第351話 12歳(春)…探索訓練
少し行き詰まりはしたものの、その後、問題を一気に解決するアイデアが出たことによりリヤカー改造計画は急速な進展を見せた。
ひとまず仕上がった計画書をベルラットに見せ、許可が下りたところで今度は『迷宮皇帝』が懇意にしているリヤカー専門の鍛冶屋に設計図を持っていき、必要なパーツを先に製作しておいてもらう。
これでFDRグランプリ最終戦後、直ちに改造に取りかかれる。
そしてエミルス到着六日目となるその日、おれたちは迷宮探索に慣れるための訓練を行うことになった。
これにはシオンが同行。
本来であれば物資を分担して担いでいくところだが、おれたちの場合は妖精鞄があるので、各自はぐれた場合を想定して最低限の物資を持っていくだけですむ。このことはこの都市の秘密を知り、一緒に『D&D作戦』に参加するシオンにも説明しておく。
「うおぉ……、そいつは便利だなおい。かなり楽になるぞ」
おれたちの目標は『D&D作戦』の成功――要は短期での決着となるため、限られた物資での探索活動を体験する必要まではない。
なのでそのあたりは楽が出来る。
今回は体験探索のような日帰り――素潜りではなく、三日間という期間、日の光の届かない地の底での活動を実体験することが最大の目的になっている。
そして第二の目的は下層の魔物と戦闘を行ってみることだ。
シャフリーンはこの下層の魔物を一人で倒せることが、ベルラットに指定された『D&D作戦』参加の条件となっている。
この『三日間の滞在』と『下層の魔物との戦闘』という二つの目的から、おれたちが滞在する場所は中層の最後、四層にある迷宮街になった。
四層迷宮街を拠点とし、最初の下層となる五層を探索するのだ。
△◆▽
探索初日は一気に四層の迷宮街まで進むことになった。
途中で遭遇する魔物は実戦経験の少ないシャフリーン、それから本人たっての希望でティアウルがそこに加わっての二人で対処してもらうことになった。
一層のボスはゴブリン、二層のボスは忌まわしきオーク。
ボスが次の階層に徘徊している魔物の強さを表すが、これくらいなら二人はまったく問題なく対処できた。
死角が存在しないティアウルと、先の先をとれるシャフリーンのコンビはかなり余裕を持って遭遇する魔物を倒していく。
ちょいちょい罠もあったが、それはティアウルがあっさり発見するのでこちらも問題になることはなかった。
ミニマップ、索敵、罠感知と何気にティアウル大活躍。
「ぶー」
「はは、まあ今日は辛抱な」
一方、封印された戦力の一人――ミーネが戦いを見守るだけなのに不満を持ったが、シオンに下層から楽しめばいいと諭され、肩に乗るプチクマには「元気出せ」と慰められていた。
体験探索での照明はプチクマに任せていたが、今回は控えてもらい、全員がそれぞれ明かりを持っていた。使っているのはこの都市で見つけて購入した魔道具の照明だ。地面に叩きつけても壊れない頑丈な品で、けっこう良いお値段だった。
△◆▽
探索は順調に続いていたが、三層階層主であるトロールとの戦闘にティアウルとシャフリーンはちょっと手こずった。
トロールは二足歩行するカバみたいな魔物だ。
もっと小さくて可愛らしくて温厚だったらきっとシャロ様はムーミンと名づけたんじゃないだろうか? 残念ながらこの世界のトロールは人も食う魔物であった。
トロールは小回りはきかないものの、でかい体の質量を生かしての突進攻撃は脅威。あと脂肪が厚く、皮が頑丈なのでタフ。
苦戦は防御力が高い相手への火力不足が原因だったが、それでも二人はトロールを撃破し、おれたちは中層最後となる四層に到達する。
ここに来るまでに各層の迷宮街に立ち寄って休憩を挟みながら進んできたが、それでもこれまで経験のない暗い閉鎖空間で、魔物と戦いながらの進行はティアウルとシャフリーンを疲弊させた。
確認してみるとすでに出発から十時間ほど経過しており、外ならそろそろ日が沈み始めている頃だ。
シャフリーンはまだ余裕を残しているものの、ティアウルの方はへろへろ、疲れを通りこしてもう眠そうだ。
訓練はここまでとしてシャフリーンを下がらせ、ティアウルはシアにおんぶしてもらうことに。
「シアごめんなー、あたい眠い……」
「いいんですよ、ティアウルさんは頑張りました。寝ちゃってください」
そしてティアウルは気絶するみたいにこてんと眠った。
肉体的な疲れよりも、広範囲をサーチし続けた緊張状態での精神的な疲弊が大きかったのだろう。
「やっと出番ね!」
「久しぶりの本格的な戦闘です。ボクも張りきっていかせてもらいます」
そこからはミーネとパイシェが解禁され、二人は遭遇する魔物を見敵必殺と言うか即殺で始末していく。三層でボスやっていたトロールさんも、パイシェの魔道具ガントレット『ゼルファ』による、風の噴出で加速された拳を前には体勢を崩し、そこをミーネが一刀両断。
罠発見役のティアウルがお休み中なので、底に尖った岩が並ぶ落穴とか、崩落とか、ガスが噴出する隙間とか、魔物が呼び寄せられる仕掛けなどに二人はばんばん引っかかったが、そんなの知ったことかと基本性能で強引にどうにかしていた。
まさかの漢探知かぁ……。
「シオンさん、これでいいんですかね?」
「まあこれはそのための訓練じゃないし、この辺りならいいよ。下層からは慎重に行くけど」
確かにこの探索の主な目的は『迷宮内での滞在』と『下層の敵との戦闘』だからな。
それから探索初日はそのまま目的地――迷宮最後の安息地となる四層迷宮街に向かい、すぐに休むことになった。
四層までくるとさすがに街並みに気を使う余裕がなくなり、建物となれば共有トイレのみ、あとはテントが集まっているだけである。
そんなテント街の一角にある、クラン『迷宮皇帝』の占有区画でおれたちは休息を取る。
大きなクランともなれば迷宮街に専用の区画を持っており、クランメンバーが持ち回りで出張・常駐し、探索するメンバーをサポートしてくれる。
「明日はいよいよ下層の探索だ。ここまでは適当だったが、明日はけっこう口出しすると思うけど必要なんだ。そこは勘弁してくれよな」
シオンがわざわざ言うのだ、下層は別物なのだろう。
イールの支配域からノアの支配域になるわけだからな……。
△◆▽
迷宮探索二日目――。
習慣によって朝方に目は覚めたが、迷宮内なので本当に朝なのかどうかいまいちわからない。
「なんか変な感じがする……」
寝ても起きても暗い世界。
踊り光るプチクマが光源となっているテント内で目覚めたミーネが困惑していた。
「まあこれは慣れるしかねえな。ってか、今回はこれを体験するために潜ったようなもんだ。これがけっこう感覚を狂わせて、体の状態に影響するんだよ。だから普段通りにはいかないってことを覚えておいてくれ」
予定されている『D&D作戦』でも、ここで一度休息をとってから下層に突撃することになっている。
一度だけとはいえ、作戦時に初めて体験して調子が上がらないまま作戦を遂行するよりはずっとマシだろう。
シオンは慣れたもの、といった感じだったが、おれたちは意識がいまいちしゃきっとしないと言うか……、謎の倦怠感に悩まされながらの迷宮籠もり二日目となった。
二日目はまず下層へ降りるための降り口へと向かう。
そこに待ちかまえていたのは、体験探索時、二層のボスとして出張させられていたオーガだった。
「ミーネ、待った」
ミーネがさっそく魔弾を放とうとしたのをシオンが止める。
「うん? なに?」
「ミーネはちょっと休みだ。――えっと、白髪の姉ちゃんさ、ちょっとあいつと一対一で戦ってみてくんねえ? あいつ一応、下層の魔物でもあるからさ」
「ああ、なるほど。わかりました」
下層の魔物を倒せることがベルラットに提示された『D&D作戦』に参加できる条件だ。
シャフリーンはシオンに言われた通り、一人でオーガに挑む。
オーガ相手にも先の先を取るシャフリーンだったが、短槍の攻撃を加えようとオーガは怯まず、旗色が悪い。
シオンはしばしシャフリーンの戦いをじっと眺めていたが、シャフリーンが押され始めたところでシオンが出る。
唐突なシオンの乱入であったが、シャフリーンはシオンの意図を速やかに理解し、邪魔にならない位置へと動く。
そして一閃。
シオンの魔技によってオーガは袈裟斬りにぶった切られた。
「んー、やっぱそうかー」
あっさりとオーガを始末したあと、剣を収めながらシオンが言う。
「白髪の姉ちゃんはサポートとしては凄くいい。でも、下層はちょっと厳しいかもしんねえな。今回は様子見で下層へ連れていくけど、働きによっては本番は地上で待機してもらうことになるかも」
「……!?」
これにシャフリーンは驚きを露わにする。
シャフリーンとしては置いてきぼりにはされたくない。
しかし実力が伴わないと判断されてしまっては……。
「……私は……、まだすべてをお見せしてはいません」
少し黙りこみはしたが、シャフリーンが言う。
「実力を隠してるって? いやまあそれなら嬉しいんだけど、ならなんでオーガと戦ってるときに出さなかったんだ?」
「……覚悟が、必要だったもので」
「覚悟って……、いつ決まるんだよ」
「今、決まりました」
そうはっきりとシャフリーンは言うが、ちょっと気負いすぎていると言うか、思い詰めていると言うか、あまり良い状態とは思えない。
「そっか。わかった。じゃあそれを信じることにして、いよいよ下層だ」
シオンは降りる前にまずおれたちを集めて指示をする。
「下層はこれまでと別世界だ。一応、六層を目指してみるが、辿り着けるかどうかは状況次第だな。降りたら無駄なお喋りは禁止だ。ドワーフの嬢ちゃんは探知に専念してもらう。あと定期的に現在位置の確認と、向かう先、その周辺の地形を確認だ。いざとなったらどの方向へ撤退したらいいか、撤退した先はどんな地形になっているかを確認しておかないと、行き止まりで追ってくる魔物と戦うことになったりするからな」
シオンの話を聞いたあと、おれたちは下層――第五層へと降りる。
これまでは和気藹々としていたが、陽気だったシオンの調子が真剣なものへと変化したことで一気に緊張感が増す。
なるべく音を立てず、ゆっくりと歩きながら六層への降り口を目指す。
そしてしばらくするとシオンが言う。
「なあドワーフの嬢ちゃん、周囲に魔物はいるか?」
「いないな。さっぱりだぞ」
「……なんかおかしい。ここならもう二、三回は遭遇してるはずだ」
シオンは顎に手を当てて考え込んでいたが、ため息をついて言う。
「嫌な感じだ。一旦引き返す」
シオンはすぐに撤退を決めた。
引き際が良すぎる気もしたが、これくらい慎重でなければ死亡回数ゼロのランクA探索者にはなれないのだろう。
しかしそのときティアウルが叫んだ。
「なんか後ろからこっちに向かってきてるぞ! いっぱい!」
「いっぱい!? どんな奴らだ?」
「えと……、あれ? 先頭にいるのは人だぞ? その後ろから獣みたいのが追ってきてる」
「んだそりゃ? どっかのバカが無茶して追われてるのか?」
「助ける?」
「いや無視だ。ここから急いで離れる。走るから……、嬢ちゃんはシアに背負ってもらって探知に専念してくれ」
それからおれたちは急いで奥へと進むことになったが、その先でティアウルがさらに魔物を発見する。
それは直線の道の向こう、おれたちにも仄かな光としてそれを視認することができた。
途端にシオンが叫ぶ。
「ざっけんなよ!? 誰だ面倒なボス動かした奴は!」
「面倒? どんな奴です?」
「カトブレパスだよ!」
首長牛。
元の世界では牛の体に豚の頭、そしてぐにゃぐにゃした長い首を持つ幻獣とされていた。性格は大人しいが、視線に毒があり、目を合わせると即死すると言われる。
そしてこちらの世界――シャロ様がカトブレパスと名づけた魔物は首の長いデカ牛である。フラミンゴみたいに長い首をSの字にして、のそりのそりと動く魔物。顔の真ん中に巨大な目玉があるように見えるが、それは実は発光器。目は普通の牛みたいにつぶらなのが左右についている。見た者を即死させたり石化させたりする能力はないが、発光器を高速で点滅させることで光過敏性発作――全身が強張って動けなくなったり、激しく痙攣したり、意識の喪失、もしくは朦朧とするなどといった症状を引き起こさせる。
カトブレパスはそんな戦闘も逃走も出来なくなった相手をモグモグする魔物なのだ。
生態をちゃんと把握していないと、集団で挑んでもエサになってしまうというやっかいな魔物である。
倒す方法としては、奴に気づかれていない状態からの不意打ちで首を落とすのがセオリーとされている。
動きはとろいが、首だけは気色悪いほど素早く鞭のように振り回せるので、気づかれてからの戦闘は得策ではないらしい。
そして五層のボスってことは、六層には普通にいるってこと。
実に気の滅入る話である。
「こんな状況じゃなけりゃ屁でもねえのに……!」
シオンが忌々しそうに言う。
どうする、とシオンに尋ねると、不本意そうだったがまだ探索してない横の道――隙間みたいな細道へと逸れることを提案してきた。
ティアウルの話ではこの細道の先は別の通路へと繋がっている。
そちらもまだ地図にない道らしいが、まずはこの挟み撃ちの状況を回避するのが先決だ。
先頭はシオン、その次がパイシェ、真ん中に替えのきかないティアウルを背負ったシア、妖精鞄を持ったおれ、その後ろがシャフリーンで、アレサ、最後尾はミーネという並びで、ある程度間隔を開けて細道を進む。
そして真ん中あたりまで進んだところ――
「――ん!?」
不意に足元が沈んだ。
跳開橋の逆、橋桁が下へ降りるようなもの。
重量によっての稼働だったのか、通路真ん中が落穴へと変貌する。
ちょうど穴が生まれた辺りにいたのはおれとティアウルを背負ったシア。
それでもシアは穴を回避したが、残念ながらおれはそんな超反応できなかった。
おれは穴に落ち、そのおれを助けようとおれの服を掴んだシャフリーンも道連れになってしまった。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/18
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/03
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/09




