第347話 12歳(春)…クラン『迷宮皇帝』
迷宮都市エミルスでの滞在二日目――。
まずはクラン『迷宮皇帝』の総長であるベルラットに紹介してもらうため、おれたちはフリード伯爵に連れられてクランが拠点にしている建物へと訪れた。
そしていきなり襲われた。
「オルルァ! 喧嘩の時間だぁ!」
叫びながら建物のドアを蹴り開けて現れたのは紹介してもらうはずだったベルラットその人だった。
ベルラットは棍棒を振りかぶり、凄く恐い顔を物凄い形相にしておれ目掛けて突っこんでくる。
とりあえずパチンとな。
「あばばば!」
びっくりしていたこともあって、ちょっと強めの雷撃を放ってしまったが命に別状はないだろう。
雷撃を受けたベルラットは転倒、そして倒れ伏したままびくんびくんと痙攣する。
「なによ、あなたもいきなり攻撃してるじゃない」
「これは正当防衛だ」
一緒にするなとミーネに言う。
「それで伯爵、これはどういった趣向ですか?」
「はて。私の指示ではないし、話を聞いてもいない。ベルラット君の思いつきだと思うが……、力量を試すにしても襲うのがベルラット君では何の確認にもならないな。シオン君、どういうことかな?」
「いやー、それがアタシもさっぱりで」
遅れて現れたシオンに伯爵が尋ねるが、彼女も困惑顔で首をかしげるばかりだった。
「なんか到着したアンタらを確認したとたん『ブッ殺ーす!』っていきなり逆上して飛びだして行ったんだよ。なあ総長、結局なんだったんだ?」
げしげし、と倒れるベルラットを爪先蹴りしながらシオンが尋ねる。
「何でもねえ……!」
のそのそと起きあがりながらベルラットは言う。
おまえは何でもないのに棍棒持って人に襲いかかるのか。
外部の干渉を全身全霊で拒絶する孤島の部族かなんかなのか。
「ふん、気にくわなかっただけさ。スナーク狩り。さぞ雄々しい野郎かと思いきや、嬢ちゃんはべらせてニヤついてるクソガキときたもんだ。んなもんオマエよぉ、一発気合い入れてやろうと思うだろうが」
「総長そのガキに為す術無くやられてんじゃねえか……」
「へっ、そりゃあオレはよぉ、ウチのクランじゃ最弱だからな。つーわけでシオン、次はウチ最強のオマエが行け!」
「よしきた」
何故かシオンが張りきって剣を抜く。
「あのちょっとぉ!? どうして戦う流れに!?」
「ちょっとだけ、ちょっとだけでいいからさー。頼むよー」
剣抜いて薄笑いを浮かべるシオン。
おれがまともにやり合えるわけないので適当に終わらせることに。
「じゃあ本当にちょっとだけ」
そう告げ、おれは指を鳴らしての〈雷花〉を放つ。
それを――
「フッ!」
待ってましたとばかりにパーンッとシオンが剣で砕いた。
「ふぉ!?」
これに驚いたのはまずおれ。
過去に一度、これに似た状況で雷撃を防がれたことがある。
ミーネが居候にやって来たとき、バートランの爺さんに神撃を込めた棒きれで防がれた。
一方、シオンも驚いている。
「うお、レイヴァースは神撃の雷を放つって噂を聞いてたけど、この感じは本当なんだな」
「シオン、あなた神撃を使えるの!?」
「使えるって程度だけどな。高名な『破邪の剣』――ミーネの爺さんみたいに使いこなすにはまだまださ」
「でもすごいわ!」
「凄いかな……?」
「すごいでしょ?」
「いやー、アタシ実は才能がなくてな、二百年くらいずっと剣を振っててやっとこさなんだよ。凄い奴はもっと早い段階でここを通り過ぎてるわけだから、あんまり凄いとは思えないな」
「二百年もずっと……? それもすごいわね」
「好きだからな、強くなることが」
ニッ、とシオンが不敵に笑う。
「さて、続きをやろうぜ」
「いや、もうぼくの降参で……」
「なんでだよ!?」
「雷撃を防がれるともうぼくはこの歳にしては少し動けるだけのお子さんでしかないんですよ。どう足掻いても勝ち目がありません」
神撃が宿るほど剣に撃ち込んだ人に敵うわけがない。
するとベルラットが言う。
「オウオウオウ、スナーク狩りってのはその程度のモンなのかぁ? フリードの旦那、こりゃ期待はずれですぜ。それに有名人ってのも面倒だ。下手に関わらせて怪我させたなんてなりゃあ、こっちが悪く言われちまう。ここはとっとと追い返した方がいいんじゃないですかい?」
ん?
出来るなら一旦帰りたいし、この人なかなかいいこと言うじゃないか。
ここは話を合わせるところだろうか?
「大丈夫よ。そのぶん私たちが強いから」
「そうだな。ミーネとシアでオーガを苦もなく倒してたからな」
しかし、何か言う前にミーネがえっへんと言い放ち、うんうんとシオンが同意してしまう。
「ベルラット君、そう結論を急ぐな。ひとまず彼らは君のクランに預かってもらうから、あとは頼むよ」
最後にフリード伯爵がそう言い、ベルラットは渋々といった感じでおれたちを引き受けたのだった。
△◆▽
一悶着あったがひとまず予定通りおれたちはクラン『迷宮皇帝』に預けられることになった。
まずは紹介ということで、建物の前にクランメンバーが集められる。
どいつもこいつもガラの悪い連中ばかりだ。
おれたちはそんな連中の前に並び、ベルラットから紹介される。
「オウおめえら! ここにいるのは今日からウチで預かることになったガキどもだ! まずこの黒髪の坊主が例のアレだ! 名前は呼ぶなよ! 死ぬぞ! それから銀髪の嬢ちゃんが坊主の妹! んでもって金髪の嬢ちゃんがクェルアークのもんだ! 変にちょっかいかけて怒らせたりするなよ! 死ぬぞ! で、赤い髪の嬢ちゃんが聖女様だ! 頼むから無礼は働くなよ? 死んだ方がマシって目に遭うぞ!」
はたしてこれは紹介なのだろうか?
なんだか危険物取り扱いの注意を行っているように思えるのだが。
「それからドワーフの嬢ちゃんと、可愛い嬢ちゃんと、白い髪した嬢ちゃんは坊主に付いて来た使用人だ! 最初の四人とは違ってカタギの嬢ちゃんたちだからな、変なちょっかいかけてるのを見かけたらオレがオマエらを殺す! リヤカーで轢き殺す!」
そして大雑把すぎる紹介は終了し、ベルラットの一方的な告知によって集会は終了する。
ばらばらとメンバーが散っていく中、ベルラットがおれたちに尋ねてくる。
「で、おめえら何が出来るんだ?」
「何がと言われましても……、例えばどんなことでしょう?」
「んだぁ!? 言われなきゃなんも出来ねえってか? オウオウ、ウチはよぉ、そんなやる気のねえ奴はいらねえんだよ。話にならねえ! 荷物まとめてとっとと帰ぇんな!」
「おい総長、昨日まずはどんなことやってるか見学してもらって、それから迷宮に潜るのに慣れてもらうって話してたじゃねえかよ」
「んな昔のこたぁ覚えてねえ!」
「死に戻りすぎてとうとうボケたか?」
「ボケてねえ! ちっ、仕方ねえ……。オウ、シオン、しばらくオマエがコイツらの面倒をみてやんな。迷宮探索は遊びじゃねえ。少しでもコイツらが危ういと思ったらキッチリ報告しな」
そう言うとベルラットは建物の中へと戻っていく。
「んー、どうしたんだろうな総長は。口が悪いのはいつも通りなんだけど、あれでけっこう面倒見のいい人なんだよ。案外、アンタらが想像よりも子供だったから下層に送り込むのを嫌がってんのかも。だから総長が言うことはあんまり気にしないでおいてくれよな」
ふむ、もし本当にそうならずいぶん良い人だな。
しかし顔が恐いし口が悪いしで誤解されやすそうだ。
そんなことを考えていたところ、アレサがそっとおれに囁く。
「レイヴァース卿、あのベルラットという方には気をつけてください。理由はわかりませんが、あの方のレイヴァース卿に対する敵意は本物です。会うときは私を同行させてください」
「あっれー……」
おれあの人に何かしたっけ?
△◆▽
シオンがおれたちの面倒を見てくれることになり、まずは建物の案内をしてくれることになった。
――のだが、シオンは建物を迂回して裏手にある訓練場へとおれたちを連れていき、さっそく試合を申し込んできた。
そしてそれにミーネが乗ってしまったことで、うやむやにも出来なくなってしまう。
まずはミーネがシオンと試合をする。
魔術は無し。剣での勝負だ。
二人は互いの実力を確かめるように戦った。剣を交えながらも笑顔で、笑い声さえあげながらの戦いはわりとガチンコだ。最後にそれまで使わなかった魔技――強打系をぶつけ合わせたところ、そのあまりの迫力に面白そうだからと見学に集まっていたクランメンバーたちは引いていた。
ミーネとの試合はそこまでとなり、次にシオンはシアと戦い始めた。
シアはいきなりの『威圧』でシオンを昏倒させようとしたが、シオンはそれに耐えた。が、効果はあるようで、咆吼のような叫びをあげることで気力を高めつつ戦いを続ける。何気に、シアにとっても『威圧』を耐えられる者との戦闘経験になるので良いのではないだろうか?
そんなことを思いつつ、呼吸が落ち着いてきたミーネに尋ねる。
「戦ってみてどんな感じだった?」
「いい感じ!」
「なるほど。もうちょっと具体的に頼む」
「うーん? えっとね、お爺さまみたいにやっと食いさがれるような強さじゃなくて、かといって楽が出来るくらいでもないの。いい感じに手強いわ。私の一段……、二段上? 本気ならどんな感じなのかしら? リビラのお父さんくらいあるかもしれないわ」
ミーネとしてはかなり充実した試合になったようで、声が弾んでいる。
しかしミーネの勘を信じるなら、ベルガミアの英雄アズアーフと同じくらいの実力って相当じゃねえの? いや、でも二百年かけて練り上げたわけだから……、そこまでおかしな話でもないか。
「ぬあー! やりにくい! なんで鎌なんて武器にしてんだよ!」
「一身上の都合です!」
そしてそんなシオンを、軽めの練習試合としても翻弄しつつあるシアの実力は現在どうなっているのか。
何気に一段階ブーストも残しているしな。
…………。
うん、ひとまずこの試合が終わったら、強くなったなーって褒めておくことにしよう。
それからシオンはシャフリーン、パイシェ、ティアウルと試合を続けていく。
あきれた体力だ。
ただアレサとは敬遠して試合を行わず、シオンが戦いを避けたことを見学者たちは驚いていた。
シオン曰く、聖女は戦っても楽しくない、とのこと。
「普通なら寸止めすれば相手はやられた、って判断するだろ? でも聖女の戦いはそこから――やられてからなんだよ。寸止めじゃあ試合の勝敗を決めることができない。ならどこで勝った負けたを判断すりゃいいんだってことになる。さすがに本気で斬りつけるわけにもいかないしさー」
聖女の戦い方は普通の者では出来ない類――『肉を切らせて骨を断つ(打ち砕く)』の実践だからな……。
「ってか聖女こえーんだよ。自分を刺させることで剣を封じてメイスでぶん殴ってきやがる。あれは戦いって言うか――、いやまあ戦いなんだけど、アタシが求めるのはそうじゃねえ。あれはなんて言うか、お仕置きなんだよ。後で怪我を治してくれるけど説教してくるし」
「聖女にお仕置きされるようなことしたんですか?」
「昔のアタシはさ……、やんちゃだったんだ……」
今も充分やんちゃな気がするが……。
しかし聖女にお仕置きまでされるとかどんな跳ねっ返りだ。
そんなシオンとの試合だったが、ティアウルが思いのほか善戦した。
武器は斧槍。目を瞑っての戦い。技量はシオンの方が圧倒的に上だったが、試合開始しばらくは目を閉じているティアウルがシオンが攻められないように牽制を続けるという展開だった。これは目を瞑って戦おうとする相手など初めてだったシオンが様子をうかがったのと、シオンがどう位置を変えようとピタリと斧槍の先を向けてティアウルが牽制できていたためだ。まあ結局は様子見から攻めに転じたシオンの攻撃にティアウルがついて行けずに負けてしまったが。
「うあー、いっきに負けたぞー」
「はは、技術の向上が今後の課題だな」
常に相手を捉えていられるものの、その行動に対処できないのでは宝の持ち腐れである。しかし、もしそれを克服できたらティアウルはけっこう凄くなるんじゃないかな、という予感を覚える。
今のティアウルは自分の能力に慣れ始め、活用できる状況を考え始めたところ。
いずれは、と期待させるお嬢さんである。
※誤字の修正をしました。
ありがうございます。
2019/01/31




