第310話 12歳(冬)…アル兄さんの訪問
祭りが終わってから二十日ほど経過した日の朝。
すべての時間を注ぎ込んで頑張った成果、冒険の書の二作目である『王都の冒険者たち』がひとまず仕上がった。
めでたい!
とてもめでたい!
「ひゃっはー!」
徹夜明けの謎のテンションに達成感と解放感が加わった結果、おれは部屋から飛びだしてシャロ様像の周りを歓喜の盆踊りをしながらぐるぐる巡回した。
唐突だったせいで気が触れたのかとメイドたちに心配されたがまあご愛敬だ。
このことはさっそくサリスにお願いしてダリスに伝えてもらう。
もちろんそれは冒険の書の完成のことであり、おれが盆踊りを始めたことではない。ダリスだって伝えられても困るだろう。
ダリスが来たらまず仕上がった二作目を渡す。
それからちょっと発明品について相談するつもりだ。
このところすっかり放置していた発明品の企画だが、我が家に和室もどきが出来上がった結果、おれのなかにムラムラととある器具への欲求がわき上がってきたのである。
それは何か?
コタツである。
昔、実家に居る頃にも考えはしたのだが、和室が無いうえ、作るとなると練炭を利用した練炭コタツになる。これは鉛筆を作ろうと試みた結果の副産物である炭団が利用できるのだが……、幼いクロアやセレスがもぐり込んだりしたら危ないのでボツにした。
しかしチャップマン商会であれば魔道具としての――電気コタツに近いそこそこ安全な代物が作れるのではないか?
ということでまずは提案してみて、それから話し合いをする予定。
床座りできる場所が必要とされるため、商品としての価値はあまりないかもしれないが……、ひとまず第一和室と第二和室用に二つ作ってもらいたいと考えている。
△◆▽
ダリスは昼過ぎにやって来た。
が、ここで思いもよらぬ問題が発生してしまう。
どこで聞きつけたのか知らないが、突如マグリフ爺さんが湧いて試遊をしたいと駄々をこね始めたのだ。
「見よ、この儂を! ジジイじゃろ!? 出版されるまで生きておられるかわからんじゃろ!? 明日にもぽっくりかもしれんじゃろ!?」
「いやそういう寿命を盾にするのやめてくださいよ……」
何もここで試遊会なんてしなくても、チャップマン商会の方で調整のために嫌と言うほどセッションは行われる。
「そっちでやればいいじゃないですか」
「もちろんそっちも参加するわい。じゃがまずここでやることに意味があるんじゃ」
なんて我が侭なジジイだ。
ったく、どこで知りやがったんだ、と思っていたら――
「こんにちはー、試遊会の取材に来ましたー」
今度はルフィアが湧いた。
なんで試遊会が行われること前提なんだよ、と思い、気づく。
製作の進捗具合についてルフィアはさんざん尋ねて来ており、今日あたり完成することも伝えていた。
「なあルフィア、マグリフ校長に今日完成しそうって伝えた?」
「え? うん! 凄く知りたそうな――、ってあだだだ!」
とりあえず頬をつねっておいた。
△◆▽
そして仕方なく始まる試遊会。
プレイヤーはまずしぶとく長生きしそうな爺さん。
想定しているパーティの最大人数は六人なので、残りの五人はみんなで話し合って決められることになった。
そのなかでシアとサリスはGMをやるおれのお手伝いをしてくれることになり、ダリスは観察、ルフィアは取材、そしてコルフィー、アレサ、パイシェはやったことがないということで見学に回る。
残るミーネとメイドたち――ティアウル、ジェミナ、リビラ、シャンセル、リオ、アエリス、ヴィルジオの八人で残り五枠を誰が取るか話し合われる。
それはおやつの進呈を持ちかけてみたり、弱みをつついてみたり、後でどうなるかなど脅してみたりと実に平和的。
まずおやつに釣られてミーネが脱落した。
メイドたちとは違い、ミーネはチャップマン商会に突撃することが出来るのでそう急ぐ必要がないというのが大きい。
「そう言えば姉御ってあの約束まだ果たしてないよなー」
「うぐ……」
シャンセルが指摘したのは、傭兵たちから屋敷を守る際、メイドたちの誰かが傷を負うようなことになったら、みんなの前で体重計に乗るとヴィルジオが宣言したアレである。
しかし今のところ、メイドたちの誰もヴィルジオが約束を果たすのを急かしたりしない。
それは無理矢理に乗せてそこで終わらせるよりも、何かにつけてちらつかせた方が有益だと理解されているからだ。竜をぶん殴って成敗できるヴィルジオだ、いざとなったら体重計を踏み砕いてしまう場合もあるため、おれとしても無理に乗せようとは思わない。
こうしてヴィルジオが脱落。
そして次に狙われたのはリビラだった。
ベルガミアへ出発する前、おれに黒のワンピースを仕立ててもらったことをつつかれて脱落した。
こうして選ばれた――と言うより、生き残ったのはティアウル、ジェミナ、シャンセル、リオ、アエリスの五名であった。
二作目は冒険者訓練校に関わることがメインシナリオになる。
それは訓練校生として冒険者を目指す段階と、卒業して冒険者レベルを上げてのち、遠征訓練の護衛を依頼されるまでだ。
しかしこの試遊会では依頼をこなして冒険者レベルを上げる段階はすっとばすことにする。ある程度レベルがあがった状態のキャラクターを作ってもらい、いきなり遠征訓練の護衛をやらせてみるのだ。
本格的にプレイとなると単純に時間がかかりすぎる――それこそ何日もかかるし、おれとしては大急ぎで拵えたメインシナリオの最後の出来を試してみてもらいたい、という理由があっての決定である。
こうして突発的に始まった試遊会はなかなか盛りあがった。
△◆▽
冒険の書二作目の受け渡しが終わったその翌日、サリスが来客を知らせに来たとき、おれは第二和室でごろごろしていた。
冒険の書の製作から解放されての、しばしの休息である。
本当ならコルフィーにせっつかれながらてんこもりの衣装製作に取り組んでいるところだが、今は少しだけ猶予が与えられていたため心ゆくまでだらけていた。
「ご主人様、アルザバート様がいらっしゃいました」
「え? アル兄さん?」
珍しい。
妹のミーネはもうほとんど住み着いてるレベルだが、アル兄さんの訪問は初めてだ。
おれはだらけるのを中断して応接間へと向かう。
「やあ、ちょっとお邪魔させてもらうよ」
「どうぞどうぞ」
アル兄さんと向かい合わせでソファに座り、サリスにお茶とお菓子を用意してもらう。
「本当はもっと前に来たかったんだけどね、ほら、君って何かと忙しいみたいだから邪魔かなと思ってさ。ミーネに聞いても、今は忙しいみたい、って返答にしかならないし」
「そうだったんですか。そんな気を使わなくてもよかったですよ?」
「はは、特別な用事があるわけでもないのに、妹が世話になりっぱなしの所へお邪魔するのも気がひけてね。そう言えば、いまミーネは居ないのかな?」
「居ますよ。ちょっと仕事をしてます。呼んできましょうか?」
「いや、ならいいんだ。居ればすぐに来るだろうから、居ないのかなって思っただけだよ。仕事って何をやっているんだい?」
「ちょっと刺繍を」
「刺繍!?」
アル兄さんがびっくりする。
「え、刺繍って……、あれかい? 何か物騒なことの比喩とかじゃなく、布に針で糸を通して模様を作る本当の刺繍かい?」
「なんですか物騒な比喩って……、普通の刺繍ですよ」
「おぉ……、どうしてそんなことに……」
アル兄さん、驚く気持ちもわかるけど……、その言い方では何か道を踏み外したような感じに聞こえてしまう。
「話は冒険者訓練校の遠征訓練後までさかのぼるんですが――」
と、おれはアル兄さんにミーネが初めての報酬で家族のみんなに贈り物をしようとしていることを説明する。
「ああ、なるほど。そういう贈り物だったのか。ミーネが家族の誰が何をもらったら喜ぶかそれとなく聞こうとして、むしろ不審な行動になっていたから、もしかしてとは思っていたんだ」
贈りたい気持ちはあるが、何を贈ったらいいかさっぱり決められなかったミーネはそろそろ焦り始めていたのだが、そこでコルフィーから上等なハンカチに刺繍をして贈ったらどうかと提案された。
「最初はすぐに無理ってあきらめると思ったんですけどね」
なにしろミーネは初めて布に針を通すと同時に、自分の指にまで通して悲鳴をあげていたのだから。
しかし悩めるミーネはコルフィーの話をひとまず聞いてみることにしたようで……、そこからコルフィーの猛プッシュが始まった。
何も売れるような刺繍を施す必要はなく、ちょっとしたワンポイント刺繍でいいのだと説明する。
「絶対に喜ばれますよ!」
「そ、そうかな……」
「ええ、わたしなら額縁に入れて部屋に飾りますね!」
ミーネは勢いに押され、そのままコルフィーとのマンツーマン刺繍教室を受講することになる。
「急がなくていいんです。ゆっくりでいいんです。贈る人のことを想像してください。贈る人が喜ぶ姿を想像してください。胸が温かくなりませんか? その温かさを感じながらゆっくり丁寧に針を通していけばいいんです」
コルフィーは懇切丁寧に手ほどきをしていた。
裁縫が好きな子だから、まずはその楽しさを知ってもらおうとしているのがよくわかる。
そのためミーネも頑張っている。
前にブスッと針で指を刺して放棄したときは……、おれの教え方がダメだったんだろうな。
「はは、それは邪魔してはいけないね。そうか、ミーネが刺繍をした贈り物か」
アル兄さんは嬉しそうな笑顔だ。
「たまには女の子っぽいことをしてもらった方が、アル兄さんとしても望ましいんですか?」
「ん? ああ、いや、そうじゃないんだ。僕はべつにミーネにお淑やかになってもらおうとは思わないからね。ミーネは末っ子だから、これまで与えられることばかりだったんだよ。それが自分から誰かに与えようとし始めたのがね、ちょっと嬉しいかな。ただ贈り物を買ってきて渡すだけじゃなく、自分なりに考えているのもね」
ミーネの変化を兄として喜んでいるようだ。
おれはクロアやセレスが初めて稼いだお金でハンカチを買って、そこに自分で刺繍をして贈ってくれるという状況を想像してみた。
…………!
ハンカチは家宝となり額縁に入れられて飾られることとなった。
「これは父さん泣くかもね」
「おや、涙もろいんですか? けっこう厳しくて、そのせいでミーネが萎縮してしまってたとか話してくれましたよね?」
「んー、たぶん勘違いしていると思うから、もう少し詳しく説明するよ。確かに父さんは厳しいけど、何もことあるごとに叱りつけるようなことはしない。いや、怒鳴るところなんて見たことないね。かなり温厚な人なんだよ」
「んー……?」
「どうしてミーネが萎縮するのかわからないって顔だね。これは父さんとミーネの性格が関係するんだ。父さんは話が長い。すごく長い」
「……はあ」
「一つ例を挙げようか。ミーネが廊下を走り回っていたらうっかり花瓶を落っことして割ってしまったとする。君ならどうする?」
「頭ひっぱたいておやつ抜きですね」
「はは、わかりやすいな。ミーネにとってもわかりやすい。でも父さんの場合は違う。まずミーネを部屋に呼んで、廊下を走ってはいけないと丁寧に説明する。どうして廊下を走っていけないかを説明しつつ、廊下を走り回るようなことでは淑女にはなれないと説明する。どうして淑女にならないといけないかという話は、気づけば父さんの半生の話に変わっていく。父さんは祖父ほどの強さに恵まれなくてね、それが悔しかったみたいなんだ。冒険者をしていたこともあるけどそこそこ止まりで、自分は父親とは違う道――より良い統治者となれるように努力を始めた。その挫折があるから、冒険者もいいがまず貴族の娘として必要な礼儀作法をミーネには身につけて欲しいと話をする。たぶんこれで三時間くらいかかるね」
「そ、それは……」
ミーネ立ったまま死ぬんじゃねえの?
「父さんはミーネが可愛いから、だからどうにか自分の考えを理解してもらおうと丁寧に話を進める。それが長い。ただでさえ長い話がますます長くなる。ミーネも愛されているのはわかるから、つらくても大人しく話を聞く。結果として、お説教をされなくてもすむようにどんどん縮こまっていってしまったんだ」
「なるほど……」
父と娘なのに絶妙に噛みあわなくて、ミーネにとっては父親が天敵になってしまっていたのか。
「あんまりミーネが萎縮してしまったから、さすがに祖父は心配になってしばらく家から離すことにしたんだ」
「……ん? それって、もしかしてうちですか?」
「そうそう。お説教の危険がないから、ミーネはずいぶんはしゃいだようだね。ちょっとはしゃぎすぎて君に迷惑かけていたようだけど」
「そうですねー」
「はは、感謝している。君のところへお邪魔したのが色々と契機になった。魔術を身につけられたこともあって、父さんはミーネは冒険者としてもやっていけるだろうと判断したんだろうね、説教することが少なくなった」
「そうですか。ならよかったですね」
「ただ嬉しくて余計な話が多くなってね、結局長い話を聞かされることになるからミーネが避けるようになった」
「それって結局ダメなんでは!?」
「いやいや、そんなことはないよ? それまでじっと我慢して話を聞いていたミーネが『もう! お父さまお話長い!』って怒って追い返すようになったからね。みんな微笑ましく思ってる」
ま、まあクェルアーク家がそれでいいなら、いいんだろうが。
「で、ミーネからも聞いていると思うけど、そんな父さんがそのうちこっちにやって来る。そのときレイヴァース家の皆を招待したいんだ。こちらがここへお邪魔するのは……、ちょっと問題があるし」
「問題?」
「ほら、ただのメイドとして扱うわけにはいかない、やんごとない身分の方もいるわけだし、気にしないってわけには……」
「あー……」
そうか、王女とかいるもんな。
「わかりました。ではお邪魔させてもらいますね」
「うん。で、これが今日ここに来た本題なんだけどね、父さんが君に会うのをとても楽しみにしているんだ。たぶん物凄く長いお話を聞かされると思うんだけど……、どうか大目に見て欲しいな」
「えぇ……」
なんてこと。
ちょっと気が重くなり、ミーネの気持ちが少しだけ理解できた。
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2018/12/17
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/20
※さらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2022/02/28




