第306話 閑話…メイド学校の実体
『ね? ね? 貴方も一度会いに来て。私に似てとっても可愛いんだから。来てくれたら私が釣った魚を串焼きにして食べさせてあげるわよ? うん? えぇー、そんなこと言わないでよー、とっても美味しいんだから……』
もし……、もし、自分が一度でも会いに行っていたなら、運命は変わっていたのかもしれないとヴィルジオは思っていた。
その一度がその日だったかもしれないとずっと悔やんでいた。
しかし最近になって気づく。
自分はただ悲しみをどう扱ったらいいかわからず、自らを責めることでそこから逃れようとしていたのだと。
「……ヴィオ、お前の娘は元気にやっているよ……」
いつか、すべてを話す日が訪れるかもしれない。
だが今はただ、メイドとして友の忘れ形見を見守ろう。
何かと危ない目にも遭っているようだが、それがあの子の望む道ならば余計なちょっかいは無粋というもの。
もうあの子は自分の人生を選べるようになっているのだから。
△◆▽
歓迎会の後、部屋で就寝しようとしていたコルフィーの元に訪れたのは三人のメイド――ヴィルジオ、リオ、アエリスであった。
「コルフィー殿、ちょっと聞きたいことがあるのだがよいかな?」
何の用だろうと思っていたコルフィーにヴィルジオが言う。
「はい。なんでしょう?」
「うむ、今回のことでコルフィー殿の目は特別だと妾たちも知ることになったのだが……、それで妾たちを調べてみたことはあるか?」
「いえ、会う人を片っ端から調べているわけではないので……」
「そうか。では今ちょっと調べてみてもらえるか?」
「いいですよ」
と、コルフィーはヴィルジオを調べ――
「……? ――ッ!?」
びっくりして目を見開く。
メイドという使用人をやっているこの人は、星芒六カ国の内の一つであるザッファーナ皇国の皇女だった。
「え、なんで皇女様が……?」
「まあ事情があってな。ついでにこっちの二人も調べてみるといい」
「えぇ……、なんか恐いんですが……」
怯えつつ、コルフィーはリオとアエリスも調べてみる。
そして目を瞑り、天を仰いだ。
リオの本名はリオレオーラ・ミーヴィス・エルトリア。
エルトリア王国の王女。
アエリスの本名はアエリエス・アスピアル。
エルトリア王国の公爵家令嬢。
「あ、あの……、兄さんはこのことを知っているのでしょうか?」
「妾たちについては知らないな」
「わらわたち?」
「シャンセルはベルガミアの王女、リビラはレーデント伯爵の娘だ」
「王女様に英雄の娘!? この家はどうなってるんです!?」
「ふむ、そうだな、コルフィー殿にはここの実体を説明しておくか」
と、ヴィルジオが話し始めたのはここがレイヴァース家の屋敷になる前――メイド学校の成り立ちについてだった。
当初、レイヴァース卿の重要性にいち早く気づいたダリス・チャップマンによって彼の警護を目的とした機関とすることを目指していたが、そこにミリメリア王女が加わったことで変更があり、王都エイリシェに滞在する貴賓の隠れ家としても活用されることになったのである。
「リビラは家出してきてここに放りこまれた。今となってはベルガミア公認でここに居るがな。シャンセルは主殿とベルガミアの友好のためにここにいる、というのが建前だ」
「では……ヴィルジオ様とリオレオーラ様とアエリエス様は兄さんにも内緒でこちらにいるのですか?」
「そうだな。今となっては妾もシャンセルの建前と大差ない理由でここにいる。ただ、こっちの二人は違う。二人はミリメリアを頼ってザナーサリーに亡命してきたのだ」
なるほど、とコルフィーが納得していると、リオレオーラは静かに礼をする。
「今回は私の国の問題にコルフィーさんを巻き込んでしまいました。ごめんなさい」
「いえいえいえ、リオさん――ではなくて、リオレオーラ様が謝ることはありませんよ! リオレオーラ様もあの魔導師の被害者なんですし! 悪いのはあの魔導師なんですから!」
「ありがとうございます」
リオが感謝していると、控えていたアエリスが言う。
「コルフィーさん、どうかこれまで通りの偽名で呼んでください。うっかり御主人様の前で本名を呼ばれてもいけませんから」
「そうですね。リオ、アエリス、でお願いします」
「うむ、妾も様はいらんな。なに、これまでのようにメイドとして扱ってくれれば」
「そ、それは……、それはちょっと難しいのですが……!」
「ではあれだ。主殿を慕い、この屋敷で暮らす仲間と考えてくれればいい。神々から祝福を授かり、スナークの討滅を果たした英雄殿を前にすれば王女だなんだの身分など大したものではないのだ」
「う、うーん……」
さすがにそれは極端とは思ったが、兄を慕う仲間たちというのは受けいれやすかった。
「わかりました。頑張ります」
むん、と気合いを入れるコルフィーに三人は微笑む。
「で、だな。ここからが本題なのだが、妾たちのことは主殿には秘密にしておいて欲しいのだ。妾はまあ別にバレてもかまわんのだが、せっかくなのでぎりぎりまで隠して置いて驚かせたいと思う。こっちの二人については国の問題に関わるのでな、頼む」
「そうですね、わかりました。内緒にします」
「あとついでに言うとな、パイシェは男だ」
「ふぇえええぇぇ!?」
何気にコルフィーはそれが一番の驚きだった。
これにて4章は終了です。
当初は冬をすっ飛ばし、帰省した主人公が王都に戻って来たところから5章として始めようと思っていましたが……、もったいないような気がしたので王都に残すことにしました。
次回からは間章『レイヴァース家の冬の日々』になります。
※リオの本名が欠けていたので修正。
2018/07/11
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01




