第341話 12歳(春)…シャーロットの屋敷
なにやらバロットの連中にいちゃもん付けられたが、その後は特に問題も起きず、無事にフリード伯爵のお屋敷に到着できた。
伯爵の屋敷は王宮かというくらいご立派。
領地から石油が取れるようなもんだから、そりゃあがっぽがっぽなのだろう。
屋敷の前でシオンとは別れ、おれたちは応接間へと通される。
「ようこそエミルスへ。歓迎するよ」
長めの髪をオールバックにしているダンディな中年男性――フリード伯爵がおれたちを迎えてくれる。
「本当は馬車を向かわせたかったのだが、あまり目立ちたくないと報告を受けたのでやめたのだが……よかったかな?」
「あ、はい。お忍びと言うわけではありませんが、あまり目立ちたくはないので……。お気遣いありがとうございます」
「そのわりには冒険者ギルドの前で派手にやったと聞いたが……」
「あれは不可抗力です」
それから挨拶もそこそこに、おれはこの都市に来た目的を改めて伯爵に説明した。
「うむ、よろしい。君の活動を許可しよう。何かこちらで協力できることがあれば遠慮無く言いたまえ」
取材活動を全面的に認め、協力もしてもらえることに。
ありがたい。
「さしあたって協力できることはこの都市で生活する場所を提供することなのだが……、この屋敷で暮らしてもらってもかまわないし、落ち着かないと言うのであれば宿か、空き家か……、おっとそうだ、君はシャーロットゆかりの者だし、かつてシャーロットが滞在していた小さな屋敷を使ってもらおうか」
「――!?」
シャロ様が住んでいた家だと……!
こいつは行くしかねえな!
△◆▽
伯爵と一緒に馬車でシャロ様が住んでいた家へ移動。
都市のなかでもこちらの地域は整然としてる。
どうやら迷宮の入口を中心としてごちゃごちゃしている区画と、フリード卿の屋敷があり富裕層が住まう区画が水と油みたいにくっきり分かたれているようだ。
シャロ様の屋敷はフリード家がずっと管理してきたらしい。その努力に心からの感謝を。かつてシャロ様が生活していた空間で生活できるとはなんたる僥倖であろうか。来て早々に色々あったが、今ならエミルスに来てよかったと思える。
そして日も暮れた頃、到着したのはうちの実家よりコンパクトなこぢんまりとした屋敷だった。
ちゃんと管理して、補修も繰り返したのだろう、三百年経過しているとは思えないほどしっかりとした佇まいを保っている。
「外装はどうしても朽ちてしまうので補修を繰り返したが、内部はほぼ当時そのままに残されている。さあどうぞ」
促され、おれは興奮を抑えながら屋敷の中へ。
まあシャロ様が住んでいたからといって、内部が特別すごいことになっているわけではなく、落ち着いた感じのお家だ。
「各部屋を簡単に案内しよう」
フリード伯爵に連れられ、おれは各部屋を回る。
玄関からホール、そこから応接間や食堂、書斎、風呂場、遊戯室など、寝室は二階で、他には必要に応じて使う空き部屋がある。
案内されたなか、おれが特に気になったのは書斎だった。
部屋の四面をほぼ埋めている本棚には、当時、シャロ様が集めて並べた本がそのまま残っているのである。
時代が古いからだろうか、本はどれも装丁がすごく立派で頑丈そうであり、そして抱える必要がありそうなくらいでかい。
ここに特別貴重な本はないらしいが、それでもシャロ様が手にとって読んだ本というだけでおれにとってはお宝だ。
そしてかつてシャロ様が座った椅子と、使ったであろう机。
欲しい……!
妖精鞄に放りこんでパクっていきたいが……、さすがに自制。
おれ偉い。
そんな机と椅子の背後には本棚のかわりに大きな一枚岩――モノリスがはめ込まれ、風景の彫刻が施されていた。
その風景はおれも知っているもの。
いや、おれやシアくらいしか知らないもの、か。
イギリスのロンドン市内を流れるテムズ川に架かる跳開橋――タワーブリッジだ。
戻れない世界の、故国の風景を背にしてシャロ様は何を思っていたのだろう?
おれがしんみりしていると、屋敷をドタバタ走り回っていたミーネがやって来て、室内をきょろきょろしてまたドタバタ去っていった。
間違っても物を壊してくれるなよ……?
ちょっと捕まえておこうかと心配していると、ミーネはまた書斎に戻ってきて壁の彫刻をぺちぺち叩く。
「お、おおおい? 何をしている……」
「ん? うん、ここ、空間があるわよ」
「は?」
「この向こうに何かあるの」
「いや、ちょっと待て。なんでそんなことがわかる?」
「間取りがおかしかったから。私、土の魔術でちょっとした家くらい造れるようになったから、こういうのわかるの。ここの向こうに空間があるわ。二階からも行けないし、屋敷の周りからも、一階の他の部屋からも行けない。ならこの彫刻が怪しいかなって」
何その妙な才能。
「え? ってことはなにか、この向こうに隠し部屋があるって?」
「じゃないかしら?」
そんなこと――、と思い、はっとしてティアウルを見る。
ティアウルはすでに目を瞑って壁の向こうを見通そうとしていた。
「……あ! あるぞ! 階段がある!」
「あるのか!?」
シャロ様の隠し部屋……!
びっくりしてフリード伯爵を見ると、伯爵もそんなこと初耳なのか驚いた顔で首を振るばかりだ。
「三百年ぶりに明らかになる事実……? え? 本当に?」
おれも壁に寄って彫刻にぺたぺた触れてみる。
しかしもし本当に隠し部屋があるとして、どうやったらそこへ入ることが出来るのか……。
「……ご主人さま……」
そそっとシアが寄ってきて囁く。
「ちょっと思いついたんですが……、これ、合い言葉で開くんじゃないですかね?」
「合い言葉? なんだろう?」
「いやこの彫刻がヒントなのでは?」
「タワーブリッジ」
「ええまあそうなんですが……、連想ですよ。この橋って、よく勘違いされる橋じゃないですか」
「勘違い……? あ、ロンドン橋か……!」
見た目にインパクトがあるせいで勘違いされまくりだが、ロンドン橋はこのタワーブリッジの上流にある地味な橋である。
「で、ロンドン橋と言ったら?」
「……歌か」
試しにロンドンブリッジ・イズ・フォーリングダウンと歌ってみる。
すると、モノリスは小さく振動し、するすると床にすっこんで行き、その向こうに地下へと下りる階段が現れた。
「うぉぉぉッ!?」
おれは興奮のあまり発見のきっかけになったミーネの頭を撫でまくった。
「よーしよしよしよし! よーしよしよしよし! よく気づいた! よくぞ気づいてくれた! よーしよしよし!」
「なんかこれまでにない喜びよう!?」
それから確信を得る助けになったティアウルの頭も撫でる。
「よーしよしよしよし! よーしよし!」
「お役に立てたなー」
最後にヒントに気づいたシアをとっ捕まえて頭を撫でまくる。
「よーしよしよし! よーしよしよしよし!」
「いや、あの、ちょ、わたしはいいですから……!」
「よしよしよし! よーしよしよし!」
「んにょわぁ……」
三人に感謝したあと、おれはプチクマを光らせて地下へと階段を下りていく。
「な、なんだいそのぬいぐるみは!?」
「魔道具です!」
伯爵がびっくりしていたがそんなことはどうでもいい。
階段を下りきると扉があり、開いた先には八畳くらいのこぢんまりとした部屋があった。
部屋の内部はがらんとしており、中央に小さなテーブル、その上に脇に抱えられるくらいの箱と、手紙が置いてある。
明らかに、隠し部屋を見つけた者に用意してあったもの。
箱の中身は金貨と宝石だった。
「わ! わ! お宝よ!」
「ご主人さまー、これもらっていいものですかねー」
ミーネとシアは金目の物に食いついていたが、おれはそれを無視して残された手紙に目を通す。
手紙の最初には英語の短い文章があった。
この世界の文字を読めないなら信用できる者に読んでもらえ、といった内容だ。
そして本文が始まる。
『この手紙を読んでいるということは、少なくとも君は私と同じく遠い故郷を持つ者であり、ある程度、その故郷にある国々のことを知る者なのだろう。
君が何故こちらに来ることになったか、それは想像するしかないのだが、私は故郷を同じくする君の先輩として、少しばかり助けになりたいと思う。
この手紙と共に残した硬貨と宝石は君の好きにするといい。
君の時代ではどれほどの価値になっているかわからないが、少なくとも数年――ここでの生活にある程度慣れることが出来るくらいの期間、飢えずにすむはずだ』
なるほど、シャロ様は自分のようにこの世界に来た者がここを訪れた時のことを考えて残したのか。数年どころか数十年レベルで暮らせるような気がするが……、シャロ様は未来まで見通せたわけじゃないからな。
もしかしたら世界各地にこういう場所があるのかもしれない。
『一応言っておくが、私はタワーブリッジとロンドン橋を混同したりはしていない。
ただロンドン橋そのままではロンドン橋だと気づいてもらえない可能性を考慮して、あえてタワーブリッジを選んだのだ』
なるほど、シャロ様けっこう気にするタイプか。
手紙の最初はこちらの心配をする内容だったが、読み進めるうちに現れるかもわからない誰かへ向けての独白のようになっていく。
『君のいる時代はどうかな?
私の場合はお世辞にも良い時代とは言えないな。
何もかもが拙く、人々は疲弊し、不幸は掃いて捨てるほどあり、さらに魔王なんてものが居た時代だ。
私はなるべくこの世界を良い方向へと導こうとしているのだが、やはり個人ではなかなか上手く行かない。
私は様々なことに取り組んでいるが、そのうちの一つでも、成果として君の時代で認められていてくれたら嬉しい』
あなたのおかげで世界は良くなった。
そう伝えられないのが悲しい。
とても良くなっている、と伝えることができない。
『君が私の時代に居てくれたらと思う。
遠い故郷の話を語り合うべき相手が居てくれたら、そんなことを思うのはやはり歳だからか。
いや、いかんな……。
こんなことを書いていると相棒に知られたらすっかり拗ねてしまうだろう。
相棒は可愛い精霊なんだ。
この子の存在がどれほどわたしの心の支えになっただろうか』
いつか、現れるかもしれない同じ世界からの誰かのために書かれた手紙。
おれに宛てて残されていたシャロ様の言葉。
なんかもう泣けた。
ただおれは生活に困ってはいないので、もし、また他の誰かが来たときのことを考えて、シャロ様が残してくれた硬貨や宝石はそのままにしておこう。
代わりにこの手紙はもらう。
おれの宝物にする。
懐に入れていつも大事に持ち歩く。
手紙は書き写したものを置いておけばいいだろう。
それからもおれは手紙を読み進めていったのだが――
『追伸。
ここの迷宮は都市も含めてスライムの覇種だ。
特別な用事が無かったら早めに立ち去った方が身のためだよ』
なんか最後の最後にとんでもないことが書いてあったーッ!!
※ロンドン橋のブロークンをフォーリングに変更しました。
ブロークンは大元で、広まったのはアメリカ派生のメロディ付きのフォーリング。
ならばシャーロットがキーとしたのも、主人公が歌えるのもアメリカ派生版となるはず。
ありがとうございます。
2018/12/17
※誤字の修正をしました
ありがとうございます。
2021/02/08




