

 しかし、乗っている乗り物、そして走行する場所と状況によって体感速度というものはずいぶん変わる。

 Iアブソーバーによって振動と衝撃がかなり軽減され、ものを考える余裕があるだけに恐怖する余地が生まれるとは完全に想定外。

 おれたちは悲鳴の合唱を奏でることになっていたが、一方、Gシックスに乗るカークスは静かなものだ。もう継続ダメージレベルで衝撃を受け続けた結果、すっかりうんともすんとも言わなくなっていた。


    △◆▽


 爆走する二台のリヤカーはやがて五層階層主の間へと到着する。

 ボスをやっているのはそろそろお馴染みに感じるようになったカトブレパスさん。

 広間の奥で伏せ、長い首を地面に下ろしていたが、突撃してきた二台のリヤカーに「え?」といった感じで首をもたげる。

 今のメンバーならどうとでもなるという相手だが、ベルラットもエルセナも、進入してきた勢いそのままに併走しながらカトブレパスに突っこんでいく。


「挟むぞエルセナ! 合わせろ!」

「いつでもいいわよ!」


 ベルラットにエルセナが応じる。

 これまで二人は競争しつつも、息のあったコンビネーションを見せることが多々あり、そろそろおれには二人が勝負してるのか、仲良く走っているのかちょっとわからなくなってきている。

 二人はベルラットが右、エルセナが左で併走しているが――、挟むってどうするんだろう? ここで分かれ、大きく弧を描いてカトブレパスの左右から突っこんでいくつもりだろうか?

 カトブレパスは立ち上がり、ぶんぶん首を振って臨戦態勢になっている。

 そして顔の発光器から激しい光を放ち、高速で明滅させ始めたのだが、そのタイミングでベルラットは右へ、エルセナは左へ一瞬だけリヤカーの向きを変える。

 それはドリフトのためのフェイントモーション。

 Dルーラーはカトブレパスに向かって右から回り込むように弧を描いて側面を向けて滑っていき、Gシックスは鏡映しのように左から回り込んでいく。

 そして首をぶるんぶるん振り回して発光するカトブレパスは、ドリフトからそのまま滑ってきた走行リヤカーに左右から挟まれた。

 メシャァッ、と。

 それは自分の正面にある肉を、両手に持ったトンカチで挟み込むよう同時にぶっ叩いたような状況なわけで――


「ンモモモォォ――――ン!?」


 たまらずカトブレパスが悲鳴をあげる。

 ぺしゃんこ、とはいかなかったが、その息のあった連携攻撃はカトブレパスに大ダメージを与えたようだ。

 発光器の明滅は止まり、長い首を地面に垂らしてびくんびくんしている。

 こうなると仕留めるのは楽そうだが、おれたちの目的は先に進むこと。

 無力化されたカトブレパスに時間を割く理由はなく、もうここに用はないとばかりにベルラットもエルセナも、カトブレパスを放置して六層への降り口へ向かう。


「……き、きゅうけいを……」


 微かにカークスが呻いていたが、それは無視された。


    △◆▽


 再び地獄のような階段下りを行い、いよいよ六層へ到達。

 ベルラットもエルセナも呼吸は荒いが気力は充分。

 逆にリヤカーに乗っているおれたちは衝撃に揉まれまくっているせいで疲弊。カークスは瀕死。ぴくりともしなくなっている。リヤカーに乗ったまま死んだ場合はどうなるのかちょっと気になった。

 六層に入ってからは魔物との戦闘が激化したため、ベルラットとエルセナの競争が抑制されるという状況になっていたが、口には出さないものの、リヤカーに乗る誰もがそれを喜んでいたと思う。

 リヤカーの突撃、もしくはミーネの魔弾では対処できないような魔物となると、戦闘要員がリヤカーを降りての戦闘となる。

 当初はシャフリーンの魔刃による迎撃が予定されていたのだが、揺すぶられた状態では下手するとすぐ前にいるベルラットに当たりかねないため、これはまずいということで中止となっていた。


「っしゃー! 行くぜ!」

「わたしもご一緒しまーす!」


 とぐろを巻き、通路を塞ぐは巨大な蛇。

 これはシオンとシアが嬉々として討伐。

 リヤカーに乗っている状態があまりにつらくきついため、そろそろ魔物との戦闘がうきうきわくわく、楽しいレクリエーションと化してきていた。

 六層はシャロ様が元の世界の知識によって名付けた魔物の他、特別な統一名称を付けられなかった巨大生物型の魔物ともよく遭遇する。

 そいつらは例え特殊な能力は持っていなくても、肉食のでっかい生物というだけで充分脅威だった。

 哺乳類型や爬虫類型、それらは単純に恐ろしい相手という認識だったが、これが昆虫――特にカサカサ走り回る黒い奴となると……


『うっぎゃあぁぁぁ――――ッ!?』


 湧き上がるのは魔物に遭遇しての恐怖ではなく、幽霊とかそういう得体の知れぬものに出くわしてしまった恐怖に近い。

 理解できぬもの、理解することすら拒絶するもの。

 ある意味、精神攻撃である。

 暗闇から浮かび上がったそいつは不快害虫であり衛生害虫であり経済害虫でもあるという害虫の王者ゴキさんの超大型で、こっちのリヤカーくらいあった。

 まあ端的に言って悪夢である。

 悲鳴が大きかったのはシア、ティアウル、パイシェ、エルセナの四名。

 ミーネ、アレサ、シオンは「うえぇ……」と嫌そうな表情くらい。

 おれもどちらかと言うとこっちか。

 リヤカーで撥ね飛ばして突破したい相手であったが、地面にぺたっと伏せている奴なので下手するとリヤカーが乗り上げて転倒しかねない。おまけにこいつは地味にタフで、動きが素早く、そして非常にしつこいらしい。雷撃で足止めすればいいものの、コイツに追われながらというのは精神的に疲弊するのでここで潰しておくという判断に落ち着いた。

 戦うとなるとでかい図体のくせに無駄に素早いため苦戦するところだが、そこは先読みができるシャフリーンが活躍した。


「――そこ! 魔刃(エセリアル・ブレード)!」


 でかいくせに視線を振り切るような変則的な動きをしてみせるゴキさんを一閃にて両断。

 が、そのタイミングがまずかった。

 真っ二つにしたのが天井に張りついたときだったため、体液が飛沫となってこっちに降ってきたのだ。


『ぎぃやあぁぁぁぁ――――ッ!?』


 さすがに、これには場に居合わせたほぼ全員が悲鳴をあげた。

 おれもさすがに上げた。

 上げなかったのは瀕死のカークスくらいのものだった。


    △◆▽


 全員が恐慌状態に陥る場面もあったが、魔物との遭遇戦をやりすごし六層を進んできたおれたちはやがてかなり広い通路へと出た。

 どうやらもうすぐコースの最終地点らしく、ベルラットが言う。


「エルセナ、勝負はここまでだ」


 ベルラットが走るのをやめ、速度を落としていってリヤカーを止める。

 エルセナもそれにならった。


「途中で脱落すると思っていたが……」

「じゃあ私の勝ちってこと!?」

「アホウ! それとこれとは話が別だ。ここからはもう勝負どころじゃない。……まあ、勝負は引き分けというところだな」


 さすがに六層階層主にはリヤカーで突撃するつもりはないようだ。

 おれたちは下ろされ、それぞれが明かりを用意すると、Dルーラーの周囲に展開して進む。

 カークスはGシックスに乗ったまま。

 歩きたくないわけではなく、単純にここに来るまでのダメージによって動けなくなっているらしい。

 ぷるぷるする手でポーションの瓶を口に運ぼうとしている。

 今のところ、カークスはこちらに何か仕掛けてくる余裕はないようだ……、かといって油断も出来ない。

 アレサはおれの座席に細工した見習い鍛冶士を見つけだしたが、そいつに依頼した相手までは追えなかった。だが、おれの予想では依頼主はこいつなのでは、と思っている。当てずっぽう、と言うより、この作戦を好ましく思わない――ノアを討伐されて困る奴となるとこいつらくらいしか居ないからだ。

 おれがリヤカーの後方にてカークスに注意を払う一方、前方ではミーネとシオンが六階のボスについて話し合っている。


「階層主の名前ってなんだったかしら?」

「マンティコアな?」

「ああそうそう。それ。シオンでも倒せない強さなのよね?」

「それなんだが……、たぶんここに居る奴は普通のマンティコアじゃないっぽいんだよ。そのせいでアタシ一人だとキビしくてさ」


 マンティコア――。

 名前の由来が『人食い』という魔物である。

 あちらの世界では出典によって姿が若干異なったりするが、基本的な要素は『人の顔』と『獅子の体』と『針のある尻尾』だろう。

 古い書物に描かれている姿は人面犬ならぬ情けない面した人面ライオンだが、現代においては格好良く描かれることが多い。

 そしてこちらの世界におけるマンティコアは、困ったことに格好良く描かれた方のマンティコア――つまり脅威だ。

 まず大きさが全長十五メートル前後。このうち束になった毒針が先端についている尻尾が全長の約三分の一――五メートルほど。つまりその体躯は十メートルほどとなるが、それだって象よりもずっとでかい。象よりでかく、尻尾に毒針を持つネコ科の猛獣となるとゴキさんとはまた違う悪夢である。おまけに口からは瞬間的に発火する液体を噴出――要は炎を吐く。

 そんな存在なので、ノーマルであってもかなりの脅威。

 襲われたら村とか普通に消えて無くなる。

 どうやらコゲた肉が好みらしく、まず村を炎の海に沈め、それからゆっくりモグモグするらしい。

 洒落にならない魔物だが、唯一、気休めになる情報は個体数が少なく、めったに確認されないことだろう。

 まあその数少ない出現報告が大惨事なのだが。

 おれたちはゆっくりと慎重にボスの間へと進んでいく。

 いよいよ大きな入口まで到達すると、カークスもリヤカーから降りた。

 ちょっとふらつきながら、さらにポーションをぐびぐび飲んでいる。

 入口の向こうは巨大な闇があり、こちらの明かりでは到底照らしきれなかった。

 まずはティアウルに確認してもらう。


「……あんちゃん、中にはなんも居ないぞ?」

「居ない?」


 いくら調べても敵を捕捉できないとティアウルは言う。

 そこでアレサがまず入ってみると志願。


「いやいやいや、そういうわけには」

「大丈夫ですよ。私は治癒能力が高いですし、痛みにも慣れています」

「そうかもしれませんが……」


 適任だからってそんなことを頼むのはな。

 いや、ここでぐだぐだ言うのは侮辱になるか?

 アレサはおれたちのために行ってくれると言うのだ。

 その覚悟を無下にするだけの名案を思いつけず、考える時間もかけられないのであれば……。


「わかりました。アレサさん、お願いします」

「はい。かしこまりました」


 アレサが慎重にボスの間へと入っていき、ある程度進んだところで魔法によって光の玉を幾つも作りだすと、それを部屋の上部へとばらまいた。

 これにより内部はすいぶんと明るくなり、そして広間が旅客機の格納庫みたいにやたら広々としていることがわかった。

 そして正面奥には閉ざされた大きな石扉がある。

 ボスが不在のようなので、おれたちはアレサに遅れて広間へと入りそのまま扉の前まで向かう。


「開かないようです」


 先に扉に到着していたアレサが言う。

 何か条件があるのだろうか?


「私が調べてみましょう」


 考えていると、Dルーラーの荷台と座席ユニットの隙間から、にゅるんとイールがでてきて、扉をぺたぺた触り始めた。

 イールのことはバロットの関係者から話は聞いていたのだろうが、初めて見るらしくエルセナは驚いていた。


「ふむ、この扉だけなら私から干渉して開けることも出来そうです」

「じゃあ開けてもらおうか」

「はい。ちょっと待ってくださいね」


 そしてイールが扉に干渉を始めたところ――

 ドスンッ、と。

 背後で鈍い音が響き、全員が振り向いた先にいたのは巨大な魔物――マンティコア。


『は?』


 さすがに誰もが困惑した。

 あんなでかい奴どこにも居なかったのに、どこから湧いて出た?

 ともかく出て来てしまったものは仕方ない。

 なんとなく、エンカウント式のRPGって現実的にはこんな感じじゃないのだろうか、とおれは思った。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/01/31

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/19

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/23

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/09


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