第348話 12歳(春)…迷宮と疾走者
「よし、動いて腹がへったからなんか食いに行くか!」
五人との試合を終えて満足したシオンは唐突に言い、おれたちは料理店へと連れていかれた。
「アンタらの歓迎ってことで、ここはアタシの奢りだ。好きなだけ食ってくれ」
シオンが「メニューをここからここまで」みたいな注文をした結果、テーブルにはたくさんの料理が並ぶことに。
八人いるが、それでも食べきれるか――
「もごごご、もごもご……」
「むもぐぐぐ、もぐぐ……」
いや、足りない可能性も有り得るのか。
食いしん坊二人はほっといて、おれたちはそれぞれのペースで食事をとる。
たくさんの料理がすっかり片付いたところで、シオンは言う。
「さて、午後からはどうすっかな。んー、ひと休みしてからまた試合でいいか? 今度はアタシ相手に複数で挑むってのはどうよ?」
「面白そうね!」
「いやいや、あのシオンさん? 案内はどうなったんです?」
「大丈夫。ちゃんとそれも覚えてるって」
それも、ってことは、案内するお仕事と試合をすることがけっこう同等な感じになっちゃってんだけども。
「まあ聞けよ。つまりはこういうことだ。ウチはアンタらにつまんねえちょっかいかける奴はそんなには居ねえ。でも多少はバカも居るんだ。でな、そいつらからすれば、来て早々に特別扱いされてるアンタらが気にくわねえ。これはわかるよな?」
「ええ、それはまあ」
「で、次にアンタらだ。見た感じはいいとこの坊ちゃん嬢ちゃんだろ? そのせいでどうしても舐められるんだよ。冒険者ランクSとかランクBとか聖女とか聞いたとしてもさ、バカは見た目で判断してつっかかってくるもんなんだよ」
「あー、だから皆の前で戦って見せたと?」
「そそ。アタシと普通に戦えて、なおかつまだ本気じゃねえのを自分の目で見ればさすがに絡むのも控えるだろうってな。こういうのはまず最初にガツンとやっとかないと、後々面倒が起こったりするからな」
なるほど、一理ある話だ。
昨日は来て早々に絡まれたしな。
経歴だけ知らせて中途半端に敵意を持たれるよりも、実力を見せつけてまず畏怖させた方がやりやすくなる、と。
荒くれ者どもの集団だから、なおさらに。
「だから今日のところはさ、アンタらの年齢の半分以上ここで暮らしてるアタシの言うとおりにしてみてくれよ」
「わかりました。でもそうなると、ぼくやアレサもある程度は戦うところを見せておいた方がいいのでは?」
「このアタシが戦いを避けた聖女にちょっかいをかける奴なんていねえよ」
あー、アレサの場合はそうなるのか。
「ではぼくは?」
「従者がヤベえってことで絡まれたりはしないだろ。それにアンタが心配すべきはチンピラじゃなくて総長だからなー……」
「あの人ですか……、なんでぼくに辛く当たるんですかね?」
「わっかんねー。案外、本当に嬢ちゃんたちに囲まれてるのが憎くて仕方ないだけかもしんねえけど……、でも総長、あんな顔だけど意外とモテるしな」
「エルセナさんですか」
「そうそう。なんだ、知ってたのか」
「ええ、FDRレースについて聞く機会がありまして、その流れでベルラットさんとエルセナさんのことも」
元々、エルセナは将来を有望視されている探索者だったが、いざ下層に挑戦したときにしくじり、あわや初の死に戻り、となったところを配送中のベルラットに助けられた。
エルセナが何回か死に戻りを経験していれば話は別だったかもしれないが、エルセナは助けてくれたベルラットにすっかり心を奪われてしまったらしい。
それからエルセナは『迷宮皇帝』に入り、デリバラーとして働き出した。
エルセナはデリバラーとしての才能を開花させてゆくが、恋の方はいっこうに実らない。
やがてベルラットから自分に勝てば結婚という条件を出されたエルセナは『迷宮皇帝』を去り、より優れたリヤカーを求めてバロットに辿り着いた。
そう、現在エルセナはバロット専属のデリバラーとなっているのである。
「ベルラットさんからしたら、ぼくは軟弱者なんでしょう。実際に一番弱いから守ってもらってるんですが」
「うーん? 弱い……のか? 実のところ、アンタはよくわかんねえんだよな。そんな強く見えねえのは確かだし」
「実際、強くないですから」
「まあ強くはないわよね」
「ですねー」
金銀に同意されるが、事実なので仕方ない。
「そんなことないぞ、あんちゃんは立派だぞ」
「そうです。レイヴァース卿はご立派です」
ティアウルとアレサがうんうんと頷いている。
ありがとう。
でも強い弱いの話はどこへいったんだ?
「ひとまず今日はアタシと戦って、強いってことを見せつけておけば下層攻略に加わることに文句を言ってくる奴もいねえだろ。ってか攻略班は戦うこと、強くなることが仕事だ。あとは自分の調子を管理することもだな。極論すると、ちゃんと戦えるなら普段は好きに遊んでてもいい!」
「それは素敵ね!」
極論すぎだ。
「とは言え、作戦が近いのに遊んでばっかなのもまずい。アンタらの面倒を見てくれとも言われてるし。だから今日は試合、明日からは、まあ案内? 適当に見学だ。二、三日したら迷宮での活動に慣れるために探索を始めようぜ」
△◆▽
その日の夕方、少数精鋭による迷宮突撃作戦に関わる者がフリード伯爵の屋敷に集められ、話し合いを行うことになった。
集まったのはうちのメンバーと、スライム、フリード伯爵、それからベルラットとシオンだ。
「侍女がいなきゃなんもできねえお坊ちゃんなのかオメーは?」
話し合いを始めてすぐ、ベルラットによってこちら側の誰が参加するのかという話になり、ひとまず全員と答えたところ、ベルラットは不満を露わにした。
この発言に対し、アレサが無礼なといきり立ったが、これくらいのことでいちいち腹を立てていては話が進まないからと我慢してもらう。
「メイドたちは残せと?」
「ああ、戦力にならねー奴らを連れていってもしかたねえだろ」
「そんなことはないと思いますが……。シオンさん、今日みんなと試合をしてみてどうでした?」
「パイシェとシャフリーンはうちの下層探索メンバーより強いな。ティアウルは戦闘要員じゃなくて、周囲の地形や敵を発見する役割らしいし、アタシとしてはみんな来てほしい」
そう、実はこのメンバーでもうちょうどいい感じになっているのだ。
計画に協力することも決まったことだし、一旦ザナーサリーに戻って応援を呼びに行くことも考えたが、ここで問題になったのはリヤカーに乗れる人数だった。頑張って八名というところらしく、それを踏まえて作戦に参加するメンバーを考えてみる。
おれを含めた金銀赤黒、この四名は確定。
次に訳ありのシャフリーンも確定。
それからミニマップ兼レーダー係のティアウルも確定。
見た目は可愛らしいパイシェだが実際はけっこうな猛者なのでこのまま参加でいい。
最後にここにシオンが加わると、もう八名で定員いっぱい。
わざわざメンバーを変更する理由が特になかった。
「だから全員参加でいいんじゃね?」
「むぅ……」
シオンのお墨付きがでたところ、ベルラットは渋い顔に。
「じゃあドワーフの嬢ちゃんは必要として……、残り二人、オマエら本当に下層で戦えんのか? 戦闘経験はどうなんだ?」
「ボクはベルガミアでスナーク侵攻を食い止める防衛戦に参加していました。この経歴では不足ですか?」
「……、いや、充分だ。そっちの嬢ちゃんはどうだ?」
「私は……、これといって特に……」
「あら、屋敷に来た傭兵をやっつけたじゃない」
「あ、そう言えばそんなこともありました」
「それじゃ不足だな。白い髪の嬢ちゃんは残った方がいいんじゃないか? 最悪戻ってこられるが、口で言うほど楽なもんじゃねえぞあれは」
さて、うちのメンバーでは一番最下層に行きたいシャフリーンが居残りになりかねない状況になったが……。
「なんとか一緒に行かせてもらうわけにはいきませんか?」
必死に訴えるシャフリーンとベルラットはしばし見つめ合うことになったが、ふいにベルラットがそっぽを向いてため息まじりに言う。
「じゃあ条件をつける。シオンが探索に慣れさせている最中、なんでもいいから下層の魔物を一人で倒してみせな」
「わかりました」
条件を課されることになったが、これをクリアすればシャフリーンも同行を認められることに。
「さて、ひとまず突撃メンバーについての話は終わったので、下層を侵攻する手段についての話をしましょう」
イールが話題を切り替える。
侵攻はおれたちが乗るリヤカーをベルラットが引いていくというものだが……、リヤカーなので当然ながら荷台は真っ平らである。
そこに体操座りでもして乗っていくのか?
「どれくらいの速度で進行していくんです?」
「ん? そりゃあもうなるべく全速力よ」
不整地を全速力とか、乗ってるこっちは振動で尻がもげて死ぬわ。
「ぼくたちは荷台に縛り付けられていくんですか?」
「ああ? それじゃいざってときに動けねえだろうが。だから潜るとなったら改造する必要がある。だが実際、どう改造したものかって話だな」
どう改造したら乗る人間は安全で快適になるのか?
こっちの人に任せたら、出来たとしてもせいぜい馬車のような座席をつける程度だろう。
乗る者の快適性度外視の『ケツ殺し』が誕生するに違いない。
ここはおれとシアで設計を引き受けた方がいいだろう。
「ではどんな改造をするかはぼくの方で考えましょう」
「オマエが?」
「ベルラットさん、任せてみましょう。レイヴァース卿は発明家としても知られる方ですから、きっと良い物に仕上げてくれるはずです」
心配そうなベルラットをイールが説得。
おれがリヤカー改造の設計図を描くことに決まる。
「迷宮突撃に使うリヤカーはこちらで預かっていいですか?」
「いや、一週間後にレースがあるんでな、改造はそれからだ。下手にいじると規格外として弾かれてレースに出られなくなっちまう」
「あー、そうでしたね」
FDRグランプリ最終戦があるか。
「辞退してもかまわねえけどよぉ、オレにも色々あるんだ」
「エルセナさん?」
「……んだよ、オマエまで知ってるのかよ」
うんざりしたようにベルラットはため息をつく。
「まあそういうことだ。女との約束は守るようにしてるんでな」
つまらなさそうにベルラットは言う。
「ではレースで使うリヤカーはそのままで、迷宮突撃には違うリヤカーを用意するというのは?」
「悪いがそれは出来ねえ。訓練なら別のリヤカーでいいが、本気のときはあれじゃなきゃダメだ。あれでねえと力が湧いてこねえのよ」
う、うーん、こだわりかぁ……。
「そうですか……、では、そうですね、そのリヤカーを計測だけして図面に描き起こし、それを元にどう改造するかを考えます」
FDRグランプリ最終戦は一週間後。
ならばその間にリヤカーをどう改造するか決め、設計図を描いて必要なパーツを発注、できれば完成させておきたいところだ。
これは自分のケツを大惨事にさせないために必要な仕事。
頑張らねば。
「では初めての話し合いはこれくらいかな。また機会を見て少数精鋭による下層突撃作戦の話し合いを行うとしよう」
「ねえねえ」
フリード伯爵が話をまとめようとしたところ、ミーネが言う。
「作戦名を決めましょう」
「作戦名? そうですね、下層突撃作戦だけでは締まりません。何か良い作戦名はありますか?」
イールが尋ねると、ミーネはこてんと首を傾げる。
「うん? 何がいいかしら?」
おまえ案があるから言いだしたんじゃねえのか。
ミーネはしばらく考えていたが、結局、思いつかずおれにパス。
「冒険の書のクエストの名前とかよく考えてるから、得意でしょ?」
「得意ってわけじゃないんだが……」
決めないことには会議が終わらないため、適当そうなものをとっとと挙げることにする。
結果、作戦名は『ダンジョン&ダッシャー』となった。
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/18
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/03
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/09




