第297話 閑話…ダスクローニ家制圧班
シャーロット生誕祭四日目――最終日の夜。
コルフィー救出に関わる者たちは三つの班に分けられ、それぞれ行動を開始した。
まずは発案者である主自身が参加するコルフィー奪還班。
次にメイドたちによるレイヴァース家の防衛班。
そして最後はシアも参加するダスクローニ家制圧班である。
ここでシアと制圧に臨むのは聖女ティゼリア。
コルフィーの魔装儀式失敗、これに兄のスルシード、祖父のガーファスが関与していることを真否眼で見抜くことができれば、状況は一気にこちらが有利になる。
しかし、今回の黒幕とおぼしき魔導師カロラン・マグニータはそういった状況も想定していたか、『ノファ』と呼ばれる連中を雇った。
ダスクローニ家の警護、場合によっては始末するために。
そのためダスクローニ家制圧班は関係者を確保と同時に、襲い来る暗殺者たちから保護もしなければならないという面倒なことになっている。そこでダスクローニ家制圧班は役割によってさらに班を二つに分けた。それはシアとティゼリアが参加する屋敷襲撃班と、屋敷の周囲に散開するノファの者たちを狩り出して仕留める班である。
「シアちゃん、なにか武器とかあったほうがいいんじゃない?」
「残念なことにまだ愛用の鎌が仕上がってなかったんです」
「鎌じゃなくてもいいじゃない、間に合わせでも」
「それはティゼリアさんの仕事を増やすだけになるので……」
「うん?」
ティゼリアはシアが鎌を好んで使うことは知っていたが、鎌しか使うことが出来ないとは知らず、きょとんと首をかしげた。
そんな二人がダスクローニの屋敷前へと到着すると――
「こうしてお目にかかるのは初めてになりますね」
すでに待機していた青年が合流する。
それは表向きウィストーク家の家令を務める人物。
「レグリント・エンフィールドと申します。どうぞよろしくお願いします」
シアとティゼリアの前に姿を現したレグリントは丁寧に礼をする。
「レグリントさん、ノファとか言う人たちの動向は把握しているんですか?」
「はい。王都にもぐり込んでいる者は残り三十六名。これはエイリシェ様が人員を動員して確認してくださいました。うちの者たちがご挨拶に伺ったところ……、今は少し散ってしまっていますね」
ダスクローニ家の制圧を行う班を補佐するのは『形なき王国の盾』――ウィストーク家の暴力を担うエンフィールド家の部隊。
すでにノファの者たちは一斉に強襲を受け、ダスクローニ家にちょっかいをかける余裕がない状態に陥っている。
「もしかして……、それで全員片付いてしまいません?」
「どうでしょう。それが理想ですが、おそらく何名かは逃れて再びこちらへやってくるのではないかと」
「それでもここへ? 王都から逃げ出したりはしないんですか?」
「はい。きっと仕事が生き甲斐なのでしょう」
「生き甲斐にする仕事を間違ってますね」
「仰る通りです」
そう微笑むレグリントだが、彼も似たような世界に身を置く者だ。
「その人たちは捕まえるんですか?」
「基本、捕まえません。捕まえた方がよろしいですか?」
「ちょっと尋ねたいことがあったんですが」
「全員にですか?」
「いえ、一人でもいいので質問できれば」
「では数名は生け捕りましょう。場合によっては難しい状況もあるので確約は出来ないのですが……」
△◆▽
それから制圧班はダスクローニの屋敷へと押し入り、すみやかに主人に親族、家人たちを捕縛した。
シアが軽く威圧をするだけで誰もが大人しく言うことを聞いたため、ティゼリアとレグリントは見守るくらいしかすることがない。
「これは……、どうやら私の出る幕ではないようです。私は外で待機して来客をもてなすことにしましょう」
レグリントは玄関前で刺客の訪問を待つ。
それからシアとティゼリアは屋敷にいた者たち全員を二階の一室へと集めた。するとコルフィーの祖父にあたるガーファス、そして兄のスルシードは激しく抵抗――抗議をした。
しかし――
「私はティゼリアと申します。この姿を見ていただければなんとなく予想はつくと思いますが、聖女を務めております。突然の訪問はまことに申し訳ないと思うのですが、ちょっとコルフィーという少女のことでお話を聞かせていただきたいと思いまして」
ティゼリアの話に顔色を変えて押し黙る。
「もし――、ええ、もしなのですが、コルフィーの起こした事故がなんらかの企みによるものであった場合、これは不当な人身売買であり、それはつまり奴隷法違反になります。そして――、昨日の新聞はご覧になられましたか? ええ、そうです。エルトリアの問題にも関わってきます。もう知らなかったでは済まされません。場合によってはザナーサリー国王の前で私が断罪を行うことになると思いますので覚悟しておいてくださいね」
家人は何事かわからず困惑したままであったが、ガーファス、そしてスルシードは青ざめて震える。未亡人であるアレーテは安堵したような、悲嘆するような、複雑な表情であった。
「では、お話を聞かせてもらいましょうか」
△◆▽
屋敷の前で待機するレグリントが耳にひっかける特殊な通信魔道具で部下たちに連絡をとったところ、現在捕縛者はゼロ。やすやすと捕縛できるほど易い相手ではないということもあるが、敗北を悟ると自害してしまうのが問題となっていた。生かして捕まえようとするなら、劣勢を感じさせる間もなく意識を刈り取る手段が必要になる。
「……困りましたね」
数名は追跡を振り切り、おそらく任務を果たすべくこちらへ移動しているということなのだが、はたして生かして捕まえられるか、その自信が無く、レグリントは悩ましげに呟く。
今年の春頃に行ったレイヴァース卿との決闘。
そこでレイヴァース卿から受けた妙な技――搦め手によってレグリントは敗北を喫することになった。
決闘後、全身に及ぶ酷い筋肉の炎症――数日間は仕事どころか日常生活を送るのも難儀する状態に陥っていたが、これが回復したのち、レグリントの体は妙に調子が良くなった。
いや、良くなりすぎた。
動作の異様なキレが意識とのズレを生み、逆に戸惑うのだ。
今現在もまだ体と意識の連動は完全ではない。
「どうしたものか……」
そうレグリントが小さくため息をついたところで――
『あ、兄さん、そっちいったよー』
ルフィアからの通信。
その直後だ。
「――フッ!」
招かれざる客の訪問――死角からの襲撃を受けた。
襲いかかる黒装束の男は、錆で覆われたようにくすんだ色をしたナイフをレグリントに突き立てようと迫る。
仕留めた――、襲撃者がそう確信を抱くほど鮮やかに行われた奇襲であったが、レグリントはナイフを突き立てようと伸ばされた腕を絡め取り、襲撃者の足――重心が乗っていた左足を払う。
転倒こそ堪えたが、がくっ、と体勢を崩した襲撃者。
その額にレグリントが突きつけた物。
それが何であるか知る者は少ない。
シャーロットが構想し、弟子のリーセリークォートの手を借りて完成を見はしたが、そのまま存在を秘匿された武器――魔導銃。
機構を有する魔道具――構造は回転式拳銃に近い。
だが引き金を引いて撃鉄が下りようと、発せられるのは火薬の破裂音ではなく、音叉を弾いたようなキーンという澄んだ金属音だけだ。
「……」
襲撃者はうめくこともなくその場に崩れ落ちる。
即死。
この魔導拳銃が放つのは鉛の弾丸ではなく魔法である。
派手な破壊を引き起こすことはなく、ただ対象の体内で行われている魔力活動を自死に向かわせる呪殺魔法。
禁呪――告死。
「あ」
鮮やかな襲撃だったからこそ、ついうっかり殺してしまった。
殺傷までの理想的な動作――気づいた時には殺害してしまっていたことにレグリントは反省する。
「いけない、シア様との約束が……」
次は殺さないように気をつけようと改めて意識してみるが、反射的な動きに意識が追いつかなくなっているため、やはり心配になる。
「各員に通達。……捕まえることが出来た者はいますか?」
ほのかな期待を抱いて連絡を取ってみるが、結果は残念なもの。
やはりこちらに来る者をなんとか殺さないように努力するしかないようだ。
「ルフィア。そちらはどうですか?」
『どうですかって、もー、殺さないようになんて言われちゃったら、私のお仕事ないじゃないの。ヒマ!』
ルフィアがいるのはダスクローニ家より四百メートルほどの距離にある鐘楼の上。
本来はそこからダスクローニ家へ迫る刺客を狙撃用の魔導銃でもって狙撃する手筈であったが、今はただ見張りをするだけになっている。
『こんなんならレイヴァース卿の方へ行けばよかったかも。記事にし甲斐のある大騒動を――、っと、あれ、なんかこっち来た。最初に何人か仕留めたから感づいたみたい』
「平気ですか?」
『平気平気。あ、でもちょっと怪我とかしたら、ユーちゃん心配してくれるかな? ユーちゃんたら最近しっかりしてきちゃって、それはいいんだけど、たまには昔みたいにお姉ちゃんお姉ちゃんって甘えてほしかったり』
「あまり妙な企みをしていると、バレたときに嫌われますよ」
『それは困る。仕方ないなぁ、真面目にやるね』
「そうしてください」
『はーい。じゃあ兄さん、そっちにも行くだろうから、兄さんは殺さないように頑張ってねー』
そんな通信の少し後、再び捕縛の機会は訪れた。
襲ってきたのは三人組。
同時ではなく、一人ずつわずかに襲いかかるタイミングをずらしての攻撃であったが、今のレグリントにとっては順番に始末されるための順番待ちにしかならない。
三人いるならば二人はいらない。
腰だめの魔導銃の早撃ちにより素早く二名を殺害すると、レグリントは残り一名を慎重に捕縛することにする。
が、生き残った一人はレグリントから逸れ、大きく跳躍すると同時に魔法を使用。
「テイルウィンド!」
自ら使用した魔法により、賊は加速して屋敷二階の部屋の窓を突き破って侵入した。
「おっと、これは手間が省けたと言うべきでしょうか」
ずいぶん活きがいいまま送り出すことになったが、あれならシアも満足してくれるだろうとレグリントはほっとする。
あの者にシアが害されるなど、微塵も心配していなかった。
あんな『威圧』を使えるシアが、あれくらいの者に手こずるとは思えなかったからだ。
△◆▽
窓をぶち破って飛びこんできた刺客をシアは蹴った。
瞬間的に〈世界を喰らうもの(仮)〉を解放したが、全力で蹴っては即死するかもしれないと思い、少し手加減して蹴った。
それでも刺客は壁をぶち抜いて隣の部屋へ飛びこむことになったが。
シアが隣の部屋を覗いてみると、刺客はすでに戦闘が出来るような状態ではなくなっており、ただ床に伏せて藻掻いていた。
「ティゼリアさん、ちょっと真否の確認をお願いしますね」
「……え? え、ええ、うん、わかったわ」
襲撃以上にシアの容赦ない反撃に驚き、ティゼリアは惚けたようにぽかんとしていたが話しかけられて我に返る。
シアは穴をくぐって隣の部屋へ入り、伏した刺客を見下ろしながら問う。
「ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど」
「……」
刺客は何とか肘を立てて上体を起こそうとするが、それ以上の行動が取れず問いかけるシアを見あげることも出来ずにいた。
それは突撃した際に受けた反撃が予想外であり、強く打ち付けた体が言うことを聞かないという単純な理由もあったが、例え万全の状態であったとしても大差なかったと思えるほど強烈な『威圧』を受けているのが一番の理由だった。
仲間の一人がこの少女の『威圧』によって意識を刈り取られたという報告は受けていた。
死を恐れぬよう訓練を受けてきた自分たちは『威圧』に影響を受けない――これまでそう信じ、実際にその通りであった。
にもかかわらず仲間が威圧を受けた途端、何も出来ず意識を失ったという話は驚きと困惑、そして懐疑を生んだ。
事実であれば相手にすべきではなく、避けることを選択すべき。
だがそれが本当に『威圧』であったのか、何か違う手段でもって昏倒させられたのでは、という疑念もあった。
自ずと発せられる威圧であれば、これまでの仕事で何度か受ける場面もあったが、魔技としての『威圧』を使える者は希である。それが年端も行かぬ少女が使えるとは思えない。
それが唾棄すべき希望的観測であったことはたった今理解できた。
もはや少女が『威圧』を使えることへの驚きなどどうでもよく、ただ本当の『威圧』とはこれほどの――すでに死を受けいれていたはずの自分ですらも恐怖させるものかとおののいた。
手なずけていたと思っていた死への恐怖、生への渇望。
それが体の中で暴れ狂う。
悲鳴をあげられるというのはまだ余裕がある状態で、真に恐怖したとき、もはや声すらあげられないものなのだと理解する。
「あなたたちはけっこう大きい組織なんですってね。そこで気になったんですが、今回のあなたたちの行動は上の方へ報告されているんですか? 例えば、今日はこれこれこういうことがあった、とか、そういうのなんですが」
「……あ、あ」
体に白炎のごとき光を灯し、シアは穏やかに尋ねる。
少し『威圧』が和らぎ、刺客は声を漏らすことができた。
心からの安堵と、余計なことをすればまた強く『威圧』を受けるという恐怖に支配され、反撃どころか逃走という発想も生まれない。
「どうなのですか?」
「……れ、連絡は、取り合わない」
嘘をつく余裕はなく、刺客は正直に答えた。
知りすぎることは組織の崩壊の危険を生じさせる。
任務についた者が『知ってはならないこと』を知ってしまった場合、それを報告されては組織ごと潰されかねないためである。
この世には偽ることも、自害することも許さぬ尋問官がいる。
そう、今まさに隣の部屋からこちらを覗きこむ聖女とか。
「……情報は、伝えない。……何も」
「そうですか。……ティゼリアさん、どうでしょう?」
「真実のようね」
それを聞いたシアは満足し、一気に『威圧』を強めた。
「……かっ」
一声うめき、刺客は意識を失う。
それを確認したシアは〈世界を喰らうもの(仮)〉を収めた。
「ねえシアちゃん、結局なにが知りたかったの?」
「え? あー……、まあそう大したことではないですよ」
あっけらかんと言うシアの表情は穏やかなもの。
それは主の弱点となりえる情報が報告・共有されているのではないか、という心配が杞憂だとわかっての一安心した表情であった。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/30
※脱字の修正をしました。
ありがとうございます。
2020/01/05
※誤字の修正をしました。
ありがとうございます。
2021/04/19




