第325話 12歳(冬)…たまには冒険者?
王都の生活にだいぶ慣れてきたこともあるだろうが、身の回りの世話をしてもらえる生活に母さんは暇を持てあますようになった。午前中はクロアやユーニスに魔導学の授業をしたり、郊外でミーネと戯れていたりするが、午後からは特にやるべきこともなく、何をしようと考える時間が増えていった。
そんな状況にあったからか、先日、おれがベリア学園長に伝言を頼まれた学園の講師になってみないかという誘いを母さんは受けることにしたようだ。
若干、暇つぶしのような感もあったが、ともかく母さんは魔導学園で非常勤講師として働き出した。
母さんが講師か……。
ちょっと学園の生徒たちが心配だが、何かあればヴュゼアかルフィアが伝えてくれるだろう。
一方、父さん。
来る日も来る日も、遊びに来たオッサンや爺さんを相手に将棋や麻雀ばかりやっている日々だ。
いやまあ苦労の多い人生だったので、のんびり過ごせていることについてはいいのだが……、ちょっとだらけすぎな気がするのである。
おれやシアはいいとしても、クロアやセレス、そして新しく娘となったコルフィーにだらけた姿ばかり晒しているのはお世辞にもよろしいとは言えない。
もうちょっと大人らしい姿を見せてほしいと思う。
ただそのためにはまず父さんの意識改革が必要だろう。
母さんが注意してくれたらいいのだが、母さんはけっこう父さんに甘そうなので不安が残る。
そこでおれは叱責されて一番父さんの心に響くであろう人物を選び、だらける父さんを叱ってもらうことにした。
セレスである。
「とーさま、ちゃんとおしごとしないとダメです!」
父さんがかつてないほど落ち込んだ。
そのときちょうどマグリフ爺さんが将棋をしにやって来てるところで、気の毒に思ったのか訓練校の臨時教員に誘った。
父さんは藁にすがった。
というわけで父さん就職。
こうして王都生活に馴染んできた両親は仕事をするようになった。
二人ともわりと楽しそうだ。
特に父さんは生活に張り合いが出たのか、ダメ親父っぽい雰囲気が影を潜めた。
訓練校ではこんなことをやってるんだぞー、とクロアやユーニスに話すと、冒険者に憧れがある二人は楽しそうにそれを聞いていた。
するとそれを聞いていたミーネが、ふと言う。
「そう言えば私たちって冒険者らしい仕事なにもしてないわよね」
おそらくミーネの言う『冒険者らしい仕事』ってのは採取だったり討伐だったり護衛だったり、普通の冒険者ならば何度も繰り返すであろう依頼のことだ。
確かにまったくやってねえな……。
「たまには普通の仕事をしてみない?」
「ふむ……」
ミーネの提案に対し、そんなもん時間の無駄、と突っぱねるのは簡単だが、本来そのミーネの困惑はおれが抱いていたものだ。
「じゃあこういうのはどうだろう?」
そこで思いついたのは、常に募集されている薬草採取の依頼を受けてちょっと遠出し、一泊して戻って来る――要はキャンプである。
「おれたちが保護者になるならクロアやユーニスでも薬草採取といった簡単な仕事は受けられる。だから依頼は二人に受けてもらって、冒険者ってこんなことするんだよーって体験してもらいつつ、遊んで帰ってくるという計画だ」
「それは素敵ね!」
ミーネは乗り気。
もうすでに当初の『冒険者らしい仕事』から逸脱していたが、楽しそうなのでもうどうでもよくなったようだ。
十一月ももう終わり。
夜となればもう寒い時期になっているが、ミーネに魔術で建物を作ってもらい、布団も妖精鞄に入れて持っていけばそこそこ快適にすごせるだろう。
ひとまずおコタでまったりしていたクロアとユーニスにこんな計画を思いついたと話したところ大いに喜ばれた。
クロアとはまた一緒に暮らすようになったが、なかなか一緒に遊んでやれる時間がなく、ユーニスにしても相手をする余裕が無くて二人で遊んでもらっている状態だった。
お詫びもかねて、楽しんでもらうことにしよう。
夕食時、この遠征計画を両親に報告したところ――
「ごしゅぢんさま、セレスもいきたいです!」
「わ、わたしも一緒に!」
セレスが同行したがり、つられてコルフィーも願い出た。
となると……、おれは参加者を並べて考える。
まずおれ、それからシア、ミーネ、クロア、ユーニス、セレス、コルフィー、さらにアレサは同行するだろうし、デヴァスは何かあったときに王都へ飛んでもらうために同行してもらおう。
ふむ、ミーネ、クロア、ユーニス、セレス、この四人にはそれぞれ付いていてくれる保護者が欲しいところだ。
おれ一人で四人を監督するのは無理だし、それにおれは拠点で食事の準備などをした方がいい。何かあれば治療してくれるアレサもおれと同じところ――固定された場所にいてもらった方がいいか。
セレスはコルフィーに任せ、クロアとユーニスは一緒に行動するからシアに見てもらえばいいかな?
となると後はミーネか。
ミーネは心配する必要なんてない気もするが、何かのきっかけで野生に帰ってしまうかもしれないのでやはり監視役は欲しい。
「メイドの誰か――二人くらい付いて来てもらった方がいいか」
そこでおれはメイドたちに同行者を募る。
遠征の目的はクロアとユーニスによる冬の薬草の採取。
野外で一泊する予定だが、ミーネに土の家を建ててもらうのである程度は快適に過ごせる。
露天風呂も予定。
簡単に説明して募集したところ、希望者は多数となった。
いや、パイシェ以外が全員希望と言った方が早いか。
パイシェが自重したのは……、たぶんお風呂の問題かな?
さすがにみんなで大移動はどうかと、思っていると、メイドたちは互いに牽制を始め……、ちょっとギスギスした空気に。
「私はご主人様の秘書ですから」
「弟が行くんだから、ここはあたしが行かないとな!」
「ニャーにとっても弟ニャー」
「あたし周りを警戒できるぞ!」
「ジェミ、怪我したらそっと運べる。浮かして」
「私は無難に頑張れます! 目立ったことは出来ませんが何でも一通りこなせるのでたまには何かさせてほしいです!」
「楽しみたいばかりの皆さんには任せられません。ここはちゃんとお世話をすることのできる者が選ばれるべきですね」
「妾もたまには主たちと遊びたい」
皆がそれぞれに主張する。
一名、本音で勝負してきたのがいるが……、まあいい。
「ここはもうご主人さまが指名しないと収まりつかないんじゃないですかー?」
「いや指名って……」
おれには指名する勇気がなかったので、ここは公平を期してクジ引きで決めることにした。
結果、ティアウルとジェミナが当たりを引いた。
「…………」
ティアウルとジェミナに保護者役というのはちょっと無理なんじゃないかなー……。
むしろ保護役が付かなきゃいけないお嬢さんたちのような気がする。
でもすごく喜んでるし……、とてもじゃないが「今のは無し」とか言える雰囲気じゃない。
結局、おれは希望者全員参加ということに決めた。
クジで当たった二人はメイドではなく、友人枠ということでその日はお仕事なしで同行するということにした。
すごく喜ばれた。
△◆▽
今日の明日とはいかないので、遠征は三日後と予定した。
遠征を決めたその日の夜、おれは王都の周辺でどのあたりに向かうのが良いか考え、それからクロアとユーニスが冒険者のお仕事をする際の手順がよくわかるようにと『冒険者のお仕事体験のしおり』を製作した。
そして翌日、作ったしおりを二人に渡す。
しおりにある最初の行動は、まず冒険者ギルドにいって依頼を受けることである。
「じゃあまずは依頼を受けるために冒険者ギルドの支店に向かうぞ」
「「はーい」」
「レイヴァース卿、私もご一緒しますね」
「わん!」
クロアとユーニス、それからアレサと犬を連れ、おれは冒険者ギルド中央支店へと出発する。
もうこの時点、これだけでクロアとユーニスは楽しげだ。
もっと二人と遊んでやればよかったとちょっと反省する。
「この王都エイリシェには冒険者ギルドの支店が五つある。東西南北と中央。今日行くのは中央支店。そういう決まりがあるわけじゃないけど、主に貴族用になってるみたいだな。他の支店にはまたのときに行ってみような」
はしゃぐ二人を連れて中央支店に到着すると、さっそく受付の女性職員に事情を話し、それからクロアとユーニスに依頼の手続きを体験してもらう。
「それではお名前をうかがいますね」
「クロア・レイヴァースです!」
「ユーニス・ベルガミアです!」
「はい、依頼を受けるのはクロア・レイヴァースに、ユーニス……ベルガミア?」
おっと、王子は内緒にしておこうと言うのを失念していた。
「あー、実はですね、今ちょっとお忍びのベルガミア第二王子のユーニス殿下をお預かりしているんですよ」
「…………」
職員はしばし考え、それからにっこり笑う。
「本人たっての希望で、付き添うのが冒険者パーティ『ヴィロック』、それに聖女様ですから、問題はないですね」
話のわかる人だった。
話がすんなり終わってくれたことにほっとしてると、そこでアレサが声をあげた。
「レイヴァース卿! 私もパーティに入れていただけませんか!」
「え? ええ、いいですよ」
「ありがとうございます! あ、手続きお願いします!」
こうして急遽、アレサがうちのパーティメンバーになった。
△◆▽
次の日、ミリー姉さんがやって来て言った。
「目的地は王の狩り場にしませんか?」
いきなり来て、いきなり目的地の変更を提案。
そして遠征に参加する気満々という……。
「申し訳ありません。殴ったのですが……、頑張って殴ったのですがびくともせず、しかしこれ以上殴るのは危険と判断して……」
同行してきたシャフリーンが謝ってくる。
どうやらミリー姉さんはスーパーアーマーを体得したらしい。
あれって怯まないだけでライフは削れるからな、シャフリーンもさすがに対処しようがなかったのか。
ミリー姉さんの言う『国王の狩り場』とは、国王が狩猟の拠点とすべく築いた館と、それを取り囲む広大な付随地のことであり、この地域内では国王の許可無く狩猟を行うことができないという特別な場所である。
禁猟区とも呼ばれる。
「あそこは狩猟だけでなく、採集や伐採も禁止されているのできっと薬草も集めやすいと思うんです。皆さんがゆっくりと休める館もありますし、良いと思いませんか?」
「もうそうなると完全に遊びに行くだけですよね」
ついに『薬草を採りに行くついでにちょっと遊ぶ』は『遊びに行ったついでにちょっと薬草とってくる』に変貌してしまった。
「陛下の許可は……」
「もちろん取ってありますよ? 楽しんできなさい、がっはっはーと笑って許していただきました」
陛下……、おれが依頼を引き受けたからか、ずいぶんザルになってるな。
まあ館で宿泊や食事の用意をしてくれるなら、メイドたちにもゆっくりしてもらえるだろうし、いいと言えばいいんだが……、なんか釈然としないのだ。
せっかくしおりも作ったのに……。
しかしミリー姉さん、どこから遠征の話を聞きつけたのだろう?
疑問に思っていると遅れてルフィアが湧いて出た。
「私は記念の写真を撮る役として同行するねー」
おまえか!
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/02/13
 




