第323話 12歳(冬)…母さん張りきる
うちの家族が王都にやって来てすぐのこと、ミーネは王都郊外で母さんに習得した魔術を披露した。
まずは最大威力の連携――『水鏡流星雨』からの『大地花葬』、そしてそのまま追い打ちの『七回忌』を披露し、面白そうと付いて来た父さんとクロアを唖然とさせ、セレスをきゃきゃと喜ばせた。
そのあとミーネはおまけと魔弾も披露したが、母さんは大技よりもこちらの方に強い関心を持ったようだった。
「大技はとにかく威力を重視した方がいいんじゃないかしら。下手に使い勝手を良くしようとすると利点を損なうかもしれないわ。かわりに魔弾の使い勝手を向上させると良いと思うの」
魔弾は発動までの時間が短く連発もできる。
それに使ってくる属性は読むことができても、どんな効果の魔術かは放たれるまで相手にはわからない。
これらは大きなアドバンテージになる。
さらに四属性を瞬時に切り替えられるのも素晴らしい。
母さんのべた褒めにミーネはテレた。
「この属性の魔術を使う――そう相手に読ませておいて、相手が潰しに来たら瞬時に切り替えて違う属性の魔術を使う。たぶん多くの魔道士はこの切り替えに対処できないでしょうね」
それから母さんは魔弾の可能性について長々と語り始めたが、途中でミーネは相手の魔力から使おうとする魔法・魔術を読む『魔力感知』がまだ出来ないことが判明する。
「一流になるためには魔力感知は必要よ。あと使う魔法や魔術の組み合わせも重要だけど……、これは次の課題ね。ミーネちゃんはまず魔力感知を体得することを目指しましょう」
「はい!」
と、元気よく返事をしたミーネだったが、王都にやって来る家族に贈るプレゼント――ハンカチに刺繍を施す作業に追われて母さんとの特訓はしばしお預けとなった。
△◆▽
それからひと月ほどミーネは悪戦苦闘。
しかしその甲斐あって無事に家族へ贈り物をすることが出来た。
ミーネの贈り物はどういうわけかクェルアーク家の人たちに特別喜ばれていたのだが……、ミーネって家庭的なことについてはそこまで諦められていたのだろうか?
コルフィー先生の勧めがあった結果、予定よりも大仕事をこなすことになったミーネだったが、ここしばらく、一仕事終えることが出来た開放感からか普段よりも三割り増しくらいで元気だった。
元気を持てあますミーネはお預けになっていた魔術の訓練を母さんにお願いし、二人は仲良く王都郊外の地形を変えたり戻したりして親睦を深めていた。
そんなある日――
「明日はちょっと試合してみましょうか?」
郊外から戻ってきた母さんがミーネにとんでもない提案をした。
もちろんミーネは望むところと受けて立ったが、それに対し「無理しないようにね」なんて言って静観できるほどおれの胆は太くない。
一昔前まで凄腕の冒険者として名を馳せていた母さんがどんな戦いをするのか目にする機会がなかったおれは、それをよく知る人物――父さんの所へ試合をさせて大丈夫かどうか確認に行ったところ、父さんは第三和室でオッサンたちとコタツを囲んで麻雀をしていた。
本日のメンバーは父さん、ダリス、マグリフ爺さん、そしてこんなところで何やってるのと言いたくなるベリア学園長の四名だった。
「トゥモ!」
トゥモじゃねえツモだ。
いやそんなことはどうでもいい。
「父さん遊んでる場合じゃないよ! 明日、母さんがミーネと試合するとか言いだしてるんだけど!」
「母さんがミーネちゃんと……? それは……、うん、なかなか大ごとだが……、まあ大丈夫だろ」
「そんなのん気な」
「何も相手が倒れるまで徹底的にやるわけじゃないんだろ? なら大丈夫だ。母さんも昔ほど無茶じゃなくなってると思うし……」
「ミーネが調子に乗ってうっかり母さんに怪我させたりとかしちゃうかもしれないんだけど」
「ミーネちゃんが? はは、大丈夫大丈夫。ミーネちゃん素直だから、母さんに手玉に取られちゃうんじゃないかなー」
父さんの心配は母さんが無茶してミーネをコテンパンにしてしまうことくらいで、母さんの身を案じる様子はない。
ミーネの魔術を目にしたのにそう言うってことは、それだけ母さんを信頼しているということなのだが……、えっと、母さんってそんなに凄いの?
おれがびっくりしていると、マグリフ爺さん、そしてベリア学園長が朗らかに笑う。
「ほうほう、それはぜひとも見学させてもらわんとのう。せっかくじゃから生徒たちにも見学させるかの」
「私も生徒を連れて見学に行こうかな。良い刺激になるはずだ」
ぬぅ、なんか試合賛成派を増やす結果になりやがった。
試合に観客なんか来てしまっては、二人が余計に張りきってしまうではないか。
第三和室を後にしたおれは、そのまま第二和室へ向かってセレスを抱っこしてコタツに入っていたシアに事情を説明した。
「うふふふ、明日はお母さまがミーネさんと試合をするんですって。きっとすごい魔法を見せてくれますよー。セレスちゃんも一緒に見に行きましょうねー」
「はい、シアねえさま」
ダメだ、シアはセレスを可愛がりすぎてアホになっていた。
あと……、あと他に誰か……。
クロアは賛成派だろうし、コルフィーは母さんに大丈夫と言われたらそのまま信じそうだ。
メイドたちやユーニスに言ってもしかたないし……。
ぐぬぬ……。
結局、おれはいざとなったら治療をお願いしますとアレサに頼むくらいのことしか出来なかった。
△◆▽
そして翌日、王都郊外には母さんとミーネの試合を見学しようという人だかりがあった。
今日の試合を見学に来ているグループは大きく四つある。
まず、おれを始めとしたレイヴァース家の関係者。
親族とメイド、あとユーニス殿下だ。
次にクェルアーク家の関係者。
ミーネの戦いぶりを見学しようと親族が集まり、そこにミリー姉さんとシャフリーンも混ざっている。
三つめはマグリフ爺さんと冒険者訓練校の訓練生たち。
最後はベリア学園長と魔導学園の学生たちだ。
おれたちはマグリフ爺さんとベリア学園長が土の魔法で拵えた階段状の観客席にずらっと並び、ちょっと離れたところで距離を置いて対峙している母さんとミーネを眺めていた。
「ここ、確かけっこう面倒な荒れ地だったような記憶が……」
「あの二人、どんだけ耕したんじゃ……?」
ベリア学園長とマグリフ爺さんは親族席――最上段の中央へ来ておれたちと一緒に見学をしていた。他にこちらへ来ている者としては学園生のヴュゼアとお供のルフィアなどである。
「この一帯、一部では『魔女の遊び場』と呼ばれているらしいぞ」
辺りを眺めながらあきれたようにヴュゼアが言う。
こうして高い位置から見回すと、この辺り一帯、かなりの範囲が不自然なほど平地になっているのがよくわかる。
もともと、この辺りはやたらと岩石があって地味が悪く、開墾にかなりの労力を要する割りには見返りが少ないと放置されていた一帯であった。
――が、ミーネと母さんが張りきって地形を変えたり戻したりした結果、大岩は砕かれ粉々に、植物が根を張れないようなガチガチだった地面は地底深くからごっそり耕され、何でもない平地へと変貌していたのである。
「もうここまでくると普通に農業地にできるので御爺様がどうしようかと迷っていますね」
セレスの横に陣取ったミリー姉さんが言う。
「どうして迷うんですか?」
「遊び場を取り上げられたら魔女が怒るのではないかと……」
「母さんにはそれとなく農地にさせてあげてって言っておきます」
母さんよりもミーネの方が文句を言いそうだが……、まあいい。
少し待ったが、ようやく試合を開始するようでミーネが剣を抜いて構えた。
「おばさまー! いくわよー!」
と、ミーネはまずは大技をぶちかまそうとしたようだが、母さんが放ったウィンド・クリエイトによって、風の弾丸をゴスッとおでこに受けて強制中断させられる。
上半身が仰け反るくらいの衝撃だったが……、ミーネ大丈夫か?
「痛ったー!」
大丈夫なようだ。
「ミーネちゃん駄目よー。それって止まった状態で集中する必要があるんでしょ? それじゃあ的になっちゃうわ。大技を使うときはみんなに頼るか、まず相手が邪魔をしてこない状況を作らないと」
母さんがもっともなアドバイスをミーネに送る。
コボルト王のときはおれがコボルトたちを痺れさせてから、バスカヴィルのときは攻撃を躱してからの不意打ち、そしてアロヴが抑え込んでいる状態での使用だった。
大技を妨害されるとなれば、あとミーネに残るのは剣と魔弾。
しかし剣を構えて突っこむには、母さんは相手が悪い。
本当の魔導師がうかうか剣士に接近されるような隙を見せるわけもなく、突っこもうとすればどんな魔法攻撃をされるかわかったものではないのだ。
となると後は魔弾による遠距離戦になるが、ミーネが指を鳴らす前に母さんは同一属性のクリエイト系を選択して魔力干渉――発動前に魔弾を潰す。
魔力感知からのクリエイトによる妨害――ディスペルだ。
「この魔術を使うと決めて、使おうとするまでの時間。それを一秒くらいにしましょう。そうしたら私も対処できなくなるから」
母さんはアドバイスと言う名の無茶ぶりをしていた。
ミーネはなんとか状況を覆そうとするが、母さんの方が一枚上手でなかなか上手くいかない。
まさかここまで母さんが貫禄を見せるとは思ってもおらず、おれはただただ唖然とするばかりだった。
魔法特化。
完全な魔導師との戦いとなるとミーネでも荷が重いとは……。
「これはミーネちゃん厳しいのう……」
「ミーネ君であっても、魔力感知によって一手先を読まれることがここまで決定的な差になりえる。これだけでも見学させてもらった甲斐はあったな。生徒たちもあのミーネ君が満足に戦わせてもらえない状況を目にして深く感じ入っているようだし」
感じ入っているのか?
おれには『上には上がいる』を目の当たりにして放心しているように見えるのだが……。
それからもミーネにいいところはなく、魔弾を使おうとするも妨害されてパッチンパッチンと指を鳴らすだけになっている。
謎の指鳴らし演奏会だ。
「やっぱり使うまでの時間ね。直前に魔術を切り替えても、時間がかかってしまっては相手がそのまま魔法を使ってきてしまうわ」
ミーネはいつか聞いた瞬間的な魔術の切り替えを試しているようだったが、そこがスムーズにいかないため――、いや、ほんの数秒の話だと思うが、それでも母さんが相手の魔導戦となると遅いらしい。
逆に使おうとした魔術をディスペルされたあと、母さんがそのままクリエイト系で攻撃してくるのでミーネはカウンターを喰らっているようなものだ。とは言え、どれも殺傷能力を抑えた――小石を当てたり、水を引っ掛けたり、風であおったり、火で驚かせたりする程度だが。
「あの人がお前の母親か……。なるほどなぁ」
ヴュゼアは母さんの戦いぶりを見ていたが、不意におれを見て何かに納得する。いや違うぞ? 母さんの凄さは残念ながらちっともおれには遺伝していないぞ?
それからも母さんのアドバイスは続く。
「ミーネちゃんは四属性の魔術が使えるけど、そのうちの二つ――土と水に偏ってるみたいね」
四属性使えることは強みだが、バランスを考えないといけないと母さんはミーネを攻撃しながら説明する。
「四属性が使えるということは、四属性をちゃんと使えないとミーネちゃんのなかにある魔力の体幹みたいなものが崩れるわ。右半身ばかり鍛えてかえって動きがおかしくなるようなものね」
「んにゃー!」
「たぶん剣にもその影響が出ているんじゃないかしら。ミーネちゃんの剣はミーネちゃんの魔力を栄養にしているから、偏りがあると元気に育たないわ」
「ちゅわー!」
母さん、アドバイスはいいんだが、いたぶりながらではちゃんとミーネが聞いているかどうかわからないんだけど……。
「魔力感知はこうやって魔法の攻撃を受けていればそのうちふわっとわかるようになるわ。あとせっかくだから、これからミーネちゃんは風の魔術をどんどん使って慣れていきましょう。火は危ないから風の扱いが上手くなってからね。たぶん魔導学的にもその方がいいし」
「へぐぅ……」
防戦一方のミーネがへばってきたところで、母さんは攻撃の手を一旦休める。
「さて、じゃあそろそろ最後にしましょうか。でもその前にちょっとお話。――クリエイト系の魔法は極めれば魔法の頂点と言われるんだけど、これがどういうことかわかる? ――はいそこ」
と母さんが指したのはおれ。
なんでおれ。
せっかくだから魔導学園の学生とか指名すればいいのに。
「えーっと、その系統のあらゆる魔法を再現できるから」
「じゃあ極めようとする人が少ないのは?」
「単純に極めるまでの才能がないのと、そもそもそれが理論上の話で現実的じゃないから? そんなことが出来る人なら普通に魔法を使った方が手っとり早いし。クリエイト系は魔導学以前の――真に魔導師たる魔術者が使った魔術の模倣で、真に才能がある者でないと極めることが出来ない……、でよかったっけ?」
そう、クリエイト系の魔法というのは、魔道士が魔法でもってミーネのような魔術者に迫るためのものだ。
「だから普通はある程度の魔法の再現で留まる。クリエイト系の優れた点は術者の意志を反映させやすい――融通がきくこと、それ故に汎用性が高いということ。あとは魔法制御の訓練にはもってこい?」
「はい、よろしい」
おれの解答に母さんがにっこり微笑む。
「普通の魔道士にとってクリエイト系は便利な魔法くらいの認識になっちゃうんだけど、息子も言った通りその真の目的は古の魔導師に迫ることなの。古の魔導師は一握りの魔術者の中から現れる本当の天才――人の覇種とか、精霊の化身とか呼ばれた人ね。ちなみに魔導学の始祖であるシャーロットですら自分はその域にないと言っていたらしいから、もう想像を超えるような存在だったんでしょうね」
シャロ様ですら辿り着けない領域とかなんだそれ……。
「でもシャーロットはそれをわかっていながらクリエイト系の魔法を古の魔導師に迫るためのものとした。これはどういうことか? 実は簡単な話よ。クリエイト系は古の魔導師の真似をするための魔法じゃなくて、成るための魔法なの。じゃあこれからその集大成を使ってみるわね」
この母さんの話に学生たちはざわついているが、マグリフ爺さんとベリア校長はやや興奮気味だ。
「古の魔導師は自分の力の及ぶ世界を意のままに操った。だからクリエイト系――自分の力の及ぶ範囲を意のままに操れる状態になることでそこへ至ってしまおう、これはそんな魔法よ。こんなのを使いこなせたのはシャーロットくらいのものだと思うけど、使えるくらいならそこそこ居ると思うの。だからミーネちゃんはちょっと体験しておきましょうか」
そして母さんは長い呪文の詠唱を始める。
その長さからしてもう実戦的な魔法ではなかった。
誰がこんな長い魔法を唱えきるのを悠長に待つものか。
「あれは前提条件からして難しいんじゃよ。まず全属性の魔法が使えねばならんからのう。不得手があればそこに引っぱられるし」
「しかし発動させられるというだけでも素晴らしい。あれは才能ある魔道士がたゆまぬ努力をした結果に与えられるご褒美のような魔法だ。本当に運用できたなら神のごとし。魔法でもって自分を世界に近づける魔法。いやあ素晴らしい」
自分を世界に近づける……、なんか仙人みたいな話になってきた。
そんなことを思っていたところ――
「僭し称するは造物主」
母さんは詠唱を完了させる。
「――デミウルゴス」
魔法の発動。
その瞬間、母さんを中心とした一帯の気配が変わる。
それは神の出現による圧迫感に似ていた。
何が起きるかわからないミーネは剣を構えて警戒するが――、しかし、そんなことに意味はなかったようだ。
突然ミーネの周囲に怪物が出現する。
それは土の巨大な猪であり、水の蛇、風の鳥、炎の熊、氷の竜、雷の狼――さまざまな属性による獣たち。
「校長……、あれってああいう魔法なんですか?」
「いや、あれはリセリー殿の手の込んだ戯れじゃろうな。普通の魔法を再現しようと思えばいくらでもできるのに、わざわざ魔法として存在しないもの――、魔術的なことをやっておる」
そして――属性獣たちがミーネに襲いかかる。
ミーネは剣でもって獣を倒そうとするが、破壊したところですぐに元通りになってしまうため意味がない。
となれば術者を倒すのがセオリーというものだが、属性獣の包囲網を突破しようとするミーネの前に氷の壁が出現する。
驚いたミーネの動きが止まると、今度は氷の壁が砕け、その中から炎が巻きあがってミーネを囲み、上空にいた氷の竜が光の矢を降りそそがせる。
他の属性獣も、自身の属性とは違う属性の魔法を使ってミーネに攻撃をくわえ始めた
なんかもう、めちゃくちゃだ。
二人の試合を見守る者たち――主に訓練校生と学園生はわりと最初から声援を送る余裕もない状態だったが、いよいよここに来てどん引き――、目の前で披露される魔法が、自分の知っている魔法とあまりにかけ離れていることに困惑するしかなくなっている。
ミーネはかなり必死になって魔技で属性獣の攻撃に対処しているのだが……、何故だろう、魔術を使った方がいいように思うが。
「もしかして魔術を使う余裕がないのか……?」
「いや、使えないんじゃろう。封じ込められておるんじゃ」
おれの疑問にマグリフ爺さんが答えた。
「この魔法、簡単に言えば自分の縄張り――世界を作りだす範囲魔法なんじゃよ。主が望むように魔導現象は引き起こされ、望まぬ魔導現象は封じ込められる」
自分が無敵になれる空間を作る魔法ってことなのか?
「対処しようがないんですか?」
「使われたら……、魔道士や魔術者では対処するのが難しいじゃろうな。抗するには術者に近い力量が必要じゃから」
出現させた属性獣を一気にけしかけてしばしミーネをボコったあと、母さんは属性獣をさげてミーネの前に並べてみせる。
降伏勧告でもするのかと思いきや、母さんはそのままの状態でミーネを見つめるばかりだ。
ミーネはもうかなりへばってヘロヘロになっていたが、未だ剣を握り諦める様子はない。
ふむ――、これは……、母さんがミーネが何かするのを待っているのかな?
かなりスパルタ式になったが、これも訓練の一環ということだろうか……。
しかしミーネはどう抗ったらいいのかわからないようで、肩で息をしながら母さんを見つめ返すばかり。
と、そのとき、孫娘の苦境を見過ごせなくなったのか、バートランの爺さんが立ち上がる。
「ミーネ! 偽りの世界を砕け!」
その一言、おれにはどういうことかよくわからなかったが、ミーネにはすぐに理解された。
いや、難しく考える必要はなく、本当に言葉そのままの意味だったのだ。
祖父の助言を聞いたミーネは剣を構え、力を溜める。
そして渾身の――
「〝魔導剣!〟」
魔技発動。
が、そこは属性獣どころか何もない空間。
一瞬、意味がわからなかったが、誰が答えを告げる間もなくそれは起きた。
支配領域の崩壊。
並んでいた属性獣が掻き消え、同時に一帯を覆っていた圧迫感が消えて無くなる。
それを確認した母さんはにっこり微笑んだ。
「うん、それでいいわ。この魔法はやっぱりクリエイト系なの。ならクリエイトによって生みだされた現象に対処するんじゃなくて、クリエイトそのものを中断させないと駄目ってことね」
ひと息つきながら母さんが言うと、対峙していたミーネはその場にへたり込んだ。
そう長い戦いではなかったが、手も足も出ない状況で神経すり減らして戦っていたのでずいぶんと疲弊したようだ。
「本当に支配できるなら相手を即死させることだってできるはず。でも自分という世界を広げる――流出させることはできても、相手というまた別の世界にまでは干渉することはできない。だからこの魔法を破るとなれば、自分の力をぎゅーってしてぶつけることができる魔技が効果的なの。まあそれを可能にするだけの力があるかどうかはまた別問題なんだけど」
さすがミーネちゃんね、と母さんはさらに続ける。
「それで……、この魔法はとにかく魔力を放出するから、ミーネちゃんもはっきり私の魔力が感じられたと思うの。そしてミーネちゃんはそれを力ずくで掻き消したでしょう? それは魔力感知からのディスペルと同じことができたってこと。この感覚を覚えておけばきっとちゃんとした魔力感知もそのうちできるようになるわ」
やはりこれはミーネのための訓練だったようだ。
おれは地面にへたり込んで立ち上がれなくなっているミーネを眺めながら、自分に魔法や魔術の才能がなくてよかったと心から思った。
まあ講義はめっちゃ受けたが……。
「あとは……、そうね、この魔法を使おうとする人に遭遇したら、長い呪文を唱えているうちに走って近寄って殴ればいいわ」
最後に台無しなことを言いながら母さんはミーネの所へ歩き始めたが、途中でふとふらつき、そのままパタリと倒れた。
そしてそのまま動かなくなる。
『――ちょ!?』
これに動揺したのはおれ、シア、コルフィー、そして父さん。
慌てて母さんのところまで向かう。
「魔力枯渇のようです。これは私が治療できるようなものではないので……、安静に寝かせておくしかありません。あ、命に別状はありませんのでそこはご安心ください」
くたっとしている母さんを診断したアレサの言葉に、あたふたしていたおれはほっと胸をなでおろした。
△◆▽
母さんは夕方に目を覚ましたが、それまでがなかなか大変だった。
クロアはおれにくっついて離れないし、セレスは泣くし、シアは放心して動かなくなるし、実母を亡くしているコルフィーは心配しすぎて気分が悪くなって倒れるし、父さんは魔力回復に良いというどっかの山頂に自生する薬草を探しに行こうかと相談してくるし……。
「あらあら、心配かけちゃったわね」
「そうだよホント……」
母さんが目を覚ましたことで屋敷の皆はようやく一安心。
あっけらかんとしているのは、倒れた当の本人である母さんくらいのもの。
今後、なんか母さんが張りきり始めちゃったら全力で止めようとおれは誓うのだった。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/07/10




