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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
5章 『迷宮の紡ぐ夢』編
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第349話 12歳(春)…シャーロットの書斎にて

 『D&D作戦』の会議のあと、さっそくベルラットのリヤカー――『迷宮の支配者(ダンジョン・ルーラー)』を調べさせてもらった。


「ご、ごつい……」


 ダンジョン規格のリヤカーというものは、実際間近で見てみるとまるで装甲車をモチーフに作られたみたいな堅牢さで、無駄に迫力があった。デリバラーが手をかけるハンドル部は頑丈なバンパーに守られ、前輪と後輪のブレーキハンドルがついている。ハンドル部はそのまま荷台のフレームへと続いていき、外面は金属の装甲、内面は木材が敷かれていた。

 おれはまずDルーラーの前後左右、上下の正確な図を描き、そこに各部の長さを描きこんでいく。外せる装甲は外してもらい、内部がどうなっているかも調べさせてもらった。

 魔導的な技術はいっさい使われておらず、動力は本当に人力だ。

 まったくイカれていると思いながらせっせと計測。

 それからシャロ様の屋敷に戻り、夕食を取ったのち、書斎に籠もってどう改造するかを模索する。

 このアドバイザーとしてシア先生が参加。

 ぶっちゃけ設計図とかシア先生が描いた方がいいんじゃないかと思うが、残念ながらシア先生は知識はあるものの、描き起こしたりする才能がない。

 頼りになるが微妙に役に立たないという……。


「板バネと思ってたらまさかスプリンガーフォークとは……」


 頑丈な装甲で守られていた車輪部の構造。

 スプリンガーフォークは昔のバイクのフロントサスペンションに用いられていたショックアブソーバーだ。とっくに廃れて主流ではなくなったが、愛好家には根強い人気があり、ハーレーで使われているのを見かけたりする。


「足回りは下手にいじれませんねこれ」

「だな。これ以上となるとクルマみたいなダンパー有りのサスペンションになる。あれは数日やそこらで再現できるもんじゃない」


 バネはなんとかなっても、ダンパーがどうにもならない。

 ダンパーはサスペンションを構成するオイルが詰まった筒である。先端を塞いだ注射器のように、押すにも引くにも抵抗を生む代物だ。役割は衝撃を受けたバネが何回も反動で伸び縮みするのを一回で止めること――バネの制御である。


「車輪も天然のゴム使ってなんとかしてるし……、一応チューブタイヤになっている。何気にこっちで再現できる限界までいってねえ?」

「シャーロットが迷宮制覇の助けになるよう、技術提供したんでしょうね。それが三百年の間により洗練されたんでしょう」


 うん、これは本当に下手にいじれない。


「となると……、おれたちが乗る部分をどうにかすることになるな。フレームで座席を組んで……、衝撃を吸収させる仕組みをどうするか。これが重要だ」


 スプリンガーフォークはサスペンションとしての性能はそこまで高いわけじゃない。ぶっちゃけ低い。なので荷台にそのまま座席を設けるだけではおれたちのケツがもげる。


「さてどうするか……」

「うーん……」


 シアと一緒になって頭を捻り続けるが、名案はそうそう浮かぶものではない。

 やがて集中力も切れてきて、なんとなしに室内をうろうろして本棚を眺め、気になった本を手にとってぺらぺらとめくってみる。

 うーむ、かつてシャロ様が手にとって目を通した本だと思うと、とてもおごそかな気分になってくる。

 名案が浮かびそうな気分になってきた。

 とそこで――


「ご主人さまー、ちょっとちょっと」


 シアに呼ばれ、シャロ様とのシンクロ気分が中断された。

 見ればシアは一枚の紙を手にしている。


「なんか本に挟まってました。シャーロット直筆のメモかと」

「なんだと!?」


 シアが見つけた紙にはいくつかの絵、それから単語や単文がごちゃごちゃに書き殴られ、それぞれが線で結ばれたり、丸で囲われたりバツで潰されたりしている。

 おそらく、考えをまとめるため、もしくは思いついたことを記録しておいたアイデアノートのようなものだと思う。

 シャロ様の考えは論文によって知ることができるが、その論文を書くに至るまでの思考は知りようがない。

 だが、このアイデアノートがあれば、シャロ様の思考の遍歴を少し知ることができるはずだ。

 おれはシアから紙を受けとり、そっと机に置く。

 それからシアをわしゃわしゃ撫でた。


「よーしよしよし、よーしよしよし、よく見つけた! よく見つけたぞー! よーしよしよし!」

「ちょ! わかりました、わかりましたから! あ、もっ、ヘッドドレス吹っ飛んだじゃないですか! いやもうわかりましたって!」


 シアを褒めたあと、あらためて机に置いた紙を眺める。


「ふむ、大陸図と、そこになんかの流れが描きこまれてるな……」

「気流ですかね?」


 ヘッドドレスを着け直しつつ、シアが覗きこんでくる。


「確かに気流っぽい……、あ、いや、これ魔素の流れだ。ほれ、こっちに『魔素の流れの規則性?』って書かれてる」

「とすると、魔素はぜんぶ瘴気領域へ集まっていってることになりますね。その大陸図の下にあるちっこい大陸図はなんでしょう? 瘴気領域を中心として、根っこみたいに線が大陸各地にのびていってますが」


 確かにシアの指摘どおり、小さい大陸図には植物がはった根のように線がのびていっている。そしてその線の幾つかには、黒点がぽつんぽつんと打たれていた。


「……あ、わかった」

「お! なんです?」

「なんだと思う?」

「えー、変な意地悪しないで教えてくださいよー」

「いや意地悪じゃなくてな……、んー、じゃあヒントを。点の位置をよく確認していってみろ」

「位置……? えっと……」


 とシアは言われた通り点の位置を確認していき――


「あー! わかりましたよ! ここのこの点はエミルスですね! ってことはこの点は大陸各地にあるダンジョンってわけですか!」

「たぶんな。正確には資源型……、要は魔素溜まりだと思う」

「ふむふむ、ならこの線は地中における魔素の流れ――龍脈(ロンメイ)みたいなものでしょうか。……あれ、どしました?」

「んー……、これさ、要は魔素の流れを可視化しようとしたものだとしてな、地上の流れも、地下の流れも、瘴気領域が中心になってるのってあんまりいい話じゃないんじゃないか?」

「言われてみれば確かに……」


 大陸図から単文や単語の方へ目を向けてみると、それについて考えたと思われる箇所があった。


『魔素。瘴気領域を中心とした流れ。

 不自然。千四百年前。邪神誕生から変化?』


 その箇所の近くには尖った山の絵が『魔素のイメージ』として描かれている。

 山には『瘴気領域』と文字が書かれ、スナークが瘴気領域に留まり続けようとする理由の考察、さらに暴争と、それが起きる原因は複数あるのではないかという推測がされていた。

 スナークが留まる理由はしっくりこなかったのか、どれもぐしゃぐしゃっと線で潰されていたが、暴走の原因については漠然とした仮説が残されている。

 例えば魔素が集中する圧力によっての放出。

 例えば魔素の流れに引っぱられての流出。

 それらは『雪崩』と表現されていた。

 さらにその近くにある走り書き――


『邪神の討滅は悪神にとって想定外か? 想定内か?』


 思わず黙りこむ。

 もし邪神の討滅が想定内のものであれば、悪神の計画は現在も順調に進行中ということになってしまう。


「ご主人さま、この紙って人に見せちゃ駄目なやつなんじゃ……」

「どうもそれっぽいな。かなり恐いことが書いてある」


 連想して思いつくまま記入していったのだろう。

 まずは単語や単文がひたすら並び、そのうち『これ』と思うものには丸がつけられ、線で結ばれている。

 仮説を作る過程がそのまま残っていた。


『想定内ならば定期的に出現する魔王という存在が目的か?

 しかしスナークの意義が不明。

 不自然? やはり討滅は想定外?

 ならば? スナークも魔王も想定外?

 スナークは邪神討滅の副産物。おそらく確定。

 だが魔王は悪神の意図を感じる。

 魔王は悪神が瘴気を利用したもの?

 存在としては小邪神?

 悪神は神域へ戻らず未だ地上を徘徊している。

 神の力は限定。

 ではどのように魔王を誕生させているか?

 人を魔王にする因子とは?

 どこから来るのか?

 魔素の流れ?

 であれば世界は汚染されている』


 そこから内容は瘴気領域を消滅させる方法の模索になっていたが、どれもこれもバツがうたれ、最後に引き続き考えるべきと判断された要素が少しだけ書き残されていた。


『瘴気領域、魔素の中心が存在すること。

 中心からの浄化。

 どのような権能において?

 魔素の神がいればこの異常を正せるか?

 ……。

 わからん!!!!

 あの腐れ大神!!!! 死ね!!!!』


 おお、シャロ様が荒ぶっておられる……。

 その気持ちは痛いほどわかります。


「シャーロットもさすがにブチキレですね……」

「いくらシャロ様が優秀でもどうにもならないだろうしなぁ……」


 おれは紙を妖精鞄にしまい、深くため息をつく。


「これはロールシャッハに持っていこう」

「それがいいでしょうね。内容が内容ですし」


 そう、なかなか洒落にならん内容だ。

 こんなもの置き忘れとかまずいのではないかと思うが、もしかしたらシャロ様にとってはこれくらいならばうっかり忘れる程度、何でもないレベルで色々考えていたのだろうか?

 ともかくこれは放置できない。

 回収だ。


「ふう、今日はここまでにしよう。何も決まってないけど」


 シャロ様のメモを見つけて喜んでいた気分が一気に吹っ飛んだ。


「そうですね。さすがにこのままリヤカーどうしようとか話し合う気にはなれませんね。……って、どうしました?」


 しょんぼりするおれを、シアが不思議そうに見てくる。


「大したことじゃない。シャロ様はこの場所で世界の深淵について思いを巡らせていた。それなのに、おれは同じ場所で己のケツが大事とリヤカーの改造計画。この差はいったいなんなんだろうって思ってな……」

「ご主人さま、そういうのは深く考えちゃ駄目です。悲しくなるばかりです。シャーロットが凄いなんてことは、もうわかりきったことじゃないですか」

「まあそうなんだけど、なんか自分が情けなくてな……」

「だから気にしちゃ駄目ですって。シャーロットはご主人さまが出来ないことをたくさん出来たかも知れませんが、逆にご主人さまが出来てシャーロットが出来なかったこともありますって」

「そうかなぁ」

「そうですって」

「例えば?」

「……え? えーっと、あー、あ、スナークやっつけたりとか」

「ふむ、確かに。他には?」

「…………」


 シアは「んー……」と唸りながらしばし考え、それから凄く困ったような笑みを見せた。


「すいません……」

「いや、無理言って悪かった……」


 その夜、おれはふて寝した。


※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/03


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