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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章1 『レイヴァース家の冬の日々』編
330/820

第326話 12歳(冬)…王の森にて

 たまには冒険者らしいお仕事をしようというミーネの提案は、クロアとユーニスに冒険者の仕事を体験してもらいつつキャンプを楽しもうという計画にかわり、その後、ミリー姉さんが参加したことでほとんどただのレジャーと化した。


「これでいいのだろうか……」

「いいんじゃないですか? みなさん喜んでますし」


 シアに相談したらさらっと流された。

 確かにみんな喜んでいるし、楽しみにしている。

 ちょっと複雑なのはおれだけらしい。

 まあこれっきりってわけじゃないから、また機会をみてお仕事体験をやってみてもいいだろう。

 そんなお出かけの参加者は薬草採取のお仕事をするクロアとユーニス、それから二人を監督する冒険者パーティ『ヴィロック』の面々であるおれ、シア、ミーネ、アレサの四人。さらにセレスとコルフィー、パイシェ以外のメイド全員と、ミリー姉さんに御付きのシャフリーン、そして何故かついてくるルフィア、最後に何かあった場合の緊急移動手段となるデヴァス。

 しめて二十名。

 あとおまけで犬とクマ兄弟とウサ子と駄パンダだ。

 館に泊めてもらえるので露天風呂問題はなくなったが、それでもパイシェは屋敷に留まることを選んだ。


「ティアナ校長以外にも、一人くらい残った方がいいでしょう?」


 ちょっと気を使ってくれたようだ。


    △◆▽


 遠征当日の早朝、大きく逞しい二頭の馬が引く二階建ての馬車が屋敷にやって来た。箱形の一階は十人が向かい合って座るようになっており、その後部には二階へ昇るプチ螺旋階段がある。二階は屋根がなく、先頭には手綱をにぎる御者、乗客が座る長椅子は景色が楽しめるよう外向き、背中合わせになっていた。


「まさか全員が乗れる馬車を用意してくるとは……」


 馬車にはミリー姉さんとちびっ子たちが乗り、あとのメンバーは徒歩だろうと考えていたのでちょっと驚いたが、そんなおれをよそに皆は一階と二階、どちらに乗るかの話し合いを始めていた。

 思う存分に景色を見渡せる二階が子供には人気で、クロア、ユーニス、ミーネ、ティアウルは上を希望する。

 もちろんセレスも二階がいいようで、自動的(?)にシア、コルフィー、ミリー姉さんも上になる。ミリー姉さんが上なので面倒見役のシャフリーンも二階。撮影係のルフィアも二階。そのほか犬、クマ兄弟、駄パンダがそこに加わる。これでだいたい定員になったが、ちびっ子が多いのでそこまで窮屈にはならないだろう。

 一階は残りのメンバー、おれ、アレサ、サリスと今日はメイド姿のウサ子、ジェミナ、リビラ、シャンセル、リオ、アエリス、ヴィルジオ、デヴァスという面々。


「ジェミナは下でいいのか?」

「ん。眠い」

「むむっ、さてはジェミナさん、楽しみでなかなか寝られなかったんですね? 実は私もそうなのです。一緒に寝ていきましょう」


 リオはジェミナの手を引いて馬車の一階に乗りこむと、二人で寄り添うように座って目を瞑り、いきなりのお休みモードに。

 やがて皆が乗りこんだところで馬車は出発。

 二階はさっそく賑やかなことになっており、ちびっ子たちがきゃっきゃとはしゃいでいる声が聞こえてくる。

 対して一階は穏やか。

 のんびりと、到着してからどうするかを話し合う。


「予定していた計画は全部パアになったからなー、行ってやりたいことをやればいいんじゃないかなー」

「到着したらさっそく薬草探しを始めるのですか?」


 サリスが尋ねてくる。


「いや、薬草探しは明日にしようかと。今日はまず昼食の準備をするから。そのあとは好きなことをしてのんびりしよう」


 宿泊させてもらう館では食事も用意されるのだが、今日の昼だけはこちらで用意することにしておいた。

 昼食についてミーネから強い要望があったからである。


「明日は朝からクロアとユーニスに薬草採取をしてもらう。シアはセレスに付いてるだろうから、おれとミーネとアレサが監督――、いや、おれとアレサが監督で、ミーネもクロアやユーニスと一緒だな」


 冒険者の仕事をしたいと言いだしたのはミーネだからな、薬草集めをしたがるのが予想出来る。


「その時さ、悪いんだけどシャンセルとリビラも付きあってくれる?」

「そりゃもちろん、弟のことだしな」

「わかったニャー」


    △◆▽


 王都を離れ、王の森へ入りやがて館へと到着する。

 まずは館の管理を任されている人たちに出迎えられた。姫さまが友人を連れて遊びに来たような感覚なのかな?

 皆にはまず自分に割り当てられる部屋を確認してもらい、その間におれとミーネは昼食のための準備を始める。

 昼食はバーベキュー。

 ミーネはうちの実家に居候していたとき、最後の夜にやったバーベキューが気に入ったらしくこういった機会を待っていたようだ。

 そんなわけでミーネには魔術で網を置く土台の他、大きなテーブルやイスも作ってもらう。

 チェックしてみると石みたいにカチンコチンになっていた。


「これでいい?」

「ああ、ありがとう。しかし器用になったな」

「でしょう?」


 えっへんと胸をはる。


「最初は土とかいまいちな気がしたけど、色々と便利って、あなたの言うとおりだったわ。一番役に立ってるもの」

「土は活用法が多いからな。よし、あとはこっちでやるから、準備が出来るまで好きにしてていいぞ」

「うん、じゃあそうする」


 さて、とおれは妖精鞄から食材や食器を用意。

 食材の下ごしらえは屋敷でやって妖精鞄に放りこんできたので、あとは焼くだけになっている。

 やがて部屋の確認を終えて皆が戻ってきた。

 準備はもうほとんど終わっていたが、炭の準備にもうちょっと時間がかかるので待ってもらうことに。

 そんななかミーネが言う。


「みんなで隠れんぼしましょうか!」


 やめて!

 森でそれやったら迷子が量産されるからやめて!

 おれは炭の準備を急ぎ、もう手っ取り早くミーネに魔術で火を付けてもらうことにした。

 こうして準備が整い、いよいよバーベキューの始まりとなる。

 お肉やお野菜をせっせと焼くのはホストたるおれの務めだ。

 ちょっとデヴァスに手伝ってもらうけど。


「オーク肉はあるかしら?」

「あれはいま無駄に高騰してるから無い」


 まあ別に買えるけど、おれの独断で除外させてもらった。

 食材が焼けたらまずちびっ子たちに配ろうかと思ったが、みんな自分で取って食べたいようだったので自由に選ばせた。

 アレサとサリス、アエリス、ヴィルジオはお喋りをしながらゆっくりとお食事。

 あの輪は優雅な感じだ。

 セレスを中心とした輪、シア、コルフィー、ミリー姉さん、シャフリーンという集まりは『セレスの食事を観察する会』みたいなことになっている。ルフィアは写真撮ってるし……。

 そのほか、クロアとユーニス、ティアウルとジェミナというちびっ子たちは食べるのに一生懸命すぎて会話がない。

 それには劣るがリビラ、シャンセル、リオも焼き上がった物を黙々と食べている。こちらは視線と頷きによって「これ美味しい」とか「これも美味しい」と無駄に器用な情報交換を行っていた。

 だがまあ一番必死なのはやはりミーネである。


もごごおうごごうご(懐かしい感じがするわ)! もごごごごごっごうも(想い出の味ってやつね)!」

「そうかそうか」


 たぶんそんなことを言っているような気がしたので、おれはとりあえず同意だけしておいた。


    △◆▽


 昼食のあと、それぞれが好きなことをして過ごす。

 さて、何をしようかとなったとき、セレスがおねだりしてきたのは空中散歩――竜になったデヴァスの背に乗り空を飛んでもらうというものだった。


「ええ、かまいませんよ」


 デヴァスはすんなり請け負ってくれてすぐに竜に姿を変えた。

 竜の背に乗っての飛行は、発案者のセレスはもちろん、クロアやユーニス、さらにはメイドたちも興味を持った。デヴァスは希望者全員を順番に乗せて遊覧飛行するつもりらしく、本人の勧めもあってどんどん参加人数が増えていく。

 特に遊覧飛行に参加するつもりのなかったおれは下から見守っていようかと考えていたところ、ヴィルジオから誘いがあった。


「主殿は魚を串焼きに出来るか?」

「へ? うん、出来るけど」

「そうか。実は妾は釣った魚を串焼きにして食べるということに憧れがあってな、聞いたところ少し奥へ進むと川があるようなのだ。どうだ主殿、ちょっと釣りでもしてみないか。そして上手く釣れたら串焼きにしてくれんか」

「妙に庶民的な憧れがあるんだな」

「いやいや、釣ってすぐの魚を串焼きというのは、なかなか体験できないものなのだぞ? 物語で知っている者は多くとも、実際にそれをやったことのある者がどれほどいるだろうか」

「そう言われてみればそうか」


 条件として近場に川か海がないと出来ない話だ。

 輸送に時間がかかるから生のままなんて無理だし、いや、氷の魔法で鮮度の劣化を抑えることも出来るだろうが、わざわざそんな馬鹿高い輸送料が上乗せされた魚を誰が欲しがるかという話になる。


「レイヴァース卿、私もご一緒いたしますね」


 おれがヴィルジオの誘いを受けたところ、アレサも参加を希望。


「じゃあ釣りに行くのは三人かな?」

「いや、あとジェミナも呼びたい」

「ジェミナ?」


 なんでまた、と尋ねると、ヴィルジオはちょっと言いにくそうに口を開く。


「もし釣れなかった場合、その、あれだ、主殿が川に雷撃を撃ち込んでだな、それで浮いてきた魚をジェミナに集めてもらおうと……」


 おれが誘われた理由が判明した。

 それはもう釣りじゃなくて漁だな。

 ってかそこまで魚の串焼きに憧れがあるのか。


「そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ。季節的に魚は冬本番に備えてエサをたくさん食べる時期だし、釣りやすいはずだから」

「ほう! それは期待できるな! まあ釣れるならそれでよいのだ。しかし念のため、な。どうだジェミナ、こちらに来ないか?」

「ん。ならジェミも行く」

「ジェミナもデヴァスに乗りたいんじゃないのか?」

「出来ることあるなら行く」

「そうか、ありがとう。釣れたら串焼き食べような。塩をたくさん振って焚き火の横に刺して焼くんだ。美味しいぞ」

「ん」


 と話していたら、いつのまにかミーネが背後で唸っていた。


「うむむむ……」

「え? 来る?」

「行きたい。行きたいけど……、あっちも気になる!」

「まあたくさん釣れたらお土産に持ってくるから」

「それじゃあ駄目なの、そこで釣って串焼きにしてっていうのがやりたいの」


 なるほど、そういうものか。


「ぐぬぬぬ……」


 ミーネは遊覧飛行と釣り体験の板挟み。

 天使と悪魔の囁き――は関係ないな。

 なんだろう。

 セルフ大岡裁き?


「魚を捕ってその場で焼いて食べる……。冒険者っぽいわ。私も釣りに行く!」


 果たしてそれが本当に冒険者っぽいのかは謎だが、ともかくミーネは釣り班に加わることになった。


    △◆▽


 おれ、ミーネ、アレサ、ヴィルジオ、ジェミナの五名、それからクマ兄弟という釣り班は、まず館で竿を借り、それから川へと向かった。

 この森は山の裾野にあたり、上流に近い中流。

 岩がごろごろしている川辺で、うっすらと緑色をした川はそれほど深くなく川底が見える。

 流れが緩くなっているところに目を凝らすと、魚が群れているのも見ることが出来た。

 ではさっそく魚釣りを始めることにして、まずは餌を現地調達。

 ミミズや岩の裏にくっついている虫である。


『…………』


 うねうね、カサカサ、お嬢さん方は現地調達された釣り餌を前に苦笑いを浮かべて黙りこんでしまった。

 ここはおれが釣り餌を釣り針に付けてやるしかないかな。

 ミーネは自分でやる気みたいだったが、うっかり指をぶっ刺して自分を釣り餌にしそうな気がしたので付けてやることにした。


「ある程度離れてなー。距離が近いと糸が絡まったりするから」


 竿を受けとった皆はそれぞれ思い思いの場所に移動して陣取った。

 ミーネは川に迫り出す大岩の上で意気揚々と釣り始める。

 その横ではクマ兄弟が応援するように小躍りを始めていたが、どう考えても邪魔以外の何物でもなかった。

 やがてしばらくすると――


「あ! 引っぱられる! 釣れたわ!」


 ミーネの竿に魚がかかった。

 一番手だと喜んだミーネは勢い任せに竿をあげ、結果、悶え苦しんでピチピチする魚は振り子のごとくミーネに迫り、その顔にダイレクトアタックを決めた。


「んにゃーッ!?」


 予想もしなかった反撃――まあ自業自得なのだが――を喰らい、ミーネがちょっとパニックに。

 迫る魚を避けようとあたふたするが竿を立てているので……、当然、魚は的確にミーネを狙ってアタックを繰り返すことになる。

 そして足場の悪い場所で慌てたせいだろう、ミーネは足元がもつれてバランスを崩し――


「あ――――ッ!?」


 べちこーん、と、水面にダイブ。

 最初は誰もが唖然としていたが、その一連の様子が実に見事、美しさすら感じる完成されたコントのようであり……、みんな笑った。

 気の毒だとは思うが、どうしても面白かったのだ。

 だが笑ってばかりはいられない。

 水温はかなり低い。

 すぐに水から上がるべきだが、溺れこそしていないものの、びっくりしたミーネはじたばた混乱中である。

 自力は無理だな、と判断し、おれはジェミナにお願いしてミーネを川辺まで引っぱってもらうことにした。


「ジェミ。来てよかった。活躍」

「ホントだな……。あ、あとあっちも頼む」


 と、おれが指したのは川の流れに身を任せる二体のぬいぐるみ。

 ミーネの身を案じていち早く川に飛び込んだクマ兄弟であったが、流れに負けてそのまま海を目指し始めていた。


「うぅ……、ひどい目に遭った……。みんな笑ってぇー……」

「悪いとは思うがな、おまえも他人事だったらあんなん絶対笑うぞ」


 救出され、へたり込むミーネの頭にタオルを乗せてやる。


「さすがにこの時期でずぶ濡れのままってのはな。一度館にもどって着替えて来た方がいいか」

「や!」


 提案したらミーネが反対してきた。


「嫌っておまえ……、風邪ひくぞ?」

「やーっ、戻ったらなんか負けたような気がするもの!」

「何に対しての負けなんだよ……」


 意地になってしまっているようなので、ひとまず妖精鞄に入っている遭難時に備えたおれのお着替えを渡すことにする。


「ならせめてこれに着替えろ。そっちの服は鞄に放りこんでおくから」

「ありがと。あ、ちょっと向こう向いててね」

「言われんでも向くわい」


 おれはミーネに背を向け、水を吸ったクマ兄弟を適度に絞る。

 それから転がっていた竿を回収し、釣り上げられた腹いせを存分に行った魚から針を取る。もうほとんど瀕死で、ゆっくりと口をパクパクさせる様子が「どうだ見たか、ただでは釣られなかったぞ」と言っているような気がした。偉大な魚だ。ミーネをあのように取り乱させるような真似は、そこらの魔物では到底無理な偉業である。

 ひとまず岸に石で囲った生け簀を作り、偉大な魚を入れておく。


「とんでもない反撃を受けたわ。にゅめって。顔ににゅめって」

「へいへい。ほれ、服を回収するぞ」


 濡れたミーネの服は妖精鞄に放りこみ、かわりに木材を出して火を付け、焚き火とする。


「釣りを再開する前にちょっと温まっておけな」

「ん、わかったわ。……コタツが欲しいところね」

「こんなことになるとわかってたら持ってきたけどな?」


 釣り上げた魚にアタックされて川に落ちるとか、いくらなんでも想定できないのである。

 初っぱなにしょうもないトラブルもあったが、それからはみんな順調に魚を釣り上げていった。

 まずミーネが洗礼を受けるのを目撃したからだろう、釣り上げるときは慎重に竿をあげるようにしていた。

 おれも釣ろうとしたが、みんなは魚から針をとることも出来ず、下手すると針を指に刺すかもしれないのでこれもおれがやることに。

 釣り手が四人もいると思いのほか作業に追われることになり、さらに魚を焼く用意もあるので釣りには参加できそうにない。

 ひとまず十匹を越えたところで、串焼きの第一弾を用意すべく準備を始めることにした。

 まずは内臓を取る。

 取らないと生臭さが出たりカリッと焼けなくて美味しくない。

 食べてる途中で餌にしたものが「おっす!」と出てきてしまうしな。

 内臓と一緒にエラも取り、それから洗って水気をきってから串打ちをする。ぐりぐりっと。父さん曰く、骨を絡めるように。こうしないと焼き目を返すときに魚がぐるっと回ってしまうとのこと。

 串打ちをしたあと塩を振る。

 表面がうっすら白くなるまで、しっかりと。

 振りすぎのような気もするが、焼いているうちに余分な塩ははじけて取れるし、浸透圧で魚の余分な水分を吸い出してくれる。さらにヒレ――背、胸、尾には固まりになるほど塩を塗る。これをすると焼いてもヒレがコゲず見栄えが良くなる。

 こうして下準備した魚を焚き火の周りに刺していく。

 あとは再び皆が釣った魚を回収しつつ待つ。

 やがてそろそろかと焚き火に戻って確認。

 一応、強火で表面を焼いてから火を弱めてじっくり焼くという手間をかけてみたがどうだろう?

 表面はカリッと、中はふっくらの仕上がりになっただろうか?

 ぽたぽた落ちていた水分がなくなり、もうそろそろ食べ頃になったような気がするのでまずは確認のために味見。

 うむ、ちゃんと火が通って身はほくほく、味付けは塩のみだがとても美味しい。


「あー! もう食べてる!」


 ミーネが見つけてすっ飛んでくる。


「なんで一人で食べちゃうのよ!」

「ちゃんと焼けてなかったら困るから、まずは確認で食べたんだよ」


 そう言い、ミーネには偉大な魚の串焼きを与える。

 はくっ、とミーネはさっそく食いついた。


「頭と背骨と尻尾は残せよー」


 それからおれは他の皆も呼んで魚の串焼きを食べてもらう。


「ほう、これはなかなか。そうか、こういう味なのか」


 言い出しっぺのヴィルジオはしみじみ味わっている。


「塩だけでこんなに美味しいんですね」

「うまうま」


 アレサ、ジェミナも満足しているようだ。

 それから皆は二匹ずつ串焼きを食べ、再び釣りへと戻る。


「もっと釣らなきゃ!」

「ん」

「頑張りましょう!」


 思いのほか美味しかったからか、ミーネだけでなくジェミナとアレサもやる気になっている。

 それぞれの残った頭と背骨と尾びれだけになったお魚。

 みんな昼食後なのにきっちり食べたな……。

 別腹なのかな?


「……頭と背骨も食べてみる?」

「食べられるの? 残せって言われたから残したのに」

「あ、いや、この状態を網に乗せて弱火でじっくり炙るんだ。そうするとカリカリになってな、食べられる」

「ほう、せっかくだ、これは食べねばな」

「食べるー!」


 みんな試しに食べてみるようで、おれは焚き火の周りを大きめの石で囲って網を置き、そこに頭と背骨と尻尾だけになった魚を並べる。

 と、そのとき上空を何かが横切った。


「あ、デヴァスよ!」


 何かと思ったら竜になったデヴァスだった。

 その背にはセレスとコルフィーとシアを乗せており、三人はこちらを見つけて手を振っていた。


「ねえ、なんかレダが落っこちてきてるけど……」

「だな……」


 抱えていたセレスが懸命に手を振った拍子にか、駄パンダがベイルアウトしてジタバタしながら落下してくる。

 これは着水からの海コースだな。


「ジェミナ……、あれ回収してやってくれる?」

「ん」


 ジェミナが念力で川に落下しそうになっていた駄パンダを捕まえて自分のところに引き寄せると、感謝なのだろうか、駄パンダはジェミナにぐりぐりしがみついた。

 駄パンダが無事に回収されたのを確認したのか、旋回していたデヴァスは何処かへと飛んでいく。

 それからデヴァスは背中に乗せる面々を変えながらも、こっちに寄っていった。

 ここが遊覧飛行のコースに含まれたようだ。

 それからおれたちは尾頭付きの骨せんべいをかじったり、釣りに勤しんだり、焼き上がった魚を食べるのに一生懸命になったり……。

 そんな魚を焼く匂いに誘われたか、招かざる客が向こう岸にのっそりと現れた。


「おっと、熊か」


 こちらの様子をうかがうように現れた熊。

 この時期、熊は冬眠に備えて食糧を多く摂取しようとする。

 食糧を求めて行動範囲は広くなり、執着も強くなる。

 そんな危険な熊に対し――


「お肉よ!」


 ミーネが言った。

 途端、どう対処するかと緊張状態にあった皆の意識がミーネ――捕食者のそれに染まってしまう。

 するとどうだ、その瞬間、まるでそれを野生の勘で感じ取ったように熊がビクッと小さく震えた。


「ジェミナ、ちょっと足止めしておいて! 私が仕留め――」

「待て待て待て」


 すっかり殺る気のミーネを止める。

 冬眠のためにたくさん食べる熊さんは旬と言えば旬なんだけどやめたげて。

 すでに熊はこちらに背を向けて逃げようとしていたが……、残念、逃げられない。ジェミナの念力によって引き寄せられているせいでずりずりと後ろに引っぱられている。


「ジェミナ、熊は放してやってくれ」

「ん? ん」


 解放された熊はそのまま勢いよく逃走を開始。

 やべえ、あいつらやべえよ、と背中が語っているような気がした。

 猛獣を放置しておいていいのかという問題もあるが……、たぶんあの熊はもう二度と人前には現れないような気がする。


「なんで逃がしちゃうのー?」

「いやおまえ、あれ仕留めたらここで内臓抜いて冷やしてと風情もなにもないことになるぞ」

「むー、そっかー」


 殺ってしまったとなったら、ここに川がある以上、ここで処理してから妖精鞄に放りこむのが理想的なのだ。

 しかしこいつ……、出会った頃は遭遇した熊に決死の覚悟で対峙していたのに今は食材に見えるのか。

 おれは謎の感慨を味わった。


    △◆▽


 王の森に到着したその日は遊ぶことに費やした。

 そして翌日早朝、クロアとユーニスには本来の目的である薬草採取を頑張ってもらう。

 そこに同行するのはおれ、ミーネ、アレサ、リビラ、シャンセルとおまけの犬だ。

 昨日のうちにあらかじめ見本用にといくつか薬草を採取してきておいたので、それを渡してまず説明をする。


「見つけても根こそぎ取っちゃったらダメだぞー。ある程度残しておくとまた生えてきて採取できるからなー」


 三割くらいは残せと父さんから聞いたが、虫喰いがなく、萎びておらず、形も良い、という上質の部分を採取しようとすると、むしろ三割取れるかどうかということになるので、なるべく見栄えがよく綺麗なところを採取しようと二人に言っておく。

 別に生活費を稼ぐためのお仕事ではないのでそうがっつく必要はないのだ。

 それからおれたちは森へ入って薬草探しを始める。

 クロアにはミーネとアレサが、ユーニスにはリビラとシャンセルがなるべく近くにいるようにする。

 おれは散開するみんなの中心あたりにいてふらふらと離れていってしまわないかを監視だ。

 クロアは父さんから教えられたのでそこそこ慣れた感じで薬草を探しているが、ユーニスは見本の薬草と見つけた植物を見比べながら頑張っていた。

 そして三時間ほど経過すると、さすがは『王の森』なのか、薬草は球体型のカゴいっぱい集まってしまったので、急遽お仕事は山菜採取に切り替わった。


「帰ったら油で揚げて食べるんだ」

「フライにするの?」

「あれとはちょっと違う」


 要は天ぷら。調味料がなくてつゆが作れないのが悔しいところだが、塩でもきっと美味しいだろう。

 そして山菜を探し始めてしばらく、ミーネがおれを呼んだ。


「ねえねえ! これ冒険の書の図鑑で見たような気がする!」


 向かってみると、山芋の蔓が伸びていた。

 これはいい。

 大きいのが取れたら天ぷら以外にも……、あ、なんだかお好み焼きが食べたくなった。鰹節とか海苔は無理だが、ソースっぽいものならある。マヨネーズも作ればなんとかなる。だが元の世界でも自家製マヨはサルモネラの一撃という心配があった。まあ世界が違うのでサルモネラみたいな菌は居ないかもしれないが、逆にもっと凶悪な――例えばイヌモネラとかキジモネラとか居るかもしれない。恐ろしい。作ったらコルフィー先生に鑑定してもらおう。


「よーしよーし、よく見つけた」

「褒められた!? これって凄い物だったっけ!?」


 お好み焼き気分でテンションがあがり、ミーネの頭を撫でたらびっくりされた。


「あ、別に凄いってわけじゃないが、ちょっとこれを使って料理を作ろうと思ってな」

「美味しいものなのね! どんなもの!?」

「どんなもの……?」


 お好み焼きに近いもの……、ミーネにわかるもの……。

 ピザは違うし、パイも違うし……、ちょっと説明できないな。


「えーっと、まあ、お楽しみで」

「じゃあ楽しみにしてる。まずは埋まってるところを見つけて掘り起こすわ」


 それからミーネと蔓を辿り、芋が埋まっている場所を特定。


「よし、じゃあ――」

「待ちなさい。剣を抜くんじゃありません」


 どんな方向にどう育っているのかわからない長芋を魔術で強引に掘り出そうとするのはどうかと。


「まあ折れてもいいけどさ、気分的にきれいに掘れた方がいいし、この芋もちゃんと採取すればまた成長を始めるから」


 と言う訳で、ミーネには地味に手作業で穴を掘ってもらう。


「クロアー、ユーニスー、一緒にお芋掘りましょー! 帰ったらこれで美味しい物作ってくれるってー!」


 ミーネは早々にクロアとユーニスに協力を求め、三人でもってせっせと穴を掘る。

 これにはバスカーも「うひょひょー」と参加。

 もちろん土をまき散らすだけで役に立ってない。


「ダンナー、ダンナー、これとかどうかなー」

「キノコだニャー」


 芋掘りをアレサと見守っていたところ、シャンセルがエプロンの端を持って受けを作り、そこにキノコを乗せてやって来た。


「どれが食べられるとかわかんないニャー。見るからにヤベえのはほっといたニャー」

「んー」


 集めてきたキノコから、わかる毒キノコをぽいぽい捨てる。

 半分無くなった。


「あっれー……」

「かなりダメなやつだったニャ」


 二人は残念がるが仕方ない。


「食べられそうな感じでも毒ってのは多いからな。逆に気色悪い見た目なのに美味しいってのもあるし、ヤバイ見た目でシャレにならないほどヤバくて、触れるだけでも危ないってのもある。ほとんど同じ見た目のくせに一方は食べられるけど、もう一方は毒だったり、キノコは難しいんだよ」


 キノコは色々とシャレにならない。

 元の世界でも見るからに食べられそうな感じのくせに、一家族を全滅させたりするからな。


「じゃあ一緒に探そうか」

「ああ、ダンナと一緒なら大丈夫だな」

「ニャー」


 それから芋掘りに集中する三人と一匹はアレサにお願いして、おれはシャンセルとリビラと一緒に山菜とキノコ集めを始める。

 おれも知らない毒キノコもあるが、大丈夫。

 うちにはコルフィー先生がいるからな!


    △◆▽


 なんだかんだでおれも一緒になって森の恵みをかき集めるのに夢中になってしまった。何というかこう、探して、見つけて、採取、というのが本能を刺激するというか、楽しくなってしまうのだ。これが広い畑にずらっと並ぶ野菜を端から収穫していくとなればげんなりするのに不思議なものである。それはきっと回転寿司で目当ての寿司が流れてくるのを待ち焦がれる状況と、ベルトコンベアーで流れてくる刺身のパックにタンポポ(?)を並べる作業との違いのような……、いや、なんの関係もないな。楽しみすぎて変なテンションになっているようだ、ちょっと冷静になろう。

 そろそろお昼に近くなったところで、おれたちは館へと戻った。

 このあと昼食をとり、それから王都へと帰還する予定だ。

 戻ってみると、みんなは草冠を被っていた。

 なかでもセレスのものは出来映えが素晴らしく、花で飾られた王冠のようだった。


「どうです、セレス姉さんがお姫さまみたいでしょう? わたしが作りました」


 えっへん、とコルフィーが胸をはる。

 確かに見事だ。


「ごしゅぢんさまー」


 ててっ、と腕にいくつもの草冠を通したセレスがやって来る。


「はい、ごしゅぢんさまも」


 セレスが「はい」と草冠を差しだすので屈んで頭にのせてもらう。

 薬草採取にいっていたメンバーも草冠をかぶせてもらい、みんなでお揃いになった。

 せっかくなので、みんな草冠を被った状態で昼食をとり、少し休んでから帰り支度を始める。

 準備が整ったところで世話をしてくれた人たちに礼を述べ、おれたちは馬車に乗りこんで帰路についた。

 お腹が満たされた状態で、ゆっくりと進む馬車に揺られる。

 出発時こそはしゃいでいたちびっ子たちだったが、しばらくするとおねむになったようで静かになった。

 まあお出かけしての帰りとなればこんなものだろう。

 王都に戻ったらまずは冒険者ギルドでクロアとユーニスの依頼達成の手続きだ。

 報酬についてはそのまま二人のお小遣いになる。

 二人にとっては初めて自分で稼いだお金になるのかな?


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/17

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/01

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/15

※さらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/19

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2020/12/21

※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/20


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