第344話 12歳(春)…ウンコは力
「ウンコ、そうウンコです。この都市に集まる多くの人々が日々もりもりっと排泄するウンコを取り込むことによって私は魔素溜まりにとどまるに匹敵する力を得ることが――」
「あ、もう夜だしさ、今日のところはお家に帰っていいかな?」
急性ホームシックが発病したおれは、もうこれ以上スライムの話を聞いている余裕などなかった。
しかし現実は非情、スライムはそれを許さない。
「ちょ!? 駄目ですよ!? なんですか、話がいいところで!」
「何がいいところだ! ちくしょう、けっこう真面目に聞いちまったじゃねえか! ふざけやがって!」
「ふざけてなんかいませんよ!? あ、あー、いや、そうですね、普通の人は馬鹿にされていると思ってしまうかもしれませんね。ですが違うんです。決して馬鹿にしているわけではなく、本当にウンコにはすごい力が隠されているんです。わかりますか? ウンコは力です」
「わかんねーよ!」
「いやいや、聞いてください。ウンコは世界を回しているんです。ウンコ無くしては世界の豊かさは有り得ないのです」
「ああ? それってもしかして食物の連鎖の話か?」
「おお!? わかってるじゃないですか!」
きっとこいつはシャロ様に食物連鎖について聞いたのだろう。
しかしイールはそれを極端に解釈――いや、実際に力に出来てしまった結果『ウンコは力』という極論に到達してしまったのだ。
「ウンコは力なのかー」
「ねえねえ、どういうこと? よくわからないんだけど……」
ティアウルとミーネが興味を持ってしまった……。
どうしよう、説明するのが面倒くさい。
でもちゃんと解説しておかないと、お嬢さん方はイールの言う『ウンコは力』をそのままインプットしてしまう。ここに連れてきてしまったおれとしては、二人が方々で『ウンコは力』なんて言うようになってもらわれては困る。とても困る。一方の親父さんはトンカチ片手に殴り込みをかけてくるかもしれないし、もう一方の親父さんは領地からすっ飛んできてめちゃくちゃ説教してきそうだ。
「え、えっとな、草あるだろ、草」
「うん? 草?」
「どんな草だー?」
「どんな草でもいい。ともかく草だ。それを食べる動物いるだろ? 草食動物な」
「いるわね」
「いるな」
「その動物を食べる動物がいるだろ? 肉食動物な。まず物凄く簡単にこの三つで説明するが、草を食べる草食動物がいて、その草食動物を食べる肉食動物がいる。これが食物の連鎖だ」
「うん、なんとなくわかる。でもウンコは?」
「待ちなさい。まあ待ちなさい。それも説明するから。食物の連鎖には二種類ある。今説明したのは生食の連鎖。生き物がより強い生き物に食べられていく連鎖だ。そしてもう一つは腐食の連鎖。生物の死骸や排泄物が自然に帰る連鎖だ。死骸を放置しておくと腐るだろ? この腐るという現象は目では見ることの出来ない……、うーん、まあ、とても小さな生物によって行われる。結果、その小さな生物によって死骸は栄養として土や水に溶け込む。まあそれが植物の栄養源になって生食の連鎖の方に繋がるわけだ。なのでウンコはこの連鎖の一端を担う大切なものではあるが、すべてじゃない」
「なんとなくわかったわ」
「そうか。よかった。ティアウルは?」
「よくわかんないけど、あんちゃんが言うならそうなんだな」
「ありがとう、そういうものと思っておいてくれ」
なんとなくであろうと、実はわかってなかろうと、ともかく『ウンコは力』がインプットされなかっただけでもよしとしておく。
「いやー、さすがシャーロットゆかりの方ってわけですか。生食の連鎖は理解されやすく、なんとなく理解している人もいますが、腐食の連鎖の方はほとんど意識されないんですよね」
まああまり気持ちのいい話にはならんからな。
「ともかく、私はウンコによって力を得るようになりました。しかし魔素溜まりを得ているノアほどではなく、そこから地道に都市を広げ人を集め、ウンコを集め、じわじわと地上から迷宮を侵食していきました。そして三百年ほどかけてようやく四層まで到達したのです」
「ん? ならそのまま侵食していけばいいんじゃないか?」
「時間があればそれでもいいんですが、時期的に事を急ぐ必要があるんです」
「時期的……? 春は人が減るからとかそういう?」
「人が減るという点ではその通りですが、季節の問題ではなく、魔王が誕生する時期という話ですよ。誕生したとなれば、なんやかんやで冒険者も駆り出されます。それにより都市の人口が減る、つまりウンコの産出量が減る、私の力が衰える、ということです」
「産出量言うな」
話はわかったが、どうもウンコウンコ言われて気が抜ける。
「ここで私の力が衰えてしまうと、魔素溜まりを確保しているノアに押し返されてしまい、何十年、もしくは百何十年の苦労が水の泡と化してしまうのです。これは今回が初めての出来事になるので、どれくらい影響が出るかまったくの未知数。なので、ここで一気に最下層まで到達し、迷宮の支配権を奪取してしまおうと考えています」
「そしておれたちにその協力をしろというわけか」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
「……はぁー」
お願いされているようだが、ほとんど強制。
ため息が出た。
ちょっと取材に来ただけなのに、到着してその日のうちにスライムの陣取り合戦に巻き込まれたとなればため息くらい出る。
「協力するかどうかは……、もう少し詳しい話、それから現在の状況を聞いてからだな」
△◆▽
詳しい話を聞くにあたり、まずは場所を隠し部屋から屋敷へと移すことになった。
今回、隠し部屋はイールによって無理矢理地中に引きずり込まれたり、元の位置に戻されたりしたが、隠し機能はタワーブリッジが描かれたモノリスの機能らしく、隠し部屋はこれからも訪れるかわからない来訪者を待ち続けることになるようだ。
書斎を出たおれたちはそれから食堂へ向かう。
「料理を食べながらお話するのがいいと思うわ」
昼食が早めだったからか、ミーネはもう腹ぺこになっているようだ。
するとイールが言う。
「おや、では私が用意しましょう」
イールは質量保存の法則に喧嘩を売るようにみるみる巨大化し、大きなテーブルに覆い被さってまた縮む。
するとテーブルには数々の料理が所狭しと、とてもおれたちだけでは食べきれない量が並んでいた。
「ささ、どうぞ召し上がってください」
「わぁ! いただきま――」
「待て」
さっそく好きな席につき、料理に手を伸ばそうとしたミーネの襟首に指を引っ掛けて止める。
「え? なに?」
「お腹が空いているんだろうが、ちょっと考えてみろ。この料理はスライムの一部だぞ」
「……うん? 食べられないの?」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。ちゃんとそれぞれの元の料理と同じものになっていますから。食べてお腹を壊したりするようなことはありません」
「大丈夫だって言ってるわよ?」
「じゃあもうちょっと考えてみようか。あいつの力の源とか」
「力の源って……、って……」
ようやくミーネもそれに気づき、瞳が曇る。
そのものではない。
そのものではないが、ぶっちゃけ原料はウンコだ。
ミーネは少しの間、凍りついたように固まっていた。
目の前の美味しそうな料理。
しかし、しかしそれは一段階前はウンコ。
「……へぐぅ……」
どれほど葛藤があったのか、ミーネが半泣きでうめく。
ちょっと気の毒になったので、ひとまず妖精鞄から好物を出して落ち着かせることにした。
イールと伯爵に妖精鞄の所持がバレるが、まあ協力を求めてくる以上、こちらが不利になるような真似はしないだろう。
さて、どんな料理を出そうか。
トッピング盛りだくさんのカレー……はダメだな!
今はタイミングが悪すぎる。
ひとまず無難にサンドイッチを出してミーネに与える。
ミーネは豪華な料理を前に、半泣きのままサンドイッチを口に詰めこみ始めた。
「イール。料理を用意してくれたのは感謝する。だがおまえの料理は人類には早すぎる。すまないが下げてくれ」
「えー? 大丈夫ですよ? 味もばっちりですし」
「食べられるとか、味がどうとか、そういう問題じゃない。おまえが出したものというだけで、とてもじゃないが食う気にならん」
「おや? もしかして私がウンコを好んで摂取していることを気にしているんですか? それはおかしいですよ。食物の連鎖を理解しているなら、普段、口にしている食べ物だって元を正せばウンコだとわかっているでしょう?」
「段階の問題だ段階の! 普通はウンコから料理までの段階がものすごくあるんだよ! おまえの場合はほぼ直結でウンコから料理じゃねえか! とてもじゃねえが食う気が起きねえんだよ!」
「世の中にはウンコをそのままでいく人もいるんですけどねぇ……」
「そういう特殊な例を持ちだしてくんな!」
あーもー、お家帰りたいなぁ……。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31




