第33話 6歳(春)…ミーネの魔術
ミーネの機嫌はその日のうちにすっかりよくなった。
そしてリカラの雫はすっかり無くなってしまった。
それを知ってクロアがしょんぼり。
近いうちにまた取りに行かねば……。
翌日、ミーネはそれまで放棄していた母さんの訓練を再開した。どんな心境の変化があったのか知らないが、ちょっと首をかしげるほど前向きに取り組んでいる。
ミーネがいないので、おれは父さんと森で散歩。
一昨日は大変だったということで、今日は本当に散歩である。
「ミーネちゃん、やけにやる気になってるな」
「ぼくの雷撃を見てずるいずるい怒ってたし、自分もほしくなったんだと思うよ」
のんびり会話をしながら、ぶらぶら歩く。
それまでは「使えるようになったらいいな」だったのが「なんとしても使えるようになりたいの!」に変化したのである。
あまりの意気込みに、母さんはきょとんとしていた。
「おまえに負かされたのが悔しかったか」
「そうじゃないかな」
「ちゃんと謝ったか?」
「謝ったような、謝ってないような……」
「おいおい」
「ちょっと謝って、話してたらいつのまにかいつもどおりにもどってたから」
「ふーん? どんなことを話したんだ?」
とくに隠すこともないので、おれは昨日の会話をかいつまんで父さんに話した。
「なるほどなぁ……」
父さんはなにか察するものがあったのか、腕を組んでうんうんうなずいていた。
「え、なに?」
「負けたのはやっぱり関係してるなと思ったんだ。まあ、きっかけというか……、な」
父さんは歯切れの悪いことを言う。
「おまえは、ほかになにか心当たりはないか?」
「それは……、あと十日くらいしたらお爺さんもどってくるし、なんか出来るようになっておきたいと思ったんじゃないかな」
「……、あー、そうか。うん、まださすがに子供か……」
「そだね」
「……いや、そういうことじゃ……あー、うん、まあそうだな」
やはり煮え切らないことを言うと、父さん困ったような笑顔をしておれの頭をなでた。
釈然としないものを感じつつ、おれは散歩を終えて家に戻る。
と――
「ねえねえねえ!」
すぐにミーネがすっとんできた。
「これなに!? なんなの!?」
「ん? んん!?」
なにを持ってるんだろうと思ったら、作ってはみたが危険な可能性を秘めていたので部屋にしまいこんだ木製ガンブレードだった。
「かってに部屋あさんな」
「ごめん! それでこれなんなの!?」
すがすがしいまでに口先だけの謝罪をもらった。
「これか。これは……」
どうしたものかと思ったが、ミーネならガンブレードの回転式弾倉を見て銃の着想を得るようなことにはならないだろう。
おれは少しだけ遊ばせることにした。
「まず庭へいくか。どうせおまえ振りまわしたがるだろうし」
ミーネをつれて庭へいき、簡単に解説をしてやる。
おれは魔法が使えなかったから魔法を使うための武器を考えた。
これはその模型である――と、そんな話だ。
「魔法をつかうってどういうこと? これってほんとにつくれる?」
「作れるかどうかはわからないな。魔法を使うってのは――」
ミーネがさらに興味をもったので仕方なく説明を続ける。
弾倉部に魔法の動力になる魔石。装填数六発。発動する魔法を切り替える用の、式を刻印した陣のプレートが魔石弾倉の後部にある。弾倉と同じ形で、切り替えられる魔法は地水火風氷雷の六つ。撃鉄がおち、このプレートをぶっ叩いて魔石に押しあてられることによって魔法が発動する。魔法は剣に炎をやどしたり、風の斬撃をとばしたりと、その属性によって効果は決まっている。などなど、そんな設定をミーネに話してきかせた。
話している途中でこっぱずかしくなってきたが、ミーネがあまりに熱心に聞いてくるので後に引けなくなった。
「すごいわ! ねえこれもらっていい?」
「ダメ!」
「え~、おみやげー」
お土産ってなんだ。観光地の木刀か。
「誰に渡すんだこんなもん」
「わたしだけど?」
「自分が欲しいだけじゃねえか!」
「じゃあ……かたみ……?」
「おれまだ生きてんだけど!?」
欲しがるあまりめちゃくちゃ言いだした。
「これはこれ一個しかないからやれないの」
「……むー……」
ちょっと拗ねる。
意地悪してるわけじゃないんだが……。
「……むー、しかたないなー……」
なんでおれが情けをうけてんのこれ。
どうも昨日からミーネの感じがちょっとかわっている気がする。
よりわがままになったというかなんというか。
まだちょっと怒ってんのかしらん。
「柄の親指のところの、そう、その動くのを親指で手前に引いておいて、それから人差し指でそれをぐっと引くんだ」
撃鉄だの引き金だの言ってもミーネがわかるわけないので、すごく曖昧な表現をしながらおれは使い方を教える。ミーネはおれの言うとおりに撃鉄をあげて、引き金をひく。
カツーンとやや暖かみのある高い音が響く。
「おー」
ミーネは一連のギミックに感嘆の声をあげる。
さらに弾倉の後部にある各属性の紋章――という設定の円盤を回して変更すると、今度はカコーンと丸みを感じさせる音がする。
所詮は空想からのオモチャだが、おれのムダなこだわりにより、紋章によってそれぞれ音が異なるという仕掛けになっている。
「あははは!」
コッツンカッツン音を鳴らしまくりながら、ミーネは木製ガンブレードをぶんぶん振りまわしている。
あれだけ無邪気に楽しまれるとくれてやりたくなるが……。
「でたわね魔王!」
「だれが魔王じゃこら!」
テンションがあがりすぎてミーネがひとり芝居を始めてしまった。
「たぁぁっ!」
「ちょっとぉーッ!?」
問答無用でミーネが斬りかかってくる。
なんとか躱してみせるが、ミーネはまだトリップしたままだ。
「なかなかやるわね! こうなったらおくのてよ!」
「楽しむのはけっこうだがおれを攻撃すんなおれを……」
これくらいの年頃ならありがちなごっこ遊びかもしれないが、ミーネは戦闘力が高いので遊びじゃすまない。
武器がアレなのが救いとはいえ、だ。
「んーと、これかな」
叫んでおいて、ちまちま紋章を変更する姿はちょっとまぬけだ。
あれは改良の余地ありかなー。
まあもう作らないしどうでもいいか。
「……うん、これかな。――よし、いくわよ!」
ミーネは木製ガンブレードを高々と掲げる。
そして――
「炎よ!」
叫ぶ。
と――
ゴバッ、と炎が吹きあがり、いきなり木製ガンブレードが炎上した。
「はぁ!?」
「んにゃぁ!?」
おれびっくり、ミーネもびっくり。
ミーネが放り投げるように手放した木製ガンブレードは地面に転がってもまだめらめらと炎を立ちのぼらせていた。
おれとミーネはしばし薪と化した木製ガンブレードを眺めていたが、どちらからともなく見つめ合う。
「もう、ちゃんと完成してるじゃないの。びっくりしたわ」
「おいおい、なんで火がでた? おまえなにしたんだ?」
「え?」
「え?」
会話が噛みあわず、ふたたび顔を見合わせて、それぞれ首をかしげた。
どういうこと?
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/10




