第312話 12歳(冬)…家族集合
うちの家族が王都へ到着するのを心待ちにしてくれる者は多かったが、そのなかで一名ちょっと困った人がいた。
ミリー姉さんである。
牽制するためであっても「セレスはちっとも可愛くないですよ」なんておれもシアも言えないので、ありのままを語ったところミリー姉さんはセレスに会える日を待ち焦がれるようになった。
久しぶりの家族の再会だというのに、ハイテンションでセレスを攫って行きそうな人をその場に置いておくのは不安で仕方ない。
そこでミリー姉さんにはその日は遠慮してもらうことにした。
「何故ですか!?」
半ギレで食い下がられた。
だが誠心誠意、心を込めたおれの説得(言葉)とシャフリーンの説得(物理)によってなんとか納得し、家族が到着した翌日に来てもらうということで落ち着いた。
そして十月の終わり、皆は無事王都に到着、辻馬車に乗って屋敷にやって来た。
馬車は玄関前に並ぶおれたちの前までやってきて止まる。
扉が開いた、と思ったら――
「ごしゅぢんさまー!」
ぴょーんとメイド姿のセレスが飛びだした。
「うおっと!」
気持ちがはやりすぎたか、着地のことなど考えていないセレスを慌てて抱き留める。
「はは、元気だったか?」
そう尋ねてみたが、セレスはおれにしがみついて顔をぐりぐり押しつけるのに必死で聞いちゃいなかった。
そして満足するまで顔をぐりぐりしたあと――
「シアねーさま!」
「セレスちゃん!」
今度は隣にいたシアにしがみついてぐりぐり。
シアはなんかそのままセレスを自分の体に埋めこもうとするような勢いで抱きしめている。
そんなセレスに遅れて馬車を降りてきたクロアは落ち着いていた。
と思ったらちょっと半泣きだった。
「クロア、久しぶりだな! 元気だったか? ちょっと大きくなってるな!」
「うん、うん……」
ちょっと返事が出来なくなっているクロアと抱きしめ合う。
「ぼ、ぼくお利口にしてたよ。セレスのめんどうもちゃんと見てたよ」
「そっか、ちゃんとお兄ちゃんしてたか。立派だぞ」
頭をなでなでしてやると、ちょっと泣いていたクロアだったが嬉しそうな笑顔になった。
「よし、じゃあシアにも――」
再会の挨拶だ、と言おうとしたのだが、シアとセレスは抱きつき合ったままさっぱり離れる気配がないので後回しにすることにした。
「あとでいいか。先にこっち……、ミーネは覚えてるか? クロアが三歳くらいのころ、しばらく一緒に暮らしていたけど」
「うん、ミーねえのことは覚えてるよ。……ほんとはあんまり覚えてないけど」
「あはっ、でも覚えててくれたのね!」
さすがに家族の再会に横やりを入れるのはまずいと空気を読んだのか、うずうずしながら待機していたミーネだったが、紹介したところで鎖から解き放たれた獣みたいにクロアをがっちり捕獲した。
「ひさしぶり! ちっちゃかった頃しか知らないから、すごく大きくなった感じがするわ!」
「そりゃ八歳だからな」
「じゃあわたしが初めてクロアに会ったときくらいなのね! 不思議!」
いや、べつに不思議じゃねえと思うが……。
まあちっちゃかった男の子が、あの頃の自分くらいになっているわけだから、感慨のようなものはあるのかな。
ミーネに抱きしめられているクロアはちょっと照れているようだったが、嫌がっているわけではないのでそのままにしておき、おれはクロアとセレスの様子を笑顔で眺めていた父さんと母さんに挨拶をする。
こちらは一般的な軽い抱擁である。
「息子よ、少し会わない間に立派になったな。自慢の息子だったが今はさらに誇らしいぞ。ただちょっと立派になりすぎてて、父さんもうどうしたらいいかわからないぞ」
「どんと構えていればいいじゃないの。ねえ」
と母さんは同意を求めてくるのだが、ちょっとどんと構えている父さんって想像できねえな。
さてそろそろシアとセレスは落ち着いたかな、と見てみたらまだくっついていた。
先に離れたら負け、みたいな遊びでもしているのか?
無理矢理引きはがすのは気がひける。
しかしここで時間を食っていてはいつまでたっても対面の挨拶が終わらない。
仕方ないので二人はもう気がすむまでくっついたままでいてもらうとして、次にやらねばならないコルフィーの紹介に進む。
「コルフィー、父さんと母さん、弟のクロア、妹のセレスだ」
緊張してカチコチになっているコルフィーの背中を押して父さんと母さんの前に立たせる。
「……あ、あの、わたしがコルフィーです。家族に迎えてもらって本当に感謝しています。ふつつかな娘ですが、どうぞよろしくお願いします」
「あらあら、そんなに緊張しなくてもいいのよ? 息子からの手紙だとあなたのことが詳しく書かれてなかったから、これから色々教えてちょうだいね?」
「は、はい!」
微笑み合う母と新しい娘。
おれと父さんは並んでそれを眺め、クロアはミーネに後ろからのしかかられるように抱きつかれながら眺めている。
「ところで息子よ、一つ問題があるんだ」
「へ? 問題?」
「そう、問題だ。コルフィーちゃんは弟妹の何番目にすることになっている?」
「次女だけど?」
実際はシアより数ヶ月ほど年上っぽいが、自分の方が妹っぽいとコルフィー自身が主張するのでシアが長女、コルフィーが次女、セレスが末娘となる。
ところが――
「だめー!」
シアにくっついていたセレスが離れて叫ぶと、そのままコルフィーの前に立った。
「だめ!」
そしてさらに主張。
ダメって……、セレスはコルフィーを家族に迎えることに反対だったのか?
「うぁぅ……」
あ、セレスに反対されてコルフィーが物凄いしょんぼり顔になって目眩を起こしたみたいにふらついている。
うーむ、どうしてセレスはコルフィーが気に入らないのかな?
いや、そもそも初対面、コルフィーという個人が気にくわないとかそういう話ではなく、たぶんいきなり姉が出来るという状況が気に入らないのだろう。
セレスは可愛がられているからな、もしかしたら皆から自分に注がれる愛情がコルフィーの出現によって減るんじゃないかと幼い感覚で心配しているのかもしれない。
ひとまずセレスにはあとで何が気に入らないのか聞き出し、ゆっくりと説明していくことにしよう。
と、おれは思ったのだが――
「セレスがねーさま!」
「……ん?」
セレスが妙なことを言った。
おれはその言葉の意味を少し考え……、気づく。
「もしかしてセレスがお姉ちゃんになりたいのか?」
「セレスのほうがさきにいたから、セレスがねえさま!」
この発言も意味を考え……、やっと理解する。
つまり先に家族にいたから、年齢とか関係なく自分が姉になるとセレスは主張しているのだ。
「……姉さま?」
コルフィーはぽかんとしていたが、セレスにそう呟く。
セレスはうんむ、とうなずいて言う。
「そう、ねえさま」
「お姉ちゃん?」
「そう、おねえちゃん」
そして見つめ合うコルフィーとセレス。
「お姉ちゃん!」
「いもうとー!」
ひし、と抱きしめ合う二人。
問題は解決した。
それはいいのだが……、どういうこと?
なんかちょっと会わないうちにセレスが面白く育っちゃってるんだけど……。
「話はまとまったみたいね」
「コルフィーちゃんが話のわかる子でよかったよ」
両親はそう安堵するのだが……
「あれ、じゃあぼくは姉さんじゃなくて年上の妹ができるの? ぼく弟じゃなくて兄なの?」
若干クロアが困惑していた。
※誤字を修正しました。
2017/08/05
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/20




