第340話 12歳(春)…バロット・エミルス支部
急ぎ足で引き返し、迷宮を出ると夕方になっていた。
時間にして六時間近い探索になったが、最短距離を進んでいって戻って来ただけなので、実質はちょっと見学してきただけにすぎない。
冒険者ギルドに戻ると、まずチューターとして付きあってくれたシオンがギルド支店長に報告をした。
「やけに遅いと思いましたが……、何をやらせているんですか」
「いやだってあんまり面白くてさー」
支店長にお小言を言われても、シオンはけらけらとどこ吹く風で笑っている。実力はあるがやや問題児なのかな?
「しかし二層にオーガとは……。やはり異変が起きているのでしょうか。……ともかくお疲れさまでした。探索者となるには問題なしと言うことで、冒険者証にエミルスの探索者としての情報を加えます。ちょっと冒険者証をお預かりしますよ」
支店長に言われ、おれたちは冒険者証を提出する。
「うお! 黒い冒険者証! これがランクSか! 初めて見た!」
「私も初めてです。ちょっと手が震えます」
言われてやっと思い出すレベルだが、おれの冒険者ランクはベルガミアの危機を救った功績によりSという大層なことになっている。
「頼む、ちょっと触らしてくんねえ? ちょっとでいいから」
「ええ、どうぞ」
「おー」
シオンは無邪気におれの冒険者証を撫でたり頬ずり、堪能してから支店長に渡した。
「それではしばしお待ちください」
おれたちの冒険者証を回収した支店長が部屋から出ていく。
なんかおれの冒険者証をなでなでしていたが……、まあいい。
「ねえねえシオン、ティアとシャフとパイシェは冒険者証を持ってないけど、この場合はどうなるの?」
「ん? ああ、三人はミーネたちの付き人って感じになるな。ミーネたちの誰かが一緒じゃないと迷宮に立ち入ることが出来ない」
「そうなんだ」
「まあそれも基本はって話。要は建前だ。この都市のガキ共は一層に突撃していって小遣い稼ぎしてるからな」
「危なくないの?」
「一層ならな。居る魔物は子供でも数で押せばなんとかなるし、大した罠もないから。たまに無茶する奴もいるけど、最悪死んでも出て来る。恐い思いをするから、もう迷宮に潜れなくなるらしいけど」
「あー……」
ミーネが納得する。
そう言う意味では、痛い目は見るが安全なのか。
「だから実質的な問題となると、ギルドの依頼が受けられないってくらいだな。ここの依頼は主にどれくらい魔石集めてきてくれとか、たまに残る魔物の一部が欲しいとか、魔化した武器や防具、魔鉱、精霊石を探してますとか、そういうのが多い。普通のダンジョンなら帰ってこない奴の救出とか回収とかがあるけど、ここは勝手に出て来るからそういうのは……、あー、うん、基本は無い」
ふむ、やはりこの都市のダンジョンは特殊だ。
冒険の書のモデルにはするが、そのあたりの特殊性は除外しておいた方がいいだろう。
死んでも平気、なんて学んでもらっては困る。
それから少しして支店長が戻り、冒険者証を返してもらった。
表には特に変わりはなく、裏側の備考に『エミルスの探索者』という情報が増えており、レベルとランクが記入されていた。
レベルは1。ランクはF。
「あれー? 二層まで行ったのにレベルは1なの?」
「はい。探索者レベルは冒険者以上にその活動、成果が評価されるため、シオンの案内あっての功績は加味されないのです。戦闘能力が飛び抜けていたとしても、ダンジョンの奥深く、水も食料も無く、帰り道もわからない状態に陥っては意味がありません。探索者の本分はダンジョンに潜り、そして帰還することです。多くの功績をあげられるということは、つまりちゃんと帰還出来ている――探索者として有能ということになります」
「地道に仕事を受けてレベルを上げろってことだな」
「なるほどー……、うん、わかったわ」
冒険者ランクをすっ飛ばしでBまで来たお嬢さんだが、不満を言うかと思いきやけっこうやる気になっている。
たぶん冒険者らしい仕事をやりたがっていたのと、冒険の書の地味な活動でレベル上げをする感覚があって、前向きになっているのだろう。
こうして冒険者ギルドで最初にやるべきことは完了。
おれたちはシオンに連れられ、フリード伯爵の屋敷へ向かうことになった。
△◆▽
「明日からさっそくレベル上げね!」
伯爵の屋敷への道すがら、ミーネは張りきって言う。
「まずは何をやったらいいかしら?」
「ミーネなら荷物運搬の護衛とかいいんじゃねえかな。あの魔術で出て来る魔物を片っ端から退治していったら、すげえ新人が現れたってすぐに話題になって引く手数多だぜ。それに決まった道順を進むのに付いていくだけだから、内部に詳しくなくても腕っ節に自信があればなんとかなる。気をつけるのははぐれないようにすることか」
「なるほど。それはいいわね」
ミーネはさっそくやる気になっているのだが……。
「あいつ……、おれたちの目的は取材であって、ランク上げとか迷宮の制覇とかそういう話じゃないことわかってるか……?」
「忘れてるのと、わかっていて気にしていないの、ご主人さまとしてはどちらがいいです?」
「どっちも悲しいが……、まあミーネの活躍の場は迷宮内だ。普段はおれの取材の邪魔にならなければいい。と言うわけで任せるな」
「えー……、わたしですかー……」
シアは面倒くさそうな顔をするが、仕方ないのだ。
アレサはおれの側にいるだろうし、ティアウルは一緒に遊びそう、パイシェは振り回されそうで、シャフリーンだとどうなるか未知数となれば、もうミーネの面倒を見られるのはシアしかいないのである。
そんなことを考えていたところ、おれたちに接触してきた者がいた。
「お初にお目にかかります。わたくし、メルナルディア王国に本拠地を置く研究機関バロット、そのエミルス支部の所長を任されておりますカークス・リムシュタードと申します。史上初のスナーク討滅者であるレイヴァース卿にこうしてお会いできて大変光栄です」
そう自己紹介してきたのは四十くらいの男性で、研究機関の所長ということだがなかなかがっちりした体格。後ろに控える二人も服の上からも筋肉の盛り上がりがはっきりわかるような逞しさだ。
やっぱりダンジョンに潜っての調査とかするせいだろうか?
「そうお時間はとらせません。少しばかりお話したいことがありまして……」
さて、パイシェがぜひ自分を同行させてくれと願い出た原因でもあるバロットがさっそく接触してきたわけだが、今のところパイシェは静観の構え。
まあ挨拶してきただけだしな。
距離を置くかどうかはもう少し話をさせてからでないといけないか。
「話ですか。なんでしょう?」
「おお、ありがとうございます。わたくしどもは対スナーク――これは通常のスナークから、強個体であるバンダースナッチ、そして魔王であるジャバウォックまでを研究し、その対処法を見つけだすことによりそれらが及ぼす被害を最小限に留めようと努力しております。ここエミルスのように世界各地に支部を置き、様々な研究を行っております」
「ここではどのような研究を?」
「興味がございますか? レイヴァース卿お一人であればお伝えすることもやぶさかではありませんが……、申し訳ない、この場でそれをお話することは出来ません。ただ、かつてこの地にしばし留まったシャーロットも共同で行った研究とだけ申しておきましょう」
「……シャーロットが?」
おっとこいつは初耳だ。
ロールシャッハに「ちょっとエミルス行ってくる!」と伝えたら教えてくれたかもしれないが、特に報告はしてなかった。
「はい。もし完成した暁には世界に革命が起きる素晴らしい研究なのです。実は今日こうしてご挨拶に伺ったのは、その研究に協力していただけないかとお願いに参りました」
ふーむ……。
シャロ様のくだりが無かったら即座に突っぱねていたが……。
正直なところ関わりたくないが、ちょっとシャロ様のやっていた研究というのが気になる。
あ、いや、別に帰ったらロールシャッハに聞けばいいか。
うん、パスだな。
「すいませんね、ぼくはぼくでやることがありますから、研究には協力できません」
「……、そ、そう仰らずに、一度こちらへいらっしゃって話だけでも聞いていただけませんか? すでに魔王討滅から三百年、いつ新たな魔王が誕生してもおかしくない時期に来ております。レイヴァース卿は魔王にも挑むおつもりでしょう? でしたら――」
「あ、いえ、魔王とか興味ないので」
「……え?」
嘘偽りない本心をぶつけたらカークスが固まった。
「魔王には挑まれないので?」
「挑まないですね。身の程を知っているので。ぼく程度では魔王なんてとてもとても。挑めと言われても断ります。まあスナークの対処はしぶしぶ引き受けますが……、魔王はお断りです」
「貴方はスナーク殺しの英雄でしょう?」
「英雄だからって魔王に挑まなければならない謂われはないです」
譲らん!
ここは絶対に譲らんぞー!
うっかり妙な言質をとられて魔王がひょっこり出て来たときに突撃させられてはかなわんからな!
おれが本気でやる気無しと悟ったのだろう、カークスは度肝を抜かれたような顔をしていたが、すぐに顔をしかめて言う。
「我々バロットは邪神討滅以後に現れたスナークという脅威から世界を守るためメルナルディア王国にて発足しました。すべてはスナーク、そして魔王という脅威から人々を守るため。我々に協力すること、それは言ってみれば平和を願う者たちが負うべき義務なのです。こう言いたくはありませんが、ここで魔王に何の関心もないと仰るのはレイヴァース卿にとって良くない結果を生むことになると思われます。なにしろ我々はメルナルディア――」
「そこまでです」
と、そこでおれとカークスの間にパイシェが割って入った。
「君は何かね? 私は今、レイヴァース卿と大切な話をしている。使用人が口を挟んでいいものではない」
「そういうわけにはいきません。貴方は勝手にメルナルディアという国を引き合いに出し、レイヴァース卿を脅迫しようとしています」
「脅迫だと? 失敬な。私はただ事実をありのまま――」
「であれば、あなたの中の事実というものは、現実とかなり乖離しているようですね」
「何だと? 貴様、私を誰だと思っている?」
「先ほど伺いました。ああ、そうですね、ではボクの方も名乗っておきましょう。どうもお初にお目にかかります。わたくし、メルナルディア王国、国王、リマルキス陛下の勅命を受け、友好のためにレイヴァース卿の元へと派遣されましたヴァ――、パイシェスと申します」
「――ッ!?」
「わたくしへの苦情はリマルキス陛下に陳情してくださってけっこうですよ? あ、それともバロットの総括本部長を務めていらっしゃるロット公爵の方がよろしいですか?」
パイシェがにこやかに、実に可愛らしい微笑みを浮かべて言う。
カークスは「ぐぬぬ……」と口ごもっていたが、劣勢となった状況を打開する手段はなかったようでそそくさと撤退した。
まったく、おっさんの「ぐぬぬ」とか誰得だ。
「すいません、レイヴァース卿。ボクが予期した通りのことになってしまいました」
それからパイシェは国を背負っての平謝り。
バロットについては「なんだかなー」と思ったが、メルナルディアに対しての不満はパイシェが居てくれたおかげで無かった。
いやむしろ、どこかでバロットが迷惑をかけることまで予測してパイシェを派遣していたというのであれば、メルナルディアの国王はなかなかのやり手だな、と感心したくらいだ。
少年王リマルキス・サザロ・メルナルディア。
いつか会うことがあるかもしれない。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/02
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/25




