第308話 閑話…サリスの陰謀
このところサリス・チャップマンは憂鬱だった。
それは主が秋の終わりまでに冒険の書、その二作目である『王都の冒険者たち』を仕上げ、そののち領地に戻るつもりでいるからだ。
王都に残ってもらえないかと密かに働きかけてみていたが、帰省を楽しみにしている主に対して効果は無く、かといってこれ以上はあからさますぎて不信を買うと思いサリスは別の手段を取ることにした。
「はい、それでは話し合いを始めたいと思います」
その日、サリスはメイドたちを食堂に集めた。
急遽召集されたメイドたち――ティアウル、ジェミナ、リビラ、シャンセル、リオ、アエリス、ヴィルジオ、パイシェは何を話し合うかも聞かされておらず、やや困惑した面持ちである。
「サリスよ、一体何を話し合うのだ?」
代表するようにヴィルジオが問うと、皆はうんうんと頷いた。
「そうですね、まずはそれを言わなければいけませんね。もちろんわかっています。ええ、つまり……、ええ、それはですね……」
サリスにしては歯切れが悪い、と皆が不思議そうにするなか、テーブルにちょこんと置かれていたフィーリーが励ますようにサリスにちょいちょいと触れる。
「うん、フィーリーありがと。私、頑張るから」
ぬいぐるみに励まされるサリス。
今となってはごく当たり前、日常的な光景であったが、それを眺めていたヴィルジオは思いついたように頷く。
「ああ、主殿が領地に戻ってしまうことについてか」
「ちょ!? いや、まあ……、そうなのですが……」
サリスが戸惑いながらも認めるなか、ヴィルジオの指摘によって改めてその問題を認識したメイドたちの表情が暗くなる。
「そっかー、あんちゃん、帰っちゃうなー」
「主……、帰る? どして?」
言われて思い至ったようなティアウルと、帰省してしまうことをよくわかっていないジェミナ。
メイドたちはその心境や立場といった違いはあれど、主にここに残って欲しいと思う気持ちは同じものだった。
「なー、それって付いてっちゃダメかな?」
皆の心の内を代表するようにシャンセルが言う。
「それなのですが……、御主人様のご実家はそこまで広い屋敷というわけではないのです。皆で押しかけるわけには……」
「森の中って話だけど、泊まれるところとかねーの?」
「半日歩いたところに村があります」
「不可能じゃないけど現実的じゃねえな……」
「あのあの、ミーネさんに土の魔術で小屋を拵えてもらって、そこで寝起きするというのはどうでしょう?」
はい、と手を挙げて提案したリオに対し、サリスは少し考え込んでから言う。
「それを御主人様が認めるとは思えません。きっとそんな場所ですごしてもらうわけにはいかないと仰るでしょう。季節が季節ですし。それに家族とゆっくりしたいと思っているところに、皆で押しかけるというのも――」
「サリスさん、一ついいでしょうか?」
そこでサリスの言葉を遮り、アエリスが言う。
「私たちはメイドになるためにどのような教育や支援が必要なのかを調べるためにミリメリア姫に雇われている身です。ここが御主人様の屋敷になったとは言え、検証は今だ継続されています。ここを離れるわけにはいかないのではないですか?」
「それはまあ、そうなんですけど……」
もちろんサリスもそれはわかってはいた。
これはわかっていての提案だ。
サリスは話を続けるなかでこの問題を提起し、それから自分が望む結論に導くつもりでいたのだが、アエリスによって早々に指摘されてしまったため、やや取り繕いながら結論に近いことを言う。
「ですが……、ある程度認められたメイドが一人――、二人、くらい御主人様に同行して、冬の間、お世話してもいいのではないかと」
「……ああ、なるほど。つまりそれ、そこがサリスさんの望む落としどころというわけですか。今、何気に一人ではあからさま過ぎると思って二人と言い直しましたね?」
「そ、そんなことはありませんよ?」
サリスはアエリスの指摘を否定するが……、信じる者はいない。
一体何を話し合うのだろうと思っていたメイドたちも、ようやく合点が行き主張を始める。
「でもまー、サリスの言うことにも一理あるニャ。せっかくメイドがいるニャ。ニャーさまにゆっくりしてもらうためにも、二、三人くらい一緒に行ってもいい気がするニャ」
まずリビラは発言。
それにリオが続く。
「ご主人様のご家族は、ご両親と弟さんのクロア君、妹さんのセレスちゃんですね。そこにご主人様とシアさんと、ミーネさんと、コルフィーさん、あ、アレサさんも一緒に行きますよね。うーん、メイドが三、四人は必要な気がしますよ」
そのリオの発言に続くのはティアウルとジェミナだ。
「バスカーの遊び相手がいるから五人にしたほうがいいな!」
「バスカーは元気。もう一人いる。だから六人」
「ええい、全員になるまで続ける気かお前たちは!」
徐々に行くべき人数が増えていくのをヴィルジオが止める。
「まったく。だがまあ、二人くらいは同行してもいいかもしれんな」
『二人……』
ヴィルジオ以外のメイドの呟きが重なる。
「となればやはり優秀なメイドがお供したほうがいいですね!」
「そーでもねーニャ。ニャーさまの弟妹は森で暮らしているからまだ会ったことのない種族が行った方がいいニャ」
「おっ、そうだな!」
「というわけでニャーとティアウルで行くニャ」
「なんでだよ!? ここは協力するところだろ!?」
従姉の仕打ちに愕然とするシャンセル。
「そう極端に理由をこじつけようとするな。ここは……総合的に優秀なメイドで行くべきではないか? つまり家事はもちろんのこと、その強さも考慮に入れてだな」
「んなの条件の一つが姉御に有利すぎるじゃねえか!」
「仕方なかろう。そういうものだ」
「んだよ、姉御も行きたいのかよ」
「まあな。主殿のご両親に挨拶もしたいのでな」
『……!?』
両親にご挨拶……!?
一部のメイドたちに動揺が走る。
「いや、お前たちはなにか勘違いしているぞ? まあべつにいいが」
訂正するのも面倒なのか、ヴィルジオがため息混じりに言う。
これはまずいと考えたサリスが言う。
「わ、私は御主人様のお仕事をお手伝いしてさしあげないと……、冬場は家に籠もることになりますから、色々と発明品を思いついていただけると思いますし」
「ニャーはととニャから恩人のニャーさま守れって言われてるニャ」
「あたしは国から友好関係を築けって言われてるし」
「あたいはとーちゃんから、あんちゃん婿にしろって言われてるから」
「「「!?」」」
そのまんまかよ、とサリス、そしてワンとニャーが愕然とする。
「ジェミも言われてる。主とは仲良くって。エイリシェから」
「えー、みなさん何かしら理由があるんですかー? アーちゃんどうしよう。私とくになんにもない……」
「あなたは何事もそこそこですし、行かなくても良いのでは?」
「ひどす!」
アエリスはリオにそう言ったあと、ふと、会議が始まってからずっと黙りこんでいたパイシェに尋ねる。
「あなたは何も意見がないのですか?」
「ちょっとボクが口を出せる雰囲気じゃなかったので……」
我こそは、と席の奪い合いをする少女たちの間に飛び込むのは気がひけると言うか、そら恐ろしいと言うか、ともかくパイシェは余計な口は出さず、少女たちの闘争を見守るだけに留めた。
取っ組みあいになったりしませんように、と祈りながら。
△◆▽
メイドたちの会議が紛糾するなか、レイヴァース卿は仕事部屋で冒険の書の製作に勤しみ、シアはその手伝いをしていた。
そこにクェルアーク家から戻ったミーネが顔を出して言う。
「ねえねえ、冬になったら私の家族がこっちに来るんだけど、あなたの家族もこっちに呼んだらどうかしら?」
「こっちに……? あー、そっか、ここもう学校じゃなくてうちの屋敷になったわけだからな……。シアはどう思う?」
「いいんじゃないですか? あっちは森の中なので、冬本番になったら家に籠もってるだけですし、こっちの方がクロアちゃんやセレスちゃんも楽しいかもしれませんよ?」
「そうだな、うん、クロアもそろそろ人の多い場所に慣れてもいいだろうし……。あ、そう言えば昔みんなで聖都にお参りしようとか言ってたな。こっちに来てもらえればそれが叶うかも」
知らないところではそんな話し合いがあり、結果、メイドたちの悩みは勝手に解決した。
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/16
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/11/22
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/20
 




