第356話 12歳(春)…Iアブソーバー
FDRグランプリが終わったので、さっそくベルラットのDルーラーの改造に着手する。
とは言ってもDルーラー自体はいじらず、座席ユニットを作って荷台にすぽっと収めるだけなので、やることは座席ユニットの出来上がりの確認と、実際に取りつけての走行テストとなる。
その日、うちのメンバーとシオンはリヤカーの製造・改造を専門とする鍛冶屋へ向かった。
大人数でぞろぞろお邪魔したのは、ほぼ完成したらしい座席ユニットに皆で座ってみて、実際に仕上がりを確かめるためだ。
座席ユニットは組まれた長方形型のフレームに座席が設置されているというもの。
前から二人横並びで三列。これで六名。
そして最後尾に後ろ向きになっている座席が一つ。
ここは追ってくる魔物を電撃でびりびりさせて足止めする役のおれの席だ。
さらにフレームの屋根には一人用の特殊座席がある。
ここはミーネの特等席。
魔弾で魔物を狙撃するための射撃席だ。
製作に携わった職人たちが見守るなか、おれたちはほぼ完成している座席ユニットに試座してみる。
設計の段階で専用席と決められていたのはミーネの射撃席と、おれの座る最後尾の一席である。それ以外のメンバーは相談しつつ席に座り、それから体を固定するための4点式シートベルトの着用と着脱を軽く練習した。
最初はジェットコースターの座席に使われているようなU字型の安全バーで押さえつけるようにしようと思ったが、ロック構造がややこしくなりそうなので断念した。それに自分でロックは解除できるようにしておかなければならず、場合によってはうっかりどこかのお嬢さんがロックを解除してしまって、ときおり耳にする『カーブで何を落としたか?』的なナゾナゾの答えが『速度』ではなく『ミーネ』とか『ティアウル』になってしまっても困る。
まあジェットコースターみたいに時速100キロ越えでぶるんぶるんするわけではない。せいぜい25キロ前後、加速しても30キロくらいの速度だ。うっかり吹っ飛ばないための4点式シートベルトと、あとは座席前の頑丈な持ち手で体勢を維持してもらおう。
「あは! ぐるぐる回るわ!」
ミーネの射撃席は座席が回転させられるようになっている。
自由に狙いが付けられないのでは、射撃席である意味がないからだ。
まあシートベルト着脱練習は後でも出来る。ミーネの場合は射撃席の調子を確認する方を優先させた方がいいだろう。
みんなそれぞれ試座して確認した結果、問題ないように思われた。
が、ティアウルが言う。
「あんちゃんの席がちゃんとくっついてないぞ?」
「へ? おれの?」
「うん、ここの下」
と、ティアウルはおれの座席の下を指さす。
すると立ち会っていた職人が顔をしかめ、そのうちの一人が言う。
「おいおい、そんなわけねえだろ。そもそも見もしないで何でそんなことわかるんだ? 適当なこと言ってんじゃねえぞ」
「あたいなら見えるぞ」
「はあ?」
職人は何言ってんだコイツ、といった顔になるが、ティアウルの能力を知らないからそれも仕方ない。
そこで簡単にティアウルの能力を説明してみたが、それでも職人たちは半信半疑。
すると奥からドワーフの職人がのそっとやって来て言った。
「確かめろ」
その一言で、職人たちは困惑しつつも座席の取り外しにかかる。
「あなたは……?」
「俺はヴァイロ共和国の『大工房』から来た鍛冶士だ。リヤカーの性能を上げるために使えそうな仕組みがあってな、その指導に来た」
ふむ、ここの職人たちは新しい技術を教えてくれる相手だから頭が上がらないのか。
やがて座席が取り外され、そのなかでティアウルの指摘通り見えない場所のネジが付けられていないことが判明する。
「いや、そんな馬鹿な……、ここは俺がちゃんとやったところだぞ?」
職人の一人が唖然として言う。
ドワーフの職人は苦々しい表情でため息をつく。
「……妨害だろうな。ベルラットが迷宮制覇に挑戦するという話は広まっている。おおかた、それを阻止したい奴だろう」
「じゃあその誰かがこれをやったのか?」
「んなわけねえだろうが。頼まれてここの誰かがやったんだろうよ」
「だ、誰が……?」
職人たちが動揺するなか、そこでアレサが言う。
「では……、犯人捜しは私に任せて頂けますか? よりにもよってレイヴァース卿が座る席に細工をするような方にはたっぷりと反省していただかなければなりませんし」
アレサは微笑んでいたが、目が笑っていない。
どんな惨劇が起きるかわからないが、犯人に同情の余地はない。
下手したら座席がおれを乗せて緊急脱出装置みたいにスポーンとすっ飛んでいたかもしれないのだ。
「ティアウル、よく気づいてくれた。ありがとうな」
「お役に立てたな!」
にこにこと嬉しそうなティアウル。
ふーむ、もしかしてこの子、実は物凄く有能なのでは?
これまではレーダー的な役割ばかりと思っていたが、内部構造を知ることのできるスキャンとしてもその能力は使える。
これはうかつに解体できない魔導器の研究とかにすごく貢献しそうだ。
ただそのためには構造を理解する知識と、それを正確に描き出す技能も必要になる。
出会った頃、鍛冶士も冒険者もダメだろう、と父親のクォルズに言われていたティアウルだが、ここにきて努力次第で冒険者にも、鍛冶士――とはちょっと違うが、魔道具研究・開発に携わる技士にもなれる可能性が生まれていた。
そう説明したところ、ティアウルは笑顔で首を振った。
「あたいはこのままあんちゃんのメイドがいいな!」
「それはもったいないぞ……?」
「あんちゃんのメイドになる機会を放りだす方がもったいないぞ?」
うむむ……、メイドというものを気に入っていくれているのは嬉しいのだが、他の可能性を蹴ってもこだわるほどだろうか?
まあうちのメイドとして楽しくやっているようだし、ティアナ校長からは少しずつ成長しているとの報告もある。
本人がそう望むなら、それでいいのかもしれない。
△◆▽
フリード家の屋敷にて何回目かの『D&D作戦』の会議を行う。
参加者はうちのメンバーと、ベルラット、シオン、濃縮ウンコ、フリード伯爵の十一名だ。
まずはおれから座席ユニットの進捗を報告。
ほぼ完成しており、明後日には実際にDルーラーの座席に取りつけて走行テストを行うことも出来ると思われる。
「オマエらを乗せての訓練は……、そうだな、二日は欲しい。それで不具合が出なければ一日休んで、翌日に作戦決行だ」
座席ユニットを取りつけ、実際におれたちが乗った状態での走行テストはマシンテストと言うより、ベルラットが人が乗った状態で走る感覚を自分に馴染ませるための訓練といった側面が強い。もちろん、わざと負荷をかけ、故障しやすい部分をあぶり出すというのもある。
「ではベルラットさんはもう一日ゆっくり休んでおいてください」
最短で五日後に『D&D作戦』決行となる。
そう真面目に話し合うなか、ミーネとティアウルは隅の方で濃縮ウンコ――イールと遊んでいた。
バランスボール体操みたいに、二人してイールに座って跳ねてを繰り返している。
「……そこのお嬢さんたち、そんなのに座っちゃダメですよ」
「いえいえ、かまいませんよ。フリード家の子息女はみんなこうやって私に座ってきましたしね。ふふ、たまにおやつもくれたり」
その『おやつ』とやら、リトルジョーなのかビックベンなのか、それとも両方なのかはわからないが、おれとシアは協力してお嬢さん二人をイールから引きはがした。
「ところで、私はどんな姿で同行すればいいんでしょう? もしかして人の姿で座席に座っていくんですか? ……あ、でもそうなると座席が足りませんね」
「あれ? おまえって人の姿になれるの?」
「なれますよ。ただ評判が良くないので控えていますが」
評判が良くないってどういうことだ。
「人の姿になれるのかー? すごいな!」
「見せて見せて!」
意味がよくわからないでいると、アホの子二人がイールにお願いしてしまう。
「ではせっかくなので姿を変えてみましょうか」
そしてうにょんとイールは美男子になった。
問題があるとすれば――すっぽんぽんなところだろうな。
「んにゃぁぁ――――ッ!?」
皆が唖然とするなか、シアが悲鳴はあげてあたふたすると、シャッとおれの背後に隠れた。
「んー、やはり評判は良くないようですね。そんなにひどい姿なのでしょうか? シアさん、そんなに怯えなくても大丈夫ですよ?」
とイールは股間の宝剣をぶらぶらさせながらこっちに近づいてきて――
「ち、ちち、近寄って来んなぁぁぁッ!!」
どごん、と。
シアに蹴っ飛ばされて壁をぶち破って消えた。
「ちょっとー! いきなり蹴るなんてひどいじゃないですかー!」
と思ったらスライム姿に戻ってぽよんぽよんしながら戻って来た。
そしたら錯乱――獰猛化したシアにまた蹴られて隣の部屋の壁もぶち破ってさらに奥に消えた。
と思ったらぽよんぽよんと再び戻って来た。
「さすがにあんまりじゃないですか!?」
「うっしゃい!」
一声叫び、シアが再びシャッとおれの背後に隠れる。
「あ、あの、すまないが、屋敷を破壊するのはこれくらいにしてもらえないだろうか?」
伯爵が弱り切った顔で言う。
「そうですね。――シア、もうこれくらいにしとけ」
「……すいません、ぶらぶらさせて近寄ってくる相手には渾身の蹴りをお見舞いする習慣が身についていたもので」
色々と突っ込みどころのある条件反射だが、とりあえずこれは長生きしてるくせに全裸がデフォルトになってるイールが全面的に悪いので雷撃を喰らわせておく。
パチンとな。
「んぎゃぱぱぱ!」
意外と効果有り。
まあスライムってのは物理に強くて魔法に弱いってのは定番だしな。
「やってと頼まれたのにこの理不尽! ちょっと! あんまり攻撃されたら私死んじゃうんでやめてください!」
「あれ? おまえそんなに弱いの?」
「力の大部分は迷宮運営に持っていかれるんで、私自身はそんなに強くないんですよ!」
「ほほう」
「どうしてそこで『良いこと聞いた』みたいな反応!?」
「……アホか。おまえに効果があるってことはノアにもあるってことだろうが」
「おおう、なるほど! てっきりもっと強い電撃を試してみようとか考えたのかと疑ってしまいましたよ!」
「はっはっは、そんなわけないだろう」
アレサがおれを見て苦笑いしていたが、余計なことは言わないでおいてくれた。
「それで結局のところ、私はどうやって同行するんです?」
「もちろんちゃんと考えてある」
と、設計図を広げて説明する。
Dルーラーの荷台に収まる座席ユニットだが、なにも寸分の隙間無く収まるようには作られていない。
むしろ余裕がある。
「ここにおまえは収まる」
「へ? 隙間ですけど?」
「隙間だな」
「あの、これじゃあ私、挟まれてるだけですけど?」
「そう、この隙間におまえは挟まれるんだ。そしてリヤカーからの振動や衝撃をおれたちへ伝わらないよう吸収する。名付けて『イール・アブソーバー』だ」
「なんですそれ!?」
イールは愕然としているようだったが、知ったことではない。
「座席ユニットを荷台に固定する物は無い。おまえが固定するんだ。なんだ。まさか何もせずのんびり迷宮観光でもするつもりでいたのか? もちろん頑張ってもらうからな!」
「で、出来ますかね……?」
「出来るかな、じゃねえ。やるんだよ。すべては魔素溜まりほったらかしで遊んでいたおまえの過失から始まったんだろ? だったらこれくらいやらないといけないよな? な!」
「……うぉぉぉ……」
ぺちこーん、と叩くと、イールはぷるるんと震えた。
△◆▽
二日後、ひとまず完成した座席ユニットをDルーラーに乗せ、イールに隙間へと入ってもらい、ほぼ本番と同じ状態で迷宮の上層にてテスト走行をした。
明かりについてはリヤカーに前方、後方を照らすための魔道具のライトがある。これが破損した場合は、ミーネにくっついているプチクマが応急的な明かりになる。
座席の並びも最適化された。
基本的に前方に出現した魔物にはミーネの魔弾で対処するが、できなかった場合は最前列に座るシャフリーンの魔刃で排除する。
最前列もう一人はティアウル。
こちらは周囲の状況を報告するため、ベルラットに一番近い位置に置こうと考えたための配置だ。
二列目はシアとシオンの二人。
リヤカーに取りついてこようとした魔物の対処をお願いする。
おそらくあまり出番はないだろう。
三列目はパイシェとアレサ。
たぶんこの二人は一番出番がないと思われる。
パイシェの戦い方は魔道具ガントレット『ゼルファ』を使っての機動力を生かしてのものだし、アレサは集中と詠唱を必要とする魔法を使うのは難しい。
まあだいたいはミーネの魔弾と、おれの雷撃で対処できると思われるが……。
走行中の衝撃はイールが頑張って吸収してくれている。
「ウヴォアァァァ――ッ!」
ただいちいち悲鳴をあげるのが鬱陶しい。
耳障りだが……、そこは仕方ないと諦めることにした。
△◆▽
走行テストは深夜にまで及ぶ。
日が暮れてからは都市の街道を利用したベルラットの練習ルートを走る。
ベルラットが走るお決まりのルートはベルラットコースとして都市の人々にも周知され、他のデリバラーも練習のために走ったりする。
コースの長さは徒歩だと朝出発して翌朝やっとゴールできるような尋常でない長さだが、ベルラットは休憩も含めてこれを六時間ほどで完走する。
ベルラットはデリバラーとしての仕事、クラン総長としての仕事がないとき、いつもこのコースを走り込んでいるらしい。
聞けばベルラットが遊んでいる姿というのは誰も見たことが無く、酒を飲んだりして騒ぐのはクランでの祝い事や、都市の行事くらいとのこと。
アレな人と思っていたが、ベルラットは驚くほどストイックで、すべての情熱を下層攻略に向けていた。
「このコースは何か意味があるんですか?」
「ああ!?」
深夜、ようやくコースを回り終わったあと、ベルラットに尋ねたら威嚇された。
どうしてこの人はこんなにおれを目の仇にするのやら……。
ベルラットは苦笑いするおれを睨んでいたが、やがて面倒そうに言う。
「オレが覚えている最下層へのルートだ」
「は? 最下層への……?」
「ああ。フリードの旦那に無理言って、都市の通りをコースに作り替えてもらった」
だからこれでもかと走り込んでいるわけか。
でもよくそんなルートを――、と尋ねようとしたが、ベルラットはもう話すことはねえとばかりにリヤカー引いて撤収してしまう。
もうちょっと仲良くしたいんだけどなぁ……。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/22




