第3話 神との対話3
やがて、おれは休みを挟みながらなんとか才能リストを完読してのけた。
「オツカレー」
死神は気の抜ける声でおれをねぎらうと、いそいそ膝立ち歩きで神の隣へと戻った。
うーん、悪い奴ではないと思うんだが……、おれが死んだのこいつのせいなんだよね。
まあそれはそれとして、おれは才能を組みたて終えたわけだ。
非の打ち所のない完璧超人の完成である。
「なるほどなるほど。こうなりますか」
旧支配者めいた存在であろうとかまわず転生させようとした神は、都合のいいビルドにしたところで気にした様子もない。
ちょっと無関心すぎやしませんかね?
もし全部盛りで転生していたら、その世界は滅茶苦茶になってただろうに。鎌が回収できれば後はどうでもいいのだろうか?
「あと、転生したあなたの名前はセックスになります」
はい?
「えっと、よく聞こえなかった。なんだって?」
「転生したあなたの名前はセックスになります」
「……えっと……?」
「生まれかわりし貴殿の御名はおセックスと相成り申してごわす」
「言葉がわからなかったわけじゃねえ! 言い直されてむしろ余計わかりにくいわ!」
いきなりなに言いだしてんのこいつ!?
「どうして名前がそんなことになるんだよ!?」
「どうしてと言われましても……、あなたが現世で一番口にしていた言葉だからじゃないですか?」
「んなわけあるか! ざけんな!」
「うーん、そうですか? ではちょっと確認をしてみましょう」
「なんだ確認て……」
あっけにとられるおれをよそに、神はテレビを見やる。
するとテレビはひとりでに電源がつき、映像を映しだした。
映しだされたのはどこかで見た――ではなくおれの部屋だ。
そこに、高校から帰宅したであろうおれが、やや前屈みの姿勢ではいってくる。
自分でもちょっと悲しくなるようなお疲れ具合だ。
受験もなにも無しにいきなりジジイに放りこまれた高校は基本的にバカしかいない。紙一重の両方を兼ねそなえた変人ばかりの、ある意味では隔離施設のような学校だった。
そのため、平凡な少年であるおれの心労は計り知れないものがあるのである。
あいつらおれと交代してくんねえかな。きっと大喜びするだろうに。
ともかくテレビのおれである。
おれは護身用具の詰まったカバンをおろすと、イスにどっしり腰掛けてぐったりする。
そして深いため息をはく。
「ふー、セックスゥ……」
なに言いだしてんのおれ!?
度肝を抜かれていると、テレビ画面が切り替わった。
今度は風呂場である。
すっぽんぽんのおれが、やっぱりくたびれた様子で入場してくる。
おれってこんなに疲れはててたっけ?
風呂場のおれはシャワーを浴びて頭と体を洗い、そして湯船へ。
そして言う。
「あぁー、セーックスゥ……」
「まてやコラッ! どう考えてもこんな口癖ないわボケがッ!」
おかしい。
いくらなんでもおかしい。
もし本当だったとしたらおれの頭がおかしい。
死んでよかった。
「まあ、口癖というものは無意識についでてしまうものですから」
さらにテレビは切り替わり、今度はときどきお世話になっていた牛丼チェーン店が映る。
席につき、口を開けて天井を見上げているおれは本当におれなのだろうか。完全にヤバイ人なんだが。
しかし牛丼がおれの前に運ばれてきた瞬間である。
おれは夢から醒めたようにキリッと表情をあらため、カッと目を見開くと、周囲の迷惑おかまいなしにバチーンッと手を合わせる。
そして言う。
「セックス!」
バカか!?
だが怒鳴る前に画面が切り替わり、今度は家のトイレでふんばっているおれが!
「セェェェッ! ック! スゥゥゥゥゥ――――ッ!!」
「んなわけあるかぁ――ッ! 名誉毀損でぶっ殺すぞてめえ!? もう口癖とか関係なしにただ叫んでるだけじゃねえかボケがッ!」
「そう言われましても……、こうして証拠もあるわけですし……」
「捏造だ! 捏造! どこでどうやって撮ったんだこれは! もし本当におれが言っていたとしてもそれは平行世界のおれかなんかだ! おれじゃねえ!」
くそっ、なんでおれは黒い塊になってるんだ。
縫いとめられているみたいに、身動きひとつとれやしない。
ただわめくことしかできないなんて。
「まあ冗談はさておくとして、真面目な理由を説明しましょうか」
わめくことしかできないなんてぇ――ッ!
「まず結論から申しますと、満足と不満の釣り合いをとるためです。これは人のような知性体に課せられる枷のようなものでして、これが適用された場合、あなたはあなたの根幹にごく近いところにその満足に反比例する不満を内包することになってしまうのです。しかしよく考えてみてください。あなたはセックスという名前になることさえ目を瞑れば、思うがままの人生が待っているのですよ?」
「それはそうだが……」
おれは想像してみる。
輝かしい未来。思うがままの人生。
でも名前はセックス。
惜しみない賞賛。永遠に残る偉業。
でも名前はセックス。
「きつい! 想像するだけで身もだえするほどに!」
知らなかった!
自分の名前が気に入らないってのはこんなにきついことなのか!
人生がどうだろうと――いや、幸福であればるほど、根本のところでケチがついているのが響いてくる! 必死に忘れようと、考えないようにしようと、生き埋めにされた己の名前はことあるごとに亡霊のごとく立ち現れ、生の輝きを曇らせる。
おれはいま知った。
名前は大事だ。とっても大事だ。
持ちこんだ才能でなんでもかんでもうまくいって苦労もなくすべてを手にいれて、ふと虚無感が訪れたとき、自分の名前はセックスなんだとあたらめて認識した瞬間おれは死を選ぶだろう。
ダメだ、これはダメだ!
ダメだ、が――
ちょっとくらいは楽したいんだな!
「……名前を変えるってことできるか?」
「できません。あなたはセックスという名前でしか自分を認識できません。たとえ周りに違う名前で呼ぶようお願いしても、あなたはそれが自分の名前だと認識できないでしょう。何らかの手段によって無理矢理に自分だとわかるようになったとしても、その時あなたは自分の名前はやはりセックスなのだと強烈に再認識するだけです」
才能を持ちこむためには、セックスを名前として受けいれることが絶対条件というわけだ。
冷静に考えれば破格の条件だろう。
でも、おれにはわかる。
この条件で転生したら絶対に後悔すると。
「だいぶお悩みのようですね。どうなるか少し見てみますか?」
「見てみる……?」
なんか神がとんでもないことを言いだした。
見てみるって……未来をか?
ぽかんとしているおれをよそに、神は再度テレビを見やる。
そして映しだされた映像は上空からの映像だ。
広大な穀倉地にあるいびつな円――ジャガイモの輪郭をなぞるような壁の内側に石造りの建物が密集している。ヨーロッパにはまだ現役で残っているだろうが、おれには写真やゲーム、漫画でしかなじみのない風景である。
映像はゆるやかに地上へと降りてゆく。
上空では細かくてよくわからなかった都市の状態が次第に鮮明になってゆく。都市から溢れるようにある家々、壁の周辺の雑多な様子、中心部に向かうにしたがって立派なものへとかわっていき――そして中央に見事な城があった。
どこか鳥を想像させる城。
鳥が翼をひろげ、正面にある円状の大広場を左右から包みこむようにしているような……。
そんな城の正面広場は人々で埋めつくされている。
祭り? 祝典かなにかか?
見守っていると、城の正面上部から広場に突きでたテラスに人影があらわれる。立派な身なりをした老翁だ。六十歳くらいはいっているように見えるが、その表情はいきいきとした生気に満ち、堂々とした風格がある。頭にいかにもという王冠をかぶっていた。
人々が待ちわびたように声を張りあげて歓喜する。
王様か……?
まあこの状況であの格好をして、迷いこんだパン屋のオヤジってことはあるまい。
そんな王様につづき、着飾った小太りの青年があらわれる。
黒髪で濃褐色の瞳。
ふっくらとした顔には静かな微笑みをたたえている。
それは自信に満ちあふれたような表情だ。おかげで食いすぎた結果の豊満な肉体も逆に貫禄があるように見える。
青年が王様の隣に立つと、歓声はひときわ大きく、空を震わせるように爆発した。人々は手を振ったり、跳ねたり、体を震わせたりとさまざまな反応で青年を迎える。
やがて人々がひとしきり叫び終わるのを待って、王様は右手を掲げてみせた。
ぴたりと歓声がやみ――
「千四百年の昔――」
王様は語りだす。
「――地上に現れた邪神により生きとし生けるものそのすべてが選択をせまられた! 戦って死ぬか、それともただ死ぬか! そして始まった戦いは、もはや戦争などという生やさしいものではない、ただ生き物すべてが滅びきる前に邪神を滅ぼせば勝ちであるという想像を絶するものであった! ありとあらゆるものが邪神に戦いを挑み、あまりに多くの命が潰えた! 邪神降臨以前の文明、そのほとんどが痕跡すらも残らぬ未曾有の生存闘争であった! 人が、竜が、魔物ですら邪神に戦いを挑み、そして果てた! 築かれる死体の山々! 生みだされる流血の河! その戦いのあまりの惨状に、もはや正確な描写すらもできておらぬ記録の数々! 世界は滅びようとしていた! だが! 戦士達は成し遂げた! 何者が? どのように? 残念ながらその記録はない! しかし確かに邪神は葬り去られすべてのものたちは勝利した! 生きてゆく権利を勝ちとったのだ!」
老境にあるにもかかわらず、王様の声は力強い。
人々を陶酔へと誘うような熱をおびている。
まあ元気な爺さんはいいとして、だ。
おれこの世界へいくの?
なんかすごい物騒なんですけど。
「我々の祖先は荒廃した世界を再び耕しはじめた! 三百年の周期で誕生する邪神の残滓――魔王にも屈することなく発展しつづけてきた! だが……ッ!」
王様は口を閉ざし天を仰ぐ。
なんかこっち見てるみたいで落ちつかない。
「邪神は再び降臨した! かつて最終決戦の行われた地――瘴気領域に! 魔王、そして瘴気獣への防壁としての役割を担っていた星芒六々国は崩壊し、世界はまたしても煉獄へと変貌するか――そう思われた! しかし、現れたのだ! 勇者が! 勇者はこのザナーサリーの地より破邪の魔法にて、遙か彼方にある邪神を討滅せしめたのだ!」
どんなむちゃくちゃな勇者だ。
「そんな楽勝ならなんとか六々国が滅ぶ前にいってやれよ……」
「そう思うかもしれませんが、そもそも邪神を討滅しようと思ってもいなかったんですからしかたないでしょう」
思わずつっこみをいれると、神が勇者を擁護した。
「家で昼寝をしていたら、たまたまその寝言が邪神すら葬り去る魔法となって発動したんですよ。熟考して魔導の才能と運気を最大まであげた効果はあったということですね」
「ん?」
ちょっと待て。
今の神の言葉は……え?
おれがふと違和感を覚えたそのとき、テレビの向こうで王様は高らかに告げた。
「讃えようではないか! 世の終わりまで! この偉大なる勇者の名を!」
高らかに。高らかに。
「勇者セックスの名をッ!」
おれだったぁぁ――――――ッ!
王様の宣言をきっかけに、人々の歓声が大爆発。
大興奮で勇者の名を連呼する。
『セックス!』『セェックス!』『セェックス!』『セックス!』
『セックス!』『セェックス!』『セェックス!』『セックス!』
『セェックス!』『セックス!』『セェックス!』『セックス!』
『ウオォォォォォォォォォォォ――――――――――ッ!!』
「ウオォォォッはこっちじゃヴォケがぁぁぁ――――――――ッ!」
おれは思わず絶叫した。
※誤字を修正しました。
ありがとうございます。
2018/12/04
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/03/25