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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
5章 『迷宮の紡ぐ夢』編
350/820

第345話 12歳(春)…鈴ネズミ

 イールに出してもらった料理は回収してもらい、代わりに妖精鞄から料理を並べ、それを食べつつ話を進めていく。


「これまでの迷宮――下層攻略はフリード家麾下にあるクラン『迷宮皇帝』による冬の大侵攻によって進められてきました」

「その大侵攻ってのはなんだ? 聞いた感じでは大人数で侵攻をかけるようなものに思えるが」

「その通りですよ。数に物を言わせて二層、三層、四層にある迷宮街の他、さらに五層、六層と特別拠点を作り、下層の探索をするメンバーまでの補給路を確保するんです。臨時雇いも含めると二百名ほどが作戦に参加します」


 ふむ、極地法みたいな感じか。

 極地法というのは探検や登山などで、長い期間と莫大な費用をかけてベースキャンプから順に前進キャンプを設営し、最終的に数人の隊員を目的地に到達させる方法のことだ。


「それだけの数を動員しても下層突破は叶わないのか?」

「下層はノアの領域。容赦がないですから、そこを突破するには腕利きの戦士が必要なんです。現在の下層探索パーティではちょっと荷が重いんですよね。シオンくらいの者があと二、三人いればいけると思うんですが……、残念ながらそこまでの者は現在のエミルスには居ません。おっと、貴方がたが来たからには居ませんでしたと言うべきですかね?」

「……あのな。――ん? なあ、ふと思ったんだが、おまえが強い魔物を生みだして下層に突っこませたらいいんじゃないか?」

「ああ、それは無理ですね。いや、不可能ではないんです。ただウンコが足りないんですよ。現在の産出量では――」

「あ、もういいわ。うん、もういい」

「なんですか聞いておいてー!」


 出来ないとわかればもうそれ以上は余計な話を聞く必要はない。

 ってか聞きたくない。


「となると、つまりおまえはまた大侵攻をするから、おれたちにシオンと一緒に下層まで行けというわけか」

「いえ、大侵攻は行いません」

「行わない?」

「はい。前々から大侵攻は効率がよくないとわかっていました。それでも行うのは、下層探索を行うメンバーの成長を期待してのものだったんです。ですが今は貴方がたがいます。さらに魔導袋を持っているとくる。補給の心配も必要ない。ならばこれまで計画はしていたものの実行できなかった作戦を決行します」

「少数精鋭による突撃か」

「その通り! いや、本当に話が早いですね!」

「んなもん四層まではお前の支配域なんだから、腕利きを五層手前までご案内して突っこませたら話は早いってだけじゃねえか」


 軍団の侵攻による制圧ではなく、特殊部隊による指導者の拉致とか暗殺とか、そんな感じ――、いや、極地法に対するアルパインスタイルか。

 アルパインスタイルは極地法と対極的な登山法である。

 物資や装備を必要最低限――極限まで削り、単独または少人数でベースキャンプから一気に登って下る方法だ。


「当然のことなのですが、この計画は迷宮の秘密――つまり私やノアのことを知る者に限られます。『迷宮皇帝』のメンバーでは総長のベルラットと特攻隊長のシオンの二名です。そこに貴方がたが加わっての作戦になりますね」

「二人しか知らないのか」

「はい。ベルラットの方は元々知っていましたが」

「ベルラットはもとから知っていた……?」

「どうして知っているかは不明です」

「不明って……、話そうとしないのか? なんか怪しくね?」


 ベルラット――鈴ネズミ。

 まず名前からして偽名なのがなんとなくわかる。

 鈴ネズミとは、ネズミの尻尾に鈴を縛り付けて放ち、ダンジョン内の魔物を誘き寄せたり、遠ざけたりする囮のことだ。

 多くは囮の例えとして使用される言葉だが、死の運命が定められていることから『逃れられぬ定め』といった意味として使われる。

 逆に、それを踏まえて『運命に抗う者』といった意味もある。

 そんな『鈴ネズミ』をわざわざ英語――魔導言語にして名乗っているベルラットとはどういう人物なのか?


「大丈夫ですよ。ベルラットの迷宮を攻略――支配権を私に移そうとする熱意は本物です」


 おれが訝しんでいると、イールはあっさりと言う。


「なんでそんなに熱心なんだ?」

「さて、それも不明です」

「やっぱり怪しいと思うが……、そんなに信用できる人柄なのか?」

「人柄と言いますか……、やはり熱意ですよ。――この迷宮、死んでも蘇生して送り返すようにしていますが、それでも五回、六回と繰り返すと心が折れる者がでてくるんです」


 だろうな。

 あんな風にぬるぬるしながらムリムリッとひり出され、そのあとは火かき棒で引っ掛けられてずるずる引きずられていき、ジャブジャブ洗われたらどれだけ心がしょんぼりするか。

 それを五回も六回もやられたら心も折れるってもんだろう。


「それはやはり、蘇生したとは言え『死』を体験しているからです。このいわゆる『死に戻り』ですが、初めてそれを体験して、あっけらかんとしていられる人はほとんど居ません」


 ……。

 だ、だろうな。

 死の衝撃というもの。

 死という、人生の最後に体験する、誰にも伝えることの出来ないとても個人的な体験。

 それは本来であれば一生に一度だけ体験するはずのものだ。

 死に戻りで生き返りはするが、心には死への恐怖が刻まれる。

 うん、もちろんわかってたさ。


「初めて死に戻りを体験した者の何割かはそこで脱落しますね。冒険者自体も辞めて、真っ当に生きていこうとします。そしてそこを耐えた者であっても、死に戻りを繰り返していると、やがて精神を病んできてしまうんですよ」


 ふむ、死ぬべきものが死なないという不可思議に精神がついて行けないのだろうか?


「なのでクランの人員はけっこう入れ替わります。クランの探索力を維持するのもなかなか大変なのですよ。有望な人材を見つけるだけでなく、育てる必要もありますし。そもそも跳ねっ返りばっかとくる」


 なるほど、そういう実情があるのか。


「そしてベルラットなのですが、この人、めちゃくちゃ死に戻りしています。本人曰く『百から先は覚えてねえ』だそうですよ」

「そ、それは……」


 おれみたいに気づいたら何か死んだ、ではなく、主に魔物にやられるという体験をしての死亡。それを数がわからなくなるくらい体験していてもまだ迷宮に潜るとなれば、並大抵の精神力ではない。

 支配権の奪取に協力する意思は本物なのだろう。


「しかし下層ってのはそんなぶっとんだ人でも死にまくるほど厳しい所なのか……」

「ん? あ、いえ、それはベルラットが無茶をしているのが大きいんだと思いますよ? デリバラーとしては素晴らしいのですが、戦闘能力となると低いんです」

「てっきりデリバラーで腕っ節も強いとか、そういうのを想像してたんだが……、弱いのか」

「弱いですね。しかしデリバラーとしての能力はこの都市で一番ですから、クランの人たちは大人しくベルラットに従います。それに数えるのをやめるほど死に戻りを繰り返している人なんて、これまで一人も居ませんでしたから、そちらの方でも尊敬……、いや、畏怖? まあともかく人望を集めているわけです」

「総長についてはわかった。シオンはおまえが話したのか?」

「ええ、シオンはその戦闘能力を見込んでお願いしました。貴方がたと同じですね。ただこちらはベルラットのように支配権奪取への熱意はありません。元々、シオンはここで活躍していた探索者に勝負を挑みに来ただけの人です」


 その話にミーネが食いつく。


「へえ! 勝負はどうだったの?」

「勝負は行われませんでした。その人――探索者ランクAのネルカという人だったんですが、シオンが来る五年ほど前に行方知れずになっていたので。なので今シオンは別の目的でここに留まっています」

「別の目的?」

「はい。自分の剣の魔剣化です。資源型のダンジョンにおける稼ぎの一つとして、自分で武器や防具、鉱石や宝石を持ちこんで隠しておき、何年か寝かせて置いて回収するという『魔化待ち』というものがあるんです」

「ねえ、それって盗られちゃわない?」

「盗られますね。見つけたら回収していいというのは暗黙の了解としてあります。なので盗られないところに置くのです。例えば人があまり行かない場所、見つかりにくい場所、もしくは普通の探索者程度では辿り着けない場所に」


 なるほど。

 例えそこにお宝があるとわかっていても、辿り着けないなら盗られる心配はない。


「実力のあるクランの資金源になっています。シオンはこれを個人でやっているわけです。下層のどこかに剣を置いているようですよ。これが魔化するまではここに留まるという話でしたが……、どうやらそろそろらしくて、そういう意味でも今回の作戦は大事です」

「もうおれたちが参加する前提で話していることがちょっと気にくわないがまあそれはいい。それよりも現実的な問題として、おれたちは今日初めて迷宮に入ったような初心者だ。いざ突撃させてみたら使い物にならなかった、とか考えないのか?」

「探索についてはこれからある程度慣れてもらいますよ。ただ貴方がたはベルラットの引くリヤカーに乗ってもらうので、極端な話、遭遇する魔物、そしてノアを討伐できる戦闘力さえあればいいのです」


 リヤカーに乗っての迷宮探索……。

 シュールな話になってきたな。

 まるで夢の国のアトラクションだ。


「あと下層攻略の際に気をつけておいて欲しいことがありまして」

「なんだ?」

「バロットの妨害があるんじゃないかと。あの人たちはノアの討伐を阻止したいようなので。バロットとしては、ノアが残り、いずれ再び研究に協力して欲しいと考えているようです」

「ん? ちょっと待て。ノアはバロットと協力体制にあったんだろ?」

「おっと失礼。話し忘れていました。ノアとバロットが協力体制にあったのは十五年ほど前までですね。何かあったようで、以降は協力体制が解消されているようです」

「理由はわからない?」

「わかりません。何か起きたとしか。あとそれと関連しているのかどうかは定かではないのですが、その辺りから迷宮で行方不明者がちらほら出ています」

「……行方不明者?」

「はい。これまでそんなことは無かったんですが、どうやらさっきもちょっと話したネルカが最初っぽいですね。死んでも帰ってこられる迷宮というのが売りだったんで、ちょっと問題になっています。たぶんノアの奴が何かやってるんじゃないかなーと私は思っています」

「まあそれしかないだろうな。バロットの連中をとっ捕まえて締め上げたら何かわかるんじゃねえの?」

「あちらは迷宮の秘密を知っていますからね、変にちょっかいをかけて追い詰め、ヤケになられても困るんです。最近はメルナルディアの方針が変わって控えめになって来ましたが、魔王討滅を掲げて正義面している組織ってのは色々と面倒なんですよ」

「あー、極力関わらない方がいいってのはわかった」


 となると……、バロットがおれに接触してきたのは、実はイールと同じく最下層への到達が目的だったのかもしれないわけか。


「何人くらい行方不明なんだ?」

「ネルカを一人目として現在のところ八名です」

「共通点とかあるのか?」

「下層を探索出来るくらいには優秀な探索者だったというくらいですね。死に戻りを何回か体験しているので、ネルカやシオンほど優秀ではありませんが」

「性別は?」

「ばらばらですね」

「歳とかは?」

「全員三十歳以下というくらいでしか。まあこちらはギルドの方でも調査がされていまして、共通点は特に無しという結論が出ています」

「そうか。じゃああとは……、例えば迷宮の中に外みたいな自然の環境があって、そこで暮らしているとかそういう可能性は?」

「なんですそれ? んー、私が管理していた頃にはそんな場所は用意していませんでしたし、現在も四層まではそんな場所ありません。五層にも六層にもたぶん無いと思いますよ? なのであるとしたら、三百年の間にノアが作りあげた七層ということになります」

「そう、か……」


 話がイールとノアによる迷宮の支配権の奪い合いにというだけならなんとかして逃げてやろうと思っていたが……、行方不明者か。

 イールとノアによって管理された迷宮だ。

 イールがわからないなら、そこはノアが何かやっているということになる。

 そしてシャフリーンの探す隠れ里は下層の先となれば……。


「わかった。協力しよう」

「おや! ありがとうございます!」

「うんうん、よろしく頼むよ!」


 おれが協力することを告げると、イールが、それから見守っていたフリード伯爵が嬉しそうに言う。


「では、ひとまず皆さんには、明日『迷宮皇帝』の拠点に向かってもらいましょう」

「君たちが協力者になるだろうということについては、すでに話してある。ベルラットも事情を知る心強い味方が出来ることを歓迎しているようだった。すんなり受けいれてくれるだろう」

「あ、あと私も少数精鋭による下層突撃作戦には同行するのでお願いしますね。そもそも私がその魔素溜まりに行かなければ意味がないので」

「……食料の樽かなんかに詰めて運ぶのか?」

「いえ、装備に化けるので、それを身につけてもらおうかと。例えば……」


 と、イールが変身。

 巻きクソ型の帽子になった。

 巻きクソ。

 歴史は古い。

 江戸時代にはもう描かれていたと聞くし、フランスの版画家ベルナール・ピカール(1673~1763)の作品『調香師』はしゃがみ込んで背を向けている人物が、肩越しにこちらを見つめながら野グソしているというものだが、そこには見事な巻きクソが描かれている。

 うん、だからどうした。


「これを被ってもらえたらばっちりです」

「ばっちりじゃねえ! 誰が被るかそんなもん!」


 さっと皆を見ると、さっと顔を逸らされた。

 くっ、おれが装着する流れじゃねえか……!


「気に入りませんか?」

「どうして気にいると思ったのか聞きたいわ!」


 イールがどんな姿で同行するかは、後日相談となった。


※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/02/08


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