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おれの名を呼ぶな!  作者: 古柴
4章 『裁縫少女と王都の怪人』編
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第303話 閑話…オーク仮面は眠らない

 暗き虚空に浮かぶ幾つもの巨大な玉。

 虚空は神域と呼ばれ、玉は神の座と呼ばれる。

 玉の中は空で満たされ、その内部に浮かぶのは島。

 玉――神の座を神の住まいとするなら、内部の島々は部屋のようなものと言える。

 神は他の神々の住まいへ移動できるが、それはその家の主である神が滞在している場合に限られた。

 家主である神が地上へ出向いている場合、その家に立ち入ることは出来ない。

 悪神の座は、邪神の騒動を起こして以降、ずっと不在。

 それは悪神が千年以上もの間、地上に潜んでおり、神の座に戻り取り押さえられることを拒んでいる――つまり、まだ終末を諦めていないという証明でもあった。

 そんな神域にある一つの玉――装衣の神の座にヴァンツは帰還した。


「あー……、これでアレも少しは大人しくなるだろう」


 くたびれたヴァンツが姿を現したのは小島。

 直径十メートルあるかないかの、本当に小さな島である。

 だがこの島はこの玉――神の座の中心に位置し、最も神の力が高まる特殊な場所だ。

 そんな特別な島の中心には祠――封印庫があった。

 人の世に在ってはならぬ代物を封印しておくための祠である。

 十年ほど前まではここには宝物庫があったが、全力で封じ込めて置くべき代物を二つも引き取るハメになってしまったため、仕方なく移動させて封印庫を作ったのである。

 いや、今回持ち帰った物も含めて三つだ。

 オークの仮面と装束。

 さっさと封印してしまおうとしたところ――


「……? ――ッ!?」


 抱えていたオーク一式が消え失せた。


「ちょ!? は!?」


 愕然とするヴァンツだったが、怪しい気配にハッとふり返る。

 そこに居たのは――オーク仮面。


「はあぁぁッ!?」


 神と言えどヴァンツは全知全能というわけではない。

 自らの座、最も力が強まるこの場で、得体の知れぬ現象が起きていることに間の抜けた声をあげずにはいられなかった。


「すまんな、我は大人しく封印されるわけにはいかぬのだ」


 オーク仮面はおごそかに言う。


「まだ世には救わねばならぬ子らがいる。ならば、我は眠れぬ。行かねばならぬ」

「そ、そういうわけには……、いかんな!」


 ヴァンツは我に返り、どうやら封印を嫌がり逃げ出す気でいるオーク仮面を押さえつけようと力を放つ。

 訳のわからぬ代物だが衣装である以上――そして最も力が強まるこの場にいる以上、抵抗しようと押さえつけ封印できるはずなのだ。

 しかし――


「効かぬ!」


 一喝。

 オーク仮面の一喝によって力が砕かれ、霧散する。


「なんでだよ!?」


 思わず叫ぶ。

 こんなデタラメありえるのかと。

 そんなヴァンツの動揺をオーク仮面は見逃さない。


「オーク・サンダー!」

「あばば!」


 攻撃された。

 服に!

 そしてなんかすごい効くし!

 ヴァンツの混乱がピークに達すなか、オーク仮面が叫ぶ。


「すでに我はただの衣装にあらず! 例え装衣の神であろうと、我が使命を邪魔することは出来ぬ! では、さらばだ!」


 身を翻すようにしてオーク仮面は消える。

 装衣の神座から、そして神域から消え失せた。

 おそらくは地上へ戻ったのだろうが……、どうしてそんなことが出来るのか、ヴァンツには理解できなかった。

 一つだけ、この状況を説明できる答えを思いついたが、理解できない――、いや、理解したくない。

 神を造りだした――、などと、そんな馬鹿げたことは。


「いや、だが……、ああ、くそっ……!」


 それでももしかしてとヴァンツはすべての神の座を探る。

 オーク仮面の神座なる場所は生まれていない。

 もし生まれていたら発狂ものだったが、幸いなことにそんなものは生まれなかった。

 だが、であるならば、あれは一体何なのか?

 衣装でありながら自分に抵抗した――、おそらくそれは権能の補正だろう。奴の言葉から判断すると、それは『子らを救う使命』と推測できる。

 自分たちと同じように機能神の役割を持ちながらも、神の座は与えられぬ謎の存在――オーク仮面。

 ヴァンツは長い間その場に立ちつくしていたが、いくら考えようとアレがどういうものか断定することは出来なかった。


「まったくあいつは私に祟るな……!」


    △◆▽


 屋敷の片付けが終わったところで夕食となった。

 まずコルフィーがレイヴァース家の一員となったことが皆の前で発表され、それから一緒に遅い夕食をとる。

 和やかな食事が終わったあともしばらくは談笑が続き、いよいよ夜が更けてきたところでお開きに。

 それぞれ就寝の準備にはいった。


「やれやれ、今回ご主人さまは死なずにすみましたね」


 皆にお休みの挨拶をしたあと、シアは自室に戻りベッドにもぐり込む。

 心配していたことも一応解決したので、シアは心安らかに眠りにつこうとした。

 が――


「……ん?」


 なにか――、遠くから聞こえてくるような音。

 ゴス……、ゴス……、と鈍い音だ。

 いったい何の音かとシアは部屋を出る。

 すると謎の音は主の寝室から響いてきていた。


「……ご主人さまー?」


 何をやっているのだろう、とシアは主の寝室を覗く。

 すると彼は部屋を漂う精霊の薄明かりのなか、ベッドの上でヘッドボードに額を打ち付け続けていた。


「ちょちょ!? 何してんです!?」


 慌てて部屋に入り、頭突きを止めさせる。


「と、止めてくれるな……」

「いや止めますよ、いったいどうしたんですか」

「眠ろうと目を瞑るとオーク仮面をやっていたときの記憶がフラッシュバックするんだ……」

「…………」


 想像を遙かに超えるくだらない理由に、さすがのシアもすぐに何かを言うことは出来ず、額を押さえてうつむく。


「今回は何事もなくすんだと思いましたが……、心の方がやられたわけですか……」


 深刻な話ではないものの、おそらく完治することはない心の傷というのもやっかいなもの――迷いでる亡霊のようなものである。


「ともかく、頭を打ち付けるのはやめましょう。脳細胞が死にまくりですから」

「しかしだな……」

「ああ、要はフラッシュバックを誤魔化せる刺激があればいいわけでしょう? ちょっと待っててください」


 シアは隣の仕事部屋へ移動するとハリセンを持って戻る。


「ほら、なんか悶え始めたらこれで適度に叩いてあげますから。ちゃんと寝るまで見守っててあげますから」

「…………」


 普段なら「んなのいるか」と言いそうな主であったが、それなりに参っているようですぐに否定をせず、シアの持つハリセンを見つめる。


「……頼む」

「はいはい。じゃあちゃっちゃと横になって寝てください。わたしもけっこう眠いんですから」


 主は余計なことは言わず、もぞもぞと仰向けに。

 そして目を瞑って……、さっそくメキョッと眉間にシワを寄せて唸り始める。


「どんだけ病んでるんですか」


 スパン、とシアは軽くハリセンで主のおでこを叩く。

 主はひとまずそこで落ち着くが、少しするとまた唸り始める。


「うーん、うーん……」


 スパン。


「……うぅーん、オ、オーク……」


 スパン。


「……なんでオーク……」

「いやそれをご主人さまが言っちゃ駄目でしょう」


 スパン。

 やがて、シアによる亡霊祓いが三桁に到達しようとするあたりでようやく主は静かに眠り始めた。


「……まったく」


 やっと眠りにはいった主のおでこはちょっと赤くなっている。


「叩きすぎましたか……、でもまあ、ご主人さまのためってことでそこは受けいれてくださいね」


 話しかけてみるが、主は静かに寝息を立てるばかりだ。


「寝ちゃいました?」


 確認するように頬をつついてみるが……、主は無反応。

 静かに眠り続けている。

 そんな寝顔を眺めながら、シアは深々とため息をつく。


「……なんでご主人さまはこう女の子ひっかけてくるんですかねぇ」


 もちろん主にそんなつもりがないことはわかっている。

 にも関わらず今回は二人。

 コルフィーはオーク仮面で会いにいったあたりから、そしてアレサはなんか一晩たったらころっといっていた。


「なんか隠しスキルでも与えられてるんじゃないですか?」


 疑ってみたくもなるが、そんな話は聞いていない。


「このままいくともっと増えるんでしょうか……、まったく」


 むに、と眠る主の頬をつまんでみる。

 額にアホとかバカとか肉とか書いてやりたいところだが、明日になったらお仕置きされるのでそれは控える。


「はぁ……、まあ、ご主人さまが幸せな人生を歩めるならなんでもいいんですけどね」


 例え自分が側にいられなくても、主が幸せならば、とシアは思う。

 かつて自分であったもの、その半身を宿した主には幸せな人生を歩んでもらいたい。

 この主を想う気持ちはなんなのだろう。

 祖母のような、母のような、姉のような、慈しむ気持ち。

 時折、妹のように、娘のように、甘えたくもなる。

 死神であったとき、刈り取った魂に付随するさまざまな記憶を眺めてきた。それは死神であった自分に蓄積されていったが、どこかの誰かの物語でしかなく、実感などは感じられなかった。

 多くの人生を知っている。

 百万回という死を知っている。

 けれど、このただ一度だけ認められた生は、知っていることなどなんの意味もないと証明するように鮮烈なものであった。そしてそれを素晴らしいと感じるほど、自分の過失で主からそれを奪ってしまったことを申し訳なく思う。

 だからこそ、どうかここで幸せな人生を、とシアは願うのだ。


「わたしはお役に立ててますか?」


 眠る主に問いかける。

 と、その時だった。


「――ッ!?」


 不穏な気配。

 咄嗟にシアはその対象に『威圧』を放とうとする。

 が――


「……は? は? はぁ!?」


 精霊の光にぼんやりと照らし出されたその者――オーク仮面の登場にシアは呆気にとられ、主とオーク仮面を交互に見る。


「夜分に失礼。怪しい者ではない」

「いや、あなたが怪しくなかったら他に何を怪しいと言えばいいんですか」

「はは、これは手厳しい」


 微かにオーク仮面は笑う。


「あなた……、何なんです?」

「我はオーク仮面。それ以上でもそれ以下でもない」

「……じゃあ、オーク仮面ってなんなんですか」

「迷える子らを救う者である」

「ならどうしてここに? ご主人さまを乗っ取りにでも来ましたか?」

「乗っ取る? ふむ、それもいいかもしれないが……、いやいや、そんなつもりは毛頭ないからそんなに睨まないでくれ」

「何をしに来たんです?」

「問いに答えに。そして礼に」

「……は?」


 何の話かわからずシアはきょとんとするが、オーク仮面はかまわず言う。


「ここではない場所。いまではない時。失った世界への望郷、それを語れる相手が居るというのは、思いのほか心に安らぎをもたらし、支えになるものだ。それに名前についての愚痴を言える唯一の相手でもある。シア、貴方には感謝している」

「……へ?」


 一瞬――、シアの思考が止まった瞬間、オーク仮面は消える。

 そして部屋には再び自分と主だけに。


「へ? へ? 今のって……?」


 ほとんど恐る恐るにシアは眠る主を見る。

 返答と礼。

 それは――誰の?


「……ご主人さま……?」


 呼びかけてみるが、主は静かに眠るばかり。


「いや、いやだって……、え?」


 自律行動をするアレは主と繋がっている?

 いや、アレは主が生みだしたものなのだから繋がっていてもおかしくはないのだが……、それがよりにもよってオークを模した怪人なのか。

 これはただの偶然か?

 それとも選び取ったものか?

 オーク。

 ラテン語においては悪魔、地下に住まう獣。

 似た言葉では死者を、死者の国を、そして死者の国の神すらも表す。

 そしてアレの目的は子供の救済。

 まるでお地蔵さんであるが、その対となるものは閻魔――地獄の裁判官である。

 不吉なような、徳が高いような、やっぱり不吉なような。

 もう訳がわからない。


「……いったい何を生みだしたんですかあなたは……」


 呟いてみるが、やはり主は静かに眠るばかり。

 自分がこんなに困惑しているのに、生みだした本人がすやすや眠っていることにシアはだんだん腹が立ってくる。

 やっぱり額になにか書いてやろうか、そう思うが、ふとオーク仮面の言葉を思い出して固まる。


「……………………」


 シアは主の寝顔をしばらく……、小一時間ほど難しい顔をして眺めてから意を決し、おでこにそっと口づけを。


「きょ、きょうのところはこのくらいでかんべんしてやります」


 シアは捨て台詞を吐いたのち、自室に舞い戻ってベッドにもぐり込むとしばらく悶え、それから眠った。


※誤字脱字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2018/12/17

※文章の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/01

※誤字の修正をしました。

 ありがとうございます。

 2019/02/16


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[気になる点] オーク 仮面。善神の仕業でも無いんですよね? 物知りランディさん教えて下さい!
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