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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章1 『レイヴァース家の冬の日々』編
321/820

第317話 12歳(冬)…あやしい腕輪

 ロールシャッハから神の恩恵を制御できる(かもしれない)という件の魔道具が見つかったと連絡があり、おれはアレサに精霊門までついてきてもらってシャロ様の屋敷へとうかがった。


「これだこれ。やっと見つかった」


 応接間に案内され、さっそくその品を見せられる。

 それは金属を成形しただけのように見えるシンプルな腕輪。

 なんとなく思い出したのは、ガムテープを両手首に装備して「俺は伝説の傭兵!」とのたまいながら校内を練り歩き、以降『脱走奴隷』と呼ばれるようになったクラスメイトのことだったが、それは本当にどうでもいい話だ。

 渡された腕輪を手首に通してみたが、これといって体に変化を感じることはなく、そもそも見た目にしても神の恩恵を制御できるような品には見えない物――、詳しく話を聞いてみることにする。


「シャロとリィの奴が協力して作った物でな、仕組みなど、詳しいことは私にはわからん。そのあたりはリィに聞いてみるしかないな」


 リィ――シャロ様の弟子、母さんの師匠であり育ての親であるリーセリークォートの愛称か。


「そうですか。使い方については?」

「それもわからん。ほとんど使われなかった代物だ。面倒な儀式や呪文の詠唱といったことはやっていなかったと思う。加護や祝福を授かった者なら、腕に付けてみればなんとなくわかるのではないかな?」

「特になんとも無いのですが……」

「うーん、すまん、当時は『二人で妙な物を作っている』としか思っていなくてな。まさか君のような者が現れ、必要になるとは思ってもいなかったから詳しいことは聞いていないのだ」


 まあそれもそうか。

 むしろこれが残っていることを覚えていてくれただけでも感謝すべきだろう。

 ひとまずダメもとで〈炯眼〉を使って調べて見る。



〈簒奪の腕輪〉


  【効果】その身に宿す神の力を奪う。

      奪った力を所有者の意思に従わせる。



 わかるような、わからないような。

 与えられている力を、こっちが望むように使うことが出来るとかそんな感じでいいのだろうか?


「ひとまず色々と試してみます。どうにもならない場合は、ルーの森へ行って直接リーセリークォートさんに話を聞いてみるので。母さんも師匠はどうしてるかって気にしてますし、近いうちに」

「ん……? それは精霊門で、という話か?」

「はい。ルーの森にもあるんですよね?」

「ある。あるが……、現在、ルーの森の精霊門は閉ざされている」

「へ? そうなんですか? どうしてまた……」

「それは……、君ならなんとなくわかるかな。エルフという種族の古典的な印象。高慢ちきで排他的、というやつ」

「あー、そういうイメージはありますね」

「こちらも古くはそうだったらしいが、邪神討滅後の世界はもう意地を張っている場合ではなくなってな、エクステラ森林連邦などはそういった慣習から完全に脱却した。だがな、各地にあるエルフの森には、程度の違いはあれどまだそういった弊習が残っているのだ。そしてルーの森を治める現在の王――ではなく女王か、そいつがまた保守的な奴でな、精霊門を閉ざすばかりか、外交まで断ってしまった。なのでルーの森へ行くとなると、まず近くにある国の精霊門に出てそこから向かうことになる」

「話を聞くためにちょっと出掛ける、ってわけにはいきませんね。となると来年の……迷宮都市を取材しにいったあとか……」


 早々話はうまく運ばないらしい、残念だ。


    △◆▽


 屋敷に戻り、コルフィーに腕輪の鑑定をお願いする。


「魔鋼の合金……! それも王金と霊銀の……! どこからそんなとんでもない物を貰ってきたんですか!」


 装備者がシャロ様に限定されていないということは、天然の魔鋼で作られた物ということになる。

 お値段については考えないようにしよう。


「使い方とかわかったりしない?」

「んー、わかりません。情報が継ぎ接ぎと言うか、虫喰いと言うか、きっちりしてなくて。効果は……一時的に神さまから与えられている力を横取りして、自分の思うように使うことが出来る――ってこれ恩恵を授かっていることをいいことに、自分で神さまの力を使っちゃうってことですよ!? ものすごい罰当たりじゃないですか!」


 ふむ、募った寄付金で豪遊しちゃう感じかな?

 コルフィーの鑑定のおかげで漠然と腕輪の効果は判明した。

 あとは使い方なのだが……、制作者であるリーセリークォートに話を聞けない以上、これはもう実験して確かめるしかない。

 ということで実験開始。

 正直ちょっと恐いが、無理してポックリ逝くのを回避できるようになる可能性があるならやっておくべきだ。

 訓練場の片隅で行われる実験に立ち会うのは金銀赤の三人と、興味を持った母さん、心配して様子を見に来たコルフィー、そしてみんなに遊んでもらえると勘違いして寄ってきたバスカーだ。

 実験は腕輪を付けたまま〈魔女の滅多打ち〉を使ってみるという、その程度のこと。〈針仕事の向こう側〉の方は失敗して頭がパーンとかなったら洒落にならないので、〈魔女の滅多打ち〉を選んだ。

 そして覚悟を決めていざ〈魔女の滅多打ち〉を使用。

 ……うん、何も変わらないですね。

 一旦〈魔女の滅多打ち〉を終了。

 母さんに話を聞いてみる。


「合い言葉とかあるんじゃない?」


 合い言葉って、あったとしてそんなのリーセリークォートに聞いてみるしか――


「あ、コルフィー、鑑定でこれの合い言葉とかわからない?」

「合い言葉? うん? ……これでしょうか、えと『すべての親を殺せ。すべての親となるものを殺せ』」

「なにその物騒なの!?」


 親をぶっ殺して、親になる子もぶっ殺す?

 いや、殺仏殺祖の変形か?

 仏に逢うては仏を殺し――、で始まるそれは確か禅の教えで、本当に殺すわけではなく、神だろうが親だろうが、依存や執着になるならそれを手放さなければ解脱することは出来ないとかそんな感じの話だが……。

 うーむ、シャロ様、どうしてこんな物騒な合い言葉を……。


「すべての親を殺せ。すべての親となるものを殺せ」


 疑問に思いながらも、ひとまずその合い言葉らしきものを口にしてみる。

 するとどうだ。

 のっぺりとしていた腕輪の表面にびっちりと光の線が浮かび上がる。

 それは電子機器の基盤にある回路に似ているが、集積回路の代わりに魔法陣が描かれている。

 それを見た母さんが「あ」と声をあげた。


「回廊魔法陣ってやつね。師匠が昔取り組んでたっていう。実物を見るのは初めてだわ」


 珍しいものを見た、と感心している母さん。

 そして一方のおれ、血流と言うか、体温と言うか、自分の体に流れていたもの、発していたもの、そういうものが腕輪に引きずり込まれていっている妙な感覚を覚えていた。

 何かこれまでにない、違ったことが起きている感じはする。

 とは言え針金のハンガーだって頭にはめてみると引っぱられるような感じを覚えるし、ただの錯覚という場合もある。

 まあひとまず効果が現れたと仮定して、さて、どうするか。

 本当に腕輪に効果があるか判断するためには、過去にぽっくり逝くことになった無理を再現してみることなのだが……。

 まずコボルト王と戦った際にやった〈針仕事の向こう側ナイトヘッド・ワンダーランド〉。

 失敗したら本当にシャレにならないので無理。

 効果があるか不確定な状態ではとてもやる気にはなれない。

 次にスナークの群れを駆逐した〈大王ねずみの行進曲エレクトリカル・ブラックパレード〉。

 スナーク居ないから黒い雷撃が出ないんですけど……。

 最後にバスカヴィルをシバいた黒雷の鎌〈忌まわしくも尊き神聖(セイクリッド・デス)〉。

 同じくこっちも出ねえ……、尻尾振ってるバスカーじゃダメだ。

 くっ、何か起きているという手応えはあるのに試しようがない!


「どうしろってんだ!」

「いやなんでわたしに怒鳴るんですか……」


 などと、シアに八つ当たりしてみたりと無駄な時間を過ごしているうちに腕輪の効果は切れた。

 光る回路が消えてしまい、腕輪は元のなんでもない姿に。

 効果時間は十分あるかないか。

 体に変調をきたすようなことにはならなかった。

 が、何と表現したものか、例えば衣替えして長袖の重ね着から半袖だけになったときに感じる妙な身軽さと言うか、頼りなさと言うか、そんなのを感じるようにはなった。

 これが恩恵ブーストの副作用?

 恩恵の作用の弱体化かな?

 ブースト状態の実験は出来なかったが、こっちの状態で力を使ったらどうなるかは試すことが出来る。

 とは言え頭に作用する〈針仕事の向こう側〉は恐いので、やるのは〈魔女の滅多打ち〉である。

 ほんのちょっと自己強化、というつもりだったが――


「……? ……!? あ、これ、あ!?」


 どん、と全身を叩かれたような衝撃を覚えた瞬間、それが初めて〈魔女の滅多打ち〉を身につけたとき、調子に乗って全身ぎっくり腰状態になった状況とまったく同じなことに気づいたが――もう遅い。


「あぁぁ――――――ッ!?」


 おれはあられもない悲鳴をあげながら地面に倒れ伏した。

 体中がシャレにならないくらい痛いです。

 どうやら〈魔女の滅多打ち〉は恩恵が働いていて初めて制御・運用することができるものだったらしい。もし〈針仕事の向こう側〉だったらかなりまずい状態になったのでは? その判断だけはナイスおれ。


「レイヴァース卿!? 今すぐ治療を――」

「はい待った。アレサさん、それは駄目よ。命に別状はないようだから、ここはちょっと痛い思いをして反省してもらわないと」


 母さんはおれを治療しようとするアレサを止めると、それから我が家の方針――自然治癒に任せても平気な状態・状況ならば回復魔法やポーションには頼らないでおくという話を聞かせる。

 くっ、そうだ、母さんはそういう方針の人だった……!


「今は別に急ぎの仕事もないんでしょう? ならこれを機会にゆっくりと体を休めたらいいわ。幸いなことに、屋敷にはお世話してくれる子たちもいることだし。ふふ、アレサさんもこの子の面倒をみてやってくれる?」

「はい! もちろんです! お任せください!」


 母さんの話を聞いてアレサがすっかり介護する気になってしまっていた。


    △◆▽


 寝たきりの悪夢再び!

 前回は一週間くらい安静にする必要があったが、今回はどれくらいかかるのだろうか。


「しくしくしく……」

「ごしゅぢんさま、なかないで。はい、きょうはケロちゃん」


 と、セレスが寝たきりになっているおれの枕元にカエルのぬいぐるみをそっと置いてくれる。

 おれが寂しくないようにとぬいぐるみを貸してくれるのはありがたいのだが、自律行動するようになったせいでちょいちょいちょっかいをかけてくるので困っている。

 不自由な状態になってしまったおれのお世話をしてくれるのは主に張りきっているアレサ、念力でおれをひょいっと浮かせられるジェミナと、一緒に風呂に入っても大丈夫なパイシェだった。


「パイシェさん、あなたがここに来てくれて本当によかった。どうかメルナルディア王に、よろしくお伝えください」

「う、うーん、まさかこんな風に感謝されることになるとは……」


 よく世話になるのはこの三人だったが、ただ寝ているだけのときは他のメイドたちが看病にあたってくれた。まあ実際はおれの退屈しのぎになればと話相手に居てくれるようなものである。

 気を使わせてしまってますね、アホな主ですいません。

 そんな身動きが取れない日々には難儀していたが、メイドたちとゆっくり話が出来る機会にもなった。

 そんななか――


「ご主人様、聞いてくださいよ。ティアナ校長ったらずるいんです」


 リオがしょぼくれた様子で相談と言うか愚痴と言うか、報告をしてくる。

 この屋敷での生活に落ち着いてきたセレスはメイドの仕事に興味を持ち始めていた。家では父さん母さんのちょっとしたお手伝いをしていたが、ちゃんと働いているメイドたちに感化されたようだ。

 そこでティアナ校長がセレスに指導を始めた。


「順番からして私が教育役なんですよ。ご主人様も次に誰か来たら私を教育役にするって言ってくれましたし。それなのにー……、ちょっとティアナ校長に言ってください」

「うーん……」


 リオの言い分はわかるが、幼いながらも意欲的なセレスにティアナ校長はすっかり育てる気になってしまってる。まだ幼いので今日はこれを覚えましょう、と、一つのことを丁寧に指導し、褒めて伸ばすスタイルで教育している。上手く出来れば褒めてあげ、セレスと一緒になって喜んでいる様子は孫を可愛がるお婆ちゃんである。

 そんな状態のティアナ校長からセレスを取り上げるのは……。

 それにセレスはメイドのみんなにも可愛がられてるから、その教育役となると、ティアナ校長だから、というのもある。

 しかしリオが拗ねるのはどうしたものか。

 じゃあならばとコルフィーを付けるわけにもいかない。

 コルフィーは縫製の特別講師、むしろ教える側なのだ。


「うーん、リオはもうちょっと待とうか。それに最近、戦闘訓練を熱心にやってるみたいだし、自主訓練の時間もとれるから教育役じゃない方がいいんじゃないか?」

「それはそうなんですが……」


 言いながら、リオはしょぼくれる。


「そっちは伸び悩んでいるんです」

「そうなのか」


 誰もがほっといたらいつの間にか勝手に強くなってて、大技ぶちかますどこかのご令嬢のようにはいかないか。

 リオの素質が〈炯眼〉で調べられたらよかったが、今のところ得られる情報は名前とメイド見習いという称号くらいのもの。

 これでは――、って、コルフィー先生の〈鑑定眼〉があったわ。

 ならコルフィーに調べてもらって……、そうだな、冒険者訓練校の生徒みたいに雷撃を浴びせかけたら才能が開花するかもしれん。

 リオの了解を得てコルフィーに調べてみてもらったところ、リオは魔法の才能はないものの、身体能力については非常に高い才能があることが判明する。


「なあリオ、おれがこんな状態になる原因になった――まあ身体強化の魔技みたいなもんなんだけどさ、それって他人にも使えるんだ」

「へぇ、そうなんですか」

「うん。で、それ試しに受けてみる? もちろん弱めに使うけど、それでも効果はあるから、ちょっと身体強化された状態の感覚を体験してみたら、何かのきっかけにならないかなーって思うんだ」

「きっかけですか……。そうですね、お願いします」


 そんなやり取りがあり、それから五日後。

 とてもじゃないが痛すぎて身動きが取れない、という全身バキバキから、筋肉痛程度に落ち着いたのでリオに〈魔女の滅多打ち〉を使う訓練をやらせてみる。

 まずはリオの手を取り、弱めの〈魔女の滅多打ち〉を撃ち込む。


「ふわぁ!?」


 ちょっとビリッとしたか、リオがびっくりして声をあげる。

 それからリオは軽く体を動かし始めたが、身体強化によって体が予想以上の反応を示すのでしばらく戸惑っていた。

 しかしふとした瞬間から、強化状態の体を動かすコツを掴んだのだろう、動きすぎる体に翻弄され、たたらを踏んだり、よろめいたりしていた動きにキレが生まれ、それはさらに鋭くなっていく。

 意識はすぐに強化状態の体に追いついた。

 ある程度以上となるとおれは〈針仕事の向こう側〉と併用しないと制御できなくなるのに、素の状態で、か。

 案外、伸び悩んでたのって単純に基礎体力が足りてなかったとか?

 普通の状態に戻ってからは、強化状態との違いを確認するように体を動かし、また〈魔女の滅多打ち〉を受けてみる。

 リオは夢中で体との対話を続ける。


「ずいぶんと熱心にやっていますね」


 しばらくすると、アエリスが様子を見に来た。


「リオの我が侭を聞いて頂き、ありがとうございます」

「いやいや、これくらいかまわないよ」


 頭を下げるアエリスに言う。

 それから少しアエリスと一緒になって体を動かすリオを眺めた。

 リオを見つめるアエリスの横顔はどこか寂しげな表情をしているように感じたが、不意にこちらに向いて言う。


「少し相手をしようと思います。私にも強化を施して頂けませんか?」


 断る理由もなく、おれはアエリスにも〈魔女の滅多打ち〉を使用。

 それからリオとアエリスは練習試合を始める。

 思いのほか真剣で、鬼気迫るものがあり、そのまま気のすむまでやらせてみた。

 そして翌日早朝――


「あわわぁ、うひっ、にょぉー、あだだだだ……!」

「ぐっ、くぅ、うぐぐ……!」


 二人は全身筋肉痛で動くたびに声をあげたり呻いたり。

 仕事は無理だと三日ほど安静にさせた。


※誤字脱字と文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/01

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/04/20

※さらに誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2023/05/09


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