第295話 12歳(秋)…コルフィー強奪計画
神がひょっこりやって来たわけだが、そのことをシア以外に気づいた者はいなかった。けっこうヤバイことも口走っていたので特殊な空間でも作っていたのだろうか?
おれが予想した通り、現在は祭り二日目の深夜――正確には日付が変わったところなので三日目であった。
こんな夜遅くで申し訳ないが、金銀、サリス、アレサ、ティゼリア、ヴュゼア、ルフィアを集めてさっそくコルフィー救出のための作戦会議を始める。
と、その前に完成したオーク服一式を披露してみた。
仮面、ジャケット、ズボン、マント。
威嚇目的で飾りも施したが、なんとなくイメージされるのは将校服である。
結果――
「誰だ貴様は!?」
「ふはははっ! 我はオーク仮面! 暗がりの森へと迷い込んだ子らを光さす場所へと追い払う魔物である!」
混乱が起きた。
皆はおれが誰かわからなくなり――、いや、オーク仮面という存在であると認識するようになり、そしてそれはおれ自身にも及んだ。
自分がオーク仮面であると信じて疑わない――わざわざそれを疑問に思うことすらしない状態だ。
それは夢の中の自分になっている状態に近かった。
夢と自覚できている明晰夢を別にすれば、夢の中の自分というのはどんな状態、状況になっていようがそこに疑問を持つことができない。
素っ裸で生活していようが、宇宙船で居住可能な惑星の調査に出掛けたら巨大なカニに挟まれて藻掻き苦しむことになろうが、夢から醒めるまでその不可解さ、珍妙さに気づくことが出来ないのだ。
オーク仮面に扮したおれはそれを現実で味わった。
完全に錯乱した狂人であるが、その狂気は速やかに皆にも伝播して共有されていく。
気づけばオーク仮面はオーク結社の規則を破ってコルフィーを助けにきた者であり、方針の違いから聖女とは反目し合っていたりと、売り言葉に買い言葉のような会話の中で存在しなかった設定がぽこぽこ生まれ、転がる雪玉のように物語が膨れあがる。
結局、オーク仮面と化したおれは「コルフィーは我が助ける!」と皆に宣言して屋敷を飛びだしたものの、仮面を外したところで我に返って自分の行動を思い出して膝から崩れ落ちた。
「ご主人さまー、ごーしゅじー……、あ、いた」
地面に這いつくばっているとシアがおれを捜しにきた。
「なに這いつくばっているんですか?」
「心に甚大なダメージを負ったんだ……」
「あ、一応やらかしてることはわかってたんですか?」
「仮面をとったら正気に戻った……」
「皆さんもそんな感じですね。ご主人さまが居なくなったらあれって感じで我に返ってましたから。まあまだちょっと混乱してますが」
「……ん? おまえは平気だったのか?」
「わたしは平気でしたね。いきなりみんなで何を始めたのかと思いましたよ。何が起こったのかありのままに話すぜ、ってやつです」
ふむ、オーク嫌いだからか、元死神だからか、そこは謎だな。
△◆▽
ちょっと皆の所には戻りたくなかったが、そんなことも言っていられない状況なのでおれはしょぼくれながら応接間へと戻った。
「俺達はお前がオーク仮面だと知っている。にもかかわらず、お前が変装をやめた今も、それぞれ違う人物だと考えてしまっている」
ヴュゼアが自分の状態を話すと、皆もそれに同意していた。
「オーク仮面になっていたお前はどんな感じだった?」
「夢の中にいるような状態だった。目が覚めているときなら明らかにおかしいと判断できることがわからず、自分では正しい選択をしているようで実は奇行のような。そしてこれは仮面を取ってからでないと自覚できない。おれはオーク仮面になっていた」
自分でも「何言ってるんだコイツ」という感じだが、本当にそんな状態だったのだ。
「つまりオーク仮面に扮装すると、周囲にいる者たちは例えお前のことを知っていてもオーク仮面としか認識できなくなり、それはお前自身にすら及ぶわけか」
「催眠術のようなものなのでしょうか?」
サリスが言う。
なるほど、確かにそうだ。
もっと言えば集団催眠であり、集団ヒステリーであり、洗脳でもあるのだろう。
「とにかくお前が作った服の効果はだいたいわかった。ほら、いつまでもしょぼくれていないで元気出せ。気持ちはわかるが」
「うぅ……」
まさか――、まさか自分すらも効果に呑み込まれるような代物になるとは思ってもみなかった。
ほとんど呪われた装備だぞこれ。
△◆▽
気を取り直すのに少し時間がかかってしまったが、ようやく本格的な話し合いが始められる。
ネロネロはなんとかリミットである三日目――祭りの最終日までには頭金を集め、支払った後、コルフィーを引き取りすぐさま護送する予定でいるらしい。
「ここを襲う」
コルフィーを強奪するのは違法だから色々と面倒なことになる。
事情を伝えていたとしても、王家としては王都で起きたこの問題には対処せねばならず、これに手を抜いてはネロネロに糾弾されるだろうし、他の貴族からの信用問題にもなる。それに救出したコルフィーにしても、しばらくは隠遁生活を送ってもらうことになる。
結局は一時凌ぎなのだ。
もしネロネロが黒幕の直接的な協力者であれば、聖女による強攻策がとれた。ネロネロに襲いかかってとっ捕まえ、尋問すれば一気に問題が解決する。しかし現状では有罪にすることは出来ず、襲えば聖女の責任問題に発展する。
「だからオーク仮面で襲う」
聖女としては罪がない状態のネロネロからコルフィーをかっ攫うわけにはいかないが、どこの誰だかわからない怪人がネロネロの元から拉致したコルフィーを救出することは出来る。
そして真相が明らかになるまで、と言う名目で保護してしまうのだ。
「ただ、そのためには妙な使命感を抱いたどこの誰だかわからない怪人が王都に存在することを周知しないといけないが……、これはそこまで難しい話じゃないな」
「んっふっふ、なるほど、そうね、そうよね」
ルフィアが笑う。
「あなたの『オーク仮面』ったらすっごく人気なの。中には本当に存在すると信じ始めている者もいるのよ」
そうか……、なら、ご期待通り登場させようじゃないか。
ちょっと登場させたくない気持ちもあるんだがな!
「そこでルフィアに頼みがあるんだが」
「何かしら?」
「ネロネロにコルフィーを頂戴するっていう、オーク仮面からの予告状を贈りたい」
「まかせて。素敵な文面を考えて、こそっと送りつけるから」
「頼む。あと、これまでのコルフィーを中心とした疑惑を新聞でぶちまけてもらいたい。オーク仮面の予告状の件も一緒に」
「いいよー、いいよー、やっちゃうよー。はたしてネーネロ辺境伯の悪事はオーク仮面によって暴かれるのか! うんうん、このあと戻って大急ぎでやるね。明日の朝には間に合わせるから」
「あとヴュゼア、オーク仮面の解説役として、おれとレグリントが決闘してた時にうさんくさい話をしていた奴らを借りたい」
「ん? ああ、物知りランディとお尋ねモーモンか。わかった」
「よし、ひとまずコルフィーの方はこんな感じかな。たぶん細かく決めておいてもその通りになんかならないから大雑把、流れまかせだ。もしかしたらまったく想定外の結果になるかもしれんが、コルフィーの救出という最低条件は達成される――、させられると思う」
ここでコルフィーを保護し、それと同時にダスクローニ家のスルシードを別働隊が確保する。
そこで問題になるのはダスクローニ家を警護している業者の方々――『ノファ』という連中だ。
「一当てしたからな、今は本腰での警備になってるだろう。ここに手を出すなら聖女一人というわけにはいかない。だから……、こっちにウィストーク家の力を借りたいんだが」
「わかった。レグリントも気にしていたからちょうどいい」
「うんうん、兄さんたら、自分の庭にうさんくさいのがうろちょろしてるって不機嫌だったから、きっと大喜びで排除するんじゃないかな」
頼もしいことだ。
「ではティゼリアさん、ダスクローニ家を押さえる方を任せていいですか?」
「うん、任されたわ」
「お願いします。一度、コルフィーを売り渡す問いかけを行い、そこに虚偽があればもうあとは聖女の領分です」
こうしてコルフィー救出班とダスクローニ家襲撃班の割り振りを決めていたとき、シアが口を挟んできた。
「ご主人さま、わたし、ヴュゼアさんの方に参加していいですか?」
「え? おまえにはオークキラーという役を用意していたんだが……」
「いやいやいや、いらないでしょうそんなの。必要なんですか?」
「そういうわけでもないが……」
「じゃあいいですね、わたしは業者の方の相手をします」
ふむ、何か考えがあるのだろう。
シアの話を聞いてミーネが確認してくる。
「私はレディオークであなたと一緒に戦えばいい?」
「そうだな。登場は成り行き任せだが。あ、あとそれとは別にちょっと頼みたいことがある」
「なになに?」
「おまえの爺さんにも協力を頼みたい」
「お爺さま? うん、じゃああとで呼んでくるわね」
「あ、それは朝になってからでいい。それと……、ミリー姉さんに今回のことを説明しておいてほしい」
王家にはこれまでの情報を伝え、騒動が起きることを事前に知らせておきたい。
「頼めるか?」
「う……、うん、がんばるわ」
あ、ミーネが困った感じになっている。
ちゃんと伝えられないかも。
「……シアも一緒に行ってやってくれるか?」
「はーい」
これで王家への連絡はどうにかなるだろう。
※文章の修正をしました。
ありがとうございます。
2019/01/30




