第335話 12歳(春)…迷宮都市エミルス
配送人が何故『ポーター』ではなく『デリバラー』なのか。
デリバラーには配達人だけでなく、救助者という意味もあるためにシャロ様が選んで名付けたのかもしれない。
こういった小ネタを冒険の書にも入れようと思ったが、なんで魔導用語にそんなに詳しいんだ、なんて話になるので仕方なくボツにした。
「どうです、これがエミルスの誇るレース場です!」
猛烈な勢いで喋りまくるモナードの勧めによって、おれたちは急遽FDRグランプリ最終戦の予選が行われているレース場を見学することになった。
いきなり予定外なことになったが、まだ朝なので時間の余裕は充分ある。ちょっと見学しに行くくらいならなんの問題もないだろう。
レース場はエミルスの郊外に存在するとのことで、おれたちは馬車でそこまで連れていってもらった。
しばし馬車に揺られ、レース場に到着してからはモナードに案内されるままに横に長い建物へと入る。かなり大きな建物で、まさかとは思ったが実はその通り、この建物はレース場のスタート地点横に設けられたスタンド――階段状に傾斜がある観客席だった。
そしてスタンドの高い位置から見渡すことになったコースはおれの想像よりもずっと広く、バカみたいに長かった。
陸上競技のトラック、もしくは競馬場のような楕円形コースを想像していたが、実際はモータースポーツのサーキットのように緩急のコーナーと長短のストレートが組み合わさったものだ。
「ねえねえ、あのリヤカーを引いて走ってる人がデリバラーなの?」
「その通りです。より良いタイムを出そうと挑戦中のデリバラーたちです。計測は時計型の特別な魔道具にて行われます。デリバラーとリヤカーの後部に、その魔道具が反応する装置を取りつけることにより――」
と、話し続けるモナードの声をおれはどこか遠くに感じていた。
あきれ果てていたのである。
デリバラーたちが引いて走るリヤカーは二輪ではなく四輪。そしてその大きさは、おれの想像していたリヤカーよりもずっと大きい。
軽トラくらいある。
さらにそのリヤカーはパイプの枠組みに木の板を張り付けたような貧相な代物ではなく、金属の装甲が取りつけられたバカみたいに頑丈な作り。
つまり、あれがダンジョン仕様のリヤカーということか。
ここにきてやっとおれはFDR――ダンジョン規格リヤカーの意味を理解し、そして――
「……いやいやいや、頭おかしいでしょうよ……」
デリバラーの異常さを目撃することになった。
クソ重いであろう装甲リヤカーにはさらに山と積まれた荷物ががっちり固定されている。しかし、デリバラーたちはそれを引きながらもおれの全速力くらいの速度でコースを走っているのである。
「コースの長さは3キロ。これを一番速いデリバラーは7分ほどで回ってきます」
は?
7分?
単純に100メートルあたりにすると14秒?
あのリヤカー引っぱって14秒……!?
じゃあストレートで加速してる状態はもっと速い……!?
バ、バケモノ……!?
そうおれがガクブルしていたところ――
「ふむふむ、なるほど……。案外わたしもいけるかもしれませんね」
シアがぼそっと言う。
あ、バケモノすぐ側にいたわ。
ってかそうだな、あんまり衝撃的なものを目撃したせいでちょっと混乱していたが、冷静に考えてみれば単純な身体能力であんな異常なことが出来るわけないよな。
あれは身体強化されてのものか。
まあそれでも無茶苦茶なことには違いない。
あー、ヘアピンカーブでドリフトしてるわー。
まさか別の世界にきてリヤカーのドリフトを見ることになるとは思わなかったなー。
「予選期間が一週間あるのは、調子の良し悪しや、どうしてもはずせない仕事が入った場合などを考慮してのものです。本戦のスタート位置にこだわらない場合は予選初日に規定以上のタイムを出して、さらに一週間後の本戦まで体を休めることができます。しかし開始位置というのはやはり重要ですから、より良いタイムを出そうと予選最終日までアタックを重ねるデリバラーが多いですね」
そう話していたモナードが不意に「お」と声をあげる。
「エルセナがアタックをするようです。彼女はここの第二位、誰もが天才と認めるデリバラーです」
「……二位なのに天才なの?」
ミーネが尋ねると、モナードはそれはそれは嬉しそうに微笑む。
あー、餌を与えちゃったかー……。
「それだけ王者が強いのですよ。王者の名はベルラット。魔迅帝ベルラット。無敗の王者。フリード伯爵直下のクラン『迷宮皇帝』を総長として取り仕切るエミルスで最も優れたデリバラーです」
「その人は今日はいるのかしら?」
「残念ながら、予選期間中にベルラットが走る姿を見ることは出来ないでしょう。ベルラットは予選初日にコースレコードを叩き出して現在は本業に勤しんでいるようですから」
「……コースレコードってなに?」
「ああ、これは失礼。コースレコードというのはこのレース場で記録された最も早い周回時間のことです」
「へぇー、じゃあそのベルラットって人は、これまでで一番速く走ってみせたから、あとはお仕事してるのね」
「そうですね。ただ……、もしエルセナがベルラットの記録を破れば、ベルラットは再びアタックを行うでしょう。ベルラットはエルセナに負けるわけにはいかないので」
「どうして?」
「実はですね、ベルラットはエルセナに結婚を申し込まれているんですよ。ですがベルラットにその気はない。しかしエルセナは諦めない。そこでベルラットは自分に勝ったら結婚すると約束をしたそうです」
「じゃあ結婚しないために、エルセナには勝っていないといけないの?」
「その通りです。そんな事情があるため、毎年、予選初日はベルラットとエルセナによるトップタイムの更新合戦が行われます。ベルラットが記録を出せば、エルセナがそれを抜き、さらにベルラットがそれを抜くという熱い戦いが繰り広げられるのです。今年は二人とも例年以上に気合いが入ったようで、そんな二人が競い合った結果でしょう、ベルラットによるコースレコードが更新されました」
「エルセナはそれを越えられなくて、今も走ってるってこと?」
「はい。一途でひたむきな女性なのですよ」
△◆▽
それから二時間くらいモナードからたっぷりとFDRレースについての話を聞かせてもらったのち、おれたちは馬車でエミルスの入り口まで送ってもらえることになった。
モナードは冒険者ギルドまで送るつもりだったようだが、せっかく来たわけだし、まずは町の様子を眺めながら歩いて行こうと思ったのである。
「フリード伯爵の元へは部下を向かわせましたので、もしかしたらすでに冒険者ギルドまで伯爵の使いが訪れているかもしれません」
レース場を見学に行くとなった段階でモナードがフリード伯爵に使いを送ってくれていたので手間が省けた。
本来なら冒険者ギルドへ向かい、それから滞在先を決め、そのあと伯爵へご挨拶に伺い、会えたらそれで良し、不在だったり都合が悪くて会えなかったら伝言を頼むという予定になっていた。
「あそこが私の故郷なのですね……」
徐々に近くなる都市を、馬車の窓に張りつくようにしてシャフリーンは眺めている。
感じ入っているようだし、ここはそっとしておこう。
やがて都市の入り口に到着し、おれたちは馬車を降りて世話になったモナードに礼を言う。
そして――
「エミルスは冒険者の町です。そのため少々、荒れているところもあるのですが……、バスカヴィルの討滅を果たしたレイヴァース卿でしたら、絡んでくる者たちなど物の数ではないでしょう」
去り際、モナードがそんなことを言った。
いや、あなたね、FDRレースについてはさんざん喋りまくっておいて、どうしてそういう肝心な事を今更言うのかな?
△◆▽
シアは強い。
うっかりマジギレさせて鎌を両手に迫られたら迷いなく土下座して許しを請うくらいに強い。
ミーネは強い。
敵対するような状況は想像できないが、もしそうなったら別世界からの転生者であることを暴露して意識をそらすという荒技を使うことに躊躇しないくらいに強い。
それからパイシェも、シャフリーンも強い。
ティアウルもけっこう強い。
だからおれは失念していたのだ。
端から見れば、おれはお嬢ちゃんと侍女たちを引き連れたお子さんでしかないという事実に。
「おうおうおう! おめぇら! この――――ぼぺらぱっ!?」
冒険者ギルドは立派な建物だったが、その周囲はガラの悪い連中がたむろしており、ヤンキーの集会場のような有様だった。
ニヤニヤと様子を窺っていた連中の一人がおれたちに絡もうとしたのだが、喋ってる途中でミーネの魔弾を喰らって吹っ飛んだ。
「――でね、ここの取材が一段落したら、もうちょっと南へ行って海産物の料理をね」
「いやいやいやいや」
愕然とする。
何を驚いたかって、ミーネがまるで呼吸するように魔術で絡んできた奴をぶっ飛ばすと、そのまま視線をこっちに戻して中断した話を何事もなく再開したことにだ。
「ん? あれ? 駄目だった?」
おれが度肝を抜かれていることに気づいたらしく、ミーネは自分の行動の是非を問うてくる。
ダメかどうか言われると……、まあ最終的には同じ結果になったかもしれないが……。
いや、違うな。
実際のところ、おれの動揺はミーネの思い切りの良さにあきれたと言うか、容赦の無さにおののいたと言うか、せめて相手に最後まで言わせてあげてと思ったのだ。
もしかしたら「おうおうおう! おめぇら! ――この町に来るのは初めてかな? よかったら案内してあげようか?」とか言っていたかもしれないじゃないか。
そんな、もしかしたら親切な人だったかもしれない奴は倒れたまま動かない。
唖然としていた仲間とおぼしき二人が駆けよって行く。
「おい! 大丈夫かよ!」
「完全に伸びてるぜ……。やってくれたな!」
と凄んだ二人はこちらに身構えたところで「あふん」と意識を失って倒れた。
シアの威圧である。
「おまえもミーネと一緒なの!?」
「いやだって、どうせ結果は同じになるんですし、付きあうのも面倒じゃないですか」
「うんまあそうかもしれないけど……!」
だからって容赦なさすぎだろうおまえら。
気づくのが遅れたが、ただでさえ場違い感の強いおれたち。
ミーネとシアの行動のせいで、ギルド前にたむろしていた連中がおれたちを危険な異物と判断してしまった。
「あれですよ、ご主人さま。ここで『め!』ってしとけば、その話が広まって明日からは快適に過ごせるようになりますから」
「そうね、じゃあさっそくやっちゃいましょう」
二人はやる気だ。
ちょっと他の方にもなだめてもらおうとしたところ、アレサはもうメイスを握り、ティアウルは斧槍を振りかぶり、パイシェはゼルファを装着した腕で構えを、シャフリーンは槍から穂鞘を外していた。
「レイヴァース卿の訪問をこの都市の方々に知らしめるのです」
「あたい手加減とか上手くできないけど、アレサがいるから問題ないな!」
「まずは力を示さなければ。舐められていてはちょっかいをかけられるばかりです。叩きのめさねばなりません。手を出したらどうなるかと、その身に……!」
「お掃除をして故郷をきれいにします」
あれ!?
みんなやる気になってる!?
いや、あの……、みんな!?
状況的には『なんか気に入らねえからとりあえずおまえら全員ぶっ飛ばす!』って感じなんですけど!
完全にこっちが荒くれ者なんですけど!
くっ、このままではいらぬ衝突が起きる……!
おれが危機感を抱いたそのとき、外の騒動に気づいたギルド職員が建物から出てきた。
「これは一体何事ですか! ……あれ? あ! ああぁ!」
職員はおれたちを見ると驚く。
「もしかして……! いやもしかしなくても! ちょ、皆さんすぐに下がってください! あの方はレイヴァース卿です!」
その職員の言葉に、ふと怪訝な顔をした冒険者たちだったが、すぐに表情を驚きに変え、ひどく動揺し始めた。
そしてその中の一人が叫ぶ。
「レイヴァース……? スナーク狩り! セクロス・ウォシュレット・レイヴァースか!」
瞬間、シアとミーネがはっとおれを見た。
おれは笑顔――からの憤怒。
「名前を呼ぶなぁぁ! ボケがぁぁぁ!」
フルネームで呼んでくれたお礼に雷撃をプレゼントしてやった。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01




