第36話 閑話…バートランの独白
バートランは物思いにふけりながら馬車を走らせていた。
孫娘のミーネはレイヴァース家での生活の様子をひたすら喋り続けていたが、そのうち喋り疲れて眠り込んでしまった。枕にしているのはミリメリア姫へのお土産――毛布にくるんだリカラの香木だ。
我が孫ながらとんでもないものを枕にしている、とバートランはややあきれる。
ミーネが話した話題の多くはレイヴァース家の長男についてだった。
どんな話をしたか、一緒になにをしたか、そんなことをずっと楽しげに語っていた。
それを聞きながら、バートランは密かに安堵する。
顔合わせはうまくいったようだ。
いや、それどころか口実でしかなかった魔導の訓練、これに成果をだしてみせた。予想を遙かにこえた成果。大成功と言うべきだった。
発現した魔術は地水火風――四大属性と呼ばれるもの。
「もしかしたら、ミーネちゃんはあなたに続くかもしれないわね」
リセリーはそう言った。
〈破邪の剣〉の後継者――。
もしそうなれば素晴らしいことだ。
魔術が使えるようになったきっかけについて、ミーネは隠していた。
しかしリセリーは関わっていないと言うのだから、あとはもう彼しか残らない。
ロークにそういった素養はないし、クロアは幼い。
彼は実に興味深い少年だとバートランは思った。
あの歳ですでに神撃を使い、母からは魔導学を、父からは生存術を学ぶ。
弟のために玩具を作り、絵本を書く。
仕立てた服など神が引き取りにきたというのだから、もうわけがわからない。
「神子か……」
シャーロットがそうであったとされている。
「ふむ……」
似ている、とバートランは思う。
いや、もしかしたら同じなのかもしれない。
ミーネが言うには、彼は自分の名前が嫌いなようだ。しかし彼は今の名前でしか自分を認識できない。これを変えるならば導名をえるしかない――そう考えていると。
そんな話をミーネは楽しげに語ったが、バートランはあることにはたと気づく。
祖先――クェルアークの日記にあるシャーロットについての記述。
そこに同じような話があったのだ。
『彼女は自分の名を忌避している。
それは私が日記に書きこむことも許可しないほどにだ。
いったい彼女の名前はなんなのだろう。大魔導師である彼女の力をもってしても、変えることのできない名前。
彼女は神の呪いだと忌々しげに吐き捨てていたが、私はそれをただの冗談めいた悪態とは思えなかった。なぜならその名前故に彼女は導名に執着し、さまざまな物を作り、取り組みをおこない、そして魔王を討伐しようというのだから。
彼女の名前は彼女を突き動かすために神がかけた呪いではないのか?』
もしかしたら、彼もシャーロットと同じ役割を担っているのではないだろうか?
「スナーク共も騒ぎ始めたしな……」
そう遠くない未来、魔王は誕生すると各方面の見解は一致している。
これまでどおりならば、そこまで問題ではないのだが……。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/08




