第35話 6歳(春)…特訓の成果
魔術を会得して以降、ミーネはおやつの時間も忘れるほど訓練にのめり込み、付き合う母さんもその教育に熱を入れた。
ミーネと母さんの鬼気せまる迫力に、おれ、クロア、そして父さんという男衆三人組はちょっと恐怖を覚え、刺激しないよう慎ましくすごす日々が続いた。
しかし、そんな日々も終わる時がきた。
保護者のお爺ちゃん――バートランが戻ってきたのだ。
「おじいさま! おかえりなさい!」
久しぶりの祖父に、ミーネは駆けよって飛びついた。
「ほほっ、ただいま。元気にしておったか?」
「もちろん元気だったわ!」
うん、元気すぎでした。
爺さんはミーネの頭をなでながら、両親に軽く会釈する。
「ありがとう。ミーネの相手は大変だったろう。苦労をかけた」
「あら、そんなことはないわよ? とってもいい子だったから」
「そうだなー。俺たちは大変なことはなかったな。かわりに息子が大変だったか」
まったくもって大変でした。
父さんの言葉を聞いて、バートランは軽く目を見開いて驚く。
「ずっとミーネの相手をしてくれたか。同い年だというのに……」
まあ普通の同い年が相手してたら倒れて寝込むだろうな。
バートランが嬉しそうにしていると、その袖をミーネがちょいちょいと引っぱる。
「ねえねえ、おじいさま、わたしおじいさまと試合をしてみたいの」
「む? またいきなりだな。どうして試合……、ん?」
きょとんとそう言いかけて、バートランははっと表情をあらためる。
「ミーネや、もしかして……、そうなのか? 魔法を使えるようになったのか!?」
「うん! あ、でも魔法じゃなくて魔術よ?」
ミーネは腰の剣を抜くと、それを掲げて炎を纏わせた。
なんの前触れもなく、剣がごうごうと燃えあがる。
「おぉ、なんと……なんと……」
連れてはきたものの、過度な期待はしていなかったのだろう、爺さんは唖然としてしまっている。
「あぶないから人にはつかっちゃダメだけど、おじいさまならへーきでしょ? いまならちょっとだけおじいさまの相手になれるかも」
「ほっ、ほほっ、そうか、儂の相手になるほどか。それは大きくでたものだが、お前がそう言うなら嘘ではないのだな。このひと月ほどで強くなったか」
孫娘の挑発に、爺さんは顔がほころぶほど喜んでいた。
バーバリアンお爺ちゃん……。
この祖父にしてこの孫ありということだった。
△◆▽
この家に戻ってきてひと休みすることもなく、バートランはミーネとの試合を始める。
あたりまえのように真剣を使っての試合だ。
いくら実力が隔絶しているから安心、といっても、六歳の子供に真剣振りまわさせるとかどうなのよ……。
うちの教育はアレだが、クェルアーク家の教育もアレらしい。
そんな勇猛な祖父と孫娘の試合を、レイヴァース家の面々はちょっと離れたところで観戦する。
両親や弟はのんびりモード。
おれだけはちょっと緊張して、ミーネの戦いを見守る。
「やあっ!」
ミーネは気合いをこめて斬りかかるが、バートランは顔をほころばせたままあっさりとその攻撃を剣でうけとめる。すぐさまミーネは次の攻撃に移るが、それもバートランは容易くとめる。
ミーネは相変わらず真っ直ぐな太刀筋だ。
おれでもなんとなくどんな攻撃がくるか読めるくらいだから、バートランともなればもう丸わかりなのだろう。
バートランはミーネが剣を振り始めたところで、すでに攻撃がくる位置へ防御のために剣を置いている。それはなんというかあれだ。師匠に「次はここに打ってきなさい」と剣を置かれ、そこに打ち込む稽古のようだった。ただそれが矢継ぎ早に行われているので、その激しさはボクサーがトレーナーのミットに連打を叩きこんでいる状態に近い。
「あはっ!」
「ほっほっほ」
だというのに、爺さんとその孫娘は剣戟をはさんで笑いあう。
「おじいさま、そろそろ魔術をつかうわね!」
そう言うと、ミーネはとんっとんっ、とバックステップを繰り返してバートランから距離をとった。
深呼吸して呼吸を整え、両手であつかっていた剣を片手で持つ。
ミーネは魔術を使うとき独特の剣の振り方をする。魔導師の杖というイメージに影響されたのか剣を指揮杖のように振るうのだ。
柔らかく、かろやかに。
それによって魔術がおこる。
ミーネはまずは剣の切っ先をそっと足もとに落とし、とん、と軽く地面を突く。
「グランドスニーズ!」
そして叫ぶ。
べつに叫ばなくても魔術は使えるがミーネは叫ぶ。
それは単純に魔法みたいに叫びたいからだ。
どう考えても無詠唱のほうが戦闘には有利だからと諭したが叫ぶと言いはって聞かなかったので叫ぶ。
おれはもう知らん。
ミーネが叫ぶと同時、バートランのいた場所――その地面が間欠泉みたいにズゴバッと吹きあがった。その魔術の参考にした魔法名はクレイゲイザー――粘土の間欠泉である。効果範囲内の生物を粘土に閉じ込めて窒息死させるというなかなかえぐい魔法だ。
しかしミーネはそこまでは再現できず、狙った場所の土砂が爆発するように吹きあがって相手をびっくりさせるという魔術になっている。
殺傷能力のない、生き物に優しい魔術である。
ちなみに名前はおれがつけた。
凄いくしゃみ――、の意である。
バートランは吹きあがる土砂に飲みこまれて見えなくなったが、ダメージがないことはミーネにもわかっている。グランドスニーズは今のところ相手を驚かせ、わずかな硬直時間を作りだすための魔術になっている。
なのでミーネはすぐさま次の魔術を使う。
体を捻ってくるりと一回転。
その勢いを溜め、右腕をしならせるように払い、剣に伝え、薙ぐ。
「ヴォーパルウィンド!」
最速の剣を魔術にのせる。
バートランを襲うのは風の魔術と化した斬撃だ。
ミーネによるオリジナルの魔術。
魔法にも似たようなものがあるが、それは真空――カマイタチを作りだすといったもので、斬撃を風の魔術化して飛ばすヴォーパルウィンドとは別物になる。
名前はやっぱりおれがつけた。
魔王――ジャバウォックを葬るヴォーパルソードにあやかって名づけたと話すとミーネはたいへん喜んだ。
ヴォーパルの意味は知らん。
光の屈折か、魔力の影響か、斬撃はかすかにその形を現すが、速度が速度なので見て正確に捉えることはほぼ不可能。
五メートルほどの距離。
ミーネの動作に一瞬遅れる程度で斬撃はバートランにとどく。
はっきり言って、これはぶっ殺しの魔術である。
一般的な人間ならわけもかわらず体を切り裂かれて殺される。
だがバートランは以前、瞬間的に相手を麻痺させるおれの〈雷花〉を角材で叩き潰してみせた。
速いとはいえ、おれの〈雷花〉よりは遅いヴォーパルウィンドも確実に打ち砕かれる――そうおれは予測していた。
だからこそのグランドスニーズだ。
グランドスニーズは土砂の吹きあがりから落下まで約三秒。
その三秒が相手の視覚を封じる最大効果時間になる。
もしかしたら砂が目に入ってもっと伸びる可能性もあるが、そんな楽観的なものを作戦には組み込めない。
なので三秒、ここに最速で回避のしにくい攻撃を叩きこむ。
これがおれがミーネに授けた――というかせがまれて考えた作戦だった。
最初にミーネが炎を見せたのは、炎を使うような素振りをみせつつ、実は土と風で勝負をかけるためのブラフだ。
さすがにバートランもこれは喰らうだろう、そう思った。
が、魔術の斬撃が自由落下に転じた土砂を切り裂こうとしたとき、それらはまとめてバートランに吹き飛ばされた。
見ることの出来ない状態で見えない斬撃を迎撃。
砕かれた斬撃は破裂して瞬間的に暴風となり、土砂を巻きこんで周囲にまき散らした。
やがて土埃がはれると、そこには嬉しそうな顔をしたバートランがいた。
まったくの無傷だが、さすがに土埃で薄汚れている。
「だめかー……、うぅ、まけました」
現れた祖父を見て、ミーネはしょんぼりと降参。
視認できない最速の攻撃が効果なしとなると、もうミーネでは為す術がない。
「いやいや、なかなかよかったぞ? 今のを無傷でやりすごせる者などそうはおらん」
「ほんとう?」
「ああ、本当だとも」
祖父に褒められてミーネはぱあっと顔を輝かせた。
「しかし……、あまり練習相手にはなりたくない魔術だな。見事に土まみれだ」
「あう、ごめんなさい……」
「かまわんさ。さて試合はここまでとして……、リセリー、すまんが風呂にいかせてもらえるか? このままでは部屋を砂だらけにしてしまうのでな」
「あ、わたしも! 土だらけにしちゃったから、洗ってあげるの!」
ひと月ほど離ればなれだった祖父との再会はやはり嬉しいようで、ミーネはバートランについていこうとその腕にしがみつく。そしてそのまま、ほとんどぶら下がるような状態でミーネはバートランと一緒に風呂へ向かった。
△◆▽
バートランは二日の休息をとり、その翌日に帰省することになった。
ミーネ居候最終日、締めくくりの晩餐はおれがかねてから予定していたバーベキューになった。こういった食事形式はミーネもバートランも初めてらしい。
おれはせっせと肉を焼いた。
これでもくらえと言わんばかりに焼きまくった。
明日でようやくこのお嬢さまの世話から解放されると思うと気分が軽かった。来たときは弟を欲しがっていたミーネだが、色々あったおかげで今ではクロアから注意がそれている。おれはお嬢さまの魔の手から弟を守ることに成功したのだ。めでたい。
「もご、もごご、もごごごご?」
作業中、獰猛な肉食ハムスターがなにか言ってきたが、あいにく知らない言語だ。
「お嬢さま、まずお口のなかのものを飲みこんでから喋りやがれ」
「もごご……、んくっ。えっとね、冒険者の野宿ってこんなかんじなのかなっていったの」
「ほっほっほっ、こんな豪勢な野宿は経験がないぞ」
笑う爺さんも肉をもりもり食べていた。
バーベキューは好評で晩餐は楽しいものとなった。
そしてその翌朝――、いよいよ別れの挨拶となる。
「本当に世話になった。ありがとう。もしなにかあったら、遠慮なくいってきてくれ。クェルアーク家の総力をあげて力になろう」
「ええ、そのときはそうさせてもらうわ」
「どんな大ごとだそれ……」
母さんとバートランの会話に、父さんは苦笑する。
「ねえねえ」
大人たちが話しているのをなんとなく聞いていると、ミーネがちょいちょいと袖をひっぱってきた。
「あなたも一緒にこない?」
「いかねえよ!?」
最後の最後にむちゃくちゃ言いだした。
「むー、そっかー。でもそのうち王都にきてね」
ミーネはおれの手をとってぶんぶん振ると、次に弟の手をとってやはりぶんぶん振る。
「みーね、いてらしゃい!」
「あはっ、うん、いってくるね!」
なにか勘違いしている弟に笑ってかえし、ミーネは馬車に乗りこんだ。
「よし、ではいくとするか」
バートランも馬車に乗りこみ、手綱を握る。
「では、さらば」
「おきをつけて」
「爺さんまたなー」
母さんは小さく手を振り、父さんは軽く手をあげる。
のろのろと出発した馬車の後ろから、ミーネは手を振りながら叫ぶ。
「冒険者になったらパーティくみましょーね!」
おれは笑顔で手を振りながらそれにこたえる。
「なんか苦労しそうだからことわるー!」
「なっ!? なんでよーッ! いじわる――――ッ!」
ミーネの振っていた手がじたばたと速くなった。
憤慨してじたばたするミーネを乗せて、馬車はのろのろと離れていく。
「リセリー、息子が容赦ない人間に育ってしまっている……」
「あなたに似たのね。私がパーティ組もうって誘ったときのこと覚えてる?」
「あ、うん。うん……」
母さんがうりうり肘でつつくと、父さんは気まずそうに視線をそらした。
仲いいですね。
しかし……、パーティか。
ミーネとパーティ組んでうまくやっていける奴なんているのだろうか。
というかそもそもあいつ、冒険者になれるのか?
戦闘力は申し分ないんだろうが、それ以外のところが危ういな……。
人ごとではあるが、袖をひっぱられるくらいの縁はある。
ミーネの将来を心配しながら思案していると――
「……ん?」
ふと、思いついたことがあった。
うまくいけば……、ミーネを冒険者のスタートラインに立たせることくらいはできるかもしれない。それに本格的な名声値稼ぎにもなるかも。
そのためには、まず……
※誤字の修正をしました。
2017年1月26日
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/05/21
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/10
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/06/29




