第334話 12歳(春)…迷宮都市の配送人たち
ウィーザ王国フリード伯爵領。
正確な時期は不明だが、約四百年ほど前にそのダンジョンは発見された。
当時のフリード伯爵主導で調査・探索が行われた結果、資源型のダンジョンと判明。やがて噂を聞きつけた冒険者たちが集まり始め、野営地でしかなかった集落は村に、町に、そして百年経過しないうちにフリード伯爵領最大の都市へと変貌――世界で最も安全なダンジョンがある都市として広く知られるようになる。
その辺りがシャロ様が活躍していた時代であり、そして三人目の魔王が誕生した時期だ。
きっとシャロ様は魔王討滅のため、何か理由があってエミルスを訪問しやすいように精霊門を築いたのだと思っていたが、実は門が出来たのは魔王をぶっ殺した後だったらしい。
ふむ、色々なことに興味を持ち、未完も含め、数多くの論文を書いていたシャロ様だ、エミルスの迷宮が『死なないダンジョン』である理由を研究しようとしていたのかもしれないな。
△◆▽
いよいよエミルスへと出発する日の早朝、おれたちは皆に見送られながら、まずはエイリシェの精霊門へと向かう。
同行者はパーティメンバーであるシア、ミーネ、アレサ、それから探索に同行してくれるティアウルと、生活するにあたってのサポート役としてパイシェ、シャフリーン、計七名だ。
それぞれ手荷物を持っていたり、鞄を背負ったりしているが、中身は軽いものばかりで重かったり重要だったりする物はおれの妖精鞄に放りこんである。
エイリシェ側の精霊門で簡単な手続きを行い、それから門をくぐってエミルス側へと出る。
エミルスの精霊門は都市郊外、離れた位置にある神殿のような建物の内部にあった。なんでもこの神殿は設計にシャロ様も関わったということで、歴史的にも貴重な建造物となっているようだ。
急激に発展し、数年で都市の構造すら変化するエミルス都市内にはきっと精霊門を置きづらかったんだろうな、と、郊外にある理由をなんとなく想像する。
まずは門の管理を任されている方々に、おれたちが何者であるかを伝える。
まあアレサは冬の間で修復された法衣を着ているので、聖女だとすぐにわかるのだが、その聖女さまに続いて出てきたお子さまたちについては判断のしようもない。
「ここは私にお任せください」
そうアレサが言うので、事情の説明についてお願いした。
そしたら管理している人たちがわらわら集まってきて跪かれた。
えっと、アレサさん?
なんて説明したの?
「善神の祝福を戴く聖人であり、スナークの襲来からベルガミアを救った英雄であると」
「次からはとある貴族の坊ちゃんくらいの紹介でお願いします」
「えぇ!? そんな!」
大げさな説明のせいで大げさなことになってしまった。
「ようこそおいでくださいました!」
おそらく総責任者なのだろう、すっとんできたオッサンは部下を背にして代表するように言う。
「私はここ、エミルス精霊門の管理責任者を任されております、モナードと申します。この度のエミルスご訪問は迷宮の探索ですか? それともやはりFDRグランプリ最終戦の観戦に?」
「FDRグランプリ……?」
なんじゃらほい。
エミルスのことについて多少は情報収集していたが、そのFDRグランプリなんて聞いたことないんだが。
「おや、FDRグランプリについて御存じありませんか?」
グランプリで最終戦となると……何かのレースか?
知らないと答えたところ、モナードはおれの勉強不足に落胆するどころか、むしろ嬉々としてそのFDRグランプリについて話し始めた。
まず説明されたのは、そもそもFDRとは何のことなのか?
FDRはフォーミュラ・ダンジョン・リヤカーの略。
つまりダンジョン規格のリヤカーのことであるらしい。
この都市に限らず、迷宮都市となればこのFDRによるレースが行われているのだとか。
「ここだけ聞くと、迷宮都市の連中は頭がおかしいのかと思われるでしょう。ですが違うのですよ。そうですね、どこから話したものか」
迂闊に尋ねたのが間違いだっただろうか、と不安になるおれを余所にモナードの説明は続く。
「冒険において荷物の運搬を任される職業となれば、パーティに同行する荷物持ちが広く知られていますが、ダンジョンの探索においてはさらにもう一つ運搬に関わる職業が知られています。それは探索者たちがダンジョンの奥に作る拠点へと物資を運んで行く配送人――デリバラーと呼ばれる者たちです。このデリバラーが好んで使う運搬道具がリヤカーです。かつて勇者シャーロットが発明したという、車輪がそれぞれ独立している当時としては画期的な荷車です」
リヤカーは荷車のように車輪が一本の車軸で連結されていない。
このおかげで重心が低くなって安定性が増し、さらに左右の車輪が独立しているおかげで曲がる際に生まれる内輪差を吸収できる。
だだっ広い平原を進んでいくなら荷車でも問題ないが、曲がりばかりの迷宮内となればリヤカーは理想的な運搬道具だろう。
「このリヤカーに荷物を積み込み、デリバラーたちは物資を届けるために迷宮へと潜って行きます。迷宮内に籠もって活動する探索者たちにとって、物資を届けてくれるデリバラーは救世主にも等しく、迷宮都市でその地位は高いんですよ?」
「へー、じゃあデリバラーをやる人は多いの?」
興味を持ったミーネが尋ねると、よく質問してくれたとばかりにモナードのテンションがアップ。
「地位が高いから人気職なのか? 確かに目指す人は多いのですが、実際にデリバラーとして認められるまでいけるかとなるとこれがなかなか難しいのですよ」
「そうなの?」
「そうなのです。護衛がつくとはいえ、魔物が徘徊する迷宮の奥底へリヤカーを引いていけるような度胸を持つ者がどれだけいるでしょう? 自分が運んでいる物資がただの食料や医療品ではなく、迷宮の底で戦う仲間たちの命を繋ぐもの――、いや、場合によってはそのものであるという事実を背負い、潜っていける者がどれだけいるでしょう? 真にデリバラーとなれる者はわずかです。しかしそれ故に、探索者たち、ひいては迷宮都市にとってデリバラーは英雄なのです! FDRレースはそんな英雄たちが己の配送技術を競い合うものであり、そして英雄たちの王を決めるための一連のレース、それこそがFDRグランプリなのです!」
なるほど。
熱く語るモナードがFDRレースのファンであることはよくわかった。
こう説明されてみると、確かに迷宮都市では配送人たちが順位を競い合うレースをやっているとかなんとか、聞くには聞いていたことを思い出す。
だが、それがまさかここまで都市の人々に人気であり、大々的に行われるレースだとは想像もつかなかった。
「なるほど、FDRレースですか。……えっと、実はぼくがエミルスへ来たのは冒険の書の――、あ、冒険の書というものは知っています?」
「はい! ――え? もしかしてそのためにこちらへ!?」
「ええ、三作目の舞台は迷宮都市にしようと思って、その取材に来たんですよ」
「おぉう、それは素晴らしい……! もし私にお手伝い出来ることがあればなんでもお申し付けください!」
「あ、ではさっそくになってしまうんですが、実はFDRレース、迷宮都市以外ではあまり知られていない可能性があるんです」
「ああ、そうなのですか……。まあ仕方ないかもしれませんね。迷宮都市以外ではデリバラーについて知る機会はなく、そしてレースというものも興味がない者にはどうでもよい代物でしょうから」
元の世界においてもレース――例えばF1は興味の有る人と無い人の温度差は激しい。これは特に日本が顕著なのではないだろうか? 世界に誇るサーキットを有しているにもかかわらずモータースポーツ熱は低いのだから。
とは言え、変に人気が高まってにわか者による迷惑が増えてしまっては問題だ。
どんな天才であっても吹っ飛べば死ぬ。
そんな領域で戦士たちが競い合うが故に、見守る者たちのなかにはどうしようもなく敬意が生まれるのだ。
F1は紳士の競技である。
であるからこそ、応援する者も紳士であってほしいと思う。
……うん、話がそれた。
「えっと、それでですね、どうもあなたの話を聞くとデリバラー――そしてFDRレースは迷宮都市に欠かせない要素であるように思われまして、せっかくなのでそちらも取材してその要素を次回作に入れようと思うんです」
「おお! そうですか! ありがとうございます!」
あんたが礼を言うのかい。
この人、ホントにFDRレースが好きなんだな。
「そこでもう少し話を聞きたいと思いまして、先ほどFDRグランプリ最終戦と言いましたよね? それはつまり、年に何試合か行って順位を競いあった末の、最後の試合ということですか?」
「はい! 夏に開幕戦と第二回戦、秋に第三回戦と四回戦が行われます! そこで順位ごとに点数が与えられ、その上位にあるデリバラーたちが春の最終戦を走ることができるのです! 冬に試合が行われないのは各地から人が集まって本業――迷宮探索が特に忙しくなるからですね! 最終戦が春に行われるのは急激に人がいなくなり、都市が経済的に落ち込むのをなんとかしようという理由からです! 迷宮都市は数有れど、ここは特に有名で、デリバラーの質も高いのです! そのため方々からFDRレース好きが集まるんですよ! 集まってきた冒険者たちのなかにはこのグランプリ最終戦を見るためにエミルスで冬を過ごすことにしたという人も多いのです!」
うん、モナードさんちょっと早口でメモが間に合いません。
「現在は最終戦のための予選が行われています! この予選というのは本戦におけるスタート位置と並びを決めるという他に、決められた時間内にコースを回れなかった者を足切りするために行われています! どうでしょう! 少しばかり見学に行ってみませんか? やはり本戦が一番盛りあがるわけですが、予選というのもなかなか熱いものがあるんです! 本戦とはまた違う戦いがあったりしましてね、ええ、特に今年の予選初日は素晴らしい戦いがあった! 実はこの都市には無敗の王者と、それを追う若き天才デリバラーがいましてね!」
モナードの話は続く。
一つの質問に対してどんだけ喋る気だ。
さすがに電撃喰らわすのは失礼だし、どうしたものか……。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/17




