第302話 12歳(秋)…新しい妹
『(その辺りで大丈夫だよ。着替えてしまって)』
正門広場から移動したおれはエイリシェに人気のない場所に誘導してもらってすぐに着替えた。
『(しかし派手にやったね。なにあのシャーロット像)』
「いやー、ぼくにもどうしてあんなことになったのか、わからないんですよねー……」
どうせ一人だからと声に出して答える。
一応は、と用意していたシナリオはオーク仮面によって早々に破棄されていきなりバトルに突入しやがった。なんかメイド学校で守りの要になってるはずのバートランの爺さんまで湧いてきたし。
「なんかおれ色々言ってたな……、わけのわからんことを……」
正気に戻った今、オーク仮面になっていたときのことを思い出そうとすると、それは夢の中で支離滅裂な行動を取っていることを思い出すような、何とも言えない自己嫌悪に陥る。
正直なところオーク仮面となっていたときの言動は記憶の奥底に封印しておきたい。
『(極めつけに神まで喚びだすとか、もうね)』
「ああ、あれはまあなんかノリで」
「ノリで神を降臨させようとするな!」
「――ッ!?」
突然怒鳴られ、ビクッと身を縮こまらせる。
声をした方を見ると苦々しい表情をしたヴァンツがいた。
「なんだ、おまえか……」
「何だとは何だ、この馬鹿め!」
ヴァンツはいつも通りご機嫌斜めだ。
「まったく、いきなり呼びかけとか、なにを考えてやがる」
「いや、なんかここはもうおまえを呼んじまった方が早いと思ったんだよ。つかそんなんなら最初から呼べよって自分でも思うんだが、どうもあの格好をしてると頭がおかしくなるらしくてな」
「安心しろ、それはいつもだ」
「うっせぇ」
憤慨しながらおれはオーク仮面と装束をヴァンツに手渡す。
「ほう、素直ではないか」
「そういう約束だろ。それに……、これはちょっとな。もう着たくねえ。おれは恐ろしい物を作ってしまった」
「え、やっと? ここでやっと反省なの!?」
オーク一式を受けとったヴァンツは愕然としているようだ。
「まあいい。ともかくこれは回収する。これを言うのは何度目かわからんが、もうこんなものは作るなよ」
「ああ、もう作らない。作らないよ」
「……堪えたようだな」
「ああ、そうだな。今も自分の言動を思い出さないよう必死だ。きっとこれからおれは、ふとした拍子に今夜のことを思い出し、唐突に叫んだり自分を殴ったりと奇っ怪な行動をするだろう」
「そうか、ざまあみろだな」
「おいぃ!」
「あ、すまん。一人の少女を救うための代償だから受けいれろ、と言おうと思ったんだが、つい本音が出た」
「てめぇ……」
こいつホントにおれのこと嫌いだな。
まあおれもいけ好かないと思ってるんだが。
「さて、気分も良くなったし私は戻るとしよう。貴様が本当に反省をしているなら、もう会うこともあるまい。ではな」
ふふん、と嬉しそうにヴァンツは去ろうとする。
…………、むぅ。
まあ……、そうだな。
「おい」
「何だ?」
「ありがとな」
おれの言葉に一瞬ヴァンツはきょとんとしたが――
「貴様のためではないわ、馬鹿め」
苦笑いを浮かべて吐き捨て、そしてふっと消え失せた。
『(仲いいね君たち)』
エイリシェが酷い誤解をしていた。
△◆▽
「あ! 戻って来た! お帰りー!」
「わん!」
屋敷に戻ると犬とクマ兄弟を率いたミーネが出迎えてくれた。
「あれ、おまえだけ?」
「うん、お爺さまは帰ったわ。明日のパーティ楽しみにしてるって!」
「そっか」
今回、協力してくれた人たちはシャーロット生誕祭を楽しむことが出来なかった。そこで明日はコルフィー救出を、それから協力してくれた皆に感謝を込めてのパーティを計画していた。
「ご主人さまー、おかえりなさーい」
ミーネと話していたところシアとティゼリアが屋敷から出てくる。
「そっちはどうだった?」
「問題なしでーす」
「ええ、無事に済んだわ。シアちゃんがダスクローニ家の人を押さえつけて、レグリントさんが刺客を片付けたから、私はほとんど仕事していないんだけどね」
「いやいやー、ティゼリアさんはちゃんと聖女のお仕事をしていたじゃないですか。ご主人さま、ダスクローニ家はネロネロ卿の依頼を受けることでたくさんお金が貰えることになっていました。事故についてはコルフィーさんのお兄さんが噛んでましたね。ここは計画として甘いなーと思いましたが、学園に居てもおかしくない人で、事が起きたあと臆病風に吹かれて自白しない人、というのが見つからなかったからかと」
「事故はどうやって起こしたって?」
「なんか儀式部屋の下――魔法で地面掘って台座の真下になんか妙な物を置いたそうです。詳しくは知らないみたいです」
「妙な物?」
「そのあたりはなんとも。そういう装置だったんだろうな、としか」
「儀式に反応する装置……、目に入らなければ調べようがないからいくらコルフィーが警戒しても無駄だったってことか」
「そですね。ひとまず皆殺しの危機は去ったので、そのまま置いてきました」
「置いて来ちゃってよかったのか?」
「それなら大丈夫よ。今さら逃げたところでもうどうにもならないしね。逃げたら余計に罪が重くなるって脅しておいたし。明日になったら王様の前で改めて話をさせるわ」
尋問、もしくは断罪か。
大変なお仕事である。
お疲れさまです、とティゼリアに言っておく。
屋敷内ではメイドたちがお片付けの最中だった。
襲撃による被害は主に窓を割られるといった程度のもので、メイドたちに怪我はほぼなかったらしい。
「私の部屋から入ってきたのよ、まったくもう」
部屋の窓が割られ、ガラス片が散らかったことにミーネが腹を立てていた。
すでに屋敷を襲った傭兵たちはまとめて連行されていったらしいのだが――
「旦那様、お帰りなさい」
「誰!?」
一人残っていたそれっぽい男性に出迎えられ、思わずビクッとした。
混乱するおれにそっと事情を説明してくれたのはヴィルジオだ。
「主殿、実はこの男、屋敷を襲った傭兵団の団長なのだが、妾が思い切り頭を殴ったら記憶を失ってしまったようなのだ。自分が誰かもわからなくなっている者を罰するのは気がひけるのでな、罪滅ぼしにここで働かせようと思ったのだが……、どうだろう?」
この男性――デヴァスは完全に竜になれる竜族で、配達や移動に便利だからとヴィルジオは薦めてくる。
「大丈夫なの?」
「うむ、そこは妾が責任を持とう。もし記憶が戻っても刃向かってくるようなことはあるまい」
「わかった。じゃあヴィルジオに任せるよ」
ひとまずこのデヴァスは庭師として雇うことになった。
記憶を失っているデヴァスだが、自分は土いじりが好きなような気がする、と言うのでそうなった。
△◆▽
屋敷の片付けはメイドたちに任せ、おれは玄関前に佇む。
しばらく待つと、コルフィーを連れてアレサが戻って来た。
「レイヴァース卿、ただいま戻りました」
おれはうなずき、二人を見る。
コルフィーはアレサの背に隠れるようにしてちょっと戸惑っていたが、おずおずと前に出ておれに頭を下げた。
「オークションのときはすいませんでした。助けようとしてくれていたのに、わたしったらひどい八つ当たりをしてしまって」
しょぼくれるコルフィーはそれからあのとき自分がどんな状態にあったのか、あやふやながら説明してくれた。
魔道具を利用しての洗脳状態。
そしてそれをやったのが片眼鏡の男か。
そいつの尻尾を掴めなかったのは口惜しいが、今はコルフィーが正気に戻ってこうしてここにいることに満足しておこう。
コルフィーにはさらに重要な話があったのだが、先にアレサの方をどうにかすることにする。
「ずいぶんやられたね」
「はい、すいません……、せっかくの法衣が……」
法衣はボロボロになっている。
切り裂かれ、燃えてしまっている部分もあり、えらいことに。
「これって自己修復で直るのかな……?」
ぼそっと呟いたところ、コルフィーが恐る恐る教えてくれる。
「な、直ると思います」
「そうなの?」
「はい。裂けたところは縫い合わせて、燃えてしまったところは同じ生地を当てて仮縫いしておけば大丈夫なはずです」
直るのか、ならよかった。
詳しくはあとでコルフィーと相談することにして、となるとアレサの服を用意しないとな。
一時的にメイド服を着てもらう?
などと考えていたところ、ふと思いつく。
「あ、コルフィー。アレサさんの法衣がボロボロになっちゃってるからさ、コルフィーの作ったあの服をあげて着てもらおうと思うんだけど、いいかな?」
「ふぇ? ……あ、あの服ですか? そ、それはレイヴァース卿が買ったものですし……、あ、いえ、アレサさんがあの服を見つけてくれたのが色々なきっかけになりました。ですからぜひ着てもらいたいです。ちゃんと仕立て直しもしますから」
「そっか。じゃあアレサさん、あとであの服を渡しますね」
「ありがとうございます」
ここで遠慮するのは失礼と思ったか、アレサは素直に受けとってくれる。
「さて、じゃあ……、コルフィーにちょっとお話だ」
「は、はい。なんでしょう」
ちょっとおっかなびっくりにコルフィーが返事をする。
「いや、悪い話ではないと思うから、そう身構えなくていいよ。って言うのはね、アレーテ夫人からの提案だけど」
「お、義母さまからの……?」
「うん。――あ、まずこれを言わないといけなかった。実はアレーテ夫人なんだけど、君のお母さんと仲が良かったんだよ」
「え、母さんと?」
驚くコルフィーにアレーテ夫人が影ながら二人の生活を援助していたこと、ダスクローニ家に来ては不幸になるとコルフィーを遠ざけようとしていたこと、そして最初に売られそうになった時、それを阻止していたことを話してやる。
「そ、そんな……、わたし、全然知らなくて……」
「アレーテ夫人も立場上、わからないようにする必要があったからね。それで肝心の提案なんだけど、コルフィーをうちで引き取ってもらえないかっていう話だったんだ」
「……うち?」
「そそ、レイヴァース家」
「え……、あ、え? ええ!?」
コルフィーは驚き、表情をころころと変える。
「おれとしてはぜひ家族の一員になって欲しいところだけど、どうかな?」
「で、でも……、い、いいんですか?」
「もちろん。いや、むしろおれの方が尋ねるべきかな。うちは屋敷にやたら精霊が住み着いていたり、ぬいぐるみが動き回ったりする変なところだけど、それでも――おれの妹になってくれるか?」
「……は、はい。なります」
「よし、では君は今からコルフィー・レイヴァースだ」
おれは言い、コルフィーを〈炯眼〉で確認する。
称号の〈悪神に見いだされし者〉と、恩恵の〈悪神の見えざる手〉が消え、代わりのように〈善神の加護〉と〈装衣の神の加護〉がついている。
家族になると決めた瞬間に変わったのか?
尋ねる前に確認しておくべきだったのだろうが……、まあ安全になったならそれでいい。
今はコルフィーを迎える一言を。
「おかえり、コルフィー」
コルフィーはちょっと驚いたような顔に、それから言う。
「ただいま、兄さん」
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
※さらに脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/02/01
※さらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/12/27
※さらにさらにさらに誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/19




