第313話 12歳(冬)…にぎやかさの予感
コルフィーが末の妹として家族に迎えられたあと、屋敷の皆に自己紹介をしてもらった。
ただ姫がいたり伯爵令嬢がいたり男性がいたりするため、詳しいことは後回しにして、まずは名前と挨拶くらいに留めてもらう。
それから長旅をしてきた皆を応接間に案内してちょっと休憩。
ひさびさのレイヴァース一家の団欒だ。
一名、クェルアーク家のお嬢さんが紛れていたが、まあ気にしない方向で――
「おばさま! 私、魔術をたくさん使えるようになったのよ!」
「まあそうなの。ふふ、じゃあ後でさっそく見せてもらおうかしら」
行こうと思ったらそうも行かなくなる。
「大惨事になるので郊外でお願いします!」
慌てて口を挟んだ。
今のミーネと母さんという組み合わせは下手するとシャレにならない惨事を引き起こしかねない可能性を秘めているな……。
屋敷の被害を未然に防いだおれは、気を取り直してここに住み着いている妖怪たちの紹介に入ることにした。
「さて、じゃあこれから屋敷に住み着いてる変なものを紹介していくぞ。まずは精霊からだ」
いっぺんに会わせるとクロアとセレスがパンクしそうな予感がしたので、精霊、次に犬、そしてぬいぐるみたち、という順番にした。
呼びかけに応え、精霊が部屋を埋め尽くさんばかりに出現する。
両親はぽかんとしていたが、クロアとセレスは喜んだ。
「ふわぁ、すごい……!」
「きれーい!」
精霊たちの登場にクロアとセレスはきゃいきゃいと大はしゃぎ。
「精霊たちは言葉がわかるから、夜トイレに行きたいときは明かりになってもらうと便利だぞ。クロアはもう一人で平気か?」
「へ、平気だよ!」
「はは、そっか。セレスはまだ怖いか?」
「セレスはシアねーさまに――」
と言いかけたセレスだったが、ふと隣のコルフィーを見て言い直す。
「ひとりでいけます! もうへいきなのです!」
姉として意地を張るセレスに思わず笑みがこぼれる。
だがそれでは布団に大陸図を描くことになってしまうのでは……、と心配したところ、コルフィーが気をきかせた。
「じゃあ姉さん、そのときはわたしも誘ってくださいね。姉さんと一緒なら怖くないです」
「あ……、じゃあ、そうします!」
そう言ってセレスはコルフィーの頭をよしよしと撫でる。
とにかくお姉ちゃんぶりたいらしい。
セレスはシアを手本にしてるから、シアが自分にしてくれるようにコルフィーにもしてあげようと考えているのだろう。
「くぅ……」
だからシア、そんな寂しそうな顔するんじゃない。
セレスが姉離れしようとしてるのに、おまえが妹離れ出来なくてどうする。
まあ気持ちはわからんでもないが。
「さて、じゃあ次に紹介するのは……」
と、おれは部屋の扉を開く。
「わん!」
「「――ッ!?」」
そこにいたのは子犬型精霊バスカー。
すぐにクロアがソファから立ち、いそいそとバスカーの元へ来ようとしたのだが、それをセレスが止める。
「にーさま、まってください」
「うん? どうしたの?」
「ここは、そっと。にげちゃいます」
いや、逃げないよ?
尻尾ぺるぺるさせて待ってるよ?
だがセレスはクロアを制止したあと、そーっと、そーっと、中腰で両手を前に出してバスカーに近寄っていく。
そしてその正面まできたところで、シャッと素早く動き、見事(?)バスカーを捕獲した。
「つかまえました!」
「わん!」
抱えられたバスカーは嬉しそうに一声鳴き、そしてセレスの顎の辺りをぺろぺろぺろぺろ……!
「ふわぁ!」
びっくりしたセレスはバスカーを放してしまう。
「あ! にげちゃいました!」
セレスは慌てて再度捕獲を試みるが、バスカーはもう『遊んでモード』になってしまったようで部屋を走り回って逃げる。
セレスはパタパタそれを追うが、残念、翻弄されるばかりで捕まえられない。
「にいさま! つかまえてください!」
「え、そんな急に!?」
難易度が上がったところでパスされてクロアは戸惑ったが、それでもセレスと一緒になってバスカーを捕まえようとする。
楽しそうでなにより。
だが、待ちなさい。落ち着きなさい。兄さんが紹介しようとしているものはまだ他にもいるんだから。
「こらー、バスカー、ほれ、こっち」
ひとまず事態を収拾しようとおれはバスカーを呼んで抱えあげる。
「ごしゅぢんさま、かしてかして、かしてください!」
「兄さん、ぼくも抱っこしたい!」
おれがどっかの子ライオンみたいにバスカーを掲げると、セレスとクロアは手を伸ばして受けとろうとする。
「まあ待て。まだ紹介しないといけないのがいるから。そのあとコレはあげるから、好きなだけ遊んでいいから」
そう言ってひとまず二人を落ち着かせ、バスカーを脇に抱えて再び扉に向かい、開く。
「「――ッ!?」」
開いた扉の向こうにいたのは三体のぬいぐるみだ。
正面にクマ兄貴、そして左右にプチクマとウサ子。
「でっかいクマがクーエル、小さいクマがアーク、ウサギはフィーリーって名前だ。精霊が入り込んで動かしてる。クマは乱暴に扱ってもべつにどうでもいいが、ウサギは優しく扱うんだぞ。絶対だぞ」
クマ兄弟が両手をジタバタさせて抗議していたが無視。
それからクマ兄弟とウサ子はクロアとセレス――目を見開いて口をぽかんと開けたままになってしまった二人の前へとちょこちょこ歩いていき、ひょいっと手を挙げて挨拶した。
「……はぅ」
とその瞬間、セレスがふらっとよろめき、パタっと倒れてしまった。
「セレスッ!?」
何事かと、おれはバスカーをほっぽりだしてセレスを抱きおこす。
セレスは思いのほか幸せそうな顔で意識を失っていた。
精霊、犬、そして動くぬいぐるみ、と来たところで多幸感がリミットブレイクして気を失ってしまったらしい。
くっ、段階を踏んでもセレスには耐えられなかったか……!
「ご主人さま、どうしましょう。おそらく喜びすぎて気を失ってしまったのだと思いますが……、アレサさん呼んできます?」
「……いや、長旅で疲れてるだろうし、ここはこのまま寝かせておこうか」
それからおれは二階の西側、おれや金銀の部屋が集まっているその向こうに用意したセレスの部屋に抱きかかえていき、ベッドに寝かせてやる。
「セレスが起きたとき、知らない部屋だとびっくりすると思うから私はついていてあげるわね」
「あ、うん。わかった」
同行した母さんにセレスを任せて応接間に戻ると、クロアはバスカーを抱えて撫でくり回し、父さんはプチクマとフィーリーを左右の肩に乗せながら向かい合わせで抱えたクマ兄貴と睨めっこをしていた。
「ひとまず紹介はこれで終わりだから、部屋に案内するよ」
父さんと母さんの部屋は二階、階段を挟んで東側にある。
クロアの部屋は西側、おれたちの方である。
ここがおれの部屋、ここは私、こっちがわたし、とどこが誰の部屋か説明しながらバスカーを抱えるクロアを部屋へ連れていこうとしたところ、セレスの部屋のドアが少し開いた。
「あれ? もうセレスは起きたの?」
顔を覗かせた母さんに尋ねたところ、母さんは困り顔で言う。
「あー、そうじゃないの。ちょっと言いにくいんだけど……」
そして母さんがさらにドアを開くと――
『……ッ!?』
わらわらわら、と溢れだしてきたのはたくさんのぬいぐるみ。
おれがセレスに贈ったぬいぐるみたちだ。
「あらま、セレスちゃん起きてまた気を失っちゃいますよこれ」
「あははは! ぬいぐるみいっぱい!」
「ほわわわ……!」
「みんなが動いてる……!」
シアは心配し、ミーネは喜び、コルフィーは動揺、クロアは唖然としていた。
「母さん、ぬいぐるみ全部持ってきてたの!?」
「そりゃ持ってくるわよ。セレスも絶対に一緒に行くって言ってたし」
そうか、妖精鞄(大)に放りこんできたのか。
そして部屋に飾ろうと出して……。
「この有様なの?」
「そうなの」
△◆▽
みんなが来たら賑やかになるんだろうな、ふふ、なんて思ってたら予想を超えて賑やかになりやがった。
原因はもちろんセレスに贈ったぬいぐるみたちだ。
種類は色々、思いついて作れるのをせっせと作っていった結果だ。リアル志向ではなく愛嬌重視。鳴いたり吠えたりはしない奴らだが、ジタバタと自己アピールをするので視界にいると鬱陶しい。
騒ぎに気づいてやって来たアレサとメイドたちはぬいぐるみ軍団をすぐに受けいれた。もうこの程度の出来事で動じなくなったことは喜ぶべきだろうか? それとも申し訳なく思うべきか?
「この子たちはみんなレイヴァース卿が作ったものなのですか?」
「うん……、この可能性は考慮しておくべきだった……」
特別なにか害があるわけではないが、妖怪が急増してしまったことにやるせなさを感じる。
「あんちゃんあんちゃん、あとでぬいぐるみと遊んでいいか?」
「ジェミも。ジェミも」
ティアウルとジェミナは嬉しそうにはしゃいでいる。
他のメイドたちもそれぞれ気に入ったぬいぐるみを抱えては撫でたり抱きしめたりしていた。ヴィルジオはとぼけた顔のドラゴンを、リオは可愛らしさしかないライオン、アエリスはモコモコのヒツジ、パイシェはこれは何だと困惑した顔で浮遊するマンボウと睨めっこ。
「おうリビラ、おまえの弟がいるぞ」
「おめーの妹もいるニャ」
シャンセルはネコの、リビラはイヌのぬいぐるみを抱え、薄ら笑いを浮かべながら睨み合っている。
「ふふふ……」
サリスはウサギを抱えて微笑みかけていたが、そのままどこかへ立ち去ろうとしたので止めた。
うん、まあそのウサギ、ウサ子にとってはお姉ちゃんになるけど、だからって攫って行こうとしないの。しばらくはセレスと一緒に居させてあげてね? セレスのだからね?
そんな軽い混乱があったのち、一時間ほどして目を覚ましたセレスは持ってきたぬいぐるみがすべて動き出していることに大喜びしてまた倒れた。
さすがに今度はアレサにお願いして意識を戻してもらい、ひとまずぬいぐるみ軍団と思う存分遊んでもらおうと第二和室に案内する。お願いする必要もなく、シアとコルフィーは一緒にいて面倒を見てくれるようだ。クロアはどうするか尋ねてみたところ、こっちもぬいぐるみたちが気になるようで、結局、弟妹はみんな第二和室に集合、ついでにミーネ、という状態になった。
みんなには和室で遊んでいてもらうことにして、それからおれはクロアやセレスには知らせないでおいた方がいいことを両親に説明するため場所を校長室へ移動、アレサとメイドたちにも集まってもらう。
話はメイドたちのなかに姫とか伯爵令嬢とかいて、おれの身の安全を守るために聖女が派遣されてきていることなどだ。
それから精霊たちや犬は元スナークであることを説明していく。
あと一応、オーク仮面についての説明もあり――
「んん!? おい待て息子よ、あの寝転がっているシャーロットの像って正面広場にあったアレなのか!?」
「てっきりシャーロットを尊敬するあまり自分で用意したと思ってたんだけど……、そう、あの像だったのね」
話を聞き終えた父さんと母さんはやはり困惑。
クロアとセレスには王様からもらったということにしておくことに。
嘘ではないからな。
最後にティアナ校長からこの屋敷で取り組んでいるメイドの教育についての話があり、そのあと解散となった。
屋敷のどこに何があるか両親を案内しようとしたところ、それはサリスが引き受けてくれるということで任せ、おれはそのまま第二和室へと向かった。
部屋ではクロアとミーネがバスカーと転げ回り、セレスはぬいぐるみを片っ端から撫でたり抱きついたりとじゃれ合うのに大忙し、シアとコルフィーはそれを幸せそうに眺めていた。
「あ、兄さん、もういいの?」
「ああ、もうしばらくしたら早めの夕食にするから、それまでのんびりしていよう。何かしたいことはあるか?」
「うーん、何したらいいんだろう……」
バスカーを撫でながらクロアが困ったように言う。
到着して早々、あれやりたいこれやりたい、とは思いつかないか。
まあ今日の所はこのまま妖怪たちとじゃれ合っているだけで終わってしまってもいいだろう。
いや、クロアはまだ落ち着いているが、セレスの方はそれだけでも大仕事なようだ。
かまって、かまって、と群がるぬいぐるみたちの相手に大わらわ、てんてこ舞いなのである。
「セレスー、そんなに一生懸命になってぬいぐるみの相手をしなくてもいいんだぞー。たぶんそいつら、かまってほしいばっかりだからな」
セレスが軽く混乱しているような気がしたのでそう言ってやると、まだまだお姉ちゃんしていたいシアも続く。
「そうですよー、そんなに頑張らなくてもいいんですよー、これから一緒に暮らすんですから、急いでなでなでしなくても。時間はいっぱいあります。セレスちゃんは何かしたいことはないんですか?」
シアがにこにこしながら言うと、セレスはちょっと考え込み、それからシアにひしっと抱きついた。
まだシアにくっつきたいのか。
シアじゃなくて、お兄ちゃんにくっついて来てもいいんだぞ?
「じゃあわたしも!」
と抱き合うシアとセレスに抱きつくコルフィー。
それを見たぬいぐるみたちは抱き合う三姉妹にわらわらと群がっていき、結果として高濃度のメルヘン空間が形成された。
もうちょっと頑張ったらミリー姉さんとか召喚できそうな気がした。
△◆▽
久しぶりに家族そろっての夕食は賑やかなものになった。
それからひと休みしたあと――
「よし、クロア。久しぶりに一緒にお風呂に入ろうか」
「あ、うん!」
おれとクロアは兄弟仲良くお風呂に入った。
すると次はシアとセレスが姉妹仲良く風呂に入ることに。
「うん? コルフィーも一緒に入ればいいんじゃないか?」
「あ、わたしは後でいいんです。今日はシア姉さんとセレス姉さんでゆっくりしてもらった方がいいじゃないですか」
「じゃあコルフィーは私とね!」
「え?」
コルフィーはシアとセレス――姉妹の団欒に遠慮したようだが、その結果、何故かミーネとペアでお風呂に入ることになっていた。
こうして子供メンバーはお風呂をすませ、もうお休みの準備万端という状態で第二和室に集まった。
と言うのは、セレスが今晩は兄弟姉妹みんな一緒に寝たいとお願いしてきたからである。
もちろん可愛い妹の可愛いお願い、おれもシアも反対などしない。
しかし子供とはいえみんな一緒にベッドで眠るのは無理。
なので第二和室に布団を敷いて眠ることになったのだ。
「私もー!」
そこに楽しそうだからとうらやましがってミーネも参加。
すでにメイドの誰かが布団を用意してくれていたので、あとはもう寝っ転がってお休みするだけの状態である。
並びは右からおれ、クロア、ミーネ、シア、セレス、コルフィーとなり、その周囲にバスカーとぬいぐるみ軍団という状態になった。
「えへへー」
みんなで並んで寝るという状況が楽しくて仕方ないのか、セレスはくすくす笑いながらシアとコルフィーの間を、ころん、ころん、と転がっている。
「兄さん、家をでてからのこと聞かせてー」
「あ、それわたしも聞きたいです」
精霊たちの薄明かりのなか、そろそろ寝るぞ、となったときクロアがそう言い、コルフィーがそれに乗っかる。
まあ寝物語にでもなればと、おれは実家を出発してからの話を思い出しながらゆっくりと語っていく。
気づけば王都に到着する辺りでみんな寝ていた。
安らかにぐっすりと。
明日になんの不安もなく、安心して眠りにつくことが出来るというのはとても幸せなことだ。
おれもそろそろ寝るか、と目を瞑る。
明日はミリー姉さんが来るんだよなぁ……。
※お風呂に入る流れを加筆しました。
2017/08/07
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/31
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/01/21
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/02/05
 




