第338話 12歳(春)…チュートリアル開始
エミルスの迷宮は六層まであることが判明している。
さらに深い階層が有るのか無いのか、それは六層まで行ってみないことにはわからない。
現在は六層中、一層と二層が『上層』、三層と四層が『中層』、五層と六層が『下層』と呼ばれているらしい。
こう聞くと案外小さいな、と思われがちだが、階層がそれぞれ都市とほぼ同じ広さだけあるので実際はめちゃくちゃでかい。でっかい塔が地中に埋まっていて、天辺だけが地表にある、と考えるといいかもしれない。もしくは地中に埋まった積層都市か。
まずおれたちは迷宮の入口の周囲にある商店街で迷宮の一層から四層までの地図を人数分買った。
五層、六層に関してはそれぞれの探索者、そしてクランで秘匿されているらしく、販売はされていないようだ。
「よーし、それじゃあ探索開始だ」
楽しげにシオンが宣言し、いよいよ体験探索となる。
入口に入ってからもさらに下りで、まだ外の明かりに照らされてはいるが、下るに従って通路はゆっくり暗くなってゆく。
そしたらミーネの荷物からもそもそプチクマが這いだし、ミーネの肩に乗るとぺかーっと光って明かりになった。
「うえぇ!?」
当然ながらシオンに驚かれた。
誰か他の人がいるときは出て来るなって言っておいたのに……。
まあしかし、ちゃんとその場合のことも考えてある。
「この子、魔道具なの」
ミーネがシオンに説明すると、そうそう、と言うようにプチクマがうんうん頷く。
「魔道具って……なんか頷いてるけど?」
「魔道具だから」
「そ、そうなのか……? そんなの初めて見たよ……」
何を言われようが魔道具ということで押し切る作戦であった。
「明かりはそれですますのか……?」
プチクマが明かりになるので楽だが、一応、はぐれたときのことを考えて全員、普通の明かりを灯す道具、それから携帯食と救急セットを持っている。
そのことを確認したシオンは素直に感心した。
「ちゃんと用意してあるのか。流石だな。いや当然なんだけど、来たばっかりの奴ってそれすら準備してなくて、とりあえず潜ればどうにかなるみたいなのが多いんだ」
そういう連中のためにもこのチュートリアルは必要らしい。
迷宮に潜るには何が必要かを教えるのだ。
やがて下りが終わり、平らな道が奥へと続くようになる。
端的に言うと岩場を綺麗にくりぬいた広い通路。
道幅は相変わらずだだっ広く、潜ったことで天井も高くなった。
閉鎖的なのは確かだが、高さがあるので窮屈な感じはしない。
十メートルはないので……、七メートルほどか。
それがずっと奥まで真っ直ぐ伸びているのは、どこか神秘的なものを感じさせた。エジプトとかの神殿のような荘厳さと、廃坑となった採石場の哀愁。日常では絶対に遭遇することのない空間。なるほど、これがエミルスの迷宮に初めて入った者の感じる感覚か、とおれはちょっと皆に待ってもらって感じたものを出来るだけ詳細にメモする。
「しばらくこのまま広い道が続いて、やがて広い空間に出る。そこから道が分かれていくんだ」
シオンの言うとおり、道を進んでいくと広々とした空間に出た。
「今は片付けられてがらんとしてるけど、冬の混雑時は上の広場だけじゃ足りなくてこっちが臨時の集合場所になったり、物資の引き渡し場所になるんだ」
探索者たちがちらほら集まりを作っているなか、おれたちも陣取ってシオンが確認を始める。
「さて、普通なら適当にぶらぶらして帰るんだが――」
とシオンが言ったとき、トン、と不意にシャフリーンが槍の石突きをシオンの右肩に置く。
何事、と皆が驚くなか――
「はは、マジか!」
シオンが嬉しそうに笑う。
「ちょっと試そうとしたらそれすらさせないとか、すげえな」
シオンがおれたちを何か試そうとして、シャフリーンが先手を打って行動を起こさせなかった、ということらしい。
「なああんた、あとでアタシと戦ってくんない?」
「……時間があればお相手します」
「よしよし、頼むな。――と、悪い悪い、反応次第で散歩じゃなくて二層まで行ってみようって提案しようと思ったんだよ。散歩なんて物足りないだろ?」
「それって下へ行く道を探して進んでみろってことですか?」
「いや、下へはアタシが案内する。町は覚えてないけど、ここなら四層までの地理はばっちりだ。位置さえわかるなら、明かりが無くても手繰りで戻って来られるくらいな」
ずいぶん極端な人だな。
「途中に遭遇する敵はそっちで対処してもらいながらの侵攻だ。各階層主も当然そっち。まあ上層のは倒す価値もないようなのだけど」
「でも倒す必要はあるんでしょう?」
「いや。無視できるなら無視して進んでいいぜ。ただ倒せないなら無理して進まない方がいい。階層主は次の層に普通に出て来るから」
「ああ、倒せないからと隙を突いて下に行っても苦労するだけということですか」
「そだな。あと大人数の侵攻だと無視するより倒した方が安全ってのもある」
「ふむふむ、なるほど……」
メモメモ。
冒険の書ではこのままか、それとも倒さないと進めないようにするかは後で考えよう。
「一層はぎりぎり魔物かなってくらいの奴しか出てこないから、多少狩りをした経験のある奴なら平気だ。階層主になる魔物は決まってないが、一層ならだいたいゴブリンだな。たまに亜種が居るけど」
シオンの提案に特に反対意見はなく、むしろミーネが賛成するので一層を散策するだけではなく、二層を目指すことになった。
まず広間から細い通路に入り、そこから何度も分かれ道を進んで下層へ通じる場所を目指す。下へのルートは幾つもあるらしく、今回シオンが目指すのは最短ルート。
一応、線を引いて現在位置がわかるようにしながら後を付いていく。
「一層から二層への降り口は百くらいあるんだ。今みたいに少人数でただ下を目指すだけなら最短距離を行けばいいけど、大人数で荷物を運搬しながらとなると、単純に広い狭いの問題で通れる道が限られてくるな」
「ああ、なるほど」
そんなことを聞きつつ、それからも進んでいくが――
「敵が出てこないわねー……」
探索は捗っていたが、光るぬいぐるみが照らす道をひたすら歩くだけなのでミーネが飽き始めた。
「魔術で近道作っちゃ駄目かしら?」
「やめとけ、妖精が怒る」
「妖精?」
「あんちゃん、ここ妖精がいるのか?」
「妖精って言われるけど、妖精じゃないんだ。えっとな――」
と、ミーネとティアウルが興味を持ったので説明する。
「魔素溜まりのダンジョンはその影響を受けた魔物が主になってる場合が多いんだけど、たまに魔素が溜まりまくった結果、精霊みたいなものが生まれることがあるらしい。本当に精霊なのかどうかは結論が出てないから不明だ。で、その精霊にとってダンジョンってのは自分の家なんだ。二人は家にでっかいネズミが出て、壁に穴を開けられたり、おやつを食べられたりしたら退治しようと思うだろ?」
「とーちゃんネズミ苦手だから大変だなー」
「わたしはリビラを派遣するわ!」
ちょっとクォルズの意外な一面を知ることになったが、今はそれよりもミーネの危険な発言について注意しておくべきだろう。
「おまえそれリビラに言うなよ? いやホント言うなよ? 関係ないのにおれまで怒られかねないからな? とにかく、自分の家――もしくは自分の体のようなダンジョンを荒らされるのをその精霊は好まない。だから精霊がいるダンジョンを何らかの手段で破壊するとしっぺ返しを喰らう。いきなり強い魔物がわらわらやってきたり、落穴が出来てすぽーんと落っことされたり、毒が吹きだしたりとかするらしい」
「へー、面白いわね」
「面白くねえよ。こええよ。――で、そういうダンジョンを支配する精霊のことはダンジョンマスターとか妖精――レプラコーンとか呼んだりする。一般的には『妖精がいる』って言われる方が多いらしい」
精霊もどきなのに妖精と呼んでしまうのがちょっとややこしくなっている要因だが、たぶん『妖精』と言われるようになった原因はシャロ様と思われるのでおれは深くは言及しない。
きっと元ネタはアイルランド南西部の交通標識『妖精注意』なのだろう。
「あんちゃん、じゃあ普通の妖精はいないのか?」
「いないんだろうな。勝手に住み着いていたら話は別だけど。それでここが死なない迷宮なのは、きっとその妖精が関係してるんじゃないかなーって話になってる」
「そうなのか?」
「話だけな。実際はまったくの不明で、一番信憑性のある話がそれってだけ。他の仮説は、この迷宮の構造が特殊な魔法陣になっていて蘇生されるとかあるけど……、あの入口で見たアレからすると魔法陣説はハズレで、さらに妖精よりももっと現実的と言うか、物質的と言うか……、生物的? んー、なんだろう、もうちょっと考えたいな。ともかく、最後はおれの感想になっちゃったけど、今重要なのは迷宮を破壊すると困った事になるってことだ」
「なるほどー……。うん、壊そうと意識しなきゃ迷宮まで破壊するようなことにはならないと思うけど、気をつけるわ」
うん、気をつけてほしい。
本当は迷宮に入る前に説明しておくべき事柄だったのだが、普通、地下空間でその場を破壊するほど威力がある攻撃を行ったりはしないという常識のせいで油断していた。
それと忘れていたのだ。
ミーネは冒険の書、初めての試遊会で坑道をぶち抜いてゴブリン王の間に突撃しようと提案したことがあるのを。
「ともかく行動を起こす前に確認をとったのはいい判断だった。これからも何かやろうとするとき、誰かに確認をとるようにしてくれ」
「うん? うん、わかったわ」
ささやかにミーネを褒めておき、それからシオンに尋ねる。
「シオンさん。こんな感じでいいですかね?」
「あ、うん、そんな感じ……だな」
はて、ちょっと歯切れが悪い。
新参者には言いにくいことがあるのかな?
「しかしホント敵が出てこねえよな……」
想像していたよりも敵が出ない――、いや、遭遇すらしない状況は想定外だったのかシオンが唸る。
「普通はもっと遭遇するんですか?」
「もっとって言うほどじゃない。この行程で五回くらいか? 広いってのもあるが、そもそも一層は魔物の数が少なめなんだ。やたらと人が集まる冬場はひどいぜ? ちょっとでも稼ごうって奴らがそこら中を走り回っているせいで、人とは何度もすれ違うのに魔物には遭遇しないなんて状況になるんだ」
何と言うかそれは、MMORPGのサービス開始直後に起きるザコの奪い合いだな。
※誤字を修正しました。
2017/10/02
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/17
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/22
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2023/05/09
 




