第336話 12歳(春)…探索者シオン
冒険者ギルド・エミルス支店の支店長が直々に対応してくれることになり、おれたちは支店長室に案内された。
「悲しい事故ですね」
到着早々に騒動を起こしてしまった。
ギルドの前でたむろしている連中のほか、巻き添えでギルドの職員一名も感電させてしまったことをおれは深く反省したが、支店長は特にこちらを責めるようなことはなく、それどころか歓迎しているような体であった。
「冒険者ばかりの都市ですから冒険者同士の諍いなど日常茶飯事」
暖かくなってきた今でこそ落ち着いてきたが、冬場は各地から集まってきた冒険者で溢れんばかりの状態、さらに寒さを誤魔化そうと朝っぱらから安酒をあおるバカものどもが大勢いるせいで、それはそれは賑やかなことになるらしかった。
「それに比べたらこれくらいのことは。要は冒険者同士の主導権の奪い合いですから。いや、むしろ貴方がたの実力を見抜けずに絡もうとした奴らの自業自得。実力の無い者がうっかり強者にちょっかいをかけた結果、関係ない者まで仕置きされたという、悲しい事故です。しかしまあ、それもしばらくは酒の肴として役には立つでしょうし、完全に無駄な行動というわけではないのかもしれません」
騒ぎに慣れすぎた都市に住む者の言葉であった。
「この度の訪問は冒険の書、その三作目の題材が迷宮都市なのでそのための取材という報告を受けています。私個人としては冒険の書をとても気に入っているのですが、残念なことにこの都市――、いえ、ここの冒険者たちにはあまり受けいれられていないのが実情です」
「そうですか……。やはり遊びでは物足りないと?」
「いえ、遊べるほどの知能が無いのです」
「…………」
そ、それは想定外……。
「一作目の発売に先駆けての試遊会も行ったのですが、出たダイスの目の数だけGMを殴ればいいのかと大真面目に尋ねてくる者が多数。もうこの時点でなかなか絶望的なのですが、ある程度理解できた者であっても、GM役までこなせる者がなかなか居ない。試しにやってはみるものの、途中で面倒くさくなるのか最終的には殴り合いに発展し、GMに殴り勝てれば攻略完了という、明らかに頭のおかしい条件が設定されるのです」
「あ、あの……、そういった方々が迷宮に潜るわけですよね?」
「はい。あ、もちろんそういう連中は探索者として――、あ、これでは語弊がありますね。そうでなくて、人としてかなりレベルの低い者たちです。戦え、待機しろ、荷物を運べ、そういった指示されたことに従うだけの雑用です。ここの迷宮は死なないので、特にそういった連中が集まってしまうのです」
「あー、なるほど」
クェルアーク家で冒険の書のプレゼンをしたとき、この遊びが上手いからと調子に乗ってしまう者が出ることについて言及したが、世の冒険者はその調子に乗った奴よりもひどい連中が居るから問題ないとかそんなことを言われた覚えがある。
まさかここに来てその『ひどい連中』の存在を実感するとは思わなかった。
「指示が出来る者たちはもちろん冒険の書を楽しめる者たちですよ。その人たちは三作目の舞台がこの都市であり、さらにクランの運営まで再現されると聞けば喜ぶでしょう」
「そうですか。さすがにちゃんとした人はいるんですね」
ちょっと安心。
それからおれはこの都市でどういう行動をとろうと考えているかを説明していく。
まずはダンジョン探索。
迷宮都市の冒険者ギルド特有の依頼、その依頼歴の閲覧。
次にクラン運営の現場を体験させてもらうことなどだ。
FDRレースについてはギルドの管轄から外れるので、また別で取材を行うことになるだろう。
「なるほど、わかりました。迷宮の探索については少し話をしなければならないので、先に依頼歴の閲覧とクラン運営の現場体験について話しましょう。閲覧については、持ち出しは禁止ですのでここに通ってもらうことになります。クラン運営の現場体験については……、そうですね、ゴミのような連中の集まりでは何の参考にもならないでしょうから、やはりこの都市で最も成果を上げているクランを紹介することにします。ただそのクラン、フリード伯爵によって運営されているので、こちらからも伝えますが、レイヴァース卿ご自身でも相談に行かれた方がいいかもしれません」
「ああ、確か『迷宮皇帝』というクランでしたね」
「御存じでしたか」
「えっと、精霊門の管理責任者をしている方からFDRレースについて色々と話を聞きまして、その流れでクランについても」
「あー、モナードですか。それはまた適任なようで適任ではない人物から話を聞いたのですね。長い話を聞くことになったでしょう?」
「聞くことになりましたが、FDRレースについて詳しく知ることが出来たのでよかったかと」
そうおれが言ったあと、部屋のドアがノックされる。
「支店長、クラン『迷宮皇帝』のシオンさんがフリード卿の使いとしてレイヴァース卿に面会を求めています」
「おや、ちょうど良いですね」
支店長はすぐにその使者の入出を許可。
そして入ってきたシオンという人物は鍛え抜かれたダイナマイトボディを持つダークエルフだった。
大きな胸を覆ったブレストアーマーでお腹丸見え、革のホットパンツに帯剣するためのベルト、そしてブーツという、ビキニアーマーとまではいかないが、かなり肌が露出する格好をしている。
暖かくなったとは言え、露出しすぎじゃね?
ギリッとシアの方から歯軋りっぽい音がしたが……無視しとこう。
「うお、本当にまだ子供――っと、失礼。アタシはシオン。フリード卿にレイヴァース卿御一行を屋敷に連れてきてくれって頼まれたんだ」
そう言ってシオンはにかっと子供みたいな屈託のない笑みを浮かべた。
「彼女はこう見えて探索者ランクAという腕利きです。少し説明しますと、この都市の歴史からしてもランクAの探索者は数少なかったりします。理由は『死に戻り』があるからですね。死なないからと無茶をする者が多いので、レベルの上昇難易度が他の迷宮都市よりも難しくなっています。そして一度でも死に戻りを体験した者はランクB止まりになります」
「どうして一度でも死に戻りを体験するとダメなんです?」
「それは復活を体験したことにより、どれだけ戒めても、心のどこかに油断が生まれてしまうからです」
ああ、なるほど。
死んでも生き返るから大丈夫という油断が心の何処かに巣くってしまうのか。
ここのダンジョンでこそ復活は出来るが、もしそれが他のダンジョンであった場合、もうその人は養分になってるわけだからな、そのあたりのことを鑑みると妥当な話になる。
「現在、この都市で探索者ランクAなのはシオンだけですね。一昔前に活躍していたネルカという女性がまだ都市に残っていれば二人だったのですが。――さてシオン、フリード卿の使者ということですが、今からレイヴァース卿に探索者について説明をするのでもう少し待ってください」
「ん? ああ、わかった。フリード卿も急げとは言わなかったし、レイヴァース卿が望むなら町をちょっと案内してきてとも言われた。滞在するところもこっちで用意するってさー」
おお、それはありがたい。
「でもどうして貴方だったんです? 来るならベルラットでしょうに」
「総長は二日前から潜ってる」
「ああ、それでですか」
「そうなんだよ。子供のお守りとか面倒くせーと思ったんだけどな、いや気が変わったよ。なんかすげーアタシ好みの連中じゃねえか。聞いたぜ、なんか絡んできた連中まとめてのしたって」
「あれは悲しい事故だったんですよ」
「はは、身の程知らずが身の程を知ったってか?」
うお、即座に支店長と同じようなこと言いやがった。
やはりこの都市はそういう思考になってしまう都市なのだろうか。
それから支店長はシオンの登場で中断された迷宮探索についての話に戻る。
「他の迷宮都市でも同じですが、初めて探索者登録をする方にはまず現役の探索者が同行しての体験探索があります」
これ、聞いてみると要はチュートリアルだった。
チュートリアル。
この言葉、元いた世界ではゲームによって広く知られるようになったが、本来は少数の生徒に教育者が集中的に教えることを意味しており、馴染みのある言葉ではなかったらしい。
チュートリアルでまず迷宮に潜らせてみるのは、迷宮探索に適性がまったくない人間がときどきいるためだ。
要は閉鎖空間に耐えられず、精神の均衡を崩してしまう人である。
もちろんこれが平気だったからと、探索者に向いているわけではない。一日、二日ならばまだ耐えられても、一週間、二週間と籠もることになると、耐えきれない者がどんどんと増加する。
迷宮探索者に向いている者というのは、閉鎖空間に長期滞在しても耐えられる者のことなのだ。
「なあなあ、それさ、アタシが付き添うからさっそく行ってみない?」
「行きたい!」
シオンの提案に即座に賛成するミーネ。
「シオンなら付添人として問題はありませんが……、どうします?」
「そうですね……、せっかくランクAの探索者が付き添ってくれるわけですから、ここは挑戦してみようかと思います」
「やったー!」
「よし!」
ミーネとシオンが喜ぶ。
ミーネはわかるが、何故にシオンまで喜ぶのか。
「ちょっとは戦闘もあるだろうからさ、バスカヴィルを討滅したスナーク狩りの実力を見せてくれよな!」
とシオンがおれの頭をヘッドロックするみたいに抱える。
スキンシップなのか?
密着しすぎですね。
ブレストアーマーのせいで頭がとても痛いのですが。
あとおれの足踏んでる奴は誰だ!
※誰が感電したのかわかりにくかったので文章を追加しました。
2017/09/28
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/02
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/01/29
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/03/01




