第320話 閑話…懇親会
その日、王都にあるクェルアーク家の屋敷にて、クェルアーク家とレイヴァース家の親睦会が開かれた。
クェルアーク側はまず元より王都で生活していた前当主バートラン、次期当主の長男アルザバート、次女のミネヴィアの三名。
ここに領地からやって来た五名――現当主ザストーラ、第一夫人ネアラ、第二夫人オーレイ、次男ヴィグレン、長女セヴラナの五名が加わり、さらに親族となる予定――アルザバートの婚約者である王女ミリメリアが加わっての九名となる。
レイヴァース側の者たちは前当主リセリー、その夫ローク、長男であり現当主のセクロス、長女シア、次男クロア、次女セレス、三女コルフィーという七名であった。
まずは全員が改めて自己紹介を行い、それから食事という流れだったのだが、挨拶のあと、どういうわけかミネヴィアがレイヴァース側――セクロスと一緒に何かごそごそと始めたことにアルザバートとバートランを除くクェルアーク側の面々が困惑する。
何故そちら側に居るのかすぐに尋ねられなかったのは、もしかしてそういうことなのかと誰もが勘ぐっていたからだ。
家族が王都に到着し、久しぶりに再会できるというのに、ミネヴィアは懇親会のこの日になるまで屋敷に戻って来なかったというのもその予感を補強するものだった。
――が、実際はそうではなく、もっと単純な理由であることをアルザバート、そしてバートランは知っていた。
しかしそれを説明してはミーネの苦労が台無しになると、二人は静かに様子を見守っている。
そして準備が出来たのだろう、ミネヴィアが動く。
「えっとね、私、冒険者として初めてもらった報酬でね、みんなに何か贈り物をしようと思ったの」
とミネヴィアは父ザストーラの前へ行き、はい、と何かを手渡す。
「おや、ハンカチだね」
「そうなの。刺繍は私がしたのよ?」
「ミーネがかい……!?」
ミネヴィアをよく知っている家族だからこそ、誰もが意外すぎて驚いていた。
「なかなか上手くいかなくて、みんなのぶんが出来たのは昨日だったの。何を贈ったらいいかぜんぜん決まらなくて、今回は刺繍をしたハンカチになったんだけど、また何か贈るつもりよ」
と、にこにこするミネヴィアはそれから刺繍を入れたハンカチを皆に配っていく。
アルザバートも受けとったが、白い生地のすみにイニシャルと家紋が刺繍されているものだった。
贈り物を配り終えると、ミネヴィアはクェルアーク家側の席に着き、そこからは予定通りに晩餐会となった。
△◆▽
晩餐会のあと皆で部屋を移動し、ゆっくりとお喋りをする場が設けられる。
アルザバートは部屋の隅にある椅子に腰掛け、のんびりと皆の様子を眺めていた。隣にはミリメリアがおり、その傍らには御付きのメイドであるシャフリーンがいる。
懇親会は思ったよりも賑やかなものとなっていた。
アルザバートとミーネの実母である第一夫人ネアラは件の彼から色々と話を聞きたかったようだが、彼はザストーラに捕まってしまったのでひとまず諦め、彼の母リセリーとお喋りをしている。
二人はひそひそ、ふふふ、と静かに笑いあっており、アルザバートにもなんとなく何を話しているのか見当がついた。
第二夫人のオーレイは珍しい黒髪の少女セレスとお喋りを楽しみ、彼女の実子である長女のセヴラナ、次男のヴィグレンはレイヴァース家の屋敷からミーネが連れてきたクーエルとアーク、そしてバスカーに興味を持っている。
「本当はね、最初はアークをセヴ姉さまの贈り物にしようと思ってたの。でもみんなと離れたくないみたいだからあきらめたの」
「そ、そんなぁ……。ねえアークちゃん、うちの子になってくれませんか? え? 嫌? どうしても? うぅ……」
手にしたアークを惜しそうに眺めるセヴラナ。
そう言えばセヴラナは昔からミーネのクーエルをうらやましがっていたな、とアルザバートは思い出す。
「それでは王都に居る間にいっぱい遊びましょうね? ね?」
「セヴ姉さま、それなら一度、レイヴァース家の屋敷に来てみたらどうかしら? ぬいぐるみいっぱいよ?」
「え? みんな動くぬいぐるみ?」
「うん。そっちはセレスのだけど」
「うわぁ、行きたい。ねえセレスちゃん、ぬいぐるみ見せてもらいにいっていいかしら?」
「はい。みんなと、おまちしてます」
たどたどしくお辞儀するセレスを、たまらずオーレイが抱きしめる。
「くっ……」
それを見たミリメリアが悔しげにうめく様子を、アルザバートは微笑みながら眺める。
「今日の所は控えないとね」
「そ、それはわかってます。でも、くっ……」
「我慢我慢。君を自由にさせるとセレスを独り占めにしちゃうだろうからね」
「うぅ……」
今日はクェルアーク家とレイヴァース家の親睦が目的なので、自重するようにとアルザバートとシャフリーンはミリメリアを諭していた。
オーレイ、セヴラナ、ミーネ、セレスという輪の外側ではバスカーを抱えたヴィグレンがクーエルに話しかけている。
「初めてお前を見たときは、熊のくせになんて気の抜ける姿をしているんだと驚いたが、まさかまたそれ以上に驚くことになるとは思わなかったな」
抱えたバスカーを撫でながら、大真面目な顔をして語りかけるヴィグレンにシアとコルフィーはちょっと困っている。
「精霊か……、不思議なものだ。クーエル、お前はいつもミーネに引きずり回されていたが、こうして動けるようになってみてどうだ? 楽しいか?」
ヴィグレンに尋ねられ、クーエルがうんうんと頷く。
クーエルが普通のぬいぐるみであった頃も、ヴィグレンは話しかけることが多かった。調子はどうだ、とか、今日もしっかりな、などなど、一方的な喋りかけであったが、その頃の記憶……のようなものはあるのだろうか? クーエルはかなり落ち着いた感じでヴィグレンと意思疎通をしている。
きっとヴィグレンの感性のようなものも関係するのだろう、とアルザバートは密かに思う。
祖父は武人で、父は学者肌、そして弟は芸術家肌だ。
初めてクーエルを見たときなど、クマのくせにあまりに気の抜ける姿をしていることに衝撃を受けて放心していたくらいだ。
そんなそれぞれに交流をするなか、祖父と彼の父ロークは将棋を始めていた。
交流会もなにもなく、完全に二人の世界だったが、それで誰が困るわけでもないのでまだ良い方かなとアルザバートは思う。
問題は父と彼だ。
まだ父の話は続いている。
もうかれこれ二時間は喋っているのだが、彼には気の毒なことにこれくらいではまだ序の口である。それに普段よりも熱が籠もっている様子からしていったいどれくらい話すのか、ちょっと予想がつかなくなっている。
娘が自分で刺繍を施したハンカチの贈り物。
他の家ならば些細な話かもしれない。
しかしクェルアーク家にとっては大きいのだ。
それは腕っ節でしか相手を計れなかったミーネが、人の勧めを聞き入れられるようになっていることを象徴するが故に。
戦いに傾倒しすぎた者を『剣魔』と呼ぶ。
祖父――『破邪の剣』バートランがミーネに『剣魔』の気配を感じ取ったこと、それはミーネが戦うこと以外にも興味を示すようになった今ではもう昔の話となった。
きっかけとなった彼には深く感謝している。
ただ、そのせいで、もしかしたら父の話は夜通し続くのではとアルザバートは不安を覚えていた。
と、そのとき、話し続ける父が何かを両手で抱えるような仕草をするのを目撃したことでアルザバートはいよいよ困惑する。
話は――おそらく今やっとミーネが生まれたところだ。
もう長い夜どころの話ではない。
これはもうしばらく待ってから彼を救出すべきだろう。
そうアルザバートが考え始めたところ、いつまでたっても彼を解放しない父にミーネが突撃していった。
そしてぷんぷん怒って話を中断させると、少しくたびれた様子の彼を救出してくる。
「はは、ミーネはもう僕らが心配する必要はないみたいだね」
「うぅ……、喜ばしいことですが、それはそれで寂しいですね」
悲しげに言うミリメリアにアルザバートは苦笑する。
「僕たちの間に娘が生まれたら大変そうだなぁ、ミリーは娘離れが出来なさそうだ」
「え? え? そ、そんな……」
「君は女の子を可愛がりたいばかりだから、子供は娘ばかりになるかもしれないね」
「え、えぇ……、そんなの……、いいですね」
想像したのか、ミリメリアが幸せそうに惚け始める。
仲の良いアルザバートとミリメリアの側にいるシャフリーンは努めて冷静に取り繕っていたが、見る者が見れば「つらい……!」と表情に出ていることに気づいただろう。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/17
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/02
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/02
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/04/26




