第358話 12歳(春)…『Dルーラー』VS『Gシックス』
「いよいよだ! 気ぃ入れろよ!」
ベルラットの引くDルーラーに乗り込み、出発するおれたちを四層迷宮街に滞在していた人たちが声援で送り出してくれる。
四層はまだイールの管理下なため、魔物の遭遇もなくおれたちはすみやかに五層への降り口となる階層主の間へと向かったのだが――
「おやおや、先客がいるようですね」
ボスの間へ到達する前にイールが言う。
辿り着いてみたところ、そこに居たのはおれも知っている人物だった。
「あ、えっと……、バートット」
「バロットな?」
先客が何者かはミーネにもわかったようだが、残念ながら名称はあやふやだった。
まず一人はエミルスに到着初日にコンタクトをとってきたバロットのカークス。
そしてもう一人を見てベルラットは唸る。
「ちっ、面倒なことになりそうだ……」
そこに居たのは不屈の求婚者、エルセナだった。
遠目では見たことがあったが、こうして対面するのは初めてだ。
じっとこちら――、いや、ベルラットを見つめる表情には迫力がある。ちょっときつそうな印象を受ける美人さんだ。
そんな二人の後ろには一台のリヤカーが停めてある。
「お待ちしておりましたよ」
そう言ったのはカークス。
無視して進める雰囲気ではなかったので、おれたちは一旦シートベルトを外してDルーラーから降りた。
ミーネだけは砲撃座をぐるぐるさせて遊び始めたが、何かあったら魔弾でバンバン援護してくれると思うので放置。
「オウオウ、オレたちを待ちかまえて、どうしようってんだ?」
「ああ、どうか勘違いなさらないでください。私はおまけのようなものです。貴方がたに用があるのはエルセナですから」
バロットではなくてエルセナ?
「おうエルセナ、そんな大層なモン持ちだして何の用だ?」
ベルラットが指摘した大層な物――リヤカーは四輪ではなく六輪で、普通(?)のダンジョン仕様のリヤカーより一回りほど大きい。
ベルラットはカークスを見やって言う。
「いつだったか、そいつでオレを釣ろうとしたな。確か名前は『ゴブリン・シックス』……、だっけか」
G・シックス。
なんでも伝説のリヤカーらしい。
百年ほど昔、バロット研究員の一人が自らの提唱する『迷宮最速理論』をもとに、作りあげた六輪のリヤカー。
バロットにもFDR好きは居たようだ。
六輪にした理由は曲がりでの安定性を求めた結果。
難点は接地面が増加するための、直線での加速性能の低下。
どれだけ速度を落とさずにコースを走れるか、というデリバラーの腕が問われるリヤカーだ。
満を持しての投入であったらしいが……、結局、扱いきれる者がおらず、すぐに姿を消してしまったらしい。以降、このコンセプトのリヤカーが出てこないのは、扱える者のいないリヤカーを作っても意味が無い、という単純な理由からだった。
エルセナがしばしベルラットを見つめ、それから言う。
「勝負よ。勝負」
「勝負だぁ? そいつでか」
「ええ、ここはレース場じゃないけど、かまわないでしょう?」
エルセナがGシックスをレースで使わなかったのは、持ち味である速度を生かせないからだろう。
しかしここは迷宮で、Gシックスは『迷宮最速理論』を前提として設計されたリヤカーだ。それはつまり長い直線がなく、曲がり角の多い迷宮内においては性能を存分に発揮するということになる。
「確かにレースで勝ってみろ、とは言わなかったが……。勝負するってのか。この迷宮で。最下層を目指しての」
「ええ、そう。そうよ。貴方は迷宮制覇を成し遂げたら、デリバラーを辞めてしまうんでしょう? だったら、もう私が勝負を挑めるのはこの場所、この瞬間しかないわ」
エルセナは真剣な表情。
本気のようだ。
「迷宮から始まった。なら、迷宮で終わらせるのもいいでしょう?」
「……そうだな」
ベルラットが勝負を認めてしまう。
今回のこれはエルセナが自ら提案して、そこにバロットの連中が乗っかったという話……なわけがない。
これはエルセナを下層に突っこませるため、ノアとの提携が解消されて後が無くなっているとバロットがエルセナを唆した結果だろう。
そんなのはこの状況を見ればミーネにだってわかる。
たぶんわかる。
どうも胡散臭いので、こそっとティアウルに周囲を調べてもらい、他に誰か居ないか確認してもらう。
結果は潜伏している者は無し。
「……ご主人さま、どう思います?」
「……中途半端な護衛は文字通り荷物にしかならないって判断だろうな。軽ければ軽いだけ有利になる。あと魔物の対処については、こっちに押しつけるつもりなんだろうよ……」
こんなの美味しいところだけを持っていこうとの寄生だが、ベルラットは余計なことを言おうとはしなかった。
ただ、エルセナに挑まれた勝負を受ける。
これにより『D&D作戦』は単純に最下層を目指すだけでなく、ベルラットとエルセナ――イール側とバロット側による競争しつつの攻略というわけのわからないことになってしまった。
「オウ、オマエら、とっとと乗り込みな!」
「さあ走るわよ! 振り落とされないようにしっかりとしがみついておくことね! そこまで責任は持たないから!」
ベルラットがおれたちに、エルセナがカークスに言う。
「なんでこうすべてが予定通りすんなりといかないのかねぇ……」
「なんでですかねぇ……」
おれのぼやきにシアが同意。
おれたちはDルーラー指定の席へ乗りこみ、シートベルトを着用。
カークスもGシックスに乗りこむ。
あちらは一人しか乗らないため、座席は悠々と足を伸ばせ、背もたれもゆったりと寝かせたものになっている。衝撃を吸収するためにどんな工夫をしているのかちょっと気になったが、それを調べさせてもらえる状況ではない。まあこちらの生体衝撃吸収材――Iアブソーバーほどの物は搭載されていないだろう。
作戦はここからが本番であり、さらに競争を行っての突撃だ。
因縁の二人――コースレコードを更新させるような張り合いをする二人が、安全運転など出来るはずがない。
「エルセナ、行くぜ!」
「いいわよ!」
二人は五層への降り口――下へと続く階段前までリヤカーを引いていくと、申し合わせるようにして一歩を踏み出した。
これまで、降り口になったらおれたちはDルーラーから降りていた。
ベルラットの負担、そしておれたちの尻へのダメージ軽減するためだ。
だがここからはもう突っこむだけ。
リヤカーの引き始め、立ち上がりというのは当然ゆっくりなものになる。
しかし、下り階段に突撃したことにより、すぐに引いて走るだけでは到達できない速度に達し、そんな状態にあっても二人は競い合うせいで乗っているおれたちはシェイクされているような有様になった。
「ウヴォワヴァヴァヴァヴァァァァ――――ッ!!」
高速で階段を下りることによる連続した衝撃、それを受けとめるIアブソーバーが悲鳴をあげる。
それはまるで邪悪なエキゾーストノイズ。
二台のリヤカーはまるで濁流のように荒々しく階段を下りきり、平らな通路に降り立ったところで、ガッシャーンと車輪を支えるサスペンションを痛めつけ、階段で得た加速を殺さないように前へ、前へ。
リヤカーのライトによってはっきりと照らし出されるのはせいぜい十メートルほど。
魔物が徘徊する、暗闇に覆われた通路をそれでも二人のデリバラーは走る。
まずはベルラットが先行。
ルートを知らないエルセナは背後にぴったりと付けていた。
が、ベルラットがいっさいの迷いなく、次々と曲がり角を曲がっていくうちに、加速して隣に並ぶ。
「そう! そういうことなのね! あのコース! 貴方はとっくに進むべきルートを知っていたのね!」
「もう気づきやがったのか!」
エルセナはベルラットの訓練用コースがこれから進むべきルートであると気づいた。
「もちろん気づくわよ! 私がどれだけあのコースを走っていると思ってるの!」
「オレよりは走ってねえだろう!」
「あら! 本当にそう思う!?」
この自信――、エルセナも相当走り込んでいるらしく、それから丁字路だろうが、十字路だろうが、エルセナは迷いなくベルラットと併走しながら走って行く。
こうしてベルラットとエルセナが競い合うなか――
「あ! この先に何かいるぞ! でも一匹だな!」
ティアウルの索敵に魔物が引っかかる。
そして姿を現したオーガ。
撥ねた!
爆走してきたリヤカーに驚いて棒立ちになっているところを、ベルラットとエルセナがそのまま突っこんで撥ねた。
後ろ向きになっているおれには、宙を舞ったオーガが床にメシャッと叩きつけられる様子がよく見えた。
さすがにそれでとどめとはならなかったが、オーガなんぞにかまっている暇はないのでそのまま遠ざかっていく。
それからも二人はばんばん魔物を撥ねたり轢いたり。
「あれ!? もしかして私って仕事ないの!?」
上の射撃席にいるミーネがショックを受けていたが――
「安心しな! ここを抜けた先の広間で一仕事だ!」
ベルラットが言う。
「何をすればいい!?」
「広場はバカみたいにデカい蜘蛛野郎の縄張りだ! やったら頑丈な糸を張ってやがる! 鋼糸みたいなもんだ! 一人なら隙間を縫っていけばなんとかなるが、この状態じゃあ避けようがねえ! そいつが絡まると蜘蛛野郎が出て来る! 面倒だから糸をなんとかしてくれ!」
「わかったわ! 魔弾じゃ無理かもしれないから、剣を抜いて威力の大きい魔術を使うわ! 広間に来たらちょっと速度をゆるめてね!」
それから少しして広場に出た。
ただ、広々とはしていなかった。
なにしろ白く薄い生地のような蜘蛛の糸がその広間を覆い尽くしており、広さの判断がつかなくなっていたからだ。
確かに人一人ならば避けながら抜けられる可能性もあるが、リヤカーがあっては糸をどうにかしての強行突破しか方法がない。
ミーネは剣を抜き――、柄をにぎる両手を顔のすぐ横に、そして剣を寝かせて切っ先を前方に向ける。
「〝空牙ッ〟!」
斬るのではなく突き。
斬撃ではなく、突撃による風の魔術。
それは何重もの蜘蛛の糸のベールを真っ直ぐに貫き、先の通路までの大穴をあけた。
「よっしゃ! いいぞ嬢ちゃん!」
そこでベルラットは『配送の向こう側』により、異変に気づいた大蜘蛛が出張ってくる前に広間を突破しようとする。
カークスが同行者を自分だけに絞って重量の軽減を図った甲斐があったか、Gシックスを引くエルセナはその後ろに食い下がってきた。
『キュギュキュキュゥ――、キキィ――』
リヤカーが走り抜けるなか、広間に響く甲高い鳴き声。
それはバードコール――木片と金属棒をこすり合わせることで小鳥の囀りのような音を出す道具――を力まかせに捻ったような、蜘蛛たちの鳴き声だ。
次々に降りたって来たのは、小さいのでも人くらいの大きさがある大小の蜘蛛たちで、即座にこちらを追ってきた。
「で、でか!?」
座席を後ろに向けたミーネがびっくりしている。
確かにあんなのと巣になっている広場で戦うのは面倒な上に時間がかかりそうだ。しかし『配送の向こう側』は負担が大きく、長時間の運用、もしくは短時間での連続使用は出来ない配送闘技らしい。それを広間を抜けるわずかな間だけとは言え、いきなり使う判断をしたのは……、エルセナのための道を作ったのだろうか? まあ迷宮制覇に執念を燃やすベルラットだ、そこは彼なりの判断があるのだろう。迷宮をどう駆けるか、そこは完全にベルラット任せなので、そっちはその執念を信じ、おれはおれの役割を果たすだけだ。
「あ、ちょーっと横にのいてもらえますかね! 足止めするんで!」
Dルーラーの後ろを追うエルセナに、手振りも交えてお願いする。
常時後ろ向きになっているおれとしては、猛然と追走してくる大蜘蛛軍団がばっちり確認できて落ち着かないのだ。
大人しくエルセナが横にどいたので、おれは蜘蛛めがけ雷撃をぶっ放す。
『ギュキキキキ――ッ!?』
邪悪な囀りを響かせ、蜘蛛たちは痙攣して転倒。
そこにミーネが魔弾をバカスカ撃ち込んだ。
「た、楽しい……!」
乗り物に乗った状態で敵を射撃するという、この都市に来るまで体験したことのなかった形式の戦闘はミーネを興奮させる。
ぶっちゃけ、ミーネのやってることってゲーセンのガンシューティングだからな、そりゃあ楽しかろう。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/03/15
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/22
 




