第333話 12歳(春)…12日の木曜日
『もう怒った、ここに住んじゃうもん!』
こんな感じでミリー姉さんはその日から居候を決め込むつもりになってしまった。
これまで一泊、二泊の滞在はなあなあで許可してきたが、取材旅行期間中――つまり一ヶ月ほどの居候となれば話は別だ。
当然、その世話をすることになるのはメイドたち。
間違いなく負担が増える。
しのびない。
そこでおれは対ミリー姉さん用の決戦兵器を投入することにした。
アル兄さんである。
「あのねミリー、シャフリーンにはシャフリーンの人生があるんだ。それにシャフリーンがいつかエミルスへ向かいたいと考えていることは以前から知っていたんだろう? ならそこは無理に引き留めるんじゃなくて、こころよく送り出してあげないと。君とシャフリーンは主従の関係ではあるけど、君にとってかけがえのない友人でもある。そうだよね? そんな友人が……、なんだっけ、自分探し? うん、そんな感じでいいの? じゃあその自分探しにね、行こうとしているんだからここは応援してあげないと」
「へぐぅ……」
シャフリーンがエミルスへ同行したがっているものの、ミリー姉さんが反対していて面倒くさいことになっているとアル兄さんに相談したところ、アル兄さんはわざわざこちらにやって来てくれた。
そして始まるガチ説教。
長くなりそうだったので後は若い二人に任せることにして、おれはシャフリーンを連れて仕事部屋へと移動。
そこで一つ提案をしてみた。
「コルフィーさんの鑑定眼で……?」
「うん、シャフリーンの一番の心配は自分が魔物なんじゃないかってことでしょ? たぶんコルフィーなら、その不安に決着を付けられると思うんだ」
とは言うものの、おれはすでにシャフリーンが『人』であることはわかっていたりする。
ただ単に〈炯眼〉でシャフリーンを調べたら名前と称号くらいしかわからなかったが、知りたい情報を選定して調べなおしたら普通に『人』と出て来たのだ。
これで『魔物』とか判明していたらコルフィー先生には引っ込んでいてもらおうと思っていたが、その心配は杞憂だった。
「……わかりました。お願いします」
長年の疑問に決着をつけることにシャフリーンはしばらく悩んだが、覚悟を決めてそう言った。
おれはコルフィーを部屋に呼び、シャフリーンを鑑定してもらってから彼女が人かどうかを尋ねた。
「は? シャフリーンさんは人ですけど?」
「あ……」
鑑定前は緊張していたシャフリーンだったが、「何を当たり前のことを言っているんだおまえは」といった反応のコルフィーを見て表情がだいぶ柔らかくなる。
もしかしたらシャフリーンはこれまでずっと不安からの緊張状態にあり、それが今ようやく解けたのかもしれない。
「え? え? なんです? なんなんですこれ?」
事情説明はしなかったのでコルフィーは困惑するばかり。
「えっと、実はさ、シャフリーンは悩みがあってね」
と、それからおれはコルフィーにシャフリーンの悩みについて説明することになったのだが――
「兄さん! もし変な結果が出て、それでシャフリーンさんが身を持ち崩したとかそんなことになったら私がそのきっかけを作ったってことになってたんですよ!? そういう人の人生に影響を与えるような重要なことをほいほいやらせないでください! やらせるならちゃんと私に説明して納得させてからです!」
コルフィーにマジギレされた。
実は結果はわかってたのだが、そんなのコルフィーが知るわけもないわけで、これはおれの配慮不足。
大人しくごめんなさいした。
「まったくもう」
まだちょっとプンスカしていたが、コルフィーは気を取り直してシャフリーンに言う。
「シャフリーンさん、あと他に知りたいことがあれば言ってくださいね」
「では……、他人の意識を察することが出来る能力について調べることは出来ますか?」
「それは……、あれ? 情報がないですね」
はて、とコルフィーが首をかしげる。
おれがアホ神からもらった能力みたいに、コルフィーの鑑定眼では調べることの出来ないようなものなのか?
「……あ。魔石。魔石を調べてみてください」
シャフリーンがはっと思いついて言う。
あ、そうか。
調べてみる価値はあるな。
そしていそいそとシャフリーンが服を脱ぎだしたのだが――
「……兄さん? なんで見てるんです?」
「あ、いや……、はい」
コルフィーに睨まれておれはシャフリーンに背を向けることに。
ここで「実はおれはコルフィーと似た能力がある!」と宣言しても信じてもらえるかどうか怪しい。最悪、ただシャフリーンの下着姿を見たいばかりに適当なことを言っていると思われかねない。
もう一回見たし、とか言うのは墓穴だろう。
ここはコルフィー先生に任せておくか……。
「んー……、魔石ですね。あ、能力が宿ってます。精神感応。他人の意識や思考を感じ取れる能力です。ただそこまで精度は良くないっぽいですよ」
「おもいっきり当たりだな」
「ですね。しかしどういうことでしょう……。魔石に宿った能力は物にしろ人にしろ、消費によって付与されるものなんです。それが残ったままで能力も使えるなんて……」
魔装職人として能力付きの魔石を扱っていたコルフィーにとっては不可解なことらしく、眉間にシワを寄せて唸る。
「ともかく、シャフリーンは能力付きの魔石が胸にある人、ってだけのことでいいんだな? あとそろそろそっち向いていい?」
「そんな感じですね。もうちょっと待ってください」
シャフリーンが服を着るのを待ち、コルフィーの許可が出てから向きなおる。
「ひとまず魔物じゃないってわかったけど、どうして魔石がくっついているのかは謎のままか。いっそのこと取っちゃったら普通の人になるけど……、さすがに赤ん坊の頃からあったものだし、どんな影響がでるかわからないからやめた方がいいか」
「そうですね。これまで疎ましく思っていましたが、いざ無くなってしまうと……、私も困るでしょう」
そう言ってシャフリーンは微笑む。
こんな穏やかな感じにシャフリーンが笑うのは初めて見るかも。
「私がメイド学校を一年で卒業できたのは、物覚えが良いというのもありますが、やはりこの意識を読み取れる能力のおかげです。それにこの能力があるからこそ、ミリメリア様は私を手元に置いてくださっているわけですし……」
「あれ? シャフリーンってミリー姉さんに雇われたままでいたいの?」
尋ねると、シャフリーンは「あ」と声をあげた。
それは明らかに「しまった」という表情で、やがてシャフリーンは諦めたように言う。
「このことは内緒でお願いします」
「内緒なんだ」
「内緒なのです。実は事情がありまして……」
と、シャフリーンはミリー姉さんに雇われることになった当時のことを語り始めた。
「ミリメリア様はメイドというものを広めるにあたり、まず自分が雇用すべきということで私を雇用してくださいました。まだメイド学校を訪問されていた時分は……まあハメを外すのはそこそこに抑え、敬われる王女として振る舞われていたのですが、いざ雇用されたその日から急にくだけまして……、抱きつかれて魔石がバレました」
よっしゃー、これ私の!
って気分だったんだろうな。
「避けたらよかったのに……」
「避けてしまうとそのまま地面に倒れこむ勢いでしたので……避けるわけにはいかなかったのです」
「あー、納得した」
「それで魔石についての説明をしました。初仕事の日にいきなり解雇、場合によっては隔離されることも考えましたが、ミリメリア様はレイヴァース卿の反応に近かったですね。秘密ごと受けいれてくださったミリメリア様に私は深く感謝しました。そこで精一杯お仕えしようと心に決めたのですが……、それがちょっとマズかったのです」
「……甘やかしすぎたの?」
「はい。私も舞い上がっていたのでしょう。全力でお仕えして、三ヶ月くらいしてすっかり骨抜きになっているミリメリア様を見て自分のやったことに気づき、愕然としました。それはまるでミリメリア様の形をした怠惰な魔物だったのです」
言いつつ、シャフリーンは首を振る。
「良かれとただただ希望を叶えてさしあげるのは相手の為にはならないとよくわかりました。時には厳しくする必要があるのです」
それで主に冷たくあたるのに、甲斐甲斐しく世話もするというちぐはぐな状態が出来上がったのか。
そして今ここでうっかり甘い顔をしてしまうと、これまでの苦労が水の泡になりかねない、と。
うーん、真相がわかってもやっぱり変な主従だった。
△◆▽
シャフリーンの一番の不安は解消されたが、どうして魔石がくっついているのか、そして隠れ里は迷宮のどこにあるのか、という謎は依然として残っているので、やっぱりエミルスへは同行するようだ。
ここで同行を取りやめてくれればミリー姉さんもうちのメイドたちもほっこりだったのだろうが、そうすべてが上手くはいかないようだ。
それからシャフリーンはアル兄さんにこってり絞られたミリー姉さんを連れて王宮へと戻っていった。
若干、楽しげに説教していたアル兄さんであったが、ただミリー姉さんをヘコませただけではなく、シャフリーンが居ない間、この屋敷で預かってもらえるようお願いもしてきた。それはいきなりシャフリーン無しになるミリー姉さんを心配したと言うよりも、多少は普通の使用人に慣れるようにとの、リハビリ期間のようなものであった。
シャフリーンが居なくなって悲嘆するミリー姉さんを王宮に放置というのも不憫と言えば不憫。
そこでおれは「余計な苦労を背負わせることになるが、どうか面倒を見てやってくれないか」とメイドたちにお願いをした。
主にお願いされたら従うしかない立場のメイドたちではあるが、そこまで難色を示すこともなく、みんな半笑い程度で諦めてくれた。
家族の反応はセレスは喜び、クロアも歓迎、コルフィーは心臓に毛が生えてきたのかそこまで戸惑いはしなかった。
母さんは「あらそうなの」といったくらいでのん気。
ただ父さんは困惑。
「おいおい息子よ、そう簡単にお姫さまを預かっていいものか?」
反対はしないが、どうしたらいいかわからないような感じでそんなことを言い、ベルガミアの姫さまを複雑な表情にさせていた。
△◆▽
迷宮都市エミルスはウィーザ王国のフリード伯爵領にある。
このザナーサリーからずっと南東、幾つか国を越えた先にあるので普通に向かうとなると何ヶ月もかかるが、おれにはアレサという精霊門フリーパスの聖女さまがいるので思いたったその日に向かうことが出来る。
「すいませんねアレサさん、便利に使ってしまって」
「いえいえ、お気になさらず。どんどん使ってくださってけっこうですよ! あ、でも私は精霊門を通過したことがあるだけなので、その場所の案内までは出来ないのです。申し訳ありません」
「いやいや、連れていってもらえるだけで大助かりですから」
案内については、ひとまずエミルスにある冒険者ギルドの関係者にお願い出来ないか、エドベッカに相談してみる。
一応、冒険の書は冒険者を目指す者たちの底上げも目的とされているため、ギルドも無関係ではないからと協力を仰いでもいいはずだ。
相談のために冒険者ギルド中央支店に伺ったところ、エドベッカはギルドの通信網を介しておれが訪問することを迷宮都市の支店に伝えてくれることになった。ありがたい。
「君なら理解していると思うが、ダンジョン探索のためには冒険者とはまた別枠で『探索者』の登録をする必要がある。冒険者レベルは考慮されず、レベルは1からだ。いくら冒険者レベルが高くとも、ダンジョンという特殊な領域においては初心者。なのでまずは案内人をつけての体験探索から始めることになるだろう。面倒とは思うだろうが、どうかよく話を聞いて従ってほしい」
「それはもちろん。冒険の書でもその要素は入れるので、むしろ体験させてもらえるのはありがたいくらいですね」
そう応えると、エドベッカはにっこり微笑んだ。
たぶん冒険者レベルが高いから探索者の方のレベルも融通を利かせろとかそういうことを言う輩が多いんだろうな。
「あとクランだが、一応冒険者ギルドの枠組みのなかにある組織だ。向こうのギルドへの報告ついでに、どこか協力的なところを紹介してもらえるようお願いしておこう」
「ありがとうございます」
ひとまず用件はそれで終わりだったが、そのあと『片眼鏡の男』もとい『魔道具使い』についてちょっと尋ねられた。
「私は魔道具ギルドにも所属していてね。そちらでも『魔道具使い』については問題視されているんだ。わずかでも情報が欲しい」
聖都へ帰還する前に来たティゼリアからも聞いたようだが、コルフィーから直接話を聞いているおれにさらに詳しく聞きたかったようだ。
おれが話せたのは使ったとおぼしき魔道具について。
まずは相手の情報を知るための『片眼鏡』。
次に自分の印象を曖昧にしてしまう『認識阻害』。
そして最後にコルフィーの意識を誘導した『洗脳装置』。
「その『洗脳装置』について、どんな形か、コルフィーは少しでも覚えていないかな?」
「どうでしょう。戻ったら聞いてみますね」
「頼む」
△◆▽
「まずは迷宮に潜るんでしょう?」
準備がある程度整ったため、迷宮都市に着いてからの段取りを考えていたらミーネがそう言ってきた。
「なんでそうなる……。まずは一応、そこの領主にご挨拶にな」
「まずは迷宮に潜るべきよ」
「うん、おれの話を聞こうな。ってか本当に聞こうな? 迷宮はどんなことが起きるかわからないから、ちゃんと聞こうな? 前に何かあるからってうっかり触れて下水路にご案内されただろ?」
「あううぅ……」
さすがに嫌な経験だったらしく、ミーネが渋い顔でうめく。
「まあいきなり行って面会を求めるのもあれだし……、約束を取りつけるためには伝言を頼んで、返事は……、あ、宿をまず決めないといけないな。んー、それはギルドでお勧めを聞いた方がいいか。となるとまず行くのはギルドだな。まあ宿が決まって伝言を頼んだら……ダンジョンを体験探索させてもらうか」
「それがいいわ!」
「いやちょっとだからな? まずは探索者に登録するための体験探索だからな? 一気に下まで突撃したりはしないからな?」
「わかってるわよ。まずは様子見で、次の日に突撃するのね!」
「うん、わかってるようでわかってないね」
ダメだ。
出発日が近くなるにつれてミーネのテンションはウナギ登り。
もう前日ともなれば、明日はどんな殺戮を繰り広げようとウキウキワクワクで十二日の木曜日を過ごすホッケーマスク男みたいな感じになるのではなかろうか?
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/03




