第328話 12歳(冬)…冒険の書の大会(後編)
試合が開始されたところでまず実況の三人娘――サリス、ミーネ、シアが状況について話し始めた。これは『冒険者』側が作戦会議中なため、間を持たせるための余興のようなものでもある。
「はい、まずはコボルトの群れが付近にいることに気づいた冒険者たちの作戦会議が行われます。コボルト側は仲間が戻らないことを不審に思う状態になるまで待機。冒険者側はこの時間内でどのような作戦を練り、準備できるかが攻略の鍵になります」
「ねえねえ、でも作戦練ってもコボルト側にわかっちゃったら意味ないんじゃないの?」
解説役なので声は拡声器の機能を持つ魔道具によって観客にも届くようになっているのだが、ミーネは自分が解説役という意識はまるでないようで、普段通りの調子でサリスに尋ねていた。
「あー、ミーネさん? ちゃんと話聞いていましたか? 本来であればGMにどのような作戦かを報告して可能かどうかを判断してもらうわけですが、今回は特殊、御主人様はそれを知る権利がないのです。作戦内容を知ることができるのは進行役のミリメリア様と、判断役となるエドベッカさん、あと駒の移動やステータスカードの更新を受け持つメイドのみなさんだけです」
「じゃあコボルト側は状況がさっぱりわからないままで突撃していくことになるのね」
「ですねー。でもご主人さまは作戦をある程度推測できるんですよ? ほら、わたしたちは実際にこんな状況を乗りこえたわけじゃないですか。ということは、その前例を手本とした作戦を考案した方がいいわけです。冒険の書の性質的にも、実際に成功した事例を元にした作戦であれば成功の判定は有利にせざるを得ません。なのでまったく同じではないにしても、似たような状況を作りだしてくるのでは、と推測できるわけです」
「似たような状況?」
「そです。あの時はミーネさんに魔術で砦を作ってもらって、そこに訓練生のみなさんを匿いながら戦いました。その上でコボルトを砦の周囲に誘き寄せ、ご主人さまの雷撃でもって麻痺、それからミーネさんの魔術で一網打尽――一気に殲滅することに成功しましたよね」
「うん、頑張ったわ!」
「なのでそういった砦の構築と一網打尽を狙ってくるのではないかということです。相手は単純な戦闘をしかけてくるような人たちでもないですし」
「冒険者側にはミーネさんのような魔術士は居ませんが、それでもミーネさんに指導をしたマグリフ校長は土魔法を得意とする魔導師です。操作するキャラクターのシャーリーも土魔法を得意とします。となればやはり砦を築いての戦いになるのではないかと」
「シャーリーは魔法で有利な状況を作りだすのが得意なキャラクターですからねー。攻撃魔法――戦闘についてはお母さまのリセが担うのではないでしょうか」
そんな三人娘の解説を観衆も唸ったりなんだりと感心して真剣に聞いている。
訓練校の校長が率いるは一昔前に名を馳せた冒険者二人に、勇者の末裔が一人。この顔ぶれが危機的状況にどう対応するか? 冒険の書を嗜む者であれば興味を抱かずにはいられないだろう。
やがて冒険者側の作戦が決定し、詳細がエドベッカに伝えられる。そしてエドベッカの認証が為されたのち、サポートを円滑に行わせるためメイドたちにも作戦内容が説明された。
これによりおれの操るコボルトの行動制限が解除され、ミリー姉さんによってシナリオが進行する。
『戻らない部下が居ることに気づいたコボルト王は捜索を命じる。
すると日が暮れた頃、戻らなかった部下は殺されていたと報告を受けることになった』
さて、これからどうするか?
まずはその殺された仲間の位置まで移動だろう。
そこから匂いを辿って冒険者たちの所まで移動していく。
すぐに突っこみたいところだが、途中にどんな恐い罠を仕掛けられているかもしれないので、部下を散開させて確認しつつだ。
幸い罠はなく、部下を失うことなく冒険者たちが休息する予定だった広場までやって来る。
『匂いを頼りに森を進んでいったコボルトたちは、やがて開けた場所に辿り着いた。
そこには人為的な痕跡――幾つもの焚き火があり、そこからコボルトたちの鼻を狂わす匂いが漂っている。
焚き火の明かりにより、広場はおぼろげにうっすらと照らし出されており、中央には土で作られた建造物があるのを確認できた』
ふむ……。
匂いで鼻を潰しにきたのは追跡をさせないためだろうか?
考えているとサリスが言う。
「コボルトの鼻を潰しにきましたね。これは追跡をさせないためでしょうが……、シアさん、どう思います?」
「夜ですからね、訓練生たちを逃がす、というのは状況的に難しいのではないかと思います。進むなら明かりは必要、しかしそれはコボルトにとっては目印になります。冒険者の中に斥候がいますから、夜目の利く人が先導してはぐれないよう縄――あるいは周囲で調達したツタで互いを縛ってゆっくりと進んでいく、というのであれば不可能ではありませんが、一か八かすぎますね」
逃がした、と推測させるブラフだと思うが、一応捜索をする。
「ねえねえ、逃げていた場合はどうなるの?」
「えっと、コボルト側が行動をするたびにターン経過が発生、どんどん逃げられて行きます。今どれくらい逃げている、なんて順次解説されていったら逃げた人がいるのがバレバレになってしまいますからね。なので逃げていた場合、コボルト側の行動によって勝手に進行します。そのまま捜索不可能な位置まで移動されてしまうと、もうコボルト側はそのキャラクターに干渉はできません」
捜索の判定は速やかに行われ、痕跡は発見されなかったとエドベッカに告げられた。
「さらに捜索を続けるかね?」
尋ねられ、おれは捜索を打ち切る。
夜の森、大人数が移動した痕跡を消しながら逃げる、というのはいくらなんでも無理だろうという判断からだ。
「すぐに捜索やめちゃったわね」
「御主人様は逃げた者はいない。いたとしても少人数と判断したのでしょう」
「わたしたちの時と同じですよ。夜ですから、下手すると遭難しちゃいます。逃げられたとしても、助かるかどうかは厳しい判定をくぐり抜けてになりますし」
訓練生が遭難せずに人里まで辿り着ける確率は一人あたり3パーセント。
もし人里に辿り着かれた場合、討伐隊が送り出されることになり、結果としてコボルトたちは討伐されるという破滅の未来が訪れることになる。
それはつまり、残った者たちを皆殺しにしても、最後に3パーセントの判定によって『コボルト王』側の敗北、そして『冒険者』側の勝利という状況が起きうるということだ。
訓練生は二十人いるので、もし全員を逃すことに成功すれば最大で二十回ダイスを振れる。
冒険者や教員の場合は一人あたり6パーセント。
例外として父さんの斥候だけは9パーセントになっている。
誰かを逃せば『冒険者』側が全滅してもクエストクリアになる確率が残る。
全滅なのにおかしいように思われるかもしれないが、『護衛』という任務を最低限こなした事実は讃えられるべきであり、実際もそのような場合、依頼は『失敗』になるが、護衛は『達成』とされるのだ。
少数の逃走はあるかもしれないが、多くはこちらに残っていると判断し、おれは土の建物の攻略にかかる。
もちろん、まずは罠を警戒して慎重に。
『コボルト王は部下たちに命じ、慎重に広場を調べさせた。
すると広場の各所に落穴を発見する。
枝と葉で蓋がされ、土を被せられた深い穴だった』
落穴はけっこうな数あり、調べもせず部下をうろちょろさせていたら落下の判定のためにダイスを転がしまくる結果になっていただろう。
まあさすがにこの程度の罠には引っかかるわけにはいかないのだ。
制作者だからな!
広場には落穴以外の罠はなかったので、おれはコボルトたちに土の建物を取り囲ませ、まずはノーマル三体を突撃させることにした。
『人の気配が感じられない建物に忍び寄っていく三体のコボルト。
ぽっかりと空いた入り口から侵入すると、そこにあったのは穴。
穴の外周からは狭い足場が迫り出しており、底へと続く螺旋階段となっていた』
……なんか、妙だ。
砦を構築しての籠城戦だと思ったのにあっさり侵入を許す……?
ひとまずその螺旋階段を調べる。
穴は直径二メートルほどだが、階段が壁から迫り出しているので実際の空洞はもっと小さい。
階段は幅も高さも不規則で歩きにくくなってはいるが、もし足を滑らせてもとっさに手を伸ばせば反対側の階段に引っかかって落下を免れることが出来るのでそこまで危険があるわけでもない。
ともかく下に降りて調べてみないと何もわからないため、おれはそのままノーマル三体を穴の底へと向かわせる。
『コボルトたちは壁に張りつくようにして穴の底へと下りていく。
辿り着いた穴の底はある程度の広さがあった。
コボルトたちが全員集まれるだけの広さはあるが、いざ集まろうとしても山と積み上がっている大量の木材――薪だけでなく落ち枝や葉があるため集合することは出来ないだろう。
地下の壁には幾つかのヘコみが作られ、そこに篝火が用意されていたのである程度の明るさがあった。
しかし、その穴底にある横穴――奥へと続く一本の通路の奥までは見通せなかった』
一瞬、どういう状況かわからなかった。
が、気づいて愕然とする。
『それはまるでダンジョンへの入り口のようであった』
いやいやいや!
ちょっとぉ!?
なにしれっとダンジョン作ってんの!?
んでもってなにダンジョンマスター始めようとしてんの!?
「おっと、こう来ましたか」
「なにも囲まれてしまう地上の建物で防衛する必要はないということですね。より優位に立てる場所を構築できるならやった方が良いに決まっている……、マグリフ校長のシャーリーの仕事でしょう。通路を延ばすことも、天井を崩落させることも、落穴を作ることもできる……、なかなか凶悪なことになりそうですね」
「これ私もできたわね」
そう、おれたちの時にもこれはやれた。
そしてこれならミーネの負担も少なかったのではなかろうか?
あの時はあれでなんとかなったものの、さらにその先があった、ありえたのだと見せつけられる結果に。
この発想が誰のものかはわからないが、本当の冒険者との差を思い知らされて地味にへこむ。
精神にダイレクトアタックとかやめてもらえませんかね……。
くっ、負けるなおれ。
頑張れおれ。
まだ『冒険者』と接触してもいないんだから!
「これは御主人様――コボルト側が厳しい状況ですね。相手の腹の中、明らかに罠があるとわかっていながら、それでも探索しなければなりません」
「なんか木とか燃える物がいっぱいあるみたいだし、コボルトが集まったら燃やすんじゃないかしら?」
「ですねぇ。でも閉鎖空間で火を使うのはかなり危険ですよ? まあそんなことは当然わかりきっている方たちなので、それとは別の意図があるのではないかと」
状況的には『冒険者』側が追い詰められているのに、何故か『コボルト』側――いや、おれが精神的に追い詰められていた。
「探索しないといけないのに、すれば部下が削られてしまうのがこの段階でもうわかってしまう。この通路の先がどうなっているのか、どこに冒険者たちが潜んでいるのか、それを調べる対価は部下の命とくるわけです。いやー、ご主人さま大変ですねー」
ちくしょう、なんかコボルト率いるおれの真価が試されてるじゃねえか。
誰だ『導く者の真価を示せ』なんてクエスト名つけやがったのは!
おれだ!
「ぐぬぬぬ……」
よーし、落ち着けおれ。
まずは相手の意図を読むのだ。
どうしてダンジョンを作った?
そりゃあもちろん有利に戦うためである。
では、どうして地下のこの空間に可燃物を積みあげた?
これがちょっとわからない。
火攻めのためとはいえ、こんな場所では燃やせば自滅するだけだ。
火攻めが出来るというブラフだろうか?
『コボルトが堆積する木材を調べてみたところ、木も葉もよく乾燥しており、燃えやすい状態になっていることが判明する』
……マジで火攻めなの?
魔法で熱したのか、水分を抜いたのか、どちらにしても山と積み上がる量を用意し、そして加工するという手間をかけているならば、それは攻略のための布石であるはずだ。
目の前にヒントがある。
しかし、それがどういう答えに繋がるのかがわからないという嫌な状況になっている。
さらにコボルト側の行動ばかりが語られ、冒険者側の行動がいっさい開示されないというのも不気味だ。
要は単純に冒険者側が行動を起こしていないということなのだが、しかしそれは、もうやることをやってしまって後はハメ殺すタイミングをじっと計っているということなのではないのか?
「なんか迷ってるわね」
「うかつに手を出せない状況ですから、慎重になっているのでしょう」
「サリスならどうする?」
「まずは部下を数体、奥へと向かわせるくらいですよ。調べないことには何もできませんし……」
「シアは?」
「広場に留まって冒険者側の食料が尽きるのを待ちます」
「シ、シアさん、それはさすがに……」
「まあご主人さまには出来ない作戦ですけどね」
うん、さすがにそれは必死すぎ、プライドなさすぎだ。
冒険の書の発案者が観客の前でやっていい作戦ではない。
また逆に、あまりに名案すぎてもエドベッカから待ったがかかって実行できなかったりする。
飽くまで魔物が思いつけるもの、そして実行できるレベルの作戦であることを求められるからだ。
ともかくシアの非道な作戦を聞いて少し冷静になれた。
まずは通路が一本しかないことの意味を考えよう。
調べた結果、通路は縦横二メートルの正方形型であることが判明した。
これは戦闘に参加できる数を制限するためではないだろうか?
ではそれを承知で部下をまとめて突っこませるとどうなるか?
通路の奥から冒険者がひょっこり現れて通せんぼをし、おたおたしているうちに火を付けられて火炙りの刑にされてしまうのでは?
他にも一斉に突撃してきたのがわかったら地上へ別の穴を作ってみんなで脱出、入れ違いでダンジョンに入ったコボルトたちを生き埋め、なんてのも考えられる。
ならばやはり、まずは少数による探索がベターになるか。
おれは地下に降りたノーマルコボルト三体をそのまま進ませることを宣言。
なるべく慎重に、罠を警戒しつつ進行を開始。
簡易ダンジョンの詳細を知る努力を始める。
奥は迷路になっているかもしれないが、さすがに上の広場くらいの範囲に留まったものだろう。
現実的に有り得るかどうかはエドベッカが判断しているので大迷宮を拵えるとなれば却下されるはずだ。
こうしておれは『まずはマッピング』と方針を定めたのだが、さっそく想定と状況は食い違ってしまう。
ノーマル三体が通路を進んでいくと、その途中で冒険者たちが勢揃いして通せんぼしていたのである。
『暗闇の通路にて。
待ちかまえていた冒険者と、追跡してきたコボルトの邂逅は果たされた』
さて、どうするか、とエドベッカが『冒険者』と『魔物』に問う。
これに『冒険者』――マグリフ爺さんたちは開戦を。
逆に『魔物』――おれは一時撤退を望む。
結果、ダイスによる判定があり……、残念、おれは邪悪な大人たちの魔の手から逃れることが出来なかった。
戦闘が開始されたものの、所詮はノーマル三体。
どれだけダイス運が良くてもどうにもならず、我がノーマルコボルト三体はあっさり冒険者たちの餌食になった。
さよならノーマルわんわんたち……。
「あれ? コボルトを迷わせるための迷路じゃなかったの?」
「どういうことでしょう……、ここで冒険者が揃って現れるとなると、私にも見当が付きません」
「んー、たくさん送り込んできたら火を付けて一網打尽、それを見越して少数を送り込んで来るならその場で叩くということでは?」
おれもシアの発想に賛成だ。
そもそも地下で火攻めなんてしたら酸素がなくなる。
自殺行為だ。
ならばすべては地味にこちらの戦力を削っていくための企みか?
これは駆け引きとしての罠なのか?
となると……、ダンジョンは案外この通路、そしてその先にあると思われる訓練生たちを匿っている広場くらいのものじゃないんだろうか?
冒険者たちを倒せたらもう勝ったようなもの。
よし、覚悟を決めた。
ここは魔物らしく大雑把にノーマルコボルト全員を突っこませる。
ただ全員一気にだと燃やされそうなので、五体ほどのグループに分けて順々に送り込んでいき、可燃物のない通路の奥――冒険者たちの所へと詰めていく。
『コボルト王の命を受け、コボルトたちは地下へと進行する。
迫り来るコボルトの群れの存在を知る冒険者たち。
しかし、冒険者たちはその場から退くことなく、交戦する覚悟を決めていた』
爺さんたちは撤退なしの徹底抗戦を宣言。
送り出したノーマルの第二陣が冒険者たちに遭遇。
冒険者とコボルトの戦闘が開始される。
それぞれキャラクターの行動を宣言してのダイスロール。
それからエドベッカの判定があり、その結果はメイドたちによって掲示板に張り出された巨大シートに反映されていく。
第二陣が戦闘を行っている間にも、三陣、四陣、とコボルトたちが冒険者の所へと通路を詰めていく。
このまま休ませずに戦わせ、数の暴力で勝負を決めたいところだがそうもいかない。一度に戦える頭数がせいぜい二体と制限される通路での戦闘は後方からの援護が出来ないコボルト側に不利。コボルトたちは順番に、心ない冒険者たちによって倒されてしまっている。
これは……、下手すると綺麗に片付けられた上、奥へと引っ込まれて態勢を立て直される可能性がある。
となるとあとは王種と亜種二体によるダンジョンツアーの開催だ。
罠にかけられ、分断されての各個撃破される予感……。
これは……、ちょっとここで勝負に出てみるべきか?
迷いはあったが、ここでノーマルたちを殲滅されるとジリ貧になる未来しか見えない。
ならばまだ余力があるうちに打てる手を打つ。
おれは亜種二体を戦線に投入することを宣言。
この判断――これが決定的に試合の流れを決定することになった。
冒険者たちを狩るべく投入された亜種二体が地下へと到着したときを見計らい、母さんが宣言したのは火魔法のフレイムアローだった。
狙いはコボルトたちではなく、その背後にある可燃物の山。
この地下でマジ燃やすのか?
燃えやすい状態にあった可燃物は魔法の炎によって速やかに燃焼を開始。
そのなかでさらにマグリフ爺さんが宣言したのはウィンドクリエイトによる気流操作だった。
『通路の奥より広場へと強い風が吹き始めた。
風は炎を煽り、より激しい炎を生みだしてゆく。
穴底で燃えさかる炎は地上の建物にまで及ぶ火柱となった』
なんじゃそら、とおれは異議を唱えようとした。
――が、ふと、この状況を説明できる何かを知っているような気分になり、改めて状況を分析する。
「……あ」
そして気づく。
気づいた瞬間、おれはテーブルを拳で叩いていた。
この状況に陥る前に、おれはこれに気づくことも出来た。
だから防ぐ手立てもあった。
なのに見過ごした。
広場にあった穴は落穴じゃない。
いや、落穴でもあるのだろうが、その本当の狙いは吸気。
あれは通気口だ。
そしてこの地下空間。
きっと通路の先はそれぞれ通気口へと通じている程度のもの。
ダンジョンとしての機能も想定されていたのだろうが、その真の姿は迷宮なんかじゃなく――炉だ。
それについて「簡単に作れるストーブなんだ」と父さんは言った。
後々、シアからそれは16ブリック・ストーブ――16個のブロックで作ることも可能な燃焼効率が高いストーブであると教えられた。
通称――ロケットストーブ。
焚き火の炎は不規則に燃え、発生する熱は全方位へと放出される。
この燃焼に必要となる吸気は焚き火の周囲、全方位360度から水平に行われる。
ロケットストーブはこの炎と吸気をそれぞれ一方向に限定させる。
要は焚き火に、下部に横穴のある煙突を被せるようなものだ。
熱の逃げにくい煙突に押しこめられた空間は高温となり、それにともなって高温の空気が可燃物から発生した可燃ガスを再燃焼させる。可燃物、可燃ガス、とにかく燃えるものをすべて燃やしつくして炎は上へと噴き上がり、その勢いに比例して下部の横穴から吸気が行われる。
おれがしてやられたとプルプルしている間に、エドベッカは図も交えて観客に地下空間の構造と、発生した現象についての解説をした。
その後、おれはすぐに亜種の撤退を試みた。
通路は仲間で埋まっているため、逃げるならば螺旋階段を駆け上がるしかない。
だが、径の小さい螺旋階段――それも段差も幅も不規則な螺旋階段を駆け上がるというのはほとんど不可能だ。さらに燃焼によって呼吸のための酸素もなく、火に炙られながらとくる。
それでも即死とは判定されなかったため、おれは亜種の生存をかけたダイスロールに挑戦。
この低い確率を……、ひけなかった!
こうしておれは亜種二体を火葬されることになったが、状況の悪化はこれだけに留まらない。
穴が炎に包まれているためノーマルたちは逃げ道がなくなった。
前門は冒険者、後門は地獄の炎。
そして王種はそれを助けに行けないとくる。
おれは必死にダイスを転がし、か弱いノーマルコボルトたちが悪辣な冒険者たちに一矢報いられるようにと頑張った。
だが、すべては徒労……。
やがて、穴底の炎は掻き消されたのち。
地上でぽつんと立ちつくすコボルト王の前に、地の底より這いでてきた邪悪な冒険者たちが姿を現した。
え、えーっと……。
が、頑張れコボルト王!
負けるなコボルト王!
おれの脳裏でちょび髭の太ったおっさんが「諦めなさい。もう試合は終了ですよ」と囁きかけてくるが、そこをなんとか!
△◆▽
なんともならなかった!
微妙にダイス運が悪くて、冒険者の一人も倒せずにコボルト王は昇天してしまった!
ってかさ、ちょっと頭おかしいんじゃねえの?
普通は王種率いるコボルトの群れなんて状況を聞いただけで絶望するもんなんだよ。
なのになんで「よーし、パパ、コボルトたちを罠にはめて皆殺しにしちゃうぞー」なんてことになんの!?
まあ砦はわかるよ。
おれもやった。
ダンジョン化もわかる。
おれも思いつける可能性はあった。
でもなんでそのダンジョンを炉にしようなんて発想が出てくんの!?
やり方がえげつねえんだよ!
ああもうちくしょう!
変に意地を張って対抗しようとせず、普通にGMやってクリアされるのを見守っていた方が傷は浅かったのに!
……はあ。
まあ後悔しても仕方ない。
おれが不機嫌丸出しな表情で見守るなか、特別セッションの完全攻略を成し遂げた優勝者たちにインタビューが行われている。
まずはリーダーであったマグリフ爺さん。
「作戦はローク殿が思いついたことじゃよ」
そうなんですか、とサリスが尋ねると父さんは言う。
「状況がゆるかったから、一番楽が出来そうな案を出してみたんだけど、うまくいった」
ゆるくねえよ!
ハードだったのが遊び方変わってベリーハードくらいになってるよ!
だがその辺りが通用しないのは父さんならではなのだ。
普通は厳しい状況を前にどうしたらいいか頭を悩ますのに、これくらいなら平気平気という余裕があるので発想が自由なのである。
「今回はマグリフ校長のシャーリーがいたから可能でしたが、ここまで土魔法が使える魔道士が居なかった場合はどのような手段をとりましたか?」
「うん? そうだなぁ、森で材料集めて毒を作ってコボルト王を仕留めて群れを瓦解させるとか? 統率された群れは主が潰されると逃走を始めるから。もっと毒を作れるならトゲのあるツタや枝に塗りつけて敷きつめておいたりも出来たね」
それって一人で群れをどうにかする方法じゃねえ?
「では毒が使えない場合はどうでしょう?」
「そうだな、まず生徒たちは教員に任せ、すぐに移動させる。それから冒険者は広場で盛大に火を焚き待ちかまえる。もしくは群れに突っこんで遭遇する度に狩っていく。これは皆が逃げるための時間稼ぎだな。全滅することになるかもしれないけど、コボルトが訓練生たちの存在に気づく可能性を下げられる」
出来るならやる、出来ないなら出来ないなりの判断。
それがけっこうシビア。
遊びではなく、本当にそういう状況になったとき取る手段をこともなげに語る。それは経験に裏打ちされた判断であり、いくら救いがなかろうとやるしかない状況を経験した者だけが言える凄味があった。
こうしてインタビューは父さんが観衆を引かせまくって終了。
それから優勝者への賞品の贈呈をおれがやる。
何となく用意してみた小さなトロフィーと、それから冒険の書一作目の特装版。
特装版はマグリフ爺さんが受けとった。
大会の記念品なので書にはレイヴァースという署名と「寄って集って叩きのめしてくれた大人げない大人たちへ」とのサインもした。
爺さんは大いに喜び、パーティメンバーに、それから見守っていた観衆に感謝をする。
「儂はこれを墓まで持っていく!」
やめとけ。
変に価値が出たら墓を暴かれるからやめとけ。
おれとしては無様を晒す大会になったが、例え厳しい状況を用意した制作者であろうと、熟練の冒険者の発想の前には敗れ去るという冒険の書として在るべき姿を見せられたのは良かったと思う。
ちょっと釈然としないがな!
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/15
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/22
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/03/01




