第342話 12歳(春)…迷宮都市の支配者
覇種――。
その種族の頂点と言われているが、少ない情報を集めてみると頂点飛びこえて別の存在にまで到達した何かと言うしかないようなわけのわからないものである。
獣人たちのご先祖はこの覇種で、人の姿にもなれたらしい。
そこに人が夜のレスリングを仕掛けた結果、獣人が生まれたとかなんとか。
ほとんど半神や半精霊のような存在だったのではないかとおれは思っているのだが、かつて存在した覇種の方々は邪神に特攻しかけてお亡くなりになったそうな。
……あ、そう言えばうちに住み着いた犬って元覇種だったっけ?
じゃあ瘴気領域にはスナーク堕ちした覇種の方々がバンダースナッチとしてそこに居るのだろうか?
あんまり考えたくないな。
まあ今はそれよりもシャロ様が残した警告の方が重要だ。
内容が『身のため』程度に留まっていることからして、そこまで危険な存在ではないと思う。
しかし、この都市や迷宮がまるっとスライム覇種ということはつまり、現在おれたちは奴の腹の中にいるようなもの。
とてもじゃないが落ち着いてはいられない。
この都市のすべてが侵食されている可能性も否定できないし、他にも食べ物や飲み水に紛れ込んでいる場合だって想定しなければならない。迷宮内でやられても外に放りだされるから死ぬ心配はない――、そう思っていたが、迷宮がスライムというのであれば、その出て来た人物は本当に本人なのかも怪しいところだ。やられた人の記憶を引き継いだ別人――、いや、まったく同じものであれば……、それはなんと呼んだらいいのだろう?
そこまでやっている可能性は低いと思いたいが、単純に蘇生させて傷を癒し、放りだしているだけであるわけがない。
覇種にとってなんのメリットもないからだ。
すぐに思いつくのは寄生。
治療した者に分身を寄生させておき、何らかの目的を達成させるために誘導する。もしくはその時まで眠らせておく。
うーむ、困った。
どうも悪い想像ばかりが浮かぶ。
そのスライム覇種のことを何も知らないため、どこまで警戒していいかがわからないせいで不安だけが膨らんでしまう。
こんな場所では、とてもじゃないが活動なんて出来ない。
ここは一旦ザナーサリーへ戻り、ロールシャッハにこの都市の話を詳しく聞いてから出直すのが最善だろう。
出来るだけ自然な感じで帰還したいところだが……。
「ご主人さまー、お手紙にはなんて書いてあったんですー?」
「色々だな」
手紙に視線を落としたまま固まっていたところ、シアがのほほんと尋ねてきので、おれはなるべく調子に合わせて答えた。
この地の領主であるフリード伯爵がここに居るからだ。
伯爵がスライム覇種の事を知っているのか、知らないのか。
知っていた場合、協力者か、敵対者か、中立か。
それを今ここで調べるのは危険を伴う。
今は誰にも不審がられずに撤退するのが一番だ。
「箱の硬貨や宝石は苦労しているようだったら好きに使えって書いてある。でもおれは生活に困ってないから、これは次の誰かのために残しておこうと思う」
「素晴らしいお考えです。さすがはレイヴァース卿ですね」
これにアレサは賛同してくれたのだが――
「「ええー……」」
金銀がそろって不満そうな声をあげた。
「あの……、お嬢さん方? あなたたちってこんなところで欲だす必要ないくらいお金持ってますよね……?」
「それとこれとは話が別なんですぅー」
「記念としてあなたの像の隣に飾っておきたいわ」
こ、こいつら……。
こんなこと話してる状況じゃないというのに……!
「あー、じゃあエミルスに来た記念にあとで何か買ってやるから、それで我慢しろ。ほれ、手に持った宝石を箱に戻せ」
「シアー、どうするー?」
「どうしましょうか……。ご主人さまー、買ってくれる物はどんなものになるんです? 屋台のオーク串とかは嫌ですよ?」
「んなもんおれだって嫌じゃい。バカみたいに高くなければ宝石でもなんでも買ってやるからとっとと戻せ」
「シアー、どう思うー?」
「ご主人さまが実用性が皆無なくせにやたら高い品を買い与えてくれる機会なんてこの先有るか無いかです! ここは従いましょう!」
「なるほど、わかったわ!」
こいつら……!
ま、まあいい。
今はそれどころではないのだ。
おれは努めて冷静を装いながら伯爵に話しかける。
「フリード卿、この場所、今後はどうされる予定ですか?」
「勇者の過ごした屋敷だからね、このまま残すつもりだ。無論、箱に入っていた財宝もね。仕掛けについては秘匿しよう。気づく者でなければここに立ち入る資格がないわけだし」
うんうん、と頷く伯爵を見るアレサは微笑んでいる。
嘘は無し。
伯爵は本当にここをこのままの状態で残すつもりらしい。
人がよいのか、裕福だからこその余裕か。
ともかくこの場所についての話はここで終わりだ。
「さて、今日は到着早々にいいことがあったし、夕食は豪勢にいこうか。あれとかいいんじゃないかな」
「本当!? あれって!?」
ミーネが喜んだので、おれはその頭を自然に撫でるような風を装いながらミーネの表情を伯爵に見えないようにして言う。
日本語で。
「〝ここは危険。逃げる〟」
「ふぇ!?」
ミーネの表情がこわばるが、見られてないので問題ない。
シアの方は変わらない様子で言ってくる。
「なるほど。んー、でも〝逃げる〟は材料が必要ですよね」
「日は暮れたとは言え、まだ時間はあるし、ちょっと戻って取ってくるくらいできるだろ。精霊門ですぐなんだしさ。アレサさん、到着早々にまた戻ってもらうことになりますが……」
「いえいえ、お気になさらず! あ、必要な物を教えていただければ私がひとっ走りして――、って駄目ですね! レイヴァース卿のお側を離れては!」
と、撤退に向けて話を運んでいたところ――
「……!?」
不意にわずかな浮遊感を感じた。
それは下りのエレベーターに乗っている場合に感じるそれとまったく同一のもの。
「あんちゃん! なんか部屋が沈んだ! あと道ができた!」
ティアウルが知らせてくる。
いかん、困惑したせいで動き出すのが遅れた。
慌てて部屋の扉を開いてみたが――、そこにあったのは上へと通じる階段ではなく、すぐ先が暗闇になっている洞窟だった。
「ふわぁ!?」
誰もが驚くなか、ミーネの反応が一番大きかった。
そのなかで一人、微笑みをたたえている者がいる。
「フリード卿、どういうことか説明してもらえますかね?」
おれが言うと、伯爵はにやりと笑う。
「さては手紙に何か書かれていたか。まったく、せっかくの準備が台無しじゃないか」
「その反応、あなたはスライム覇種と通じているということで間違いないわけですか」
「ぐふふふ、その通り! 我がフリード家は遙か昔よりスライム覇種と共存してきたのだ!」
「ど、どど、どういうこと?」
仕方ないことだがミーネが混乱している。
「この都市と迷宮はスライムの覇種なんだよ。で、フリード卿はそのスライムと共存しているんだ」
「スライムの覇種!? え、この町も迷宮もって……!?」
「ふははは、今、君たちはスライムの腹の中にいるようなものだ。どうだ、恐ろしいだろう? 本当はもうちょっと後で驚かせるはずだったが、なんか予定外でいきなりこうなってしまったのだ。さあこれから君たちの取るべき道は一つ、その扉から続く通路を進むことのみ。いったいいかなる困難が待ち受け――」
「じゃあとりあえずこの人を痛めつけたらいいのかしら?」
「――ちょ!?」
伯爵はおれたちを通路に向かわせたかったようだが、ミーネの一言に愕然とした。
「あ、あー、えっと、ちょっと待とうか。うん、実は特に君たちを痛い目に遭わせてやろうとかそういうわけじゃないんだ。ちょっとね、ちょっと驚いてもらおうかっていう趣向だったんだよ、うん。あー、イールさーん、イールさーん、勝手に予定を変えたせいで私が痛い目に遭いそうなんですけど! イールさーん!」
伯爵が誰かに訴えかけたところ、その足元が変質し、ずぶずぶと沈み込み始めた。
「あ! 逃げるわよ!」
「むぅ、ちょっと近寄れませんよこれ……」
伯爵の周囲が変質しているせいで、下手に近寄ると巻き込まれて呑み込まれてしまう。
沈み込む速度はそう速くないので、ミーネが魔弾を放てば殺れてしまうのだが……、殺ってしまってはまずい。
そこでひとまず、おれは縫牙を変質している部分に突き刺してみた。
伯爵の沈下が止まる。
「……あれ? あっれー!? ちょ!? うそん!」
伯爵は二の腕辺りまで沈み込んだところだったため、引き抜きかけたダイコンみたいにもうどうにもならないくらい無防備な状態になっていた。
「お、その短剣、珍しく活躍ですね。さて、どうします?」
「そうだな。……よし、シア、ちょっとおシッコひっかけてやれ」
「はい。わかりま――じゃない! さらっと何言いだすんですか! 思わず引き受けそうになったじゃないですか!」
「少女のおシッコだと……? 何と言うことだ、こんな状態じゃあ抵抗が出来ない! 不可抗力じゃないか!」
「かけませんって!」
「そうか……、じゃあおれが」
「やめたまえ! それは拷問だぞ! 勇者シャーロットゆかりのレイヴァース家の者が人道に反することをするつもりか!」
「これは拷問ではない! お仕置きだ!」
「レイヴァース卿、お待ちください。お仕置きと言うのであればここは私が――」
「おお! 聖女! つまりは聖水!」
「――このメイスで性根をたたき直してご覧にいれますので!」
「いぃぃやぁぁぁ――――ッ!」
ああもう騒がしいなこいつ。
とそんななか――
「あのー。あのー。ちょっといいですかねー」
聞きなれない声がして、通路に繋がる扉を見る。
するとそこにはバランスボールくらいの巨大な水饅頭があった。
こしあんが半透明なくず餅に包まれたあれである。
「いろいろ謝るんでその短剣を抜いてもらえません? けっこう洒落にならない効果持ってますねそれ。ちょっと迷宮の運営に支障が出るんでお願いします。今迷宮で死んだ人がいたら本当に死んじゃうんで」
という声は水饅頭から発せられていた。
「……え? もしかしておまえがスライム覇種?」
「はい。スライム覇種ですね。イールと名乗ってます」
「イール……?」
英語でウナギだが……。
「その名前ってシャーロットが付けたとか?」
「おや、よくわかりましたね。それまではイル・イレケットと名乗っていたんですがね、シャーロットがイールイールと呼ぶので、もうそれでいいかなと思ってイールと名乗るようになりました。ちなみにイル・イレケットは古い言葉で偉大なスライムとかそんな意味です。魔物の名前が統一されるまではスライムはイレケットと呼ばれていたんですよ? これ豆知識です。どこかで披露したらちょっと賢い人と思われるのでお勧めです」
「うん、聞いてないことまでありがとうな」
ウナギとスライム……。
たぶんあれだな、悪名高いイギリスのご当地料理『ウナギのゼリー寄せ』からきているんだろうな。
ゼリーの中にウナギのぶつ切りがたっぷり入った料理は、その存在を知らない人が見たら「食材で遊ぶんじゃない!」と激怒されそうな代物である。
「それから……、もう一体、私から分離したアホの事は手紙に書いてありましたか? そっちはノアと名乗るようになりまして、現在は五層から下を支配しているようです」
え……、え?
こんなのがもう一体いるの?
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/02
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/03
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/05/11




