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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
間章1 『レイヴァース家の冬の日々』編
311/820

第307話 12歳(冬)…祭りの後

 屋敷で行われたささやかな宴の翌日、ティゼリアはひとまず聖都へ戻ることになった。もう二、三日滞在してゆっくり休んではどうかと提案したところ、出来ればそうしたいとしょぼくれた顔で言われた。


「ここで何が起きたか報告しないと。エルトリアにも関係してるって説明もしなきゃいけないし……、うぅ……」


 今回は陰謀をすんでの所で阻止したというものでしかなく、根本的な問題は依然として残っている。それはエルトリアを乗っ取っている魔導師カロラン・マグニータであり、誘拐事件に携わっている『片眼鏡の男』改め『魔道具使い』という人物の存在だ。


「聖都へ戻る前に冒険者ギルドの支店長をしているエドベッカさんから少し話を聞いてみてはどうでしょう? 魔道具に詳しいらしいので。世にどんな魔道具があるか、それを聞いておくのは『魔道具使い』の対策になるかもしれません」

「なるほど、そうね。そうするわ」


 ティゼリアは頷くと、それからメイド服姿のアレサを見る。

 修復待ちになっている法衣の代わりにとコルフィーが作った服を贈ったのだが、それはお出かけの際に着ることにしたようで普段はこの通りメイド服で過ごすらしい。


「アレサ、それじゃあ私は行くから。しっかりやるのよ? 変に気合いをいれて迷惑を掛けないようにね?」

「はい! 大丈夫です、任せてください!」

「「……」」


 溌剌と答えるアレサに若干の不安を感じるのは何故か。

 ティゼリアは困ったような笑みを浮かべ――


「……お願いね?」


 あとをおれにぶん投げて去っていった。


    △◆▽


 シャーロット生誕祭最終日に起きた事件は『オーク仮面騒動』というそのまんまな名称で呼ばれ、数日経過した現在も人々の興味を引き、もはや制御不能となった噂が飛び交うという有様になっていた。

 ちょっと調べて想像を働かせれば正体に辿り着きそうなものだが、今のところアレの正体がおれだと断定されてはいないようである。それはあのオーク装束の効果も関係するが、神すら引っぱりだしてきたオーク仮面の正体に本格的に迫るのはさすがに腰がひけるという心理も影響しているようだ。

 まあ今は話題になっているが、おれはもうオーク仮面なんぞになる気はさらさらなく、そもそもなるための仮面も服も回収されたのでなろうとしても無理。なのでいずれは――春を迎える頃にでもなればすっかり風化して人々の記憶から消え去ることだろう。


「なのでそのオーク仮面なりきりセットとやらを売りだすのは止めてもらえませんかねぇ」

「いやいや、売らないと。求められてるんだから売らないと」


 オーク仮面なりきりセットなるものを売りだすと報告にきたダリスに抵抗を試みたが、残念、すでに粗末なオークの仮面と安い生地のマントのセットは量産体制に入っており、いまさら中止するわけにはいかないと笑顔で押し切られた。


「どうしてそんなに準備が早いんですか……」

「いや、これは『オーク仮面物語』が好評ということで企画したものだから。先日の騒動もあるし、うちが売らなくてもどうせ他が売りだすだろう。二月にはニバル祭もあるからね」


 王都では二月の始めに人々が仮装して通りを練り歩くらしい。それは冬の厄払いと今年(こんねん)の豊作を祈るための祭りであり、オーク仮面は子供たちの仮装にちょうどいいという話だった。


「うぐぐ……」


 そんなの売りに出されたら、王都の各所で子供たちのオーク仮面ごっこを目撃することになり、そのたびにおれは精神的なダメージを負うことになる。

 せっかくうちにちょっかいをかけてくる貴族やら商人やらが居なくなったというのに、おれは依然としてお外に出にくい状況になってしまうのだろうか?

 ちょっと前まで面会やら招待やらを望んでいた者たちは、ネーネロ辺境伯が吹っ飛んだ背景にはうちとのいざこざがあった、という情報が流れたとたんにピタッと影を潜めた。

 真相は不明だが、おれが子供だと思って舐めてかかるとえらいことになるという噂が広まり、自重してくれるようになったようだ。

 これで大手を振ってお外に出られると思ってたのに……。


「出来上がったらこちらに一つ持ってこようか?」

「いりません」


 まだしばらくオーク仮面には悩まされそうだ。


    △◆▽


 コルフィーはレイヴァース家の一員に迎え入れられたあとベリア学園長に惜しまれつつ魔導学園を辞めた。

 これはおれの手伝いに専念したいというのもあるが、自分が学園にいては心を入れかえてやり直そうとしている兄のスルシードの邪魔になるかもしれないという考えもあってのことだった。


「わたし、実は服をほとんど持ってないんです。学園では制服ですんでましたし……、なので普段はメイド服ですごしますね」


 本格的に屋敷で暮らすようになったコルフィーは、そう言ってメイド姿で生活するようになった。


「なあシア、おれの妹ってみんなメイド服を着てるんだけどさ、それってどうなのよ。対外的に」

「は? いまさら何言ってるんですか」


 コルフィーまでメイド服を着ることになり、おれは少し困惑したのだが、それをシアにあきれられてしまった。

 メイド姿にはなったものの、コルフィーはメイドではないのでメイド教育を受けることはない。むしろ裁縫が得意ということでメイドたちの縫製技術向上のための教師という立場になった。

 そんなコルフィーがメイドたちに裁縫を教える以外の時間、何をしているのかと言えばやはり裁縫である。

 おれがミリー姉さんから指名依頼を受けたシアとミーネへ贈る服の他、日頃の感謝を込めてメイドたちへの贈り物にする服の製作にも携わりながら、さらに自分からのお礼として皆に一着ずつ贈りたいと考えているようだ。

 今はまだおれが冒険の書の製作に追われているため少ししか手を付けていない状態だが、終わったら本格的にミリー姉さんの依頼に取りかかる予定である。この指名依頼はなんとか王都にいる間に達成し、メイドたちの服については実家に戻ってから作り始め、来年の春、また王都に戻って来たときに贈るつもりだ。そしてメイドたちの服に使う生地なのだが、これはおれとシアとミーネ、三人での贈り物のはずなのに特に何もしやがらない二人が購入することになった。


「生地の目利きはコルフィーに任せる。好きな生地を好きなだけ買うといい! 二人の金でな!」

「まあそれくらいはしませんとねー」

「ねえねえ、ならそのときアレサについてきてもらって布の町に行ってみない? アレサいい?」

「ラサロッドにあるカナルですね? もちろんです。レイヴァース卿がお望みとあればどこへでもご案内します」


 にっこりとアレサが言うと、コルフィーが驚愕の表情を浮かべてぷるぷるし始めた。


「カ、カナル! 夢の町! うわっ、行きたい! 行きたいです兄さん! 行きましょう!」

「んー、そうだなぁ……」


 今は睡眠も削りながら冒険の書製作に取り組んでいる状況なのだが……、一日くらい割いてやるべきか。

 それにグーニウェス男爵からぶんどってきたヴィルクの生地を早めに返しておいた方がいいというのもある。


「わかった。じゃあ明日いこうか」


 やったー、と喜ぶミーネとコルフィー。

 それをアレサはにこやかに見守り、シアはちょっと困り顔。


「どした?」

「わたしあの町にあまりいい思い出がないもので……」

「あー……」


 そう言えばこいつ、着ているメイド服のせいでやたら毛玉に好かれて埋まったんだったな。

 まあ今回は生地を買いに行くだけだし、そんなことにはならないだろう。


    △◆▽


 と、思っていた日の翌日――


「あぁ――――――ッ!!」


 シアはヴィルキリー――カピバラのようなとぼけたツラした珍獣たちの集団に突撃されてあえなく埋まった。

 この状況、なにもシアに嫌がらせをしようと珍獣の飼育場に訪れたわけではないのだ。

 まずカナルに到着したおれたちはグーニウェス男爵に挨拶に向かった。

 コルフィーにはただ挨拶に、とだけ言っておいた。

 屋敷は精霊門の近くにあるわけだし、挨拶に伺うのは何もおかしな話ではない。まあ実際は再びヴィルクを育ててもらうために返しに行ったのだが。

 皆には応接間で待ってもらい、おれは聖女二人にぶんどってきてもらったヴィルクをグーニウェス男爵に返却する。


「聖女が二人してやってきたときは何事かと思ったよ」


 聖女二人の突撃にグーニウェス男爵はずいぶんと驚いたようだった。

 すべてを話すことは出来ないが、早急に一着仕立てる必要が出来たので回収させてもらったと説明しておく。

 こうして再びヴィルクを預け、皆のところに戻ったところ――


「兄さん! ヴィルキリーを見に行きましょう!」


 コルフィーが目をキラキラさせながら言ってきた。

 待っている間、皆の相手をしてくれていた前当主のコンテット爺さまにヴィルキリーの見学を提案されたようだった。

 それは間違いなく親切からだったのだろうが……、ふと見るとシアが切なそうな顔をしていた。それは反対したいが、コルフィーをがっかりさせたくないがためにすべてを受けいれたという表情だった。

 結果、シアは珍獣に埋もれた。


「シア姉さんが大変なことに!?」


 あまりの光景にコルフィーは愕然としていたが――


「ほらほらコルフィー、見て見て、このとぼけた顔」

「うわ! うわ! うわー!」


 ミーネが自分にもよってきたヴィルキリーを抱えあげて見せてくるのですぐにそっちに意識が向いた。

 三ヶ月ほど前にきれいに採毛してやったが、ちょっと毛が伸びてふかふかしてきている。


「な、撫でてもいいですか!? いいですか!?」

「ええ、いいですよ」


 突然の訪問にも対応してくれた施設の責任者、ダークエルフのダイロンに許可をもらい、コルフィーは珍獣を嬉しそうに撫で始める。

 アレサもそこに加わり、三人は珍獣を愛で始めたのだが……、そんな一匹だけをみんなで撫でなくても、あっちにこんもり山になっているでしょうに。

 やっぱりあれだけ群れていると恐さもあるのかな。


「ちょっと! ちょっとぉー! 早くエサを用意して気をそらしてくださいよぉー!」


    △◆▽


 飼育場に行った結果、シアがちょっと拗ねた。


「もしまたこの町に来る機会があったら、このメイド服以外の服を着てくることにします! なのでご主人さま、お願いしますよ!」

「わかったわかった」


 飼育場で珍獣と戯れたあと、もみくちゃにされてちょっと心がささくれているシアをなだめながら本来の目的であるカナルの町にある生地屋巡りを始める。他にも裁縫道具を扱う店、糸やボタンのみを扱う専門店などにも足を運んだ。

 コルフィーは終始ハイテンション。

 高級な生地を選ぶのではなく、質の良いそこそこのお値段の物を選んでは片っ端から積んでいく。


「買うのかい? それ全部買うのかい?」

「いけませんか!?」


 カッ、と威嚇された。

 恐かったのでシアとミーネに確認する。


「いいのか?」

「いいですよー」

「いいわよー」


 そうか、なら問題ないか。

 そんなコルフィーを眺めていたミーネがふと思い出したように言う。


「なんだかあなたが初めて生地屋に行ったときのことを思い出すわ」


 え、おれってこんな感じだったの……?

 うひょひょー、と生地を選ぶコルフィーを眺めながら、おれはちょっと複雑な気分になった。


※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/01

※脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2021/06/20


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