第327話 12歳(冬)…冒険の書の大会(前編)
遠征から帰ってきたあたりから急に気温が下がってきた。
どうやらああやって皆で遊びに行くにはぎりぎりのタイミングだったようだ。
きっともう一段階気温が下がったら雪も降るようになるんだろう。
朝、起きてきたセレスが「しゃむーい」と言いながら、近くの誰かにしがみついて暖を取ろうとするのが日課になりつつある。
そんなある日――
「冒険の書の大会、ですか?」
訪問してきたダリスにそんな企画を提案された。
ちなみに発案者は一緒にやってきたルフィアらしい。
「どうだろうか?」
「えーっと、どうだろうかと言われましても……、そもそも大会ってどういうものにするとか決めているんですか?」
TRPGにおいてはコンベンションという大規模な遊戯会がある。
発起人がTRPGで遊べる環境――会場を用意して参加者を集い、遊んでもらうというものだが……、そういうものをやるのか?
「それについては私から」
ちょっと得意げな感じでルフィアが説明を引き受ける。
開催の提案だけしておいて、どうやるかは丸投げしてくるのではないかと警戒したが、ルフィアはちゃんと内容も考えていたらしい。
「私の提案する冒険の書の大会は、六人パーティの参加者たちによる、どれだけ上手くシナリオを攻略出来るかを競い合うものなのです」
「競い合う……!?」
TRPGで競い合うとか、ルフィアの話はいきなり想定を越えてきたので驚いたが、よく説明を聞いてみたところ、そうそうおかしな話でもないように思えてきた。
ルフィアの思い描くTRPG競技は、主催者側が参加者たちに同一の条件――例えばキャラクターレベル・所持金の固定を行い、その条件で同一のシナリオを攻略してもらうというもの。
これはただ攻略の早さを競うものではない。
確かに攻略の早さも重要だが、攻略のなかで冒険者として望ましい行動――依頼の確認、情報収集、食料や道具の用意といった準備を適切に行った場合はポイントがプラス、怠ればマイナス、といった様に得点の変動があるのだ。他にもチームワーク、判断の的確さ、シナリオ進行の迅速さなど、チェック項目は幾つもあるらしい。
「まあ結局は早い人たちが強いだろうとは思うんだけどね。無理して先に進もうとするんじゃなくて、的確な準備と行動をするなら自然と早く攻略できるわけだし」
こうしてポイントが上位の者たちが先に進む。
負けた人たちはそこで終わり、と。
「確かにそれなら競技になるか……」
正直、ルフィアがここまでまともな提案をしてくることに驚いた。
おれが感心していることに気を良くしたのか、ルフィアはさらに大会を開くメリットを説明してくる。
「上手い人たちがどういった判断をするか、行動をとるのか、それを見学できる機会ってのはそうそう無い訳だし、見学することによってより良く遊べるようになるってのは良いことでしょ?」
「……そうだな」
「どうやったら上手くなれますか、ってお手紙がけっこう来るから。他にも遊び方がさっぱりわからない人たちに向けての説明会なんかも開いてもいいんじゃないかな? 冒険の書が初めて売られるようになったときは冒険者ギルドも協力して遊び方の説明をしてたけど、興味のある人たち全員が受けられたわけじゃないし。ほら、お仕事とかあるわけで。だから暇ができる冬にやるべきなのよ」
「…………」
ルフィアの話はもっともだ。
大会を『やってみたい』ではなく『開催すべき』という段階にまで考えが及んでいることは評価せねば。
「あと会場での物販があってもいいと思うの」
「物販って言うと……食べ物を売る屋台とかじゃなく、冒険の書をそこで売ったりってことか?」
「そうそう。他にも使用する小道具とかもいいんじゃないかしら? ちょっといい感じのダイスとか駒とか、自由に使える地図とか、けっこう色々あるのよ。まあほとんどの人は自作してるんだけど、大会はお祭りだし、ちょっと奮発して買おうかなって人もいると思うの。あと子供にねだられた親とか」
「…………」
おかしい。
いや、提案は素晴らしいのだ。
が、それが素晴らしければ素晴らしいほどルフィアが有能すぎてしまっておかしい。
「それって全部ルフィアが考えたの?」
「もっちろん!」
「ちょっとアレサ呼んできていい?」
「だめぇーッ!」
そしてルフィアは大会の構想を練った人物の名を白状した。
マグリフ爺さんだった。
「あー、マグリフ校長ならこれくらい考えてもおかしくないか。でもなんで自分で提案に来ないんだ? かなりの頻度で見かけるのに」
「それね、自分が提案した大会で優勝するのはちょっと格好悪いからだって」
「自分の優勝を疑いもしねえのかあの爺さん……」
ちょっとあきれたが、あの爺さんとなれば自惚れと断じることも難しい。むしろその自信に感心してしまうくらいだ。
「それでね、この後に話そうと思っていたんだけど、優勝者への賞品は一作目の特装版にして欲しいんだって」
「特装版を? ……あ、手にいれるのが難しいからか」
一作目『廃坑のゴブリン王』の特装版は献上用として百部製作した。諸国の王家に配った残りはダリスに預かってもらっており、販売はせず、何かあったときに報奨や賞品として贈ることを考えていた。
「まあ……、うん、いいんじゃない? ダリスさんもいいですか?」
「かまわないよ。しかしそうか、だいぶ前にしつこく売ってくれと食い下がられたんだが……、こういう方法できたのか」
「マグリフ校長ならあげてもいいような気もするんですけどね」
「あー、いや、王家への献上品にしたものを気安く売ったりあげたりは出来ないよ。まあマグリフ殿にもそう言って断り続けていたんだが……、その結果がこの大会の構想というわけか」
すげえ執念だなあの爺さん……。
特装版ほしさに大会まで企画とか。
「でもって優勝する気でいると……。んー、ちょっと癪だな。じゃあ優勝者に贈呈するんじゃなくて優勝者がおれの設定した条件でシナリオを攻略できたらにしようか」
「優勝者が最後の最後に制作者に挑む。盛りあがりそうね。いいんじゃないかしら!」
こうして冒険の書の大会についての相談は前向きに話し合われ、最終的には開催することがひとまず決定した。
△◆▽
その日からダリスとルフィアは大会の開催に向けて本格的に動き出すことになった。この大会が成功したら、評判を聞いた他の都市や国でも開催を検討してくれるのではないだろうか? 冒険の書が人々に影響を与えることは名声値的にありがたいことなので、盛りあがって欲しいとの祈りを込めてそこそこの寄付を約束する。
皆に大会の話をしてみたところ、まずクロアとユーニスが参加したがった。六人パーティでの参加なので残りのメンバーを屋敷内で募ってみたところ、シア、ミーネ、シャンセル、リビラが加わった。
うん、姉弟パーティだな。
なんかシアが苦労しそうな気がするが……、まあいい。
大会中、コルフィーはセレスの面倒を見ながら見学で、サリスはチャップマン家の者としておれのサポートをしてくれるようだ。アレサは護衛(いるのか?)としておれの側にいるつもりらしい。
残ったメイドたち――ヴィルジオ、ティアウル、ジェミナ、リオ、アエリス、パイシェはちょうど六人ということで、パーティを組んで参加するつもりのようだ。
これから夜は第一和室に集まって特訓をするとヴィルジオは張りきっている。
ほどほどにね、と言っておいた。
△◆▽
それから数日にわたり様々な人を交えて大会開催に向けての話し合いが行われた。そのなかには冒険者ギルド支店長のエドベッカが、そして王家の窓口としてミリー姉さんがいたりする。
ミリー姉さんはけっこう冒険の書で遊ぶ人なので参加をしたいようだったが、王女という立場があるのでしぶしぶ自粛することに。
おれが参加しての話し合いである程度の方向性が決まると、以降は開催に関わる人たちによる会議で様々なことが決められていく。
まず大会はチャップマン商会が主催。
会場は王都郊外『魔女の遊び場』に設営する巨大なテント。
参加者については新聞で募集をかけての事前申し込み型。
当日申し込みだと想定よりも多かった場合に対処できないからだ。
大会の参加者には参加料がかかる。
負けたら記念品の粗品をプレゼント。
見学は無料。
こういったことを決めつつ、準備できることは平行して行う。
使用するシナリオの用意。
GM役の選出。
採点基準の設定。
これらはチャップマン商会と冒険者ギルドが協力して進めているようだ。
一応、おれにも進捗の報告があるが、なるべく口出しはしないように務めた。と言うのも、冒険の書――TRPGという遊びの概念を持ちこんだおれの想定を越える提案があったという事実は、その概念がこちらの世界に受けいれられ、変化――発展を始めたということであり、そこに『元の世界のTRPG』という固定観念が残るおれが関わりすぎるのはその歩みを阻害しかねないと思ったからだ。
なのでおれは大人しく見守る。
よっぽど妙なことにでもならなければ口を挟まない。
そんなおれの大会での仕事は、開会式と閉会式の挨拶、それから優勝したパーティとの特殊セッションくらいのもの。
と思っていたらサイン会をやってくれと頼まれた。
お断りするでごわす。
名前を書くとか嫌でござる。
絶対に嫌でござる。
いや本当に嫌ですからね?
え? レイヴァースだけでいいって?
じゃあまあ……、なんとか……。
△◆▽
大会は年明けの十日目に行われることが決定し、さっそく新聞にて参加者を募集した。
結果、参加者多数。
集まりすぎた。
そのため大急ぎで大会を本戦としての予選が行われることになる。
なんと三次予選まであったらしい。
残念なことにうちの姉弟パーティもメイドパーティも二次予選で敗退してしまった。
どうやら一次予選は冒険の書をプレイできるレベルで突破できる程度だったが、二次予選からは純粋にプレイヤーの能力が求められるものになったようだ。ただ楽しむだけでは勝ち抜けない。まあ競技だから当然だとは思うが、それでさらに三次予選があったって……、なんかレベルたけぇな、おい。
生き残った20チーム――120人ってどんな猛者だ。
ともかく本戦進出を決めたこの20チームにより大会は行われる。
△◆▽
行く年、来る年。
領地の森の中で暮らしていたときはささやかに年越しを祝う程度だったが、今回はみんなで豪勢に祝った。当主とか親族とかメイドとか関係なく飲んで食べて歌って、ハメを外して楽しんだ。
この日はさすがにミーネもクェルアーク家の方に戻っていたので、きっと家族と楽しく過ごしていることだろう。
と思っていたら深夜に兄姉引き連れてこっちに突撃してきた。
とにかく賑やかな年越しとなった。
そして年明けから十日目の早朝、おれはサリスとアレサを連れて皆より一足先に大会の会場へ向かった。
一応、おれにも仕事があるので、段取りについての説明を聞いておくためである。
王都郊外――『魔女の遊び場』。
ただ平らな地面があるだけだった場所には、今は巨大なテントが設営されていた。
入り口周辺には食べ物の屋台が集まっており、開店に向けての準備が進められている。
ほんのり温かいテントの内部ではスタッフ――チャップマン商会と冒険者ギルドからの人員が開会に向けて忙しなく動き回っていた。
入って右手には物販エリア、左手には講習会場と自由に冒険の書で遊べるエリア、正面は競技のために二十のテーブルが並んでいる。近くで観戦してもらうことも考慮して、それぞれのテーブルがかなり間隔を置いて設置されていた。そして一番奥にはステージがあり、おれはあの場で挨拶とサイン会、そして優勝者との特殊セッションを行うことになっている。
ステージの背後にある巨大な掲示板のような壁は特殊セッションの状況が会場の観客にもわかるようでっかい紙――シートに描いたマップを貼りつけ、駒をピン留めするための仕掛けだ。
これは特殊セッションの状況が少しでも観客にわかりやすくなるようにと、おれが苦肉の策で提案したものである。
巨大スクリーンなんて便利な物はないからなぁ……。
それからおれはダリスと段取りについて話し合い、あとは開会式を待つばかりとなったところでステージ裏の休憩スペースでひと休み。
するとそこに屋敷のみんなとクェルアーク家の面々がやってきた。
入場はまだのはずだが、おれの関係者ということで中に入れてもらえたらしい。
ただ、一部のメンバーが居ないのは何故だろう?
居ないのはクロア、ユーニス、シャンセル、リビラ、あとミーネである。
尋ねてみたところ、クロアとユーニスは物販エリアに食いついて動かなくなったのでシャンセルとリビラが付き添っているということだった。
「ミーネさんは屋台からの匂いに引き寄せられてどっか行きました。捜してきますか?」
「いや、来年までには再会できるだろうからそっちはいいや」
それよりもクロアとユーニスだ。
欲しい物があるなら買ってあげようと物販エリアに向かうと、二人はずらっと並べられた商品を真剣に眺めていた。そこには冒険の書の一作目と二作目、他にもルフィア企画の投稿シナリオを集めた本を始めとした書籍、あとは遊戯に使う小道具類が安い物から高い物までけっこうな種類用意されていた。
何か買ってあげようと来たものの、二人が握りしめる小さな革袋に入っているのは薬草集めをして稼いだ報酬だ。
これは買い与えるのは無粋かな、と思い、そっと二人を見守ることにする。
「ダンナー、ダンナー、この駒のセットいいと思わねえ? 冒険者も魔物もちゃんと色まで塗られてて……、これは買いだぜ」
「ニャーさま、ニャーさま、この朽ちた砦の模型すげえニャ。本当に石で出来てるニャ。分解できるから組み合わせていろんな砦にできるニャ。これは買いニャ」
そして付き添いのはずの二人はどういうわけか妙におれに商品を勧めてくる。
なんかおれに買って欲しいような雰囲気をさせているが、あんたら王女と伯爵令嬢でしょうが。
いや、王女とか令嬢となれば本来はこういうものなのか?
まあひとまず屋敷で共有する小道具として買っておく。
結局、クロアとユーニスが何を買ったかと言うと、この大会特別価格となっている水晶で作られたダイスのセットだった。
たぶん通常価格が高くて売れなかった類の商品だろう。
ずいぶん値引きされているにも関わらずなかなか良いお値段で、二人は報酬のほとんどを使ってしまうことになった。
でもとても嬉しそうな笑顔である。
初めての友達と一緒に仕事して一緒に買ったお揃いの品だ。
きっと二人の宝物になるだろう。
△◆▽
いよいよ大会が開始されることになり、会場に人が入れられる。
けっこうな数の人たちが……、千人はいるのでは?
ステージの正面に整列する者たちはこの本戦に進んだ選手たちだ。
どいつもこいつも屈強な冒険者、もしくは元冒険者といった者たちばかりである。ここでいきなり武闘大会にしても対処できそうな奴らばかり……、うん、そりゃあ冒険の書の性質を考えれば、本戦に進むような人たちはこうなるよね。
ごつい大会になったなぁ……。
大会に参加しようとした子供たちも居ただろうに。
子供たちに楽しんでもらうためには年齢制限のある大会が必要なんだな、と反省しつつ、おれは開催の挨拶をする。
「あー、あー、どうもみなさん、ぼくはレイヴァース、とっくに御存じかもしれませんが冒険の書の制作者です。自分が提案した遊びが多くの人に受けいれられ、こうして大会まで開催されることに大きな驚きと深い喜びを覚えています」
気の利いたことを言ってスベったら目も当てられないことになるので挨拶は無難にすませた。
温かい拍手をもらいながらおれが裏へ引っ込むと、それから司会によって進行についての説明があり、ミリメリア姫が見学に訪れていることなどが知らされたのち、さっそく20パーティによるシナリオ攻略が開始される。
見学者はそれぞれのテーブルに集まって真剣にその様子を見守っていた。
なんか大人ばっかだな……。
子供たちは物販エリアや冒険の書の講習会、そしておれのサイン会に集まっていた。
おれはステージ上でひたすらサイン。
まずはサリスが冒険の書を受けとり、開いておれの前に置いてくれるのでそこにサインをする。それからおれが握手してちょっと会話している間にアレサが冒険の書を回収、そして手渡すという流れだ。
並んでる人がおれの想定よりもずっと多いので、二人のささやかなサポートがとても助かる。
ステージからでは選手たちがプレイする様子を遠く眺めるしかないが、一喜一憂しているのはなんとなくわかった。
どれだけ準備万端でも運が絡む。
命運を託されたダイスが生みだすのは歓喜の声であったり、絶叫であったり。
見守っている人たちも熱が入っている。
大会は午前中の一回戦で20チームが10チームに、二回戦で5チームに、昼休憩を挟み、午後からの三回戦で優勝者が決定する。
サイン会については午前中で終了だ。
それから、なんとか時間内に並んでいる人たちをさばくことが出来たおれはステージ裏に引っ込んで食事をとる。
お腹が満たされたおれは椅子に座ったままちょっと寝落ち。
そして目が覚めたら左右をアレサとサリスにがっちり挟まれていた。
ちょっとびっくりした。
居眠りしているうちに三回戦は終わっており、すでに優勝チームは決定していた。
マグリフ爺さんが率いるチームは優勝することが出来たのだろうか?
まだちょっと眠気を残しながら確認しに向かったろころ――
「……? ――ッ!?」
ステージで称賛を受ける優勝チームを見て眠気が吹っ飛んだ。
優勝はマグリフ爺さんのパーティだった。
パーティメンバーのうち二人は冒険者訓練校の教員。
一人は一瞬だけ担任で、以後は同僚になったサーカム先生。
もう一人はやたら左腕の良さを説いてくる教員、確かジョンソン先生。
まあこの三人はいいのだ。
問題は残り三人。
父さん、母さん、バートランの爺さん……!
なに? なんなのあのメンバー?
両親が参加してるとか、おれ聞いてないんですけど……。
え、じゃあおれってアレとセッションするの?
やべえ!
突然の事実にガクブルしているとダリスがやってきた。
「優勝はやはりマグリフ殿のチームだったね。ではこのあと――」
「あ、あー……、あ! すいません、ちょっとお腹が痛くなってきたのでGMは誰か他の人にやってもらってください」
「ええ!? いやいやいや! 困るよ!? あんなのに対処できるGMなんてうちにもギルドにもいないんだから君にやってもらわないと!」
「じゃあもう特装版あげちゃってください!」
「盛りあがってるところにそれじゃあ収まらないよ!?」
「だってマグリフ校長と先生方だけならまだしもあれですよ!?」
バートランの爺さんはまだよしとしよう。
だがうちの両親――特に父さんはどんなことしてくるか想像がつかないのだ。
とてもおれ一人で対処しきれるとは思えない。
とんでもないこと言いだして、しかし現実的にはアリなせいで認めるしかなく、結果としておれが振り回されて終わるのがすでに予想できてしまう。
な、ならばこっちもパーティを組んでGMを――してどうする!?
落ち着けおれ。
頑張れおれ。
なんとかあの大人げないチームに対抗できる状況を作るのだ。
「ダリスさん、やはりぼくだけで対処しきれるとは思えません。そこで考えたのですが――」
△◆▽
そして始まる特殊セッション。
当初は難易度を引きあげたシナリオを攻略してもらうという予定だったが、おれの泣きが入って本当に特殊なセッションを行うことに決定した。
この特殊セッションにおいてGMは一人ではない。
役割を分担された三人のGMによってゲームは進行する。
まず語り部――シナリオ進行役として一人。
次に行動の判定役が一人。
そして最後は敵勢力を操作する役が一人。
まずシナリオ進行役はミリー姉さんにお願いした。
と言うか願い出てきた。
裏でこそこそ話し合っていたらひょっこりこちらを覗きに来て、そのまま面白そうだからと参加したがったのである。
まあミリー姉さんはやり込んでる人なので問題ないと判断、シナリオ進行役を任せた。
姫がゲーム中の状況を語るというのはなかなか贅沢な話で、大会らしいサプライズにもなる。
次に行動判定役はエドベッカにお願いした。
冒険者ギルドの支店長が判定を下すのだ。
この場においてこれ以上に正当性のある判定が出来る者はいない。
そして敵勢力の操作はおれがやる。
冒険者を絶対殺すマンになって頑張る。
他に各キャラクターのステータス管理――例えば戦闘における体力の増減、それから駒の移動といったことはメイドたちにやってもらうことにした。
つまりこの特殊セッションが何かと言うと、おれが操作する『魔物』と、マグリフ爺さんたちが操作する『冒険者』による――コンピュータではない、人の手によって実現する対戦型のシミュレーションゲームである。
それぞれ勝利条件が異なる対戦型のTRPG。
いや、もうTRPGを元にした別の遊びだろう。
おれと大人げないパーティが対戦するシナリオは二作目のメインクエストのラスト――冒険者訓練校の遠征訓練に参加していた者たちが山奥で王種率いるコボルトの群れに遭遇するという、かつておれが体験した状況を再現したものである。
おれが操作する『魔物』とはコボルト王が率いる群れ。
マグリフ爺さんたちが操作する『冒険者』は訓練校生の遠征訓練の護衛として付き添ってきた冒険者たちだ。
おれの目的は『訓練生』、『教員』、『冒険者』の殲滅。
マグリフ爺さんたちの目標は『危機的状況の打開』である。
戦うのか、逃げるのか、どちらにしても困難な状況だ。
訓練校生は二十名。引率の教員が一名。
基本、動かすのは自分のキャラクターだが、教員や訓練生も動かすことは出来る。ただし訓練生は当然ながらレベルが低いので一対一でコボルトと戦わせても犠牲にしかならない。
コボルト王の強さはパーティで挑んでちょうどいいくらいの強さに設定されている。そんなコボルト王には亜種二体と、三十体のノーマルコボルトが付き従う。
冒険者側は普通にぶつかれば普通に全滅するという厳しい状況である。
そんな危機的状況にある『冒険者』のパーティはこうだ。
マグリフ爺さんの魔道士の『シャーリー』。
父さんは斥候の『ローク』。
母さんは魔道士の『リセ』。
バートランの爺さんは剣士の『バート』。
サーカム教員は治癒師の『サーカム』。
ジョンソン教員は盾持ちの戦士『レフト』。
ステージ上に用意されたテーブルを挟み、おれと爺さんパーティは向かい合う。
すぐ横には語り部役のミリー姉さん。
ステージの隅には実況席が用意され、プレイヤーの行動や判断をわかりやすくするための解説役としてシアとサリス、そしていつの間にかこっちに来ていたミーネが並んでいる。
やがてミリー姉さんが立ち上がって手を挙げると、ざわついていた観衆は口を閉ざし会場が静寂に包まれた。
普段の調子とはずいぶん違う毅然とした立ち振る舞いである。
あれか、業務用ミリー姉さんか。
『――季節は春。
冒険者訓練学校の恒例行事となっている遠征訓練が今年も執り行われることになり、訓練生の監督役としてとある冒険者のパーティが雇われた。
いや、訓練校の校長や教員に頼みこまれ、渋々引き受けたと言うのが正しいのだろう。
なにしろこの依頼、一週間以上拘束される上、それほど報酬が良いわけでもないからだ。
しかし、かつて訓練生であった頃、世話になった恩師に頼まれたとあれば断るわけにもいかず、冒険者たちは訓練生に混じって六日間の強行軍に参加することになったのである。
そして遠征は始まり、始めこそ遠足気分であった訓練生たちもその日の夕方には実態を理解し、悲壮な表情を浮かべるようになった。
かつては訓練生だった自分たちも体験した遠征訓練。
冒険者たちは六日間ひたすら歩かされる過酷な訓練に苦い思い出しかなかったが、こうして監督する側にまわった今となってみると、この訓練――実はそれほどつらいものではなかったのだと感じられるようになっていた。
冒険者となってからのさまざまな経験によって、この訓練が楽に感じられるほど自分たちは成長したのだと感慨深く思い、それと同時に、今にも死にそうな顔をして歩きつづける訓練生たちが妙に愛おしく、そして尊い存在に思えた。
すると、ひよっこのお守り程度に考えていたこの依頼が、いずれ未来を築く者たちの護衛という任務に思えるようになり、冒険者たちは密かに、これから何が起ころうと、このまだ幼い冒険者の卵を無事に帰してみせると心に決めるのであった』
そう語るミリー姉さんはうちでは滅多に見せない威厳のある真剣な面持ちであった。
そして――最後に試合開始の合図となる言葉を告げる。
「冒険の書、第二作『王都の冒険者たち』最終章――『導く者の真価を示せ』」
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/20
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/01/16
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/03/01




