第350話 12歳(春)…やっと始められた取材
探索者の歴史は、実は冒険者よりも古い。
それはシャロ様が冒険者ギルドを創設し、冒険者というものを広める前から探索者は探索者と呼ばれていたからである。
昔の探索者は個人個人がパーティを組んで潜る場合のほか、領主が兵を潜らせる、出資者として人を雇って潜らせる、といった場合がほとんどだったようだ。
冒険者ギルドが確立されてからは、パーティで潜っていた者たちはギルドの運営を真似始め、仲間を増やし、効率を求めて組織的なものに変化していった。パーティの頃は皆で準備、そして皆で一緒に潜るという状態だったものが、探索をする者、ダンジョン内の拠点を守る者、拠点に物資を運ぶ者、物資を手配する者――と役割が分担されていき、これがクランの前身となった。現在では新人の教育、武器防具の提供までしていて、なんだか軍隊のようである。
そんなことを考えながら、おれはクラン『迷宮皇帝』の仕事をちょいちょい手伝いつつ、取材を行っている。
これに協力してくれるのはシア、アレサ、シャフリーン、パイシェ、ティアウルの五人。
内、アレサとシャフリーンはおれの側にいて補佐。
シア、パイシェ、ティアウルはお使い役といった感じだ。
ミーネはシオンという脳筋仲間が出来たので放置している。
二人は試合をしたり、クランメンバーに喧嘩を売って……ではなく、試合を申し込んでコテンパンにしていたりする。
そのせいで二人が歩いてくるとメンバーたちはナチュラルに背を向けて脇により、道を空けるという光景をよく目にするようになった。
「うおっ、ミーネの剣って魔剣なのかよ!? すっげー、いいなー!」
「シオンは自分の剣を魔剣にしようとして、迷宮に置いてあるんだっけ?」
「おう、もう十年くらいな。いやー、ミーネみたいに自分の魔力が馴染んで魔剣化するのが理想だったけど、アタシそれも才能が無いって言うか、百年以上ずっと一緒にやってきたのに、一向に魔剣になんねーでやんの。仕方ねえから迷宮に隠して魔化すんの待ってる。なんとか魔王が出て来る前に魔剣化して欲しいんだがなー」
「あら、シオンは勇者を目指してるの?」
「んな立派なもんじゃねえよ。ただ戦ってみたいだけ。だって三百年に一回の機会なんだぜ? 戦うことが好きなら、そりゃあ戦ってみたいと思うだろ?」
「それは確かに」
「今回を逃すと次は三百年後。さすがに生きていたとしてもヨボヨボになってて剣の代わりに杖持ってるだろうからな。この機会は逃せねえ。きっと腕に覚えのある連中はアタシと同じこと思ってるだろうな。まあアタシはエルフだからさ、数十年単位でまだ待てるんだが、寿命が百年くらいの奴となると……、数年が惜しくて魔王の誕生を待ち望んでたりするな」
「変な話ね」
「ミーネはまだ若いからな、わかんない話だよ。もちろん望んでいても大っぴらには言えない話だが……、あ、そう言えばちょっと昔――って言ってもミーネにしたらけっこう昔になるが、この都市にいたネルカって武闘家が魔王と戦いたがってたらしいな。冒険者ランクBで探索者ランクはA。今のアタシと同じ状態だ。かなりの戦闘狂だったって話だぜ。まあアタシはそいつと戦いにこの都市に来たんだけどさ」
「居なくなってて戦えなかったんだっけ?」
「ん? 聞いてたのか? そうなんだよ。残念なことに。ネルカは強いとなれば見境無く勝負を申し込むような、かなり気合いの入った戦闘狂だったらしい。二つ名は『魔刃』。その手刀から放たれる斬撃波は地を割った。実際、喧嘩してるときにうっかり道を割っちまって、今ではそこがネルカ通りとか呼ばれてるんだぜ」
「へえー、面白いわね」
「ああ、面白い。会って戦いたかったぜ。あと言いたかった。やっぱり魔技はウェイブじゃなくてスラッシュが至高だってな。もっと言うなら基本の基本、パワースラッシュだ。突っこんでいって斬るのがいいんだよ。そう思わねえ?」
「思うわ。魔術もいいけど、やっぱり『斬った』っていう感触があるのがいいもの」
「お、わかるか! そうだよな。魔技の王様はパワースラッシュなんだよ。まあアタシの場合は苦労してやっと習得したから特別思い入れがあるってのもあるんだけどさ!」
可愛らしいお嬢さんと、見事なボディの美しいダークエルフの会話が物騒極まりない。
「ご主人さまー、なんかミーネさんが同志を得て生き生きしているのですが……」
「ほっとけ。うかつに近寄ると試合に誘われるぞ」
「ひぃ……」
△◆▽
夕方、シャロ様の屋敷に戻ってから日中の取材内容、さらに感じたり思いついたことを書きとめた紙の束を元にして、内容を整理しながら書き写す作業を行う。
こうして早い段階から分類分けして資料化するのは大事だ。
ある程度整理しておかないと、後々「あれはどこだっけ」とメモ探しに時間を食われたり、「これ何を考えて書いたんだっけ」とメモの内容を思い出すのに時間がかかり、あげく思い出せずに破棄するしかないような状況になったりするからだ。
こういった作業はこれまでシアに手伝ってもらっていたが、今回はシャフリーンが率先して協力してくれている。
最初はどうかと思ったが、始めてみてびっくり、これが実に捗る。
なんと言ったらいいのか、自分が二人いる、というほどまでに効率がいいわけではないが、シャフリーンのサポートはそれに近いのだ。
資料を束ねるにあたり、「次にあの内容を記した紙を――」と意識したところでシャフリーンがその紙を取って渡してくれる。これはここまでにしようと思えばそれは下げて仕舞ってくれるし、ちょっと休憩と思えばお茶の用意を始めていてくれる。それは手術中の医師が「メス」とか「汗」とか言わなくても、必要になった瞬間にはすでにメスが差しだされ、汗が気になった時にはもう拭いてもらっているような感じではなかろうか。
ほんの一言命じる手間。
ほんの数秒の待ち時間。
それすらも省かれ、自分の取り組むべき仕事に集中できる快適さというものを体験したおれは、ようやくミリー姉さんがシャフリーンを手放せなくなっている理由が実感できた。
今は仕事の手伝いだけに留まっているが、これが日常生活すべてをサポートしてくれるとなったら、どれほど快適になるのだろう?
最初はシアにシャフリーンの仕事ぶりを見習えとか言ってやろうと考えていたが、このレベルはさすがに無理だ。
「…………」
資料整理がある程度片付くと、今度はシアと一緒にDルーラー改造計画の続きを始めることになる。
発想が行き詰まり、もう考えるのも飽きてきた結果、設計図の隅っこに得体の知れないマスコットを描き始めたシアを眺めながら考える。
ミリー姉さん、シアとシャフリーンを交換してくれないかな?
シアじゃトレードは無理かな?
不足だとしてセレスを要求してくるかもしれんが、セレスはやれん。
シアだけでなんとか納得してもらえないだろうか?
あ、シアが行くとセレスも追っていってしまうかもしれないな。
じゃあダメか。
なかなか上手く行かないものである。
そんなことを考えていたらシアがおれを胡散臭そうに見ていた。
「ご主人さま、なんか変なこと考えてません?」
「変なこと? はは、何を言うか。おれは自分の尻を守るため、皆の尻を守るため、どうしたらこのイカれたリヤカーが安全安心なものになるかと無い知恵を絞って――」
「ちょっとアレサさん呼んできていいですか?」
「うん、待とうか。それはちょっと待とうか」
朗らかに微笑みながら止めると、シアはちょっとおれを睨んでいたが、不意ににっこりと笑顔を見せた。
「ところでご主人さま、この都市は裕福なので、装身具や宝飾品の需要も高いみたいなんです。結果として腕の良い彫金師が集まり、かなりの品を取りそろえたお店があるようなんですよね」
「お、おう」
「そう言えば隠し部屋に行ったとき、ご主人さまはアクセサリーを買ってくれるって言ったじゃないですか。あれはこの都市を早く離れた方がいいからとの、焦っての発言だとはわかりましたが、だからといって成り行き任せの出任せではないですよね?」
「……うん、デマカセじゃないヨ」
ちゃんと買ってやるつもりはあった。
ただ、危機的な状況での約束だったので、ささやかなアクセサリー程度ですませようと思っていた。
しかし、もう『ささやか』ではすまなくなる予感が……!
「ならいいのです。楽しみにしていますね」
「……お、お手柔らかにお願いします」
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/09




