第311話 12歳(冬)…ミリー姉さんの指名依頼
しばしだらけて英気を養っていたが、ミーネの刺繍に付きっきりだったコルフィーにも余裕が出来てきたため、そろそろ本格的にミリー姉さんの指名依頼――シアとミーネに贈る服の製作に取り組むことになった。
「姉さんとミーネさんには冬に着られる服を作りましょう。温かくなってから着る服はわたしがお礼に贈る分ということで」
「うん、いいんじゃないかな」
「ではそういうことで」
冬服を作ることに決め、それからデザイン……の前に基調とする色を決めるのにちょっと揉める。
「今のミーネさんの服は暗い色が多いので、今回は明るい色にしようと思います。思い切って白でどうでしょう?」
提案されて想像する。
ミーネに白の服か。
「ちょっと清楚すぎるな。見た目の印象と本人の性質が喧嘩して時空が歪むかもしれないからやめよう」
「なんですかそれ!?」
率直な感想を述べたらびっくりされた。
「まあそれは言い過ぎかもしれん。確かに似合うだろう。だが単純な問題としてあいつはやんちゃだ。うっかり下水路に突撃するような奴だ。下手すると着た初日にまだら模様になりかねん」
今の服は暗めの色で、自浄効果があるからまあ何とかなっているというのがある。おれの仕立てでは自浄効果が付与されるかどうかは完成してみるまでわからないので期待しすぎるのもまずいのだ。
「むぅ……、確かにミーネさんはすぐ汚しそうですね……、淡いピンクとかもいいかなと思ってましたが……」
「可愛すぎるな。見た目の印象と本人の性質が乖離しすぎているから時空が裂けるかもしれん」
「いやですから、どういう表現なんですかそれは……。いや、でもその感覚であの服を作ったわけですし……、じゃあ兄さんはどんな色がいいと思うんです?」
「普段着られて可愛い服って要望がきてるから……、基調にするのはちょい暗めの黄色で、こんな感じで……」
と、おれは紙にデザインを描いていく。
縁に白いもふもふのついた肩を隠す程度のケープとそれに合わせたコート。剣を持ち歩くお嬢さんなので腰には帯剣用のベルトを描いておく。
「なにこれ可愛い。なんですか、いいじゃないですか」
「個人的にはこういうのも似合うと思うんだが」
と、また紙にデザインを描く。
それはバイキング風の勇ましい衣装だ。チュニックにズボン。腕と脛にもふもふを巻きつけ、毛皮のマントを羽織っている。
「たぶんすごく似合うと思うんだ」
もしおれがこれを着たら胡散臭さのあまり「どこかの蛮族のお子さんですか?」と警備隊が熱い質問タイムを設けることだろう。しかしミーネが着るなら活発さとか凛々しさ、そして結局の所の可愛らしさによってまとめられてしまう。可愛いのは得だな。
「いやこれ……、似合……、うぅ……、なんかすごく似合う気がします! でも今求められているのはこれじゃないです!」
「うん、まあおれもそう思ったから最初のを描いたんだけどな」
服はデザインだけして「はい、終わり」というわけにはいかず、そこからせっせと縫いあげなければならない。きっと似合うから、という変な遊び心を優先させては、作業の途中で「なんでおれこんなネタに苦労してるんだろう……」なんて後悔し始め、出来上がりの質も悪くなりかねない。
「まあミーネさんのは最初のやつでいいですね。こっちの勇ましい感じがするのは余裕があったらわたしが頑張ります」
「え、作るの?」
「余裕があったらです。でもいつかは作ると思いますよ。作ってみたいので。ミーネさん以外にもティアウルさんにも似合いそうですよね」
ふーむ、コルフィー先生は裁縫に貪欲だな。
「ではコートはこれで。下はどうします?」
「下? あ、そうだな、下着でこれ着るわけないもんな」
露出狂じゃあるまいし、コートの下が半裸では問題だ。
「じゃあ下は試しにコルフィーの言った白とピンクを使った服にしてみようか。可愛すぎると思うけど……」
「いいじゃないですか可愛くて。じゃあ次にシア姉さんですね。いつもメイド服姿なので黒は止めましょう。白は……」
「銀髪に白とか可憐すぎる感じがするからやめよう。印象詐欺で訴えられかねない」
「誰から!? いいじゃないですか可憐でも。どうして兄さんはそう潰しにかかるんですか……。じゃあどんな色がいいと思うんです?」
「青とか紫を……暗めでかな?」
「明るくしては駄目なんですか?」
「ミーネもそうだが髪が明るすぎるんだよ。そこに明るい色の服を着せると淡くなりすぎる。まあ夏ならそれもいいが、冬場だからな。銀の頭に淡い青とか紫とか見た目に寒々しい」
「あー……、確かに涼しげになりますね」
「うん、だから暗めで。あとあいつ腰に鎌を差すから……上着はこんな感じの丈の短いやつにしてだな」
と描いたのは丈がヘソ当たりまでのジャケット。ボレロだったか? これなら腰の鎌を取るのに邪魔にならない。そうなると合わせられるのはロングのワンピースくらい? ズボンはミリー姉さんが残念がりそうだし。うーむ、なんかの発表会に行くお嬢さんみたいな感じになるが……、そのあたりは飾りで誤魔化そう。
「兄さんて適当そうなのに案外真面目に考えて決めてるんですね。わたしではシア姉さんが鎌を装備することまで気が回りませんでした。わたしもこれでいいと思いますし、シア姉さんはこんな感じで」
「じゃああとはもうちょっと細部をどうするか考えるか」
「そうですね、頑張りましょう」
「そうだな、頑張ろうか」
と、言質を取られたのがまずかったのだろうか?
「はい、兄さん寝ない! まだ夜明け前じゃないですか!」
「な、夏だったらもう夜明けになってるよぉ……」
忘れていた。
まだ居候していた頃のコルフィーは無理矢理にでも寝かせないと平気で徹夜してしまうくらい張りきる子だった。
それも家庭の事情が心の痼りになっていて、だ。
では心を曇らす憂いも、懸念も、何一つなくなった状態のコルフィーの頑張り具合はいかほどなのか?
たぶんあれだ。
鶴の恩返し。
数日、部屋に籠もって一気に反物を織ってしまう鶴のごとしだ。
あの昔話は作業している部屋を覗くなという約束を爺さんだか若者が破ってしまって終わりだったが……、困った、うちの恩返しに燃える鶴さんは誰が覗きにこようとお構いなしに仕事を続けやがる。
「コルフィー、もう休もうよぉ、おやつ、美味しいおやつを作ってあげるから。それを食べながらひと休みしようよぉ……」
「駄目です! 昨日はそれで気が緩んで寝てしまいました! 日が昇ったら朝食まで眠っていいですから、頑張ってください!」
「今の時期は日の出が遅いから昇ったらもうすぐ朝食だよぉ……」
睡眠時間が一時間もないのですが!
あぁ、もう。
かみさま! かみさまー!
コルフィーが頑張りすぎなので何か言ってあげてー!
かみさまー!
さすがに朦朧としてきたので、苦し紛れに神頼みをしてみたところ――
「あ!」
ハッ、と何かを思いついたようにコルフィーが顔をあげた。
「兄さん! ヴァンツ様からのお告げがありました! わたしは頑張りすぎているのでほどほどにして休みなさいと!」
うお、ホントにか!?
たまには気の利いたこと――
「そして兄さんはもっと頑張れるので尻を叩けと!」
あんの野郎ぉぉぉ!
△◆▽
本格的に作業にとりかかって一週間したところでシアとミーネの服が完成した。
正直、頭おかしいと思う。
一週間でまったく違う冬服一揃えとか。
いくら祝福と加護持ち二人がかりだったとは言え、この短期間でこの成果はおかしい。
あとこの一週間の記憶が曖昧だ。
気づいたら服が完成していた、と言うのは言い過ぎだが、それに近い感覚を覚えている。
もしかしたら靴屋の小人って職人の爺さんが記憶飛ぶほど頑張った結果なだけなんじゃね?
コルフィーとの作業については、今後は制限を設けることを心に誓いながら、ともかく依頼品である服が完成したことをミリー姉さんに報告した。
一応、依頼された品なので、まずはミリー姉さんに渡し、それから金銀の二人に贈るという段階を踏む。寸法合わせとかもしたのでもう二人はどんな服かわかってしまっているが、やはりここでほいっと渡してしまうのではなく、ミリー姉さんが手渡した方がいいだろう。
依頼品が仕上がった知らせはミーネが伝えに出向いていき、そしてミリー姉さんと一緒に馬車に乗って帰ってきた。
まあ予想できていたのでミリー姉さんを迎える準備は万端。
応接間のテーブルに金銀の服を畳んで置いておき、ミリー姉さんが到着してすぐに贈呈式が出来るようになっている。
ミリー姉さんは金銀に服を手渡すと、さっそく着たところを見せて欲しいとおねだりしたので二人は一旦部屋に戻ってお着替え。
まだかまだかとソファでそわそわするミリー姉さんの背後には御付きのシャフリーンがやれやれと言いたそうな顔で控えている。
そして金銀はしばしミリー姉さんをじらしたのち、応接間に戻って来た。
「まあまあ、二人ともとても似合ってますよ」
ミリー姉さんは二人をもっと側で見ようと立ち上がる。
まずはミーネをじっくりと観察。
「ミリー姉さま、ありがとー!」
「どういたしまして」
それからむぎゅーっと抱きしめ合う。
次にちょっと照れているらしいシアを観察。
「ミリーお姉さま、ありがとうございます」
「そう言えばシアちゃんがメイド服以外の格好をしているのを見るのは初めてじゃないかしら? ふふ、とっても可愛らしいわよ」
そしてシアもむぎゅーっと。
うん、ミリー姉さんは満足してくれているようで一安心。
ミーネも喜んでいるし、シアも照れつつも嬉しそうだ。
寸法合わせや調整を進めるなか、完成を心待ちにしていたようだし、妙に感謝もされた。
それを思うともっと贈ってやってもいいような気もするが、作らなきゃならないのがなんともかんとも。コルフィーが手伝ってくれたら苦労が半分になるかと思いきや二乗されたしな。
それからミリー姉さんの提案でメイドのみんなにもお披露目することになり、ミーネはいつもよりテンションが高く、シアはみんなから褒められて照れすぎたのかプルプルしていた。
ミリー姉さんは二人にくるくる回ってもらったり、部屋の中を歩いてもらったり、ポーズとってもらったりとお願いをしたあと、これは写真に残すべきだと強く主張し始めた。
今日にかぎってパパラッチが湧かなかったので、急遽、写真屋まで馬車で向かうことになる。
「え、ご主人さまは一緒に来てくれないんですか!?」
「ごめんなさい。寝させてください。お願いします」
シアはおれに同行してほしそうだったが断った。
制作者だから一応は、と成り行きを見届けようと頑張っていたのだが、そろそろ限界が近く、ちょいちょい意識が飛ぶのだ。
シアには諦めてもらい、おれは三人を見送ってから自室でゆっくり仮眠をとった。
やがて夕食時に起こされ、食事をしながら新しい服を着たままの二人から出掛けていった後の話を聞いた。
写真を撮る前に髪飾りなどの小物が必要だと思い至ったミリー姉さんの望むままにお店を連れ回され、それから撮影して夕暮れに戻って来たらしい。
「楽しかったねー」
「そ、そうですね」
だいぶ落ち着いたがまだシアに照れがある。
メイド服を着させすぎたせいだろうか……、ちょっと反省するべきかと思ったが、こいつ金いっぱいあるし、自分で好きなように買えばいいという話である。
ともかく二人が満足そうなのでほっとするところなのだが……。
『………………』
感じる……!
周りに控えているメイドたちから強い圧力を感じる……!
もし人の念を観測できる装置かなんかでこの部屋を調べてみたら、おれのいる場所だけすり鉢状に窪んでいたりするのではなかろうか?
うん、わかってる。
わかってるから。
でもみんなの分を今回のペースで作るとなったらおれ過労死しちゃうから……!
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/17
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
 




