第319話 12歳(冬)…ちょっと聖都へお参りに
そろそろ皆も王都での生活に慣れてきたかな、と感じ始めた日の夕食時、おれは昔言っていた『聖都へのお参り』に行こうと切り出してみたところ、父さん母さんはすっかりそのことを忘れていた。
おれはちょっと拗ねた。
「いやだっておまえ、六年くらいの前の話なんだろ? むしろよく覚えていたな」
「んー……、どうしてお参りに行こうって話になったのかしら?」
はて、きっかけは何だったかな?
父さん母さん、そしてまだ赤ちゃんだったクロアにも善神の加護があることがわかり、それでいつか――、みたいな感じだった気がする。
「ごしゅぢんさま、セレスは? セレスはある?」
「セレスにもちゃんとあるぞ」
「やったー」
みんな一緒、とセレスは喜んでいたが、一名、レイヴァース家の一員でありながら恩恵のないシアが密かに口を尖らせていたりする。
「そのときは家族旅行って感じだったけど、今なら精霊門ですぐに行って帰ってこられるからさ、どうかなって思って」
「え? 精霊門で? それっていいのか?」
父さんは驚くが、話を聞いていたアレサはにっこりと微笑む。
「もちろんです。あ、では私はこのあとさっそく聖都に戻って、レイヴァース家のみなさんを迎える祭りの準備を――」
「いやいや、そんな大ごとになるなら行けませんから。精霊門は使わせてもらいますが、それ以外は特別扱いはせず、お参りに来た一家くらいの感じで放置しておいてもらえれば――」
「いえいえ、レイヴァース家は偉大なる聖女シャーロット様ゆかりの家ですし、レイヴァース卿は善神の祝福を戴く方であり、スナーク狩りの英雄です。迎えるとなれば聖都をあげての歓迎を――」
「いやいやいや、そんな大げさにする必要はありませんから!」
「いえいえいえ、レイヴァース卿をお迎えするんですから盛大に!」
それからおれとアレサは、いやいや、いえいえ、の応酬を繰り返すことになり、話がすぐにはまとまらないと判断した皆はそのまま食事を続けた。
「もごごー(私も行くー)」
△◆▽
盛大な歓迎をするべき――。
そう主張するアレサはその夜、屋敷を飛びだして行ったのだが、翌朝しょぼくれて戻って来た。
なんでも聖都へ戻って大神官に直談判しに行っていたらしい。
聖都――セントラフロ聖教国は善神を祀っており、その信徒たちの最高位となるのが大神官。政教一致なので元首でもある。要は教皇が国の運営も受け持っているようなもの。
そしてアレサはそんな人に直々に怒られた。
それはヘコむか。
まず「歓迎したい気持ちはわかるが無理強いは良くない」と窘められたらしいが、一番怒られたのは従聖女でありながらおれの側を離れて戻って来てしまったことだったらしい。
「多少、側を離れるならまだしも、国を跨いで離れるとは何事かと。確かにその通りです。申し訳ありません」
「いやー、まあ、次から気をつけてもらえればそれで……」
実際はアレサが側を離れてもまったく問題ないのだが、それを正直に言うと従聖女という役割を否定してしまう。しょげかえっているアレサに鞭打つことになりかねないので、おれは曖昧に謝罪を受けいれるような感じで収めたのだが――
「でも、それでも盛大にお迎えするべきなのに……、ネペンテス様はどうしてわかってくれないのでしょうか」
どうやらアレサは大神官に怒られたから落ち込んでいるのではなく、ただ盛大な歓迎が却下されたことを惜しんでいるようだった。
△◆▽
それから日取りを決め、その日、レイヴァース一家とプラス一名、そして犬はアレサに先導されて精霊門をくぐり、セントラフロ聖教国へと訪れた。
「ようこそおいでくださいました」
精霊門の向こう側では騎士たちが左右に整列しており、迎えるように正面にいたのはベルガミアで会った聖騎士セトス・ルーラーだった。
言葉を交わしたのは晩餐会での挨拶だけだったが、武闘祭で竜のアロヴ相手に粘り、最後は派手にぶっ飛ばされたのが印象に残っている。
「ここに集まったのはあの場に居た者たちです。この度はお忍びということでしたが、せめてご挨拶だけでもと」
セトスがそう言うと、整列していた騎士たちが一斉に跪く。
ベルガミアの防衛戦に参加していた人たちか。
敬われすぎておれはびっくりだが、金銀以外のみんなはもっとびっくりらしくぽかんとして固まってしまっている。
そんななか、セレスに抱えられていたバスカーが腕から抜けだして飛び降り、跪く騎士たちにちょっかいをかけ始めた。さすがにリトルジョーをひっかけることはないと思うが、畏まった場で無邪気に遊び回られるのは単純にご迷惑である。
「こら。ほれ。バスカー、こっち」
慌ててバスカーを呼び寄せ、抱えあげる。
「報告は受けていましたが……、その子犬がアレだったのですか」
「アレだったものですね」
「ずいぶんと可愛らしいことになったものですね。撫でさせてもらってもよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
やや恐る恐る伸ばしてくるセトスの手を、バスカーがぺろんと舐める。
「ほわぁ!?」
いきなり舐められるとは思っていなかったか、セトスが素っ頓狂な声をあげ、その様子に跪いていた騎士たちの何人かが噴いた。噴かなかった者たちもなんとか堪えているだけのようで、多くの者たちが跪いた体勢でビクンビクンして鎧がカチャカチャ音を立てている。
犬は置いてきた方がよかったかな……。
△◆▽
精霊門のある建物を出ると正面先に立派な建物があり、案内をしてくれることになったセトスはあれが聖都の政庁であり、善神を祀る神殿であると説明してくれる。
この精霊門と政庁は小高くなった丘に建設されており、この場からはぐるっと聖都の街並みを眺めることができた。
聖都という響きから、勝手に白い石作りの都市というイメージを抱いていたが、そんなきっちりかっちりした街並みではなく、古めかしくはあるがどこか優雅。建物は漆喰の家が多く、様々な明るい色に彩られているため、なんとなくお伽話の都市のようなイメージを抱いた。
「それでは皆様、どうぞこちらへ」
セトスに先導されて政庁の真っ正面にある神殿へと向かう。
神殿はイメージ通りと言うか、白い色の総石作りであり、長方形の建物の前面には列柱。中央には扉がなくぽっかりと四角い空間になっている。
階段を上り内部へと入ると奥に逞しい男神――善神の石像があった。
「ようこそ」
神殿の中で待っていた法衣を着た聖女とおぼしき女性たちと、法衣を纏った神官たちが恭しく礼をする。
そんな聖職者たちの中心に立派な法衣を身につけた者がいる。
「大神官を務めていますネペンテスと申します。善神の祝福を戴くレイヴァース卿をお迎えできて光栄です」
聖都のトップ。
ならば着ているあの法衣が噂には聞いていた総ヴィルクの服か。
「……うぉぉ……」
コルフィーが声を殺して震えていた。
飛びつかないようにね?
それからどうもどうもと紹介合戦があり、どういう趣向なのかよくわからないが皆で善神にお祈りを捧げることになった。
善神の像を前におれたちが一列に並んで跪き、その背後に大神官をはじめとした聖職者たちが並んでいる。
善神がどんな奴かは知らないが、生まれたときからお世話になっているのでそれなりの感謝を込めておれは祈る。
皆も手を組み静かに祈りを捧げるなか――
「ぜんしんしゃま、ぜんしんしゃま、んー……、こんにちは」
セレスは祈りというか、挨拶をしていた。
するとだ。
神殿内の空気が変化した。
これって神が現れる前兆では、と思っていると、善神の像に光が灯る。
それは薄い雲に遮られた太陽のような、ぼんやりとした柔らかい光。
突然のことに神官たちがざわつき出すなか、善神の像を覆い隠した光の向こうに像とは違う人影らしきものが現れた。
人影はゆっくりとこちらに歩み寄ってきている。
もしかして善神か?
と思っていたら横から別の人影が飛びだしてきて、最初の人影にタックル――腰に取り付いた。
『……お前……は、……まずいと……!』
『……止め……、れるな……!』
なんか喧嘩してる……。
最初の人影の行動を、しがみつく人影が阻止していた。
よくわからないまま傍観していると、さらに人影が増えて最初の人影に次々としがみついていく。
が、それでも最初の人影はこちらにじりじりと近寄ってくる。
『……誰か……、闘神……、れてこい……!』
そう叫んだのはどっかで聞いたような野郎の声。
やがて――
『……待ってたぜぇ、この瞬間をよぉ……!』
『……ぐふっ……!』
最後に現れた人影が、最初の人影にドロップキック。
しがみついていた人影もろとも蹴散らした。
それを最後に光は薄まっていき、そのまま場を包みこんでいた気配も消えてなくなった。
「え、なに?」
今のはいったい何だったのか、おれは呻いたがそんなの居合わせた者たちにもわかるわけもなく、みんな揃って首をかしげるだけだった。
△◆▽
妙なことは起きたものの、参拝は滞りなく行われた。
そのあとおれたちは聖都を観光してはどうかとネペンテスから提案され、神殿の階段下に用意されていた馬車へと向かう。
みんなが階段を下りていくなか、おれはネペンテスにそっと話しかけられた。
「アレグレッサはどうですか? 何かご迷惑をお掛けしたりしていませんか?」
「よくやってくれていますよ」
ただ最近「寒くなったので温めておきました!」とベッドで待ちかまえている。
まあすぐにどいてくれるからいいんだが、たまにぐっすり寝ていて起こすのが忍びなくて困るのだ。
アレサに初めてそれをされたとき、おれが思ったのは秀吉に「ワラジは懐に入れて温めておきました!」と言われたときの信長の反応はきっとあっぱれとか褒めるんじゃなく「お、おう……」という困惑だったのだろうという確信だった。
おれがそんなことを考えているとはつゆ知らず、ネペンテスはにこやかに話を続ける。
「従聖女にアレグレッサを選んだのは、歳が近く親しみやすいだろうというのもありますが、やはり良き聖女だからです。あの子ほどの治癒術を身につけている者は世界を見渡しても居るか居ないか。しかしそれ以上に、あの子ほど聖女らしい聖女は居ないからです。どうかこれからも目をかけてやってもらえませんか」
「むしろこちらが目をかけてもらってる方なのですが……、はい、良い関係を築いていこうと思います」
「ありがとうございます」
それからおれたちは聖都の観光を楽しみ、夕暮れ近くにザナーサリーへと帰還した。
※誤字と文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※誤字脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/06




