第355話 12歳(春)…FDRグランプリ最終戦(後編)
レースのスタート。
その合図は魔道具の明かりが使われる。
スタートラインの先に組まれたコースを跨ぐ櫓、その中央にある緑のライトの左右には赤いライトがそれぞれ五個ずつ並ぶ。この赤いライトが両端から順に灯っていき、最後に中央、緑のライトが点灯した瞬間がレースのスタートだ。
本当に厳密なスタートを実現するなら緑のライトを無くし、灯った赤ライトを全消しでスタートさせる方がいいのだが、そこまでの正確さを求めるレースではないので問題はないのだろう。
大騒ぎしていた観客も、この時ばかりは黙りこみ、赤いライトが中央に迫っていくのを固唾を飲んで見守っていた。
そして緑のライトが灯ったとき――
『オルアアアァァァァ――――――ッ!!』
二十名のデリバラーたちによる咆吼が上がった。
モータースポーツであれば、エキゾーストが轟音となって響き渡っているだろうが、こちらは人力。
では始まりは静かなものなのか?
否、答えはこれだ。
設定された重量のリヤカーは軽々と引けるようなものではない。
そもそもリヤカー自体が頑丈な作りであり、さらに装甲まで付けられているためバカみたいに重い。
それは整地ローラーを引くのと大差ないのだ。
デリバラーたちはそんなリヤカーを引いて走らなければならい。
まずは走りだすための一歩。
その一歩に全身全霊を尽くし、さらに絞りだすために吼える。
二十名が上げる絶叫は、レース開始によって一斉に沸く観客の歓声でも掻き消せないほど激しく、そして猛々しい。
『さあ始まりました最終戦。
徐々に徐々に、走者が速度を上げていきます』
最初の立ち上がりから、スタンド前を左右に真っ直ぐに伸びているホームストレートで加速した選手たちが最初に飛び込むことになる第1コーナーはたぶん30Rくらい。
Rというのは2πrのR。
要するに半径であり、30Rのカーブは半径30メートルの円と同じ曲がり角度ということになる。
この第1コーナーは幅が広くなり、バンク――内側が低く、外側が高いという片勾配になっている。
これがまたかなりの急勾配。
40度以上の角度があると思われ、スタンドから見るとちょっとした土壁のようだ。
モータースポーツであればバンクはファースト・イン・ファースト・アウト――速度を落とさず曲がらせるためのものだが、このFDRレースにおいては別の意図が含まれる。
当然ながらFDRレースは速度がモータースポーツどころか競輪よりもずっと遅く、そのためコーナー前で速度を落とすのは容易い。
が、問題は曲がってからだ。
なにしろ動力は自分自身なので、速度を落とせばまたスタート時のように必死になって速度を上げていく必要がある。
鋭いコーナー毎にそんなことをやっていては選手も観客も興ざめだ。
では速度を落とさずにコーナーへ突っこんだ場合はどうなるか?
自分よりも圧倒的に重いリヤカーに乗っかった慣性に負け、曲がりきれずにクラッシュである。
いくら自己強化されていようが限界はある。
シアくらい強化されるなら話は別だろうが、デリバラーたちではさすがに無理な話。
そこでバンクの登場となる。
バンクの役割は全力で曲がりつつも、制御できない慣性を坂を登る力へと変換させ、曲がった後は重力の力で選手たちが必死に再スタートを始めなくてもすむよう用意されている。
ただ、だからといって勢いのままバンクに突っ込み、そして曲がりつつ降りるのは効率のよいコーナリングではない。
理想的な第1コーナーの攻略はホームストレートを走っている間に左寄り、アウトからコーナー内側――インを目指しながら進入、そしてコーナー脱出後はアウトへ、というアウト・イン・アウトで曲がることだ。
これならストレートでの加速を殺さずにそのまま第1コーナーを抜けることができる。
ってか、それを推奨してこのコーナーは作られている。
観客は歓声をあげながら、まずは誰が先頭で第1コーナーを通過――ホールショットを決めるかを見守る。
理想的なコーナークリアを目指し、選手たちはコース左へと寄っていく。
順当にいけばポールポジションからスタートして現在トップのベルラットになるのだが、コーナー手前で二番手にいたエルセナがベルラットの横に出ると、徐々に速度を上げて並び、コーナー内側へと向かおうとするベルラットをブロックしつつ第1コーナーに進入する。
ホールショットはエルセナだ。
「よっしゃー、いいですよー! そのまま逃げ切りです!」
シアは声をあげてエルセナを応援していた。
まだ始まったばっかりだぞおい。
『さて、開始早々に順位が動きました。
エルセナが先頭、ベルラットは二番手に。
さらにその後ろをザガッシュとバンファードが追います』
第1コーナーを曲がると、そこからコースは緩い下りの勾配となっている。このコースはホームストレートで速度をつけた選手が最初に突っこむ第1コーナーが上りにもなっており、そこで高度を稼がせ、あとは重力に引かれて自然に加速する状況が作られていた。
第1コーナーを曲がると短いストレートがあり、次に短い間隔でジグザグになったコーナーが待ち受ける。そのジグザグを第2、第3コーナーとカウントすると、コーナーが多くなりすぎややこしいため、ジグザグはひとまとめで第2コーナーと呼ばれる。
通称ヒュドラコーナー。
勢いを殺さず、ドリフトの連続で突破するコーナーだ。
名称がヒュドラなのはコースの先にまだこのジグザグが四箇所あるからである。要はにょろにょろの蛇コーナーが五つあるので五つ首――ヒュドラ、ということらしい。それぞれを個別で表す場合はヒュドラ1、ヒュドラ2――、と呼ぶようだ。
ここでの追い抜きはちょっと厳しいため、選手たちは進入した順にリヤカーをぶんぶん振らせながらドリフトで突破する。
すると次は第3コーナー。
120Rの右回り、長くゆったりとしたコーナーで、通称トロールコーナーと呼ばれる。
この長いコーナーでまた順位が若干変化し、どういうわけかあっさりとベルラットが『戦記』と『黒猫』に抜かれた。
『おっと、ベルラットはこれで順位を三つ落としました。
抜き返そうとする気迫は感じられません。
体力を温存していると思われる安定した走りを続けます』
第3コーナーを通過してくると、コースはスタンド正面に突撃してくるようなストレートになる。その先に左へ折れる第4コーナーがあり、そのままホームストレートに水平(にょろにょろだけども)に並ぶ第5コーナー・ヒュドラ2へと繋がる。
要はこれ、スタンドのすぐ近くでドリフトしながら選手たちが走って行くのを見せるという趣向だ。
ヒュドラ2を抜けると、スタンドから見て右奥へと離れていく長いストレートがあり、ドリフトを披露した選手たちが遠ざかっていく。
そこから右へ緩めの100R、第6コーナーがあり、そこを抜けると第7コーナー・ヒュドラ3。
ヒュドラ3をクリアするとそこからはストレート。
選手たちは緩い下りということもあってどんどんと加速。
そして速度が乗り切ったところで、その速度を受けとめるバンク有りの鋭い第8コーナー、いわゆるヘアピンカーブが待ち受ける。スタンドから見ると尖った小山のようなコーナーだ。
勢いが乗りまくった選手たちはライン取りしながらそこを上り、ドリフトで曲がったところで今度は重力に引っぱられて再加速する。それは物をほぼ真上に放り投げたときに描かれる放物線のようだ。
そしてこのヘアピンを抜けると、そこから大きなS字コーナーとなる。しかしただのS字ではなく、Sの真ん中と底にあたる部分がヒュドラ4・5となっている特殊コーナーだ。
一気に下った加速をなるべく殺さないようにドリフトでヒュドラ4を抜け、そのまますぐ左へのコーナーをクリア、そして次のヒュドラ5を抜けると待ち受けるのは若干バンクのある最終コーナーだ。
この最終コーナーを抜けるとそのままホームストレートに繋がり、スタンドの左――第1コーナー寄りにあるコントロールラインを抜けたら一周となる。
『二周目に入った時点で先頭はエルセナ、二位はザガッシュ、三位はバンファード。
ベルラットは四位。
このまま安定した走りを続けるのであればさらに順位を落とす可能性もあります』
選手たちの走力にそこまで決定的な差があるわけではなく、ほぼ数珠つなぎのような状態で走っているので、ベルラットがさらに順位を落としていく可能性も充分にあった。
まあレースは五周だし、まだ勝負をかける段階ではないとは思うが……。
それからレースは三周目まで進行し、エルセナがトップなのは変わらず、二位、三位を『戦記』と『黒猫』で競い合っているような状態。
そして我らがベルラットはと言うと、最下位まで順位を落としてしまっていた。
トップがエルセナ、最下位がベルラットという状況のまま、レースはいよいよ四周目へ。
トップを走るエルセナがホームストレートに戻って来ると、コントロールライン横で旗係が赤い旗を振る。
『さあ赤旗が振られました!
いよいよレースは佳境!
今回はどのような戦いが見られるか!』
赤い旗はモータースポーツにおいてはレースの中止を知らせるものだが、FDRレースではまったく別のことを伝達する。
それは選手同士による走行妨害の解禁だ。
魔物に襲われようが迷宮をひた走るデリバラーたちの王者を決めるレースであるならば、やはりそこに闘争は欠かせない。
FDRレースの三周目までは選手たちが走る姿を見てもらうための、言わばデモンストレーションのようなもの。
ここからはこれまでの行儀良さを脱ぎ捨て、本当のデリバラーの走りを見せつける時間となる。
コントロールラインを越え、四周目に突入した瞬間からエルセナはこれまでよりも加速し、第1コーナーへと突っこんでいった。
それを追うのは二番手争いを続ける『戦記』と『黒猫』。
やや遅れて団子状態になっている他の選手たちも続く。
これまではコーナー前となればそれなりに縦列にもなったが、戦闘の解禁となった今、ぶつかり合い上等、横並びであろうとかまわずそのまま第1コーナーへと突っこんでいく。
行ける、と思ったら追い抜きを仕掛け、一台分もない隙間に突っこんでいって力ずくで前走者の間に自分をねじり混む。
ぶつかり合う装甲リヤカーに観客は沸いた。
その反応に、おれはFDRレースというものが人々にはヨーロッパ的よりもアメリカ的な感じで受けいれられているのだと感じた。
ヨーロッパにおいてはモータースポーツはマシンの性能、ドライバーのテクニック、サーキット毎の駆け引き、レース展開と、総合的に楽しむ傾向があるが、アメリカは単純でわかりやすく派手なものが好まれる傾向がある。例えばそれは楕円コースをアクセル踏みっぱなしでごちゃごちゃになって回り、ぶつかり合い、弾き飛ばされて吹っ飛ぶ様に興奮し、熱中するのだ。
リヤカーがあんまり重いので、下手に轢かれたら死亡する可能性もあるFDRレースは、実はエミルスの迷宮に潜るよりも命がけかもしれない。
だが、だからこそデリバラーも観客も興奮する。
何気にガチムチが言っていたことが当たりなような気がするが……、まあいい。
第1コーナーは混戦と化したが、一位を独走するエルセナにはそんなことは関係ない。
そんなエルセナがコーナーを抜けきるというところで奇妙な動きを見せた。
猛烈に足をジタバタさせ、土煙を発生させて後方の走行妨害を計ったのである。
「なんだあれ!?」
「……知らねえのか……? あれはデリバラーたちがリヤカーと一体となったとき放てる配送闘技よ……!」
「配送闘技……!?」
「……そう、そして、あの技の名は『ダストストーム』……! 下手すれば足がもつれ転倒、自分のリヤカーに喰われかねない危険な技よ……! これに選手生命を絶たれた奴は片手じゃ足りねえ……!」
「!?」
どうしよう、聞いていて頭がおかしくなりそうだ。
「いや、あの、そこまでの危険を冒してやる意味あります?」
「あるのさ……! 極限状態でのレース、ほんのわずかなダメージでも勝敗を分けるには充分だ……! それに……、コーナーなら……! 見な……!」
言われて目を向けると、土煙の煙幕から抜けだしはしたが、コーナーで膨らむ者が現れる。
さらに他の選手にぶつかってクラッシュさせる者も――、いや、それにしてはぶつけた奴がその反動で鮮やかにコーナーを抜けていった。
「え……、わざと?」
「あれは緩く曲がっている奴めがけ、鋭く進入して自分のリヤカーの側面をぶつけ、その反動で相手を潰し、自分はコーナーを抜けるという配送闘技――『ラプター・ターン』だ……!」
確か競艇に似たテクニックがあったような気が……。
「目測を誤ったり、相手が速度を変化させたら自分がクラッシュする……見た目には反して繊細な技術が求められる技……。猛禽が……、上空から獲物めがけ鋭く急降下し、そして舞い上がっていく様であることから名付けられた配送闘技よ……」
ガチムチの説明によると、迷宮内において速度が出た状態で道幅に余裕のない曲がり角を曲がるときに用いられる技らしい。
横滑りさせたリヤカーを正面の壁にぶつけて強引に曲がるのだ。
なるほど、だからどうした。
おれはどうでもいい知識に脳のメモリが食われることを嘆いた。
――が、それからガチムチは各ポイントでデリバラーが繰り出す配送闘技の説明をいちいち説明してくるようになった。
「あれは自ら体勢を崩しスピン……、それを利用して自分のリヤカーを相手にぶつけて吹っ飛ばす『トルネード』……!」
聞いていると自分の頭が悪くなっていくのが実感できる。
悲しい。
「あれはバンクを登り切り、一気に下ることで限界以上の加速を得て前を走る奴らを蹴散らしながら抜き去る『スターダスト』……! が、自分の限界を超える加速を受けとめられる足がなければあのざまよ……!」
一気にバンクを上り、急加速して下っていた選手は足がもつれて転び、自分のリヤカーに轢かれた。
んー? 競輪であんなテクニックなかったっけ……?
『現在トップはエルセナ、二番手はバンファード、三番手はザガッシュとなっています!
そして我らがベルラットは最下位!
未だ動かず!
今回のレースは守りに入っているのでしょうか?
どうやらベルラット、近く迷宮へ挑戦するらしく、それを考慮して余計な怪我を負わないようにしている可能性があります!
おっと、そうなると、エルセナが勝つ可能性もありますね!
ベルラットとエルセナ、ようやく結婚か!?』
下手するとマジで死ぬ可能性もあるバトルレースとなった結果、四周目でリタイヤすることになったのは六名。
どうやら我らが魔迅帝ベルラットは攻撃に巻き込まれないようにと最後尾に留まっているようだった。
確かにこのレースが終わったら『D&D作戦』だからな、下手に積極的に競い合って怪我でも負ったら問題なのだが……。
「それでいいのか……? エルセナは嬉しいだろうけど……」
そう呟いたところ、おせっかいなガチムチが言う。
「知らないのか、お前は……。いいか、ベルラットが四周目からいきなり本気を出せば、もうレースはフィナーレよ……。だからベルラットはハンデを与えているのさ……、『俺が本気になる前に走りきって見せろ』ってな……」
それって舐めプしてるってことじゃねえの?
「それに、見な……! 奴の走り……! もしリヤカーの轍がはっきりと残っていたらよくわかったはず……。奴はこの四周、まったく同じように走ってやがるのが……」
「それって――」
「そう、車輪を温存してるのさ……」
車輪を温存とか聞いたことねえぞ!?
いや、車輪に取りつけられたタイヤってことか?
でもアスファルトでもない、押し固められた地面でタイヤを温存する意味ってのもよくわかんねえし……。
あとこのガチムチ、『それってどういうこと?』って聞こうとしたのに、どうしておれがそれに気づいたみたいに話を進めるのよ。
「ベルラットは力を温存してるのよ……」
そしていよいよラストとなる五周目。
生き残ったデリバラーたちが残る力を振り絞り、これまでよりもさらにスピードを上げてコースを走る。
各選手の走りはさらに激しく、過激に、自分以外はすべて倒すべき敵であるという気迫をそのまま叩きつけるようにバチバチとやり合う。
そして選手たちは複雑なS字を抜け、最後の最後、ホームストレートへ帰ってきた。
と、そこで現在五位のデリバラーが自分の体すらもつっかえにしての急ブレーキをかけた。すると示し合わせたように、それ以下のデリバラーたちも次々とブレーキをかけ、コースを塞ぐように並んでいく。
もう色々と慣れた――と言うか諦めたので、何やってんだろう、くらいにしか思わない。
「あれは『デッドエンド』……。後方の走者の妨害をする配送闘技……。だが、一対一という状況でもなければ、先行者には置いて行かれ、周りには抜かれていくという諸刃の技よ……」
「繰り出す技がいちいち頭悪いですね」
「はっ、それが男ってもんだろう……?」
ちげえよ。
勝手に男を代表すんな。
少なくともおれはあんなに頭悪くねえ。
「確かに『デッドエンド』はレースにおいてはあまり使いどころのない配送闘技だ……。しかし、状況によってはその妨害は後ろから来る者への激励にもなるのよ……。つまりそれは『俺を蹴散らしていけ』という餞さ……」
「蹴散らしていけって……」
「ベルラットが迷宮制覇に挑戦する話は広まっている……。そしてもしそれが叶ったとき……、ベルラットはデリバラーを引退するだろうという話もな……。だから、その餞ってことよ……」
ああなるほど、と思うと同時、やることなすこと深刻に頭が悪い、と思わずにはいられない。
「でも餞たって、普通にぶつかって――」
「ベルラットの奴はずっと同じリヤカーを使っている……。どれだけぶっ壊れても、こつこつ修理してな……。結果、リヤカーには奴の執念がしみ込み、魂すら宿るようになったのよ……」
「え、えっと……?」
「そう、奴のリヤカーは魔化しているのさ……!」
うん、だからね、なんでおれがそれに気づいたみたいに話を進めようとするのよ。
んなの知らねえよ。
「そんな奴が放つのは……、ベルラット――魔迅帝のみに許される必殺の配送闘技よ……! 見ろ……!」
急停止したリヤカーが道を塞ぐ壁となっていたが、ベルラットはかまわずそこに突っこんでいく。
そして――、その体、いや、リヤカーからも光るオーラが立ち上り、爆発するように弾けると、ベルラットはその爆発を推進力に変換したように急加速。
ベルラットは壁になっていたリヤカーを蹴散らし、二位争いをしていた『戦記』と『黒猫』、そしてトップを走っていたエルセナも吹っ飛ばしてそのままゴールに飛び込んだ。
『決まったー!
優勝はベルラット!
連勝記録をさらに更新しました!』
わっと観客は沸いたが……、いいのか?
本当にこれでいいのか?
おれはこのレースの意義すらも疑問に感じていたが……、この都市の人々はこれでOKなのか?
レースの結末におれは困惑するばかりだったが、隣のガチムチはふうっと熱い吐息を零し、そして告げる。
「見たか……。あれが魔迅帝――ベルラットが到達した究極の配送闘技……! 『配送の向こう側』よ……!」
いや消失って消えてどうするんだよ。
配送しろよ。
あとシア、おれを見るな。
おれの『向こう側』とは違うものだから。
一緒にすんな。
△◆▽
FDRグランプリ最終戦はベルラットの優勝で終わり、それと同時に総合優勝――王者が確定した。
完走者はベルラットのみというメチャクチャな結果。
他の走者はベルラットの『配送の向こう側』によってリタイヤしてしまったからだ。
ゴールしたベルラットはそのままウィニングラン――最後にもう一周コースを回る。すると観客たちは我先にとわらわらコースに雪崩れ込み、奇声を上げながらベルラットを追っかける。
なんだかマラソン大会の先頭をリヤカーが走っているみたいなことになった。
そのあと表彰式が行われ、表彰台にはベルラットとエルセナ、あと『黒猫』のバンファードが乗った。
こうしてベルラットは王者の座を守り通し、FDRグランプリは無事(?)終了。
その後、クラン『迷宮皇帝』ではベルラットの優勝を祝っての宴が催され、賑やかな時間を過ごすことになった。
なんだかんだで騒いだあと、おれたちはシャロ様の屋敷へと帰還。
おれが書斎でほっとひと息ついていたところ、シアが来て妙なものを渡された。
企画書だった。
『伝説の走り屋――仏地切男。
『不幸』と『踊』ってしまって大クラッシュ。
異世界に転生して迷宮都市で運び屋を始める。
今、迷宮最速の運び屋伝説が幕を開ける……!』
えっと……。
「あの、シアさん? これをおれにどうしろって言うの?」
「いや、べつにどうもしなくてもいいんです。ただ今日のレースを見ていたらわたしの中にこういうものが生まれてしまって、どう処理したらいいかわからなくて出力してみただけなので」
「いやおれにパスしてくんなよ……」
本当にどうしたらいいかわからなくて困るわ。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/12
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/03/15




