第343話 12歳(春)…スライム覇種
スライム覇種を自称する巨大な水饅頭――イールはこちらに危害を加えるつもりはないと言うが、それをバカ正直に信じて警戒を解くほどおれはお人好しではなかった。
例え、ミーネとティアウルがイールの左右にしゃがみ込み、ぷるぷるする体にべちこーん、べちこーんと平手打ちを喰らわせ始めたとしてもだ。
「あはは、ぷるぷるするぞ!」
「この上で寝たら気持ちよさそうね!」
べちこーん、べちこーん。
ぷるるん、ぷるるん。
べちこーん、べちこーん。
ぷるるん、ぷるるん。
「……」
あの二人、絶対状況をわかってねえ!
叶うならあのアホの子二人の頭をべちこーんとひっぱたいてやりたいところだが、生憎とおれは床に突き刺した縫牙から手を離せない。
ぷるぷるしているアレが本体とすれば、今おれが動きを封じているのは都市から迷宮までを管理している分身か?
不利な状況にあってこれだけが有効なカードだが……、奴の話を信じるなら、このまま封じっぱなしというわけにもいかないのが悩ましく、すぐ横で抜きかけのダイコンと化している伯爵がバチンバチンと意図不明なウィンクしてくるのは鬱陶しい。
「あのー、この状況を見てもまだこちらが危害をくわえるつもりはないって信じてもらえませんかね? もし危害を加えるつもりなら、とっくに迷宮の方でやってますし。でしょう?」
「なるほど……」
それもそうかと思いつつ、その言葉で奴の目的をだいたい把握する。
「お、納得してもらえましたか?」
「ああ、おまえはおれたちに協力して欲しいことがある。おそらくそれは下層を支配するおまえの片割れの討伐。こんなとこか?」
「おっと! これは話が早い! さすがですね!」
「危害を加えるつもりはないが接触する必要はあった。初めて都市を訪れるおれたちの情報といったら、おれこと『スナーク狩り』が率いる冒険者パーティ『ヴィロック』というくらいのもの。そこに何を求めるかとなったら、まあスナークの群れ、そしてバンダースナッチを討滅したという戦闘力ってとこだろう。迷宮でオーガが出て来たのはちょっとした試験か。で、協力を求めるに値すると判断し、おまえはこうして姿を現した。標的がおまえの片割れってのはまあただの当てずっぽうだ」
「おお、素晴らしい!」
「そしておまえは何としてもおれたちに協力させるつもりでいる。だから一旦戻るような話が出たところで、慌てて悪ふざけをしかけた」
戻る素振りを見せなければ……、いや、その場はしのげたかもしれないが、ずっと見張られていたのだ。接触されないままザナーサリーへ戻ることは至難の業だったのだろう。
状況は非常に悪い。
今はアホの子二人にひっぱたかれてぷるぷるしているだけだが、その気になればイールはおれたちをどうにでも出来るのではないか?
「うーん……、めちゃくちゃ警戒されてますね。あ、聖女さん聖女さん、貴方は嘘を見抜けるんですよね? どうです、私は?」
「嘘はついていないようですが……」
「あー、人じゃないから判断がつかないと。ならどうでしょう? 私が何かわかりきったことを言って、それで確認してもらうというのは?」
「わかりきったこと、ですか?」
「はい。そうですね、例えば……、『私はスライムです』とか」
「……あ、あの、嘘となるのですが……」
申し訳なさそうにアレサが言う。
「どうすんだてめえ、わかりきったことすらも、訳わからなくなっちまったじゃねえか」
「さてー、どういうことでしょうねぇ……、もしかして私は、意識の奥底では自分をスライムを超越した存在であると自負でもしているのでしょうか?」
「知らねえよ……!」
状況がよりややこしくなるなか、スライムを叩き飽きたのかミーネがあっけらかんと言う。
「ねえ、もういいじゃない。ひとまず話を聞いてみましょう?」
……。
おれ、おまえらが一緒だからけっこう必死になってたんだけどなー。
△◆▽
「私は四百年ほど昔に生まれました。もしかしたらもっと前かもしれませんが、まあそのあたりはどうでもいいので」
お家に帰してはくれないようだが、協力を求めているならひどい扱いはしないだろういうことでおれは諦めて縫牙を床から抜いた。
埋まっていた伯爵を床から吐き出させたあと、イールは接触してきた目的を説明すると言いだし、そのまま自分が誕生したときの話を始めた。
なんかミーネの親父さんを思い出した。
「場所はどこかの小川です。周りには仲間がいました。手のひらに乗るくらいの、ごく普通のスライムですね。私はしばらく仲間と一緒に苔を食べながら過ごしていましたが、あまりに退屈だったので旅に出ることにしました。なにしろ他の連中ときたら一言も喋らず、ひたすら苔を食べるばかりなんですよ。もう寝ても覚めても苔ばっか食べてるんです。有り得ないと思いません?」
「いやそこに生息するスライムなんだから文句言っても仕方ねえだろ」
「まあそうなんですが。ともかく旅立った私は、気の向くままにあちこちに行きました。私と同じようなスライムを捜していたのかもしれませんね。私は大陸各地を回りました。時には人に襲われたりもしました。中には私と友達になってくれる人も居ました。旅のなかで特殊なスライムと遭遇することもあったのですが、あれは駄目ですね、全然駄目です。王種なら違ったかもしれませんが、亜種程度ではただ凶暴性が増しただけのスライムです。多少知力を得ているせいで余計にたちが悪いんですよ。あと妙に偏食になってますね。金属を食べる奴とかもいましたよ」
おれなんで迷宮都市の取材に来てスライムの自分語りを聞いているんだろう……。
「世界を巡ってもろくなスライムがいなかったので、私は諦めて人と交流を持とうと考えました。そこで思いついたのが過去に立ち寄ったこともあるダンジョンです。私はダンジョンを作り、餌を用意して人を集め、探索に来た者たちをあの手この手でからかって遊ぼうと考えたわけです」
「……こ、交流?」
おかしいな。
おれの想像する交流とずいぶん違う。
「そしてダンジョンを作るにあたり、選んだのがこの地です。ここの地下に魔素溜まりがあることに気づいた私は、それからせっせとダンジョン――迷宮を作り始めました。まず最初は魔素溜まりまで真っ直ぐに潜っていき、到達してからは力を蓄えつつ洞窟を作りました。今は広々としていますが、昔はまだ小さかったんですよ? ひとまず小さな迷宮を作りあげた私は、それとなく冒険者――、ああ、当時はただの日銭稼ぎの荒くれ者という扱いでしたが、その人たちに情報を流してこの地に誘導しました。魔物については世界巡りをしている最中、返り討ちにして取り込んだ魔物を再現して配置しました」
こいつ今さらっと言いやがったが……、つまりそれってこいつ単体で魔物の軍団を拵えることが出来るってことだよな?
ふざけた奴だがそこは覇種ということか。
「それからあれよあれよという間に人が集まるようになりました。やはり殺さないように傷を治して放りだすのが良かったようですね。交流目的なので、殺すつもりはなかったんですよ。やがてこの地を領地にしていたフリード家が本格的に町作りに着手しまして、そこで私はフリード家に接触、持ちつ持たれつでやっていくことになりました」
「まあそういうわけだ。それから我がフリード家は町の発展に尽力することになり、今に至るんだよ」
伯爵はキリッとした表情で言うが、さっきの醜態を見てしまったからか、どう取り繕ってもダメなおっさんにしか見えなくなっていた。
「しかし、あるとき問題が起きます。私は迷宮に潜る人たちがより楽しめるようにと、さらなる試練と苦難を追加しようとしていたのですが、逆に、もっと優しくして楽をさせてあげようという気持ちも持っていたのです。このままでは中途半端なことにしかならないと考えた私は、私の中にある弱さを吐き出すことにしました」
「それが分裂した……、ノア?」
「そうです。私が真のダンジョンマスターとなるために吐き出した甘ちゃんがノアです。今思えば、壺か何かに放りこんで海にでも沈めておけばよかったですが、ほっといても問題ないだろうと地上に放りだしておいたら、なんか協力者を引き連れて迷宮に突っこんできたんですよ」
「協力者?」
「バロットという研究機関の責任者で……、確かロラン・ドゴールとか言う隻腕の魔導師でした。たぶんノアは自分が迷宮の支配権を奪った暁には好きに研究をさせてやるとか、そんな感じで唆したんでしょう」
「おまえ負けたの?」
「負けたと言うか……、地上で遊んでいたら最深部まで到達されて魔素溜まりを乗っ取られていたと言うか……」
「おまえアホだろ」
「えーっと……、はい、反省しています。ともかく迷宮を乗っ取られた私はフリード家に泣きつきました。最初は支配権を取りもどそうとフリード家も私に協力してくれたのですが、最下層まで攻略することが出来ず、そのうち迷宮は変わらず運営されるからべつにこのままでいいんじゃないかという話になってしまい、私はフリード家のペットとして飼われることになりました」
「おまえの遍歴めちゃくちゃだな!?」
「いやいや、その幼さでスナークを討滅するような経歴を持つ貴方に比べたら大したものではありませんよ。昔、私もスナークにちょっかいをかけたことあるんですけどね、あんな生きてない連中をどうにかしようなんて不可能だと思いました。それが貴方、討滅って。絶対スナーク以上にイカれた存在だと思っていたんですが……、こうして会ってみると、貴方びっくりするくらい普通ですね」
「悪かったな、普通で」
「いやいや、悪く言いたかったわけではないんです。むしろ普通なので余計に恐くなりましたよ。そもそも有り得ない偉業を、達成できるはずもない者が達成したという意味。私にすら普通に見えてしまう貴方は、いったいもうどれだけデタラメなのか。まあそれがあって貴方に協力を求めようとしたわけなんですが」
「…………」
おれに対してそんな感想を述べた奴はイールが初めてだ。
イールはアホっぽいし、アホなのだが、アホというだけではない。
何百年と生き、大陸を巡って経験を得てきただけあるらしい。
「ちょっと話が逸れてしまいましたが、えっと、ああ、私が愛くるしいペット兼フリード家の子息の遊び相手として幸せな日々を送るようになったところからですね」
「もうちょっと要らない情報はぶけない?」
「む……、仕方ありませんね、人の寿命は短いですし。ではこれからは簡潔に話しましょう。迷宮が乗っ取られてから十年ほどすると、フリード家にとってもよろしくない状況になってきます。それまで私は分け隔て無く探索者と遊び、適度に餌を与えるという関係を築いていたのですが、ノアのアホは一部の人を優遇するようになったのです」
「優遇?」
「はい。迷宮の乗っ取りに協力したバロットの関係者です。彼らは迷宮の底に研究施設を与えられ、そこで好き放題、やり放題。終いには地上でも大いばり、我が物顔でのさばるようになります。フリード家にとっても困った事態になったわけです」
最下層で暮らしていたのか?
ならシャフリーンの言う隠れ里ってのもありえなくはない?
「研究って何をやってたんだ?」
「詳しくはわかりません。ただ地上に上がってきた連中を監視して情報を集めた結果わかったのは、死なないことをいいことに、無茶苦茶な戦闘訓練などを行っていたようです。時期的に魔王の誕生が近かったので、そこに投入できる戦力を育てようとしていたのではないかと」
「ああ、なるほど」
「ただ役には立たなかったようですけどね。魔王を討滅したのはここのバロットとはなんの関係もないシャーロットとその仲間たちでしたから」
「シャーロットはバロットに協力していたと聞いたが?」
「ああ、それはまた別の研究に移行したときの話かと」
「その内容はわかるか?」
「わかりません。ただシャーロットが協力したのは一年ほどとごく短い期間でした。たぶんろくでもない研究だったんじゃないでしょうか」
「なんでそんなことが言えるんだ?」
「共同研究をやめたシャーロットが、私に迷宮の支配権を奪取するための助言をしてくれるようになったからです」
「助言?」
「はい。単純な強さで言ったら、私の方がノアよりも強いのですが、ノアには魔素溜まりがあります。覇種とは言え、無限に力が湧いてくるわけではありませんからね、例え、地上から強引に干渉し、一時的に迷宮の支配権を奪ったとしても、ノアの方は半永久的に流れ込んでくる力を使えるので、そのうち押し返されてしまうんです。そこでシャーロットは魔素溜まりのように私に力を供給してくれるものを探せと教えてくれました。色々と試しましたよ。降りそそぐ日の光や、気温、風の流れ、そういった自然の力を取り込むこと。精霊に近い存在だからいけると言われましたが、なかなか上手くはいきませんでした。しかし、あるとき私はそれを見つけることが出来たのです。私に無限の力を与えてくれるもの。それはスライムという種の、在るべき姿と言いますか、とても基本的なものでした」
「何だったんだ?」
「ウンコです」
おれはお家に帰りたくなった。
※誤字を修正しました。
2017/10/11
※さらに誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/18




