第339話 12歳(春)…迷宮街
それから一層で何が起きたかというと、魔物に遭遇することなく階層主がいる広場まで到達し、ミーネが階層主を瞬殺したというくらいの出来事しかなかった。
ボスのいる間に到着してすぐ、毛のないサル――ではなくゴブリンが「来やがったなロクデナシどもめ!」と意気揚々と躍り出てきたのはいいのだが、瞬間的に放たれたミーネの魔弾――風の斬撃によって真っ二つ。
死体はずぶずぶと迷宮の床に呑み込まれ、後には小さな魔石だけが残った。
到着してほんの数秒の出来事であった。
『…………』
「え? 駄目じゃないわよね?」
皆が神妙な顔になってしまったため、ミーネが何か失敗したのかと尋ねてくる。
もちろんダメではない。
むしろ良くやったと褒めるべきなのだろうが……、なんだろう、この居たたまれ無さは。
「ぶはははは! なんっだそれ! ゆ、指鳴らしたらゴブリンが真っ二つになって! あははは!」
ただ一人、シオンは一連の流れがツボにはいったらしく、げらげら笑いながらミーネを褒めていた。
そしてそれからもなかなかひどかった。
二層からは魔物に遭遇するようになったのだが、発光しながら踊るクマの明かりに照らし出されるよりも前にティアウルが敵の存在を捕捉してミーネに伝え、ミーネは魔物の登場と同時に撃退。断末魔すらなく、そのまま進んでいくと魔石が転がっているという有様だ。
ミーネとティアウルのコンビは想像以上の凶悪さを発揮し、それはまるでRPGでフィールドからバトルフィールドへ移行する演出があったとおもったら戦利品が並ぶリザルト画面になってまたフィールドに戻っているという感じだった。
二層に来てからミーネとティアウルの二人は大活躍、実に楽しそうだったが、おれたちは相変わらず暇のまま。
遭遇した魔物がなんだったのかよくわからないままに入手する魔石を拾う係を交代でやるくらいに暇だった。
△◆▽
「ちょっと迷宮街に寄り道しようか」
それまで近道になる細い道を進んでいたが、そうシオンが提案してから大きな道へと移動した。その道は物資の運搬経路になっているらしく、装甲リヤカーを引いたデリバラーと何回かすれ違った。
「護衛はつけてないんですね」
「ん? ああ、上層なら護衛なんていらないよ。轢き殺すから」
「えぇ……、轢き殺せないような大きい魔物もいるのでは?」
「その場合は撥ねる。リヤカーをこう、ぐるんてさせて、側面でぶっ飛ばす。もしくはリヤカーを前にして押すようにして撥ねる。デリバラーにとってはリヤカーは武器にもなるんだよ」
「そうなんですか……」
質量でのごり押しか……。
知れば知るほどデリバラーは頭おかしいな。
それからおれたちは大通りを進み、二層迷宮街へと辿り着く。
迷宮内にある、めったに魔物が寄ってこない大広間に探索者たちが作りあげた町である。
実際は幾つかの建物が密集して存在し、その周りをテントが埋めているという村とも言えない場所だ。
西部劇に登場する、荒野に数軒の建物が集まっただけの町がそれに近い。
迷宮街は二層から四層までそれぞれに存在するが、下れば下るほど町の様子は貧相になっていくようだった。町を作りあげる物資を運びこむのも骨だしな、そこは仕方ないのだろう。
迷宮街の役割は主に探索者の休憩場所、物資の集積地、この二点だ。
地上よりも割高でサービスも悪い宿屋や商店も存在するが、上層程度ならよほど準備不足でなければ地上へ帰った方がなにかと捗るため、あまり利用されることはないらしい。
迷宮街が迷宮街たる場所と認識されるのは、中層にはいってからのようだ。
「あの真ん中にある一番立派な建物あるだろ?」
「ええ、はい」
「あれは共有トイレだ」
「こんなところにまで!?」
それも一番立派な建物――他の建物は材木を組み合わせたり、板を打ち付けただけのボロ屋なのに、共有トイレは地上と変わりなく立派な建物なのである。
いやまあ重要っちゃ重要だけども、ここまでするほどか……。
「と、言うわけでちょっとひと休みだ! そうだな……二十分くらいだな! じゃあ一時解散!」
というシオンの掛け声で、おれとパイシェ以外が散っていく。
そうか、みんなトイレか。
「……パイシェさんは平気なんですか?」
「はい。平気です。それにもよおしていても、メイド姿で男性用の方へ行くのは問題が……」
「あー……、すいませんね、ぼくが変に重要な立場になったせいで妙な苦労を背負わせることになってしまって……」
「いえいえ、御主人様の苦労に比べたらこれくらい。と言いますか、御主人様は自分から苦労を背負い込んでいませんか? とてもその年齢でこなすような仕事量ではありませんよ?」
「ですよねー……」
自分でもそれは感じていたが、だからといって今更どうしろという話である。
「忙しい同士、御主人様はリマルキス王と話が合うかも知れませんね」
「いや一国を担っている方をぼくの同列にしてはまずいでしょう」
聞けば歳はおれの一つ下、にもかかわらず本当に国の運営を指揮しているというのだから、あっちは本物の才児なのだろう。
おれのようなインチキ才児とは違う。
それから皆が戻ってくるまで、おれとパイシェはのんびりと会話を続けた。
△◆▽
迷宮街で休んで二層のボスの討伐に向かう。
二層の階層主は主にオークが出るらしい。
オークか……。
気乗りはしないが、きっとミーネが瞬殺するか、シアが張りきって首を刎ねるだろう。
しかし、三層への降り口前に立ちはだかっていたのはオークとはちょっと名前違いだが、強さはずいぶん違うオーガだった。
オーガ――。
頭にニョキっと二本の角を生やした、身長三メートルほどのガチムチすっぽんぽんな魔物である。
力が強く、素早く、そしてなかなか頑丈。
純粋に強い魔物で、個体差はあるが強打系の魔技を身につけており、魔術を使う奴もたまにいるようだ。
基本は単体で行動し、自分のテリトリーを持つ。
テリトリー内の魔物を力ずくだが従わせる知性も持っている。
亜種が発見されたら冒険者ギルドが慌てて討伐隊を編成するような魔物であり、王種ともなれば災厄となる。
ただその災厄の結果として父さんと母さんが出会って結ばれた事を思うと、おれはどうも複雑な気分になる。
そんな邪悪なガチムチキューピットに対しミーネは魔弾を放った。
風の弾丸はオーガの股間、威嚇に合わせてぶらぶらしていたところに直撃する。
「アーガガバババッ、ウヴォァァァ――ッ!!」
オーガは咆吼のようなうめき声をあげてうずくまる。
「「な、なんてことを……!」」
おれとパイシェはミーネの無慈悲な一撃に震えあがった。
急所へのクリティカルヒットではあったが、さすがオーガか、その一撃だけで息の根を止めることは出来ていない。
いやまあ出来てたらびっくりだが。
「なんでオーガがいんだ? 普通は四層のボスやってる奴だぜ?」
シオンはオーガの登場に困惑はしつつも、驚きはせず、恐怖など微塵も感じていないようだった。
「こういうことはよくあるんですか?」
「いや、アタシは聞いたことないな」
「では異常事態ですか」
「うん。まあその異常はうずくまってるけどな」
確かにオーガはうずくまってうねうね身悶えしている。
……あれ?
ダンジョンに出現する魔物の模造体って、生理反応を再現するほどに精巧なものだったのか?
ちょっと調べてみたところ『オーガ(模造体)』と出た。
ほぼ本物と同じものだが、迷宮内でしか生きられないらしい。
うん、なんだ『生きられない』って。
こいつら生きているのか?
気になるところではあったが、そういった研究をするのはおれの役目じゃないので深くは考えないことにする。
「んー、まあよくわかんねえけど、ひとまずこいつはアタシが」
とシオンが苦しみの峠を越え、立ち上がろうとしているオーガを退治しようとしたのだが――
「待って待って! 私がやるー!」
「あーっと、待ってください! ミーネさんはこれまでたくさん活躍してきたじゃないですか! なのでここはわたしが!」
ミーネとシアが戦いたがる。
「えー! やっと活きのいいのが出て来て、剣でズバーってやれるのにー!」
「そこをなんとか。うちの子たちがお腹すかせてるんですよ。血に飢えているんです」
すごく物騒な会話をしている。
特にシアは猟奇的だ。
「じゃあ二人でやりましょう!」
「むー、仕方ありません。では一緒に」
せーの、とミーネとシアは声を合わせてからオーガに突撃。
オーガは魔石と化すまでに刻まれ、ダルマ落としのような気の毒なことになった。
「ははっ、オーガも相手になんねーのか」
金銀のオーバーキルにシオンが嬉しそうに笑う。
「お前ら強いな! あとでアタシと勝負しようぜ!」
「いいわよ!」
あれを見て喜んで勝負を挑むとか、シオンもなかなかおかしい。
「さて、次から三層――中層になるわけだが、今日の所はこれくらいにしとこうぜ。つい面白くなって進んできちまったが、さすがに戻ることも考えると時間がかかりすぎる。そ、そう言えば伯爵んとこまで案内もしなきゃいけなかったし……、一旦ギルドにも戻らないといけないし……」
言いながらシオンの声音が暗くなる。
面白がって進ませてきたが、本来の役割を思い出したらしい。
「と、と言うわけでここらで戻るぜ! 帰りはちょっと急ぎ足になるけど勘弁してくれよな!」
こうして体験探索で上層突破までいったおれたちは急いで帰還することになった。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/02
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/03




